90 :曖昧カテゴライズ
聞いて良かったような聞かなければ良かったような。
「ランク付けがおかしい……?」
「おぅそうなんだよ!」
やたら食いついてきた。王都だとか依頼の違いがどうのといったお喋りをしていたのは、これについて話していたのか?
さっきは冒険者の会話なら普通のことだろうと内容はよく聞いてなかったが、興味が湧いて身を乗り出す。
「俺ら中ランクだろ? で、中ランク場所でも中難度くれぇの場所で、気楽に暇つぶして過ごそうと思ったんだよ」
「それがな、魔物が強ぇんだわ。俺たちだけで山脈を超えられるくらいの自信はあったのによ」
「まさか真面目に倒すはめになるとは思わなかったよな」
渋い顔で頷き合ってるから、冗談めかして大げさに言ってるんではなさそうだ。
まあ、でも倒せるんだ。山脈辺りって、カイエン達が遠征行ってるような場所だよな。国との提携行商団という話だし、中ランクでも上位者を厳選してると思う。
……この宿にまであぶれたということは、その中でも低いのかもしれないが。
「なにキョロキョロしてんだ?」
「いや、虫が飛んだかなと思っただけだ」
つい、おっさんの姿はないか探してしまったぜ。
ちょっとオンボロなくらいで失礼なことは考えるもんじゃないよな。今日だって、うっかり大枝嬢を呼び間違えてしまったし気を付けよう。
とにかく、こいつらからも部屋どころか飯に文句をつけたりしているのも聞いたことがない。これが一般的なご家庭の食事に違いないんだ。
おっと逸れてしまったが、それだけショックを受ける事実を知ってしまったせいだけではないはずだ。
ランク付けがおかしいというのが、どの部分のことを言っているのか気になるが、魔物が強いと言ったよな。
各ランクに分けられる魔物の種類が違うのか?
それとも魔物の種類もランクも同じで、魔物の強さだけが違う?
「どう違うんだ。ランク分けが王都や他の街と違う?」
炎天族の一人が舌を鳴らしてニッと笑い親指を立てる。
そのハンドサイン、こっちでも有効なんだな。どんな由来があんだろう。またどうでもいいことが気になりかけたが、聞くことに身構えてしまっているからではないのだ。
い、嫌だやっぱ聞きたくない!
「そそ。おんなじ魔物がよぉ、あんな強くなるなんて思わねえよ」
「まじかよ!」
尋ねた時から不穏だったが、やっぱりか。
今までの苦労がメリーゴーランドのように頭の中を回りながら俺を嘲笑う。他の街に湧き出てさえいれば、こんな苦労はなかったかもしれないのかよ!
「俺たちはいまいちピンと来ないが。昔、国が滅ぶかってほどの魔物がここに現れたってのにも、真実味が湧いてくるよなあ」
「確かに、邪竜とやらの眠る場所だとかいう話も本物かもな。周囲の山脈を、こっち側に超えると魔物の行動は活発になるし、やたらと数も増えるし」
「魔物よけが街全体に施されてるってのは、とんでもないこった」
呆然としている俺に、続々と余計な情報がもたらされる。
「どうした暗い顔して」
「いや、まさかその、カピボーすら強い……?」
「えっ! さぁな。さすがに、その辺は意識したことないが……お、おい低ランクの魔物で、倒したやついたっけ?」
「俺にふるな」
「こっち見んな。なんつうか、俺たちが苦労させられたのは鉱山の魔物でな。イモタルって知ってるか」
イモタル――鉱山面の奥地に住む、ゲームの中ではレベル40だった魔物か。
「どうやら知ってるようだな」
「あぁ、名前だけは……」
いわゆるアンデッド系で、回復しながら戦うため、レベルの割に長いこと厄介な魔物だ。中盤以降で面倒な雑魚の筆頭だよ。
この世界では、少なくとも倍のレベルはあるとみていいとすると……うわ、俺だったら目と目が合った瞬間に恋の花咲く暇もなく瞬殺!?
とすると、この人たち、強すぎない?
「ま、そのイモタルはよ、王都から近い場所にある鉱山だと中ランクでも高難度に分けられてる」
「ほぼ高ランクと言ってもいいぜ」
ん?
「強いだけでなく、ランクも変わるのか?」
「中ランク指定の魔物ってのに違いはないさ。ま、中ランクは幅が広いからな」
そういや、そうだ。ほとんどの依頼が中ランクに分けられている。
うーん、低ランクの冒険者の扱いも考えると、ランクは強さとはあんま関係なさそうだよな。
例えば、他の低ランク冒険者はいきなり中ランクにカテゴライズされた花畑へと送られるが、元々種族的に戦えるだけの強さが備わっているからなんだろう。
ギルドが、依頼と認めて報酬を出しても採算がとれる範囲を中ランクとしてるんじゃないかと、前も考えた気がする。
ランクの話にしばしば難度といった別の物差しが使われるもんな。
正直、低ランクの魔物は金出してまでわざわざ討伐を促すほどの脅威はないということなんだろう……あれ、なぜだろう。目から汗が。
ほ、ほかの街ではどうなんだ。
低ランク魔物が、ここよりも弱い上に数もないなら、なんで人族の冒険者がそれなりに居んだよ。
「低ランクの魔物は、どうなってんだ」
「ケダマが低ランクで最低難度になる。カピボーも含みはするが、でかい街にゃそんなにいないからな」
「あんなに、うじゃうじゃしてるのに!?」
「ははは、あんたはここの感覚に馴染んじまってるみたいだな」
そんな、あれが当たり前じゃないってのか。
「じゃあ、どうやって人族が暮らしていけるんだよ」
「そりゃ街ん中の荷運び仕事も多いし、色々とやることはあるぜ?」
街の規模の違いかよ。
「だから、この街で冒険者でやっていけてんなら、大したもんじゃねえの」
「あ、そういや、そんな話の流れだったか。ここにゃ人族の冒険者は一人しかいないっていう」
「ああ確かに。他の街だったら、人族の中では上位者になれるかもしれないぜ」
思わず肩を落としてしまった俺を、冒険者たちは笑いながらも励ましてくれたようだ。またその内容に心惹かれる。
なんという希望――!
この過酷らしい環境で鍛えた俺なら、もしかしたら、最強の冒険者の名を欲しいままにできるかもしれないと、そう言うんだな?
ただし人族の中に限る。
虚しすぎるわ。
「辛くなったら、外の街にも出てみりゃいいぜ?」
「王都に来る機会があったら声を掛けてくれよ。安い宿を紹介してやる」
「色んな街を渡るのも楽しいもんだぞ」
「ちっこい村なら感謝のされ方も大げさでいい気になれるしな」
いかん。背筋を伸ばして態度だけでもシャキッとしよう。
「それも、いいかもな。まあ、機会があったら頼む」
「おぅ」
思ったこととは違うことだらけだったが、十二分に話は聞けた。
「俺はこの街しか知らないから……驚くことばかりだ。色々と聞かせてくれてありがとう。休憩中に邪魔したな」
「なぁにいいってことよ」
「こっちも面白かったぜ」
軽く会釈して出ていく俺に、冒険者たちはひらひらと手を振って見送った。
俺はふらふらと宿を出ていた。
「そんな、馬鹿な……」
ケダマがレベル1相当の世界は本当にあったんだ。
この街の外に!
まさか、本当にハードモードプレイだったとはな。
「あっと、灯り灯り」
知らず家々から漏れ出る灯りの届かない場所まできていた。俺の縄張りである、南の森だ。
「話は聞いた。この街で、この森のランクに相応しい冒険者は、俺しかいない!」
殻の剣とランタンを構えて、森の暗がりを睨む。
恐らくカピボーも、他の街よりも強い選ばれしカピボーだろう。
それで、マグが同じ量なら俺の方が損してるじゃんなんて思ってはだめだ。
現実の経験値とは、実際の体験と心得よ。
「来いやカピボー!」
やけになってなんか、ない……!




