71 :日常が戻る?
昨日は一日中、難敵を屠り続けたが、素早く動くようなことはないため筋肉痛はない。ないが、疲労感は残っている。眠いだけで気分は悪くないのは、思いっきり力を出せたからだろう。
「ふぁ、今日も草刈り、じゃねえよ。冒険者らしく依頼に励むとするか!」
のろのろと階下へ降りると、薄暗い宿屋の入り口に、晴れやかな笑顔のおっさんが立ちふさがっていた。ちょっと怖い。
「タロウおはようさん! そろそろ降りてくると思ってよ。飯は出来てるぞ!」
「おはよう……ありがとう」
おっさんではなく、かわいいこから聞きたい言葉だと思う。無念に思いつつ飯を食い始めるが、おっさんは珍しく立ち去らずに話し出した。
「いや大したもんだぞ? 人族で冒険者になろうってやつは、やっぱなんか持ってんだろなって評判だ。しかもこの街でだからな!」
おっさんは、褒め処のよく分からない俺の偉業とやらを、嬉しそうにまくし立てる。いかにも井戸端会議とか、親戚が集まると始まるような内容だ。あそこの誰々がなんたらでーあらすごいわねーってやつ。大してすごそうには聞こえない。
朗らかなおっさんに、やや引きつつ適度に相打ちを打った。
自分でもやりすぎたとは思ってる。
けど、いつも思うが情報早すぎだろ!
誰にも負けないと自負する俺の力で、冒険者として街に貢献する。そのために考えた取り組みが、成功したんだと思えば安心したよ。
そりゃ間違ってはいないけどさぁ……いや、せっかく嬉しそうにしてくれてるんだし、文句つけるなんて贅沢だよな。
「伝説の草刈り人として名を馳せるなんて、そうそうできることじゃないぞ!」
できなくていいよ!
「たまたま偶然、はかどっちゃっただけだから!」
俺は泣きたくなる気持ちをこらえて宿を飛び出した。
「なんで、こうなる」
自分にどこまでできるか、図らずも己の能力が浮き彫りになった。
力は正しく使ってこそ真価を発揮する。その結果を目にしたわけだ。晴れ晴れとした気分になってもいいはずだが、拳を握りしめて草むらを穿つ。
「だからってなぁ、草ばっか退治したって金にはならねえんだよ!」
というわけで、本日はケダマ草採取を多めでいこうか。こいつは憎きケダマの親玉と思えば草成分は半分だから含めない。
幾ら初心に戻って数日は大人しく過ごそうと決めたからって、昨日はあれだけやって150マグ足らずだからな。ケダマ草採取なら、合間に駆除しながらで収入は増すし、少しは取り戻しておこう。
まあさっさと刈ってしまいたいのはあるから、草束ピラミッド二つ積んだら移動するってことにしよう。できれば西の森付近の、まばらに刈られた辺りまで早く行きたい。そうすれば、あの辺で警備してる冒険者たちの役に立てるだろう。
いや役に立つとかどうでもいい。あんな中途半端だと揃えたくてウズウズするんだよ!
やばいな。なにか変な性癖にでも目覚めたのか。
ああ、多分これが職業病というやつなのかもしれない。
というわけで、引き続き草原と畑との境目を刈っている。
草ばかりでは稼げないと言ったがカピボーくらいはいて、まばらに生えた低木周りの茂みから、時おり飛び出してくる。
「ぴキャーッ……!」
しかし、俺が草を刈る勢いのついたナイフの軌道に飛び込んで、勝手に退治されていった。まったく間抜けた魔物もいたもんだ。
「こいつに苦労してたんだよな……」
ふっ、思わず遠くを見てしまうな。
目を向けた草原の先には、うっすらと花畑が見えた。泥沼を見たら次は目指してみようかと思ってたな。
それを否定するように首を振っていた。
「行かない。今は行かないぞ」
洞穴のカラセオイハエは、飛ぶといっても背中の殻のせいで遅かった。だが花畑面のスリバッチは元が蜂だし、もっと機敏だろう。
ついでにケムシダマと同時に出てこられてトリモチに捕まったら……とてもじゃないが対処できると思えない。さすがに泥沼の比じゃなく無理だ。
もちろん、いずれは挑戦する。年単位で先のことになるかもしれないが、首洗って待ってろよ。
「ちゃららーん、タロウは忍耐力が上がった!」
草刈りに一段落つけると、南の森へとケダマ草摘みへ向かった。
強い西日が森に差し込み、顔を上げた。そう呼んでいいかは知らないが、一応は西側に太陽もどきは沈む。日が暮れる前に切り上げよう。
「よしよし予定通り、無難に一日を終えたな」
草討伐に、草殲滅だが……。
それだけではなく低ランク魔物も狩ったけどさ。いや、これが無難になったと思うのも、かなりの成長だよな。
しかし新たに道具袋を買い足しておいて良かった。俺の探すスピードが遅いためか、ケダマ草はやたらと増えていた。少し探す範囲を広げてみたせいもある。おかげで今日のところは良い稼ぎになった。気が付かずにいたら、シャリテイルから、さぼってたのかと文句を言われるところだったな。
新しく買った袋からは、茎があちこちからはみ出ている。普通は、こういうものなんだろう。
ケダマ草袋を手に、ご満悦で通りを歩いていたら、やたらと人が目に付いた。
夕飯の買い出し時間は過ぎたはずだが、今日は一段と賑やかだな。と思ったら人垣がある。
好奇心に足を早めて近付くと、通りの店のない民家沿いに、ゴザを敷いた区画ができていた。
街の人が協賛のフリマ?
にしては雰囲気が微妙に違う気がする。どこがどうとは言えないけど。
ゴザのそばには木箱に車輪がついたような荷車らしきものがあり、肉の塊だとか、果物だか野菜だかが盛られた籠が並んでいる。売り物は様々だが、同じような形で物を売っていた。
その一つに、視線は吸い寄せられる。色合いに違いはあるが、焦がしたピーナッツのような見た目は……あの木の実だ!
「どうだい、良い品揃ってるだろ! 何が欲しいんだい。今しか買えないからな。悩んでる暇はないぞ!」
「あの非常食は!」
「お目が高いね。このズシリとした量で、なんと1000マグだ!」
「高っ!」
「ええっ!?」
物売りの男が持ち上げて見せたのは、俺が持ってる袋よりも小さい。握り込めるお手玉サイズだ。
「あーごほん。冷やかしじゃなく。そ、そう、そっちのリンゴで!」
「リンゴ? これは赤身だよ。一杯で300マグだ」
肉かよ!
「では、それを……」
「ありがとさん! 売り切れるまで売ってるからまた来てくれ!」
くっ、無駄遣いは昨日だけのはずが、よく分からないものを買ってしまった。
袋に入れてもらったものを腕に抱えると、渋みがあるものの微かにフルーティーな匂いが立ち昇る。果物に間違いないらしい。
世話になってることだし、おっさんたちに渡せばいいか。嫌な顔されたら自分で処理しよう。
まさか木の実があれほど高価だとは。俺の初期装備って、十分に恵まれてたんだな。野宿前提の恰好だった気もするし、初めから宿に泊まろうなんて思わなければ、もう少し金も貯められたのかもしれない。
その場合は、服と体を洗えないのにどれだけ耐えられたか分からんが。
ギルドの扉をくぐると、戻っていた連中から囃し立てられた。
「おいおい聞いたぜ! どうなってんだお前さんの仕事ぶりは!」
「ああ、耳を疑ったよ。こりゃ、低ランクの活躍じゃねえってよ」
「冒険者街ガーズ史上かつてない殲滅戦だったってな」
「奴が通った後には、草一本生えちゃいねぇ……ヒュー!」
まるで草刈りの話とは思えませんね。
あ、大枝嬢が生えてる。窓口の癒しよ!
揉みくちゃにされながらどうにか窓口へ到達した。
「まあ、これほどのケダマ草をありがとうございまス。ちょうど不足気味らしく助かりましタ」
ぐにゃりと微笑む大枝嬢を見ると、一緒にお茶したことを思い出して、気まずいような恥ずかしいような気分だ。
努めて普段通りに報告だ。道具袋とタグを渡したが、精算処理の前に大枝嬢は紙切れを差し出した。
「依頼書?」
「ええ、道具屋のフェザンさんから、指定依頼のお願いがありましタ。断っていただいても、なんの問題もありませんので、内容を確認して判断してくださいネ」
大枝嬢がケダマ草の確認をしている間に、目を通した。まあ簡潔な一文と金額しかないんだが、その内容に頭を抱える。
「整頓方法の模索って……おい」
結局人任せにするのかよ!
ううむ、全力で断りたい。でもなぁ。
できれば買い物に行くたびに、リアル落ちゲーでゲームオーバーするかもとハラハラするエンターテイメントは味わいたくない。
それに……何よりも気持ちが傾いた部分を凝視する。
「良い報酬出しやがって」
金額にあらがえず、俺はフラフィエの大掃除仕事を引き受けることにした。
何も起こりませんように。




