86 :奥義
西の森方面へ向かうためギルドを出た俺は、西の畑を突っ切る道を進んでいた。
これまで主な活動場所だった南側から順調に街の周囲を刈り進んでいる。昨日は森の中に進んじゃったから、これから畑周りの続きだ。
ちょうど森から出てくる冒険者に目を向けると、クロッタやデメントたち四人組だった。すかさず体を屈め、まだらな草むらの間を縫うようにして小走りに近付く。話に夢中で、まだこちらには気づいていない。
今なら、あいつらを倒せる!
「ふぉ!?」
俺がクロッタの背後につくや、でかい図体が眼前で膝をついた。
「なっ、お前、タロウ? どう……して」
「フッ、たわいない」
ガタイのいい岩腕族を人族の俺が地に伏せたのが信じられないのか、他の奴らはあんぐりと口を開け、目を剥いたまま固まっている。実は俺もだ。
まさか、こんな技がこいつらに効くとは……。
「ばばバカな!」
「人族が岩腕族を倒したなど、聞いたことがない!」
ほぅ、すぐに立ち直り騒ぎ出したか。さすがは冒険者だ。
「禁断の奥義、ヒザカックン――!」
中学時代に封印した技だが、未だその威力を減じてはいなかったぜ。
「ひ、被座覚悟?」
「いや、ヒット・ザ・コクーン!?」
「なんて恐ろしい技だ……俺たちは無意識に人族の戦闘力を舐めていたというか」
コクーンって……繭を殴るってなんだよ。
やたら大仰に驚きを見せたり、拳を握り悔しそうにしている。どう、反応したらいいのだろうか。
大抵のもんはこの地に沿ったものがあり、現在のこの世界なりに生活水準は発達して俺の現代知識など糞の役にも立たないというのに。
こんな子供の悪ふざけがなかったのか?
「くっ、ふはは……こりゃ人族が生き残り続けるはずだぜ!」
ニッと笑ってクロッタは立ち上がり手を差し出した。白々しく健闘を称える握手にノリで応える。
「痛ぇ! 割れる割れる!」
握力強すぎんだよ!
また全員がゲハゲハ笑いだした。
こいつらはふざけて付き合ってくれてんのか、どこまでが本気か分からん。
「んで、どうした。俺、何かヘマしたんか?」
今度は不安そうにソワソワしだしたクロッタに今朝の文句を叩きつける。
「俺がアラグマに止め刺したことになってんだけど?」
「なぁんだそっちか」
「おい、他にもあるような口ぶりだな」
「ないない! 嘘は言ってないし」
「石鎌なんか使ってねぇだろ!」
なだめるように俺の肩を叩いたのはバロックだ。
「いや、タロウ。嘘じゃねえ。あの正確な投擲技術な。石の軌跡が、まるで石鎌を振るうように、俺の目には映ったのよ」
ほほう。お前が犯人だったか。
「あ、奥義はやめて!」
膝を庇うバロックに容赦なく追撃をかける俺をライシンが止めた。
「でもよタロウ。男が謙遜しすぎんのも嫌味ったらしいぜ?」
ハードル上げるのやめろぉ!
俺をおだてるな。調子に乗せて何をするつもりだ。出来もしないことで、持ち上げられるなんて恥ずかしいだけなんだよ!
「今度から紛らわしいこと言うな。頼むから!」
「ははは。分かった。事実をありのまま心躍るように伝えてみせるぜ!」
ダメだ。堪えてない。
はぁ……脱力したし、気も済んだしいいか。
仕事しようと戻りかけて振り返った。
「そうだ、危険な技だから気軽に人に教えるなよ」
どの口が言うか。俺の口は一応の念を押した。下手すりゃクラス戦争勃発だからな。冒険者だからギルド……いやランク別?
恐ろしすぎる。
「奥義とやらだろ。軽々しく口にしたりはしねえって」
「そこは安心しろよ」
「うんうん」
自信ありげに請け負う森男ことデメント他一同を胡散臭げに見る。
微妙な笑顔を浮かべているから何か企んでいるに違いない。
キリがないから、その場を離れた。
ちょい北側に刈りかけの場所がある。
そこまで来て四人組を振り返ると、他に待機中の奴らに奥義を放っている姿があった。正気か。
俺の視線に気付いたクロッタが両手を振って叫ぶ。
「喋ってはねぇぞおぉ!」
まったく。
こちらに叫んでいるところを背後から反撃を受けている姿を見て、本当にどうでも良くなった。
反射的に突っかかってしまった。
一応は低ランク冒険者同士だからか、切っ掛けもあったし話しやすい奴らというのもあるだろうか。
これまで一方的に話題にされてもやもやしていたこともあって、過剰にぶつけてしまったように思う。ちょっと反省しよう。
まだ周囲を巻き込んで逃げまどっている光景に、つい噴き出しながら眺めつつ、背高草を掴みにかかる。
こんな日もいいな。
アラグマ戦は、俺にとっては本格的な戦闘だった。
だけど、ちょっとくらいでいい気になんてなれない。
本当に安全な場所に隔離されてるんだなといった、情けなさやらもあるけど。
俺が安全に継続してこなせる仕事なんて、これくらいのものだ。草を刈っていると昨日のことが思い出された。
パーティー戦のお陰で疑問の一つも解消した。
複数人で一体の魔物を倒したらマグはどうなるのかだ。今までは気にする余裕も機会もなかったからな。
結果だが、戦闘が終わった後、それぞれにマグが流れて行ったのが見えた。
俺以外に。
傷をつけた者全員にマグは分配されるらしい。ただし、クロッタに最も多く流れ、次いでデメントといった感じだったことから、与えたダメージ量に比例してそうだった。ゲームじゃないなら、どうしてそんなことになるんだ?
それはマグ水晶の仕組みにヒントがあるように思える。
タグへは各人のマグで個人認証の処理をしている。個々人でマグの質が違うってことだ。遺伝子のようなもんだろうか。
互いのマグが接触――攻撃して傷をつけると、何か化学反応めいたことが起こっているのではないだろうか。
攻撃するごとに、魔物のマグが攻撃者のマグへと変質していき、器である体が消滅することによって、変質元の器である攻撃者へと流れていく。
大まかにはそんなとこじゃないかと。
今はそれ以上考えても分からないから、そういうことにしておこう。
侵食されていくって考えると嫌だな……寄生されるホラーゲーみたいだ。
で、この考察によって得た結論によると、俺は傷一つアラグマにつけられていないと証明されたわけだ。
俺はダメージに関して、まったく貢献していない。
泣けるが、これが事実なんだよ!




