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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
駆け出し冒険者生活

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72 :殻の剣・改

 宿に戻り、おっさんに声を掛けると、一抱えもある果物を収めた道具袋をカウンターに置いた。


「嫌いじゃなければ、みんなで食べて欲しいんだけど」

「なんでい、こりゃ。果物なんてご馳走がもらえるんなら嬉しいが」


 おお、果物で正解な上にご馳走とまで言わしめるか。すごいな赤身。

 待った。これだけの量で300マグぽっちだぞ。ものすごく安いはずだ。おっさんとこの飯換算だな。


「安かったから買ってみたんだ。おっさんところの畑じゃ、果物は作ってなかったよな?」

「安かった、ねぇ」


 そこに勘を働かせないでくれ。


「いやぁ、客からのお裾分けなんておかしな気分だと思ってな。ありがとうよ!」

「じゃ晩飯頼んます」

「おう、待ってろ」


 ほくほく顔で果物を抱えて、おっさんは裏手に消えた。

 良かった、謎生物とかじゃなくて。

 こんなことくらいしかできないけど、喜んでもらえると嬉しいもんだな。


 今日の晩飯は何かな?

 いつも通り野菜汁と鈍器パンと漬物に違いない。野菜の隙間に身を潜めた、肉を探しだして駆逐するのが楽しみの一つだ。

 すっかり気が緩んだまま、人の幅ほどしかない食堂への扉を開いた。


「……ふおっ!?」


 うっかり叫びかけたが飲み込んだものの変な音が口から洩れた。固まった俺を、四対の目が捉える。そこにあるはずのない存在だ。

 そっと扉を閉じてと。


「おおおっさん!」


 カウンターに乗り出すようにして、出来るだけ小声で壁へと呼びかけた。


「そう急かすな。鍋を引っくり返すところだったぞ」

「おっさんが、鍋?」

「大鍋だから力仕事だ。まぁ大抵は俺が作ってるが、手の空いたもんで交代してんだよ」


 女将さんの存在を知ってから、なんとなくおっさんは運び係なのかと思っていたが作るのか。自分で言うだけあって働き者のようだ。だからそんなこと今はいいんだよ!


「おっさん、食堂に不審なやつらがいるんだ!」

「なにい!? 不審な連中だと?」

「ああ、見たところ冒険者崩れの柄の悪い連中だ。まるで普通の泊り客のふりして和やかに雑談してるが、ここに客なんているはずないし」

「そりゃ客だよ! タロウ、おめぇもそんな風に思っていたのか」


 俺も、ってなんだよ。さらっと自虐入れないでくれ。

 つうか客って、まじかよ。


「今は行商の一団が来る時期なんだよ。なんだ、知ってるから衝動買いしてきたんじゃないのか」


 あの露店売り?

 だから、どことなく見慣れない雰囲気だと思ったのか。しれっと衝動買いしたのがばれてたが聞き流そう。


「多くの人間が移動する街道には、国も定期的に見回りを出してるという話だが、山脈を超えるのは危険だからな。ある程度大所帯になっちまうんだと。だからこの時期は、行商人だけでなく他所の街の冒険者が溢れてんだよ」


 へえ、主要な都市から離れた辺境らしいもんな。

 国が直接に関わるのは物資の配給だか、ギルドや砦レベルでの話だけで、外とは隔絶されてるのかと思っていた。

 こんな風にして民間で交流する機会もあるんだな。


「それで、こんな宿まで人があぶれていたのか」

「……おいタロウ、さっきから俺の宿に何か思うところがあるみてえだな?」

「いやあ本当に安くて飯は豪快で主人は気さくで良い宿デスヨネ!」

「調子がいいな!」

「はは、ゴメン。初めて俺以外の客見たから驚いてさ」


 借金取りが店に居座って嫌がらせしてるとかじゃなくて本当に良かった。そんなのが居るのかは知らないけどな。


「あんた、食事出来たよ。タロウ、果物ありがとうね!」

「おっと、タロウは席で待っててくれ。先客に運ばにゃならん」

「邪魔してごめん!」


 女将さんが顔を出したのに挨拶して、俺も今度こそ食堂に向かう背に声がかけられた。


「いけね。タロウ、ベドロク装備店から伝言だ。品物が出来たそうだぞ」


 おおっ! 待ちに待った俺の武器!

 探索は控えると決めたから、次にいつ活躍するか分からないし無駄な出費になってしまったかもしれないが。少しでも質の上がった武器を持っていて悪いことはない。飯食ったら早速受け取りにいくか!




 ベドロク装備店の作業場には、またしても装備が積まれてあった。繁殖期ほどではないが、またストンリは眠そうだ。


「行商来てるだろ。持ち込みだよ」

「ああ、そういうことか」


 修理依頼が一度に来るとは大変だ。

 ストンリはカウンターの荷物の脇から、布にくるまれたものを取って俺に差し出した。


「ほら、新生なんたらだっけ? 強化した殻の剣」

「おお、これが! あ、その新生云々は忘れてくれて構わないから」

「時々、タロウの言ってることは訳が分からないよ」

「頼むから気にしないでくれ。それで、どう変わったのか聞いてもいいか?」


 できれば分かる言葉でお願いします。布を開いて剣を見たが、俺には違いが分からなかったのだ。


「今回はしっかりマグ加工を施した。同等の素材相手――例えば、カラセオイハエ相手でも簡単に砕けることはないよ」


 見た目はこれまでの殻の剣と変わらないが、なかなかの強化なんじゃないか?

 言われてよく見れば、なんだか輝きが違う気がしないでもない。

 ……見栄を張るのはやめようか。分からん。


「そりゃすごい。すごいが、それって結構手間かかってんじゃないか」


 手間だけでなく材料も?

 マグ強化って、そのままマグを利用するんだと思うけど、どうやるのかは分からない。今まで頼んだものは、さくさくと作製していたが、ありものだからと言っていたっけな。

 殺傷力に繋がるということだし、今回強化した分の使用マグ代金だって安くないはずだ。


「まあ、試作も兼ねてるから」


 待とうか。

 なんだよ試作って。


「こうしたら、もっと丈夫になるだろうってのを試しただけだ。従来のやり方から大幅に変えたわけではないし、品質が劣るということはないから心配ない」


 まあ、ちょっとこうしてみようかなって機転を利かせたくなることはあるよな。

 気持ちはわかる。しかもあまり取り扱われることのないという低ランク素材だ。

 ストンリにとっては趣味のようなものなんだろう。それはいいとしても。


「あんまり安くされるのも、貸しを作ってるみたいで気が引けるからな。本当に、強化分も合わせて三千マグで収まるんだろうな?」

「こう言うと、こっちだって手間賃を貰うのすら気が引けるからあれだが……運用実験とでも思ってくれ」


 俺は、お前の実験体なのかよ!


 今言い切るときに、すっと目を逸らしたな。

 いや大丈夫だ。今まで買ったもんにも、なんの問題もなかったじゃないか。人を信じるって大切なことさ。


「一つ、忠告しておくことがある。道具には向き不向きがはっきりしている。悪いが、植物を切るには向いてないから」

「そっちはいいよ!」


 くそっ、こんなところまで噂は届いているのか……。


「とにかく、討伐では実際、この剣には随分と助けられたよ」


 ストンリはうんうんと頷いている。

 泥沼の魔物には通じなかったが、ストンリは低ランクの魔物であれば問題ないと初めから言っていた。俺の方が無知で信用ならないのは確かだ。

 それに、自分で稼いだ金で頼んだもんだ。満足に決まってる。

 代金を支払って剣を受け取ると、ストンリも、ほっとしたような様子を見せた。


「金が貯まったら、また依頼に来るよ」

「また素材の持ち込み頼む」


 それは……どうかな。また妙な商品が増えたら責任を感じてしまいそうだ。




 帰りの道すがら、布に包んだ剣をニヤニヤと眺めた。

 ストンリの在庫処分品ではなく俺専用に作られた剣だ。

 すげえ盛り上がるな!


 試したい。

 試し切りしたい!


 でも明日も無難に南の森周辺で活動するつもりなのが残念だ。南の森で使うにはもったいない気もするが、ケダマどもを切り伏せてしんぜようではないか。

 そう明日も無難に……あ、無理だ。フラフィエの依頼がある。


 ギルドを通したりと時間差があるからだろう。通常、依頼の期間にはゆとりがあるものらしかった。

 おっさんからの看板掃除依頼を受けたときも、依頼期間は一巡りほどの間で好きな時に仕事してくれて構わないという話だった。

 だから、ああいう感じだろうと思っていたんだ。


 それがフラフィエのやつ、今日依頼書を持参して明日から頼むって、こっちの予定はお構いなしだ。突っ走るタイプっぽいもんな。

 俺には緻密に組み立てた草予定が……ないな。


 もちろん、ありがたいことだ。報酬は、8000マグ。今の俺に断る選択肢などない!


 宿に戻ると、少し悩んだ末に剣を入れ替えることにした。仮で買った元と同じ性能の殻の剣は、布にくるんで箪笥にしまう。予備があるというのは安心できるな。

 鞘に殻の剣・改を納めると、寝る準備を始めた。



 ◆



 道具屋フェザンに顔を出した俺は、眩暈を覚えて項垂れていた。

 対してフラフィエは、何かを吹っ切ったように爽やかな笑顔だ。


 この繁盛してるのかどうかよくわからない店が、結構な額を支払おうっていうんだ。店の状態を見ても一目瞭然だったはずだ。

 とんでもない仕事量となるってことにな!


 しかも、なんだよこれ。箱が増えてんじゃん。

 ただでさえ通路でしかなかった床部分は、横にならなければ通れない状況になっていた。どうせ依頼するからって、奥からあれこれと引っ張り出してきたらしい。


「今日は来ていただいてありがとうございます。タロウさんの、お片付けの手腕は大したものだと評判を聞きまして」


 草刈りの話がどう変化してるんだよ。


「確か、整頓方法の模索というのが依頼内容だったな」

「はい! これらをうまいこと配置換えしていただけたらなぁって!」


 普通に大掃除じゃねえか!

 あくまでもカオスと認めたくないらしい。そこはもういい。


「これ、一日じゃ無理」 

「もちろん、そんな無理は言いませんよ。ひとまず三日ほどで区切るとして、依頼は一日分ずつ出しますから、毎日8000マグお支払いします。いかがですか?」

「そうだなそれでやってみようじゃないか!」


 何を即答してんだ!


 まずはどうこのパズルをクリアするか作戦を立てなければ。

 決して落ちゲーに変化させてはならないのだ。


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