表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
駆け出し冒険者生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/295

85 :暦

 ギルドの室内に踏み入れた途端に漂う、むっとした空気。お昼時だよな?

 大抵の奴らは出払っている時間帯だったと思うが、現在は数組が駄弁っていた。

 くたびれ具合からいって仕事上がりのようだが、何かあったにしては随分とくだけた雰囲気に疑問が湧く。いや、こいつらはいつもこうだったな。参考にならん。


 それにしても、どうも見覚えのない奴らだ。

 すべての時間帯に来たことがあるわけでもないし、まだまだ知らない人間が居て当たり前なんだけどさ。顔というか身なりが見慣れないというか。装備が上等そうだし、中ランクでも上の方だろうか。


 待合スペースに集まっているそいつらは、俺を見て軽く手を上げたり声をかけてくる。


「ようタロウ! 随分と早いな!」


 誰なんだよお前らは。揃いも揃って一方的に知った気になりやがって。


「なにタロウだと? 前代未聞の人族の英雄様じゃねえか」

「そうそう、アラグマを見事な石鎌さばきで退治したって聞いたぜ」

「不敵に嗤いながら刈り取ったとか」

「ああ只者じゃないと思っていた」


 噂が踊り食いされている。なんだよ石鎌って。ただの石ころだし倒すどころか傷一つ与えてねえよ。あの四人組、何を言いふらしやがった!


 しかし追求はしない。噂など黙ってればすぐに忘れ去られるはずだ。これは慣習に違いない。バイト先で夜でもおはようございますと言うことなかったか?

 顔も知らない者同士、いつ交代したかも分からないから会ったらとりあえず言っとけってやつだ。あれと同じなんだよ多分。


「お、おぅ」


 挙動不審になりながら挨拶だけは返しておく。

 話に巻き込まれると長いからな。適当に相槌して薄汚い冒険者たちを避け、窓口からにょっきりと生えた大枝嬢のもとへと逃げ込んだ。




 いつもギルドの待合スペースを通りすがる際に、漏れ聞こえてきた会話を小耳にはさむだけだが、それらの内容を繋げていく内に、俺が話題の中心になる根幹らしきものが見えてきていた。


 俺はよっぽどの僻地から、行商人などの風の噂による冒険者への憧れだけを胸に抱いて遠路はるばるやってきた勇気ある人族の男であり、かつ成し遂げた強運の持ち主という設定らしい。

 そんな一目の置かれ方は嫌だ。無謀なだけのすっげー痛い奴じゃねえか。


 それらに納得される背景には、時おり耳にする隠れ里という存在がある。

 人族はその弱さゆえに、魔物どころか他の人種とも隔絶された場所に集落を作って隠れ暮らしていた歴史が長いようだ。そうでなければ淘汰されてそうだよな。


 そんな里も、魔物が溢れて立ち行かなくなったときに近隣の国に身を寄せたそうで、残り少ない里も今じゃ国が把握できていない場所はないようだ。隠れてないよなそれ。

 そういえば首羽族も樹上にねぐらを作って隠れ住んでいたらしいが、弱さが理由ではなく獲物を闇討ちし易かったからだとか。物騒な。


 そういえば、誰もどこから来たとか聞いたり聞かれたりしないのは、この街に暮らす者のほとんどが国内外からやってくるからで、脛に傷持つ連中だろうと冒険者なら受け入れるような下地があるからと思い込んでいた。

 どうも、それは少し違うらしい。


 昨日の、バロックらとの会話で感じたことだ。

 ギルドから通常はされるはずの説明がされなかったことが、人族だからという理由になったときに言い淀んでいた。

 思うに、種族差に附随することには、なるべく言及しないようにしているんじゃないかって。当然、出身地や国に関連するだろうし。特に悪い方面に行きそうな場合に限ってだ。

 逆に自身の特徴は堂々と自慢するし、他人だって臆面もなく褒めるもんな。


 とにかく、だから何も知らない俺を、シャリテイルだけでなく皆が仕方ないと早合点してくれるのだろう。後押ししたのは、中途半端にこの世界の知識があるせいかもな。


 思えば、シャリテイルなりに気遣っての根回しだったんだろうか。

 初めは何かを聞く度に不安があったから、シャリテイルくらにしか迂闊に聞けないと考えたりした。


 だけどこれで、俺が世間知らずなのも当たり前といった前提を手に入れたことになる。もう堂々と、おっさんや大枝嬢にだろうと質問できると思うと、かなり気が楽になった。

 もちろん知らなかったとしても、不快に思われるデリケートな事柄もあるだろうから、完全に気を抜くのはまずい。そこは様子を見ながら対処するしかないな。


「タロウさん、どうされましタ。何かお困りですか?」

「あっ、す、すいません」


 ついまた妙な場所で考え込んでしまった。


「ひょー! じろじろ見やがってよ! タロウはコエダさんが好みかぁ?」

「大人って感じでいいもんな?」


 お前ら後で殴る。




 背後の声をシャットアウトし質問に集中した。


「暦ですか?」

「はい、ギルドで時計を見ないですし、数日にまたがる依頼もあるのに予定をどうしてるのかなと。たしか予定表はギルドにもあったのに妙だなと気になって……」


 今さらだし苦しい言い訳のような気もするが、先ほどつらつらと考えていた俺に対する印象は、大枝嬢も持っているようだ。特に気にするそぶりもない。散々に妙な質問に行動してるから今さらだろうけどさ。


「あら、小さいものですカラ、職員は持ち歩いているのですヨ」


 なんだって。

 ローブの縫い目らしき場所にポケットがあり、大枝嬢はそこから革紐を引っ張り出して、シャリテイルが持っていたのと似たマグ時計を見せてくれた。


 鮮やかな半透明の赤色が揺れて綺麗な水晶だ。無駄遣いは控えると決めたばかりというのに、やはり欲しくなる。時間単位で動く予定があるかと言われると無用の長物だが……今は質問に集中だ。


 正直なところ暦の概念がどうなってるかは、ここでの太陽や月の動きや街の生活風景を見れば把握できている。俺が大ざっぱに働く分にはな。こういったことは、来てすぐには役立つだろうが、今更確認するのは答え合わせのようなものだ。


 大枝嬢はカウンターの向こう側、部屋の隅にある扉に掛けられたボードをちらと見てからこちらを向いた。組合職員用の扉だ。事務作業部屋や控室やらがあるらしい。

 そこに掛けられているのは俺が見たことあると思った予定表だ。素材引き渡し用の台がある窓口の裏だから、俺も目にしたことがあったのだと気づいた。


「そうですネ。予定と言えば、十日ごとのまとまりが一般的でス。それに加えてギルドでは、長期の計画には、その一巡りを足していってますヨ」


 十日で一巡りが一般的な感覚らしいのは聞いたし、宿代でも実感している。

 けど少し説明内容に困惑した。

 大枝嬢の答えは、あくまでもギルドにおける日程の扱いを説明したものだ。


 さすがに一日が何時間で、一年が何日かどうとかなんて質問をしたとは思わないよな。この国での基本の知識だろうし。

 そもそも、その知識だけ聞かされたところで、計測器を双方の世界に設置できるわけでもないのに比較のしようもないか。


「あまりギルドでは予定を詰めることを推奨しておりません。ですからマグ時計が必要な予定の立て方はしないのですヨ。職員は会議や交代時間などを知るために持たされているだけですネ」


 なるほど。車や電話といった遠距離との連絡手段がないなら、短距離内限定でないと使いようがないのか。


 ついでに気候の話をしてみたら年単位のことは知れた。この街では、あまり季節の変化がないらしく予定が組みやすいが、冬季と呼ばれる時期はある。それも短期だし、山の影響かたまに雪が降るくらいで、街が閉ざされるほど過ごしづらくはないらしい。それはありがたい。

 大きな計画となると、その冬季を一巡りと換算するようだ。


 まあ十分聞けたよな。




 ざっと説明を聞いたところで背後に動きがあり振り向くと、さっきの集団が出ていくところで、思わず声を潜めて尋ねていた。


「なんでこの時間に?」

「彼らには遠征中の者らに代わり、高ランク指定場所での討伐をお願いしていたのですヨ」

「まさか、同じ場所にあれだけの人数がいるわけじゃないっすよね……」

「そうですネ。二、三カ所、厳しい場所がありますから、それらに割り振っていただいてまス」


 そういう問題ではなくて。たった二、三にあれだけのグループが要んの!?

 高ランク者と中ランクの上位者って、どんだけ化けもんだよ……。


「それで、あんなにボロボロになるのか」

「いえ、泊りがけの依頼のため野営をお願いしているからでしょウ。山の反対側になりますから、毎日戻るよりはと一晩過ごして現地で後続と交代するのでス」


 夜勤みたいなもんか。高給取りは高給取りで大変そうだな。


 ん?

 交代まで山にこもっていたような奴らが、なんで昨日の俺の行動を知ってるんだよ!

 便利道具もないくせに余計な伝達速度だけはありやがる。

 冒険者ネットワーク、恐るべし。俺も混ぜろよな。


 しまった、殴り損ねた!

 俺の能力的に本気で殴れるなんて思いはしないが、歯噛みしつつ大枝嬢に礼を言ってギルドを出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ