87 :連絡路
ぽつぽつ存在した背高草の茂み。その一つを刈り終えて束にして置く。
額を拭いつつ顔を上げると、炎天族の巨体が腕組みして見下ろしていた。立ち方だけでなく仁王像のように厳めしい顔つきは、怒りに染まっているように見える。
思わずファイティングポーズを取ってしまったが、掴んでいたのは束にするには短すぎて埋めようとしていた葉屑だ役に立たねえ。
何かしたっけかと思ったが、現れたのは昨日会った西のまとめ役だ。怖い顔なだけかもしれん。黙って反応を待つ。
「今日はまた一段と、お日様がぽかぽかして眩しいな。タロウよ、そう思わんか」
「へっ。まぁ、確かに眩しいですね……」
ええっと、眩しくて目を眇めていただけ?
スルーしたくなるが、無視して目を背けたら殺られる気がしなくもない。
「あの、まとめ役?」
俺の呼びかけに、おうと頷いたまとめ役は、組んだ腕をほどき両腰に添えた。
そして、背後に居た二人が同じボーズでまとめ役に並んだ。何戦隊だ。
もちろんパーティー仲間だろう。昨日もいたよな。
「実はな、早速で悪いが君の手を借りたいのだ。悪しき草の御魂を祓ってはくれまいか」
……何かツッコミ入れようかと思ったが、言葉が出てこない。慣れ過ぎてしまったのだろうか。
「ハハハ、性急すぎたかな? 詳細はこうだ」
まとめ役はごほんと咳払いし両手の平をバシンと打ち鳴らすと、腰を曲げ盛大に揉み手を始める。わけがわからなくて引く。
「あの低ランク冒険者らにそそのかされて川まで行き、あまつさえ戦闘に手を貸すはめになったと聞いた。さぞ苦労しただろう。だが、俺様たちは中ランクだ。そんな危険な目には遭わせないと約束しよう」
それは、また森の中の藪をどうにかしろってことか。
なんか羨まし気に見ていたが、そこまで自分らでやるのが嫌かよ。
「ま、あのアラグマに抗う力を持つならば、大変な場所ではない」
おい、その話は大げさに言ってるだけだぞ。まさか信じてるのか。
噂の悪影響がこんな形で降りかかるとは!
このまとめ役がパーティーのリーダーでもあるんだろう。
後ずさる俺を阻むように、森葉族と首羽族の男がずいと両脇から近付く。ひょろい印象の強い森葉族と首羽族のはずだが、こいつら二人は筋骨隆々だ。
リーダーのプロテイン脳筋波でも喰らったんじゃないかと思うほど横幅があり、身長も平均より高いだろう。よくぞ見合った人材がいたもんだ。
当然ながら平均的な人族でしかない俺は見上げるしかない。
「だからな。怖くないぞ?」
なんの話だよ。お前らが怖いんだが。なんでそれぞれが力こぶを作って見せつける。脅してるのか。もしかしなくても脅されてる?
「は、はぁ……」
魔物が怖いとか怖くないではなくて、別に構わないというか、どうせ仕事内容に変わりはないんだ。どうせやるなら時間とか範囲とか詳細を話し合いたいと、口を開く前に両腕を掴まれていた。ガシッと両サイドから。
「え、ちょ、なんだよ!?」
「いやぁ胸のすくような即答ぶり。感嘆したぜ!」
「よしゃ。速攻が一番だ。行くぞー」
は?
OKって意味で言ったんじゃねえよ!
「ぐへへ。ちょうど北側の連絡路を片づけてぇなと思ってたんだよ。助かったぜ」
俺の足、地面を掠ってるだけなんだが。
クロッタたちに囲まれたときは、連行っぽいと冗談で言っていた。お前ら監督側だろうに今回はマジで連行じゃないか。
「頼むから離して……」
そう絞り出した時には、西の森の中にいた。眼前にはカーブした川。昨日の帰り際に通って、ジェッテブルク山に回り込んでいるなと思った場所だ。思ったより近い場所にある。それとも放心して時間が飛んだか。
もう逃げ場はないからか腕を離された。三人に挟まれるようにして川沿いを歩くが、本当に狭い。
昨日の場所は、まだ川原のような部分もあったが、ここは人が一人移動する分には支障がない程度だ。余計に狭く感じられるのは、団扇のようにでかい葉っぱが、森側から視界を塞ぐようにはみ出ているせいだ。
足元も水草のようなもんで埋まっているし、避けようと下手に動けば足を滑らせそうでひやひやする。
「山の向こうは結構な魔物が居てな。連絡をこまめにとって、人手が要りそうならこっちから派遣するといった調整をしてんだけどよぉ」
「いつもは前日の情報を集めりゃ済むが、今は朝昼晩と移動しててさ、この辺の草が邪魔だなって思ってたんだわ」
ムキムキと前を歩くまとめ役に代わり、背後を歩く筋肉森男、筋肉羽男とそんな説明をしてくれる。ここを歩く?
夜となるとかなり危険に思えるが、そこまでしないとならないのか。
「ああ、高ランクが出かけてるから、大変とかいう話か」
「おお情報通だな! その通りだ!」
ニッと笑って振り返るまとめ役だが、一々腕を上げて筋肉自慢するな。暑苦しいのに腰は低いが、なにかの圧力をかけられているようで余計に恐ろしいんだよ。
「おっと俺様としたことが、まずは言うべきことがあったな。臨時依頼として、二割だが報酬の上乗せをしちゃおう」
上乗せだと。
「話は分かりました。これは前線で戦う冒険者を助ける重大な任務。是非ともやらせていただきます!」
俺のナイフさばきにかかれば、こんな木っ端野郎どもはチョロイぜ!
甘かった。
なんだよこいつ。針金か。
丸く大きな葉っぱは、一見、紫陽花の葉っぱと似た感触だと思う。ペラペラと揺れるし丈夫には見えないのに破けづらい。
引っこ抜こうとしても、こんもりと生えた全体が引っ張られるようだし、しかも根元はびくともしない。
一部ずつ刈り取ってから根っこを掘るしかないだろう。だが枝といっていいのか、濃い赤茶色の茎は指ほどの太さしかないが、これがまた癖が強い。
硬いというか切れづらいのは、妙な粘りのようなものがあるせいだ。
曲げてもポキッとは折れない。いつものようにナイフを叩きつけるように振るだけでは、ぐにっと曲がるだけだ。鋸のように刃を滑らせても、思ったように食い込まない。ぎさぎざが無いから仕方がないか。
大きく息を吸い、吐き出す。
いいだろう。俺の本気を解放してやる。
気合い入れて角度を見定め、いつも以上に思い切り叩きつける、だけ!
「フンッ! あっ切れた」
「やるじゃん」
刃に強い抵抗はあったものの一撃で断てた。なかなか綺麗な切り口だ。骨が折れる難敵だが、追加報酬が発生するほどの相手なのだ。不足はない。
「この茎、やたら硬いな」
「変な泡が出るし嫌だよねー」
あくびしながら首羽野郎が相槌を打つ。
軽く言いやがって。お前らも手伝え!
そう叫びたかったが、聞き覚えのある甲高い奇声が遠い森の奥、葉擦れの狭間に揺蕩う。
「この感覚は……四脚ケダマが来る!」
「おぅ本当だ」
「ほー、耳がいいな」
耳だと? 危機感が身に着けたものだよ。あいつの声を聞き分けられねば、こうして生き延びることなど、叶わなかったのだッ……!
悲劇ごっこしている間に、声と姿は大きくなり、木々の狭間を飛び交う姿が目に入る。
「うわっ多いぞ!」
二、三のグループが合流したのか、十匹はいるんじゃないか。
俺の焦りとは裏腹に、まとめ役らの反応は楽しそうなものだった。
「森のは俺がやる」
そう言いながら、すでに首羽野郎は矢を放っていた。近付く前に次々と射落としていく。
あの素早い四脚を次々と……森のは?
「おっす。こっちは俺らの出番だな」
「張り切るぞお!」
「こっち?」
水を打つ音が聞こえて振り向くと、水上に白い筋が幾つもできている。しぶきの中に垣間見えるのは黒い影だ。
そいつはモーターボートのように猛烈な勢いで水面を滑り、あっという間に距離を詰める。掻き分けた波間から見えた姿は、硬い鎧で覆われたような黒い甲虫。
「あれは、ミズスマッシュ!」
「ギキキッ!」
はっきり見えた時には、勢いのまま陸まで突進してきやがった。反射的にナイフを構えて、かかる水滴から手で顔を庇う。
「ほいっと」
一匹が、森葉野郎の構えた剣に貫かれ弾けた隣で、後から追いついたミズスマッシュを、あろうことかまとめ役は体で受け止めた。
抱き枕くらいある魔物が飛んできた衝撃はどこいった。とんでもない馬鹿力だが、どうやら武器を構えていない?
「ぬるい――おらよ!」
まとめ役は、ミズスマッシュを地面に押さえ、頭に拳を振り下ろした。
「す、素手!?」
甲虫の頭に赤いヒビが入る。もう一度殴ると、マグを噴き出して潰れて消えた。
数匹が消えるのに、一分とかかっていないだろう。
倒し終えたまとめ役は、また筋肉自慢を始めた。
「やはり拳で語るのが一番よ」
いや、岩腕族じゃあるまいし、どんな手してんだよ……。
グローブはしているみたいだが。
「気が付いたか。クロガネという金属素材を埋め込んであってなぁ。これが直に筋力をふるって魔物と戦うことを可能にしたのだ!」
くろがねって、鉄?
いや、最上位の金属素材だろうな。
「恥ずかしながら自力で採取したわけではない。高ランクの魔物はまだ俺様の拳に余る」
そこまで素手に拘るのかよ!
「しっかし、あんなまとめて来たってことは、山側の奴らが取り逃がしたのか?」
「奥地に人手を割いてるんじゃなぁ。ここら付近は足りてねぇだろうよ」
「だからこその、タロウではないか! この通路はもうしばらく活用することになるから頼むぞ!」
「はあ、頑張ります」
なにか見えないところで、色々と事情があるようだ。ぬくぬくと安全な所にいることを痛感させられる。
……だからといって他に何ができるわけでもないが。
だったら皆で一斉に作業した方が早そうなもんだけどな。
ああ、人手が割けないんだっけ。これまではどうしてたか知らないが、普段は使わないから頭にないのかね。
まあ確かに、今の戦いっぷりを見れば俺が警戒するまでもない。団扇草だけ見てても大丈夫そうだな。
「じゃあ俺はこれに集中するんで、魔物はお願いします」
「ああもちろんだとも!」
「やったね!」
「頼むわー」
たまに、かなり狭くなる辺りは、地面に掘り返された跡がある。最低限はやってるらしい。
周囲があんな素早い魔物に襲われるところじゃ、まともに取り組もうと思ったら数組で準備して来なきゃならないだろうな。
うーん、疲労度の大きさから交代要員も必要だろうし、思ったより大仕事になりそうだ。まあ、ぽっと出の俺なんかが考えるようなことは、とっくに取り組んでるよな。
作業を再開したところで、進む先の方から呼びかける声が聞こえてきた。少し上り坂になっている木々の中に、人影が二つ見え隠れする。まとめ役が馬鹿でかい声で返した。
「さっき話した連絡係だ」
ほどなくして到着すると、連絡係は俺を見て目を丸くし、草を見て妙な笑みを浮かべた。
こいつも喜んでやがる。それだけで特に茶化すこともなく、まとめ役に伝達事項を告げた。今晩辺りに人が増やせるかといった話だ。
手短に連絡を終えると、さっきの魔物について話し始める。
「もしかして、こっちに流れてきたか」
「おう、一斉に移動してきた。来た分なら片づけたぞ」
「悪ぃな。当番が移動したての奴らでよ」
「ガハハ、場慣れさせる良い機会ではないか」
異動があんの?
たまの遠征時期がスキルアップするチャンスか、それとも依頼されるのか。
今の俺みたいに報酬に釣られて、普段は行かない危険な場所に送られたりしそうだ。
「当番は畑の北倉庫にいるから伝えておいてくれ」
「おう。じゃあな」
なんだか、すげえ組織的。今までも真面目に働いてきたつもりだけど、初めて仕事現場に来たような気分だ。
俺は団扇草に頭を突っ込みながら、去っていく連絡係の背を見送った。




