08 :意気込み
「くそっ次だ次!」
勢いをつけて立ち上がり、落ち込みを振り払うように叫んだ。
分からないことは後回しだ。帰れないことが分かったんだから、これからどうするか心配しよう。
できることなんて、手荷物を確かめるくらいだけど。
周囲を見渡し、頭の中にマップを思い浮かべる。
偶然か用事があったのかは知らないが、シャリテイルが居たくらいだし、祠は他にも人が来る場所なのかもしれない。
場所アイコンの間で、人の通り道から外れる場所に見当をつけて木々の間を移動する。
といっても、やはり魔物は怖い。狭いが平らな草地があり、そこから祠の方を振り返ると小さく見える場所で足を止めた。
逆に、人が来たならすぐに気がつけると思うことにするか。
その名の通り、聖なる空気に守られている結界のようなものという設定だから、弱い魔物しか近付けないはず。
弱い奴ほど近づけないのではという疑問の答えは、性質が違うかららしい。同じ魔素といっても、聖と邪という相反する性質があるのだ。
強い魔物ほど邪の魔素が濃く、聖なる魔素とは反発する、とかなんとかいって街から遠いほど強くなる説明をつけていた。
そんなわけで、この辺ならケダマしかいないはずだが、それでも俺には厳しい相手だろう。昨日、ケダマ一匹を倒しただけでレベルアップできたのは、俺も雑魚だからだ。
だからこそ、今日の俺は昨日とは一味違うぜ!
レベルの分だけ、基礎ステータス値が底上げされるからな。
基本を8で割り振ってしまったから大して上がらないだろうが、二脚ケダマなら仕様どおりに三匹で襲い掛かられても片付けられるかもしれない。
うん、いけるいける。
今まで漠然と怯えていたが、気が大きくなったのはレベルのことを思い出したからだ。さっきな。
要領は分かったというのも大きいが、多分昨日ほどは苦労しない、はずだ。
……さすがに、ナイフを使う練習はした方がいいかな。毎回体当たりするのは厳しいだろう。
慣れてないから、慌てて取り出すと指を落としそうで怖いんだが。
せめてグローブくらいあったらマシだったのに。
草地に座り込むと、グローブが入ってますようにと願いつつ、腰のベルトにくっついていた袋類を外していく。ナイフは側の地面置いておこう。
ポンチョは今の装備の中では一番防御力が高いはずだから、脱がないように捲り上げて鞄を取り外す。
それから、くっそ固く括られているも一番大きな袋の紐を必死に解いた。
「水筒あるじゃん!」
まず目についたのは、角が丸く平べったい金属製の入れ物だ。昔の人が酒を入れて懐に忍ばせ持ち歩いていたような、口が狭いやつだがサイズはもっと大きい。
黒く艶もないせいか金属特有の硬質さは感じられないから、厳密には金属ではなさそうだ。この世界独特の素材かもしれない。
蓋を開けて手の平に少しばかり垂らす。
色に問題はないし、飲み口を嗅いでみたが大丈夫そうだ。どのみち昨日から水分を取っていないから我慢できそうもない。
口に含むと、生き返ったような気持ちになる。
一息つくと、一緒に入っていたものを広げた。どれも物珍しくはあるがガラクタに見える。
小さな木箱に入っている金属片と石の塊と紙切れ?
たしか火打石だっけ。旅してきた設定なら持っていてもおかしくはないな。
小型のナイフもある。実戦用ではないな。髭剃るのにちょうど良さそうだ。
巻いた紐が数本。袋を縛る用のスペアだろうか。
予備の袋が二つほど。スペアだろう。
それと、なんだこのゴミ。
指ほどの長さの枝だが、片側は箒のように毛羽立っている。ブラシにしても、小さすぎるし、何用だか分からない。
別の小さな袋を開けた。
ジャラジャラした二つの袋には、砕いた木の実のようなものが詰まっている。濃い茶色の欠片を嗅いでみると微かに香ばしい。ところどころ焦げ目もあるし、炒ってあるようだ。
食べ物だと分かると、今まですっかり抜け落ちていた空腹感が戻ってきた。口に放り込むと、ガリガリと齧りながら、ふやけて膨れないかと水で飲み込む。
量が無いから、少しずつ空腹を誤魔化さないとならない。
最後に背中の袋だ。
スペースのほとんどを埋めるような、折り畳まれた大きな汚い布を引っ張り出して開いた。
「お、あった!」
手首まで覆う革のグローブが挟まっていた。早速、装備だ。
喜び勇んで布を開くと、タオルサイズの布が出てくる。さらに漁る。
そして……それだけだった。
「は……これだけ?」
ざっと見て思ったが、薬草だとか着替えだとか、役に立つもんがねえ!
期待はしぼんだ。
もう少しだけと言い訳しつつ、木の実を齧りながら、広げた荷物を見渡す。
「やっぱ異様なのは、お前だよ」
コントローラーを膝に乗せて睨む。
これが唯一の現実、というか元の世界の物だ。安心していいのか悪いのか、一晩経ってもアクセスランプは青く光っている。
あちこちを押すが、昨日と変わりはない。
押しても駄目ならコマンド入力でどうだ。
「上上下下左右左右ビーエーっと」
反応はない。
「なんちゃらゲリングベーイ」
今時のコントローラーにマイクなんか付いてないし叫んでも無意味だ。
当然ながら特に何か強化されるなどの変化はなかった。
無駄に遊んでいたら、腹に圧迫感がある。
「木の実のせい? 満腹感すごいな」
こんな干からびた見た目のくせに、腹でかなり膨れるらしい。全部食ってたらと思うと気持ちが悪くなる。
飯代なんか手に入りそうもないし、これが分かっただけでも儲けもんか。
なんとなく溜息をつきつつ、荷物を片付ける。
コントローラーは、なんだかよく分からないし背中の袋にしまっておこう。
「どうすっかな」
早々にやることがなくなってしまった。
改めて、ゲームの記憶も掘り起こしたほうがいいのかね。
英雄軌跡か……時間がなくても途中で飽きても、セーブ場所を探して戻らなければなどと焦ったり面倒に思うこともなく、放置してもストレスがなく気楽だった。
ゲームを終わらせたいなら、メインシナリオを起こすフラグを立てればいいだけだ。
わざと話を進めずカンストするまで延々と金を貯めたり、レベルを上げ続けることができる。その間にも装備の強化素材を集めて回ったり等々、トロコン目指しついでに隅々まで触ったと思う。ちょっとした空き時間や、ぼけーっと遊んでいたい時にはうってつけで、結果的にやり込んでいた感じだ。
「そんな気楽さは、ゲームの中だけでしたね」
考え事だけなら、もっと安全な場所でもできる。仕方ない、街へ戻るか。
あわよくばケダマで稼げるかと思ったが、今日はなんの気配もなかった。
大人しくクエストでも受けたほうが良さそうだ。昼からできることがあるのかは知らないけどな。
なあに、ブランケットらしきものを持ってると分かったんだ。野宿もドンと来いだぜ。
そうは言っても、昨晩の疲れ具合を思い出すと不安だな。
走るとすぐ息切れするポンコツな体を恨めしく思いつつ、できるだけ急いで森を抜けた。
辺りは静かで、腑抜けたように街道を歩く。
急ごうにも走れないため、嫌でも気掛かりに考えが及んでしまっていた。
俺は、戻れないのか?
よくある物語では、戻れないのが大半じゃなかったか。
来た場所からは戻れないらしいと分かったが、それだけじゃない。
そうだ、目を背けるのはやめよう。
祠に来る直前に、派手な光にのまれたじゃないか。
感電でもして死んだのかもな。
生きていたって、戻れないのなら、あっちで俺は死んだようなものだ。
行方不明の気がしないのは、今の体が自分のものであって、違うようだからだ。
できれば、せめてそうであって欲しいといった希望でもある。
親父たちの顔が浮かぶ。
部屋でゲームしてて感電死とか哀れな死に方でも、行方が分からなくなるよりはいいと思うんだ……俺らしいって、後で、笑い話にできる日が来るかもしれないしさ。
……やめよう。
どうしようもないことだ。
あんま思い詰めても、足を止めていたらそれこそ飢え死にだ。
今ここに生きてる実感のある体があり、俺は別に世を嘆いて死にたくはない。
ゲーム的に死んで戻れるかなんてのも、試したくないしな。
別の事を考えよう。働け俺のゲーム脳!
そもそも、俺だけがこの世界に来たのか?
人族もたくさんいるようだし、俺みたいなのが他にもいるんじゃないか。
今はいないとしても、俺が一番乗りなだけで後から来るかもしれない。
なんでそんなことがといえば、魔王が復活するとかの理由しか考えられない。英雄軌跡の場合は、邪竜だ。
本当に、話の筋を追わねばならないのだろうか。
話を追うのは、本当に俺なんだろうか。
……どうあろうと、装備の強化はしておかないとな。
ギルドで依頼を受けて働くなら、どのみち必要なもんだし。
就職先が、どこぞの中小企業か冒険者ギルドかってだけの話だ。そうだ独り立ちが二年ほど早まっただけと思えばいい。
冒険者なんて大げさな名前だけどさ、結局は何でも屋だろ。バイトと同じだ。
運動部とは縁がなくとも、引越し屋に居酒屋のバイトとか体力仕事はしてきたんだ。それと変わらねえよ。
面倒臭い就活から逃れられたと思えばラッキーだ。
そう思えば気が楽になり、意欲も湧いてきた。
既にギルドへは登録済みなんだ。あてがあるって素敵なことさ!
あんたは根が楽天的すぎるから、たまには気を引き締めなさいよと、母さんには言われていたっけな。
だけど今は、そんな自分のお気楽さがありがたい。
まずは小さな目標を立てよう。
やっぱり討伐だよな。
「待ってろよ宿敵ケダマ! 今度はもう少し戦ってる感じで挑んでやる!」
気合いを入れ直すと、俺はジョギングを始めた。