79 :道を開く
西の森沿いに佇む俺の目の前には、四人の冒険者がいる。岩腕族が三人と森葉族が一人。当然のように野郎どもだ。
「ちぃっとばかし、森の中までツラ貸してくれねえかな」
そう言いつつ前に進み出たのは、三人の岩腕族の中で一番体のでかい男だ。
低ランクということは成り立てなのか、装備も一部だし歳も若く見えるが、俺と比べてこの駆け出し感のなさはどうだ。
え、俺なにやらされちゃうの。それともボコられる?
い、イジメだ。そうに違いない。だが俺は最弱の名を欲しいままにする人族冒険者。相手は同じ低ランクといえど、雑魚などではない。低と付くからといって誰にでもできる仕事というわけではないのだ。当然、俺が逃げ切れるはずもない。
「まぁまぁそんな怯えるなって。無理は言わねぇから」
「いいからいいから、な?」
思わず一歩後ずさったが、逃げ切れないならと答えていた。
「そ、そうだな。ま、まあ見るだけなら付き合ってやるよ」
弱っ! 俺、弱っ! 心根が弱すぎ!
こんな世界に来てまで日本人マインドを保たなくてもいいだろ。心でベソかきながら渋々と、四人に囲まれて森の中へと足を踏み入れた。
西の森は、中ランク指定中の中難易度を誇る場所のはず。
この近くに、ゲームと同じく難度の上がる川や湖といった場所があれば、その影響があるだろうと思うだけだ。難易度で言えば、洞穴面と同等なのではないだろうか。
現実で見れば、難易度は単純に魔物ごとの強さだけでは計れない。環境による戦い辛さも、より強く難易度に含まれる。それは泥沼もそうだが、人族以外の奴らにとっては、まだ面倒だと思うくらいのものだろう。
さすがに洞穴の中のように暗い中を飛行系の魔物が襲ってくるとか、川や湖などに引きずり込まれて素早い相手と戦うという状況は、考えるまでもなく厄介だ。それは種族別の強さも関係なく、誰にとっても不利になりえるからで、だから難易度も高めに認定されているのではないか、などと憶測を連ねる。
不安を誤魔化すためだ。
「ふんはは~ん」
「魔物、残ってねぇなぁ」
「あ? 鼻から豆飛ばし競争でもすっか?」
「てめぇで食ってろ」
俺の様々な緊張とはうらはらに、周囲の奴らは暢気に他愛もないことを話している。心配しても意味はなさそうだ。別の意味で心配になるが。
あのーそこの森葉族の人、ちゃんとマグ探知してくれてるよな?
こいつら低ランクの冒険者が余裕でいられるんなら、苦もなく対処できる程度ってことなんだと信じよう。
魔物の方はいないようだが、こいつらの用件が何かと精神が磨り減りだしたところで、でかい岩男が足を止めた。
「ほら、そこの櫛みたいなでけえ葉っぱ。あれが邪魔でよ。タロウの腕を借りたいんだ」
俺の腕……。
「まさか、草刈りのためだけ……?」
そんなことで、あんな誤解するような態度を取るのか。胡散臭いな。
邪魔だが、ただの藪でしかないと思うんだが。
「そんな、てめぇで刈れってな目で見んなよ。あれっぽっちの話じゃねえんだ。ほら、よく見ろ」
言われて森の中、方々に視線を向ける。
シダ植物っぽい葉の束があちこちにあった。櫛というかすだれと呼べそうなほど細かく葉が分かれており馬鹿に広い。そのまま千切って干したら、すだれとして使えそうだ。ただでさえ幅を取ってるのに、言われた通りあちこちに見える。
なるほど。ものによっちゃ、完全に視界を遮るほどに繁ってるな。
「で、どうだ。やれるか?」
でか岩男が指さすと、俺の邪魔にならないようにか皆がやや下がった。
試せってことか。
いいだろう。その喧嘩、刈ってやるぜ!
俺は自慢のナイフを取り出すと、すだれ草を見据える。
といっても、いきなりちょっと、もさりすぎるな。
おっ、こっちのがちょうどいいな。近いし。
だから移動して、そいつに掴みかかった。
「ぉあっ!」
突然の叫びは森葉族の野郎だが、何事かと振り返る間はない。
俺の眼前にはでかいケダマが飛び出していた。
「わあっ!」
俺も叫んでしまった。
だが、甘い!
こんな時のためにとナイフを顔の前に出して構えているのだ。
俺の胸倉めがけて飛びこんできたケダマを、とっさに左手で抱き込むようにしながら、その胴体へとナイフを突き立てる。
「ケャゥッ……!」
癖になっていた行動が身を助けた。日々の鍛錬とは大切なことだよ。まったく。
汗だくなのは冷や汗じゃないから!
「フオッ! おいおい、おい! なんだよ結構戦えるんじゃねえか!」
「ほー、四脚ケダマ程度などものともしないのか」
囃し立てて見ているがな。
「魔物はいないんじゃなかったのかよ」
ぎろりと四人を睨むと、怯んで言い訳を始めた。
「いやぁ、だから魔物のいない藪を教えたのに、急に方向変えるからびっくりしちまってさ!」
「お前だってわかんないだろ。教えたのは俺だぜ。あっ、気配はもうないぜ」
森葉族の人、俺に直接言ってくれよおおっ!
しかし四脚ケダマが出るなら、いきなり南の奥の森程度の難易度はあるんじゃねえか。やっぱり俺には厳しい場所だったようだな……。
気を取り直して、根元を掴もうとすだれ葉っぱを掻き分けた。地面を見て手が止まる。
……ソテツっていうんだっけ、ヤシの葉みたいなものが生えている木? 木なのかはしらんが、子供のころは蛾の触覚みたいで気持ち悪いなと思っていた。
どうやらこの草は、そいつにそっくりだ。問題はその松ぼっくり部分が地面に埋まって、葉の部分だけが地上に出ているような植物だってことだ。
これ、本当に刈るだけしかできなさそうだな……。
岩腕族の丈夫な腕と炎天族の馬鹿力をもってしても、根っこから引き抜くなんて無理だろう。
掘りゃいいんだろうが、一々掘っていたら木の根も痛みそうだ。つうか、すでにこいつらのせいで木は栄養不足なんじゃないか?
ふと見上げてみたが、辺りの木々の背は低く幹は細い。関係あるのか知らないが、実はこんなでも共生関係とかあったりして。
「こいつ、どこまで生えてんだ?」
誰に聞いたわけでもなかったが、返事はごちゃっと返ってくる。
「そういや、この西の森入り口周辺だけだな」
「川があっからじゃね?」
「泳げないんだろうな」
「ちげえだろ。川で環境が変わるんじゃないかってことだ」
ほう、やはり川があるのか。
聞けば、すだれ草は奥に行くほど減るらしい。
なんだ、この辺だけなら取っ払っても大丈夫そうだな。
では早速。根元をむんずと掴み、ザクザクと切ってみた。
そこで俺のやる気は下がり真顔になる。
なんで俺にわざわざ頼むのかと思ったが、こういうことかよ。
太い茎の千切れ飛んだところから、瑞々しい水滴が飛んだ。その滴を受けたグローブに、切った葉がやたらとくっつく。触ってみたらベタツクじゃねえか!
じーっと、でか岩男を見た。
「い、幾ら岩肌つってもな、なんにでも耐性が高いってわけでもぉなくてよぉ」
「素手で触っと痒くなったりするんだぜ、なぁ?」
あきらかに動揺してると思ったら、森男がとんでもないことを言い出した。
毒持ちかよ!
「この葉の減る場所まででいいんだ。ちょっと先に開けた場所があってよ。そこまでの道を開いてくれたら助かるって思ったんだよぉ」
「だったら初めから、そう言え」
「さーせんっした!」
四人は思い切り頭を下げ、顔を上げると情けない笑みを見せる。たんに調子がいい奴らなだけのようだ。すっかり俺も緊張が緩んでしまった。
「まあ、適材適所だよな。魔物は任せるから」
「ぉ、おうよ! 任されてやらぁ!」
「そうさ俺ら仲間じゃないか!」
いつからだ。まあ冒険者仲間ではあるか。
「フフ、俺たち低ランク冒険者たちの活躍が今、終焉を迎えるぜ!」
「終わったらダメじゃないか?」
「そこ省略しただけだい」
「誤魔化すなよぉ」
しかし武器を手にしてはいるが、どこをどう見ても立ち話してるようにしか見えない。まるで俺だけが仕事してるようだ。
多分あれで辺りを警戒してるんだろう。そうだ、俺とは違う体の作りのはずだし、そうに違いない。
今度は適当に打ち合いなんぞ始めたが、暇だからではなく、わずかな時間も惜しんで鍛錬をしているのだ多分。
「おい、それ以上下がると、餌食だぜ?」
「はん、そんな手をくうクワッ!」
打ち合いする森男の忠告に、藪の近くへと後ずさった、でか岩男は叫んだ。
叫んでぐるぐる走り回っている男の尻に、四脚ケダマの足が食らいついていた。
全然警戒してねえ!
「あーあ、だから言ったのに。魔物の餌食だぜって」
「省略すんなよ! しッ尻がなくなるぅ!」
「だろ? 大事な部分を端折ったら駄目なんだって学んだな!」
「こじつけんな!」
「うはは」
「お前ら、いつまでも遊んでんじゃないぞ」
青筋立てて尻を齧られているでか岩男は、罠に陥れた森男を追っている。
それを仲裁しようとして動く中岩男と小岩男。
仲間か。ちょっと羨ましい。
尻の魔物を仲間が斬り倒し、走り周っていたでか岩男は笑顔に戻った。切り替えが早すぎる。俺も見習うべきだろうか。
「おっと、すまねえなタロウ。脅かしちまったか。あんくらいの魔物ならどうってことないからな。安心しろよ!」
泡食って騒いでただろうが!
即席低ランク冒険者パーティーか。そうなるよな?
背後を仲間に守られながらなんて微妙だが、そう思うと俺は視界確保に一層精を出した。




