70 :本領発揮!
すっからかんの清々しい朝だ。
禊を落とすと共にタグのマグも消えた。
昨晩の内に宿代を払っておくことにしたんだ。雨風を凌ぐ場所は確保できたんだから、数日は無理せず、また十日かけて次の宿代を稼ごう。
それが出来るのも、これまでの無理や無茶が無駄ではなかったからだ。
十日分の宿代4000マグ。それを確実に稼ぐ当てはできている。
ツタンカメンwithヤブリン!
俺でも安定して倒せる中では、一番少数で短時間に稼げる魔物チームだろう。
全体量が少ないようで、日に三組も見ればいいところなのが難点だが……。
いや魔物が少ないことは喜ばなけりゃならんよな。
稼ぎが悪く野垂れ死ぬのは俺の勝手だけど、少しでも魔物が減って安全な場所が増えてくれる方が社会にとっては重要なことだ。ああそうだとも。
「いじけてる場合じゃないって」
まぁ、かなり買い出ししたことだし、当分は日用品に頭を悩ますこともない。
まだ足りないものはあるが、靴にしろ今すぐ必要ってほどでもないし、次に余裕ができたら買えるものだ。
それにしても参ったのは保存食だ。
非常用にあればと思った程度なんだが、簡単には入手できない代物だった。
なんの変哲もない炒っただけの木の実と思っていたし、店頭で見当たらずに忘れてたから結局買わなかったんだが、おっさんに見せたら目を丸くされた。
「そんな良いもん食ってたのか。道理で無一文だったわけだ」
「良いもんって、これが?」
栄養バランスを考えた数種類の木の実からできており、種類ごとに風味が違って飽きも来ない一部に人気の商品だそうだ。しかし腹持ちのいい実が高価らしく、便利だが実際に持ち歩く冒険者は多くない。軍の遠征でもあれば優先されるもので、一般に買われるようなものではないとのことだった。
それもそうか。こんな少量で腹が膨れる便利なものが巷に溢れてるなら、おっさんとこだって食事に混ぜそうなもんだよな。
なんてこった、俺は知らずに商機を逃していたのか……。
「これ売って、おっさんとこの飯を食い続けていた方が良かったじゃないか!」
「みみっちいこと言ってんなよ」
そんなことを思い返しつつタグを見る。
すっからかんと言ったって、文字通りのゼロではない。透明な部分が多くなったタグを目の前で揺らす。ゲームの新作ラッシュがあった、バイト代が出る前の週の財布の状態に近い気分だった。
「完全に空っぽでないだけ、俺もマシになったもんだ」
準備を終えると、南の森側へ向かうべく宿を出た。
十分にへこんで発散した。懲りずに仕事だ。
「ああそうだ。懲りて、たまるか!」
俺の人生だ。
まだ大して時間が経ったわけでもないのに、なんとなく気にかけてくれる人たちがいる。
だからこそ、その人たちのためにも、手を抜く気はない。
俺なりに気を付けたって穴だらけだろうが、自分なりに考えて対処し、ちょっといけそうかなという線に挑み続ける。
俺が好きだったゲームの中の街。
そして今は、現実として好きになりそうな街だ。
ここに住む人たちのためにも、出来ることを増やしていきたいじゃないか。
何よりも俺自身が、この街の一部になれたってことを自信もって思えるようになりたい。
俺では、無理をおさなけりゃ、次にも進めやしない。
だけど俺なりに最大限の力を発揮できる手段は、ある。
街の周囲を下見したとき、他に魔物討伐を効率よくこなせる冒険者は、いくらでもいると気付いた。低ランクでさえだ。
だが、奴らになくて俺のほうが効率よくできる仕事があったのさ。
そう、工作活動だよ。
工兵っていうと、すごく……いい。おひとりさま工兵部隊だ。
前線の冒険者たちが魔物を狩りやすいように、俺は――遮蔽物を撤去する!
「というわけで、草を刈りマース」
ま、初心に戻るということで。
だが、たんに初めに戻ったわけではない。
どう考えても、慣れだけとはいえない身体能力の向上が見られる。草の根元を楽に掴めるようになり、ナイフの一薙ぎで掴んだ分を刈れるようになった。その速度も上がっている。
元から備わっているらしい持久力の高さと相まって、恐ろしい収穫量を誇るようになってしまった。
そうでなければ、半日足らずで五十束も刈れたのは異常だよ。
その事実を踏まえて、ちょっと作業の仕方を変えてみようと思うんだ。
今までは一日の平均収入を上げることに躍起になっていたから、草刈りとケダマ草採取と魔物駆除を混ぜつつ作業をこなしていた。
ただしそれでは移動時間がかかる。
今の能率で草刈りに専念したらどうなるか……ごくり。
幸いにも、一日くらい収入が減ったところで大差はない。元から大した稼ぎはないし……。
だったら、試してやろうじゃないか!
「緑の海の雫よ、集まれ。我が手により、集いて山となれ……草薙のナイフ!」
どうだ。今のは、そこそこ痛々しいんじゃないか?
「人間草刈り機とは俺のことだぜ! うおおおお!」
涙をのんで草を刈る。孤独な殲滅戦だ。だが、戦いとは孤独なものなんだよ!
無心で作業に没頭していた。
タイムアタック時の、高揚が体を支配する一時は楽しい。集中度合いは我ながらキモイものがある。
また一つ草束ピラミッドを作り上げたところで、ふと余計な考えが忍び込んだ。
俺にできることか。
俺の役割ってなんだろうか。
ただ生きていくのなら、微力すぎようが自分自身の生活がかかってんだから、周りになんと思われようとしがみついて働くけどさ。
そうじゃなくて、俺がここにいる理由を考えてしまう。
そりゃ自然現象だって解明されていないことはたくさんあるし、宇宙のことなんてなおさらだ。
俺は特にオカルトにもSF的なことにも興味はなかったから詳しくはないが、ここが別次元だか平行世界だとか、そういった未知の場所だとしてだ。
そんな人の目で見えるはずのない世界線を越えてしまったなんてのも、自然現象の一部なのか。
ただうっかりして異次元空間のエアポケットにダイブしちゃっただけで、特に意味なんか無いってのが本当のところだろうか。
だったら、俺が今ここにいることに、意味はないのだろう。
けど完全な別世界が、誰かの創作物とこうもリンクするもんだろうか?
そういうのも、一まとめに自然現象といえるのかもしれないけど。
「なんだか来た当初を思い出すな」
あえて避けていたのか、忙しくて気が回らなかっただけか。
今さらゲームと比べてどうだとか気にしてどうすると、昨日は考えた。
だけど、今までのような意識の仕方はしていないつもりだ。似て非なる世界、とまではいえない類似も含めて、そのまま受け入れ、そして矛盾するようだが受け流そうと思う。
だって、俺の記憶から家族のことや生まれ育ったことと同じく、ゲームの記憶も消せないんだからさ。考えがそっちに流れるのも仕方がないってもんだ。
それで改めて思うことは。
始まりの地点は違えど、ゲームと同じキャラクターに世界観だ。すっかり時間軸も同じと思い込んでいる。
だけどそれが勘違いだったら?
この世界での俺が居る時間軸ってのが分からないことには、判断のしようがないだろうな。
でも実際、俺以外に人族の冒険者がこの街にいない以上は、ストーリーが進んだ後とは思えない。ましてや邪竜を再び封印した後の世界ではないだろう。
そんな人族で英雄的活躍をした冒険者がいたなら、それこそ憧れて目指すヤツはいるはず。それに、ここまで最弱なのにと哀れまれることもないだろう。
そこも同じとは限らないけど。
しかしゲーム開始時、邪竜は数十年前に一度、封印されていた世界だった。
その封印が解けかけているから、再び封印をするというのがゲームの主人公の目的だった。
この世界でも、数十年前に封印されたとシャリテイルが言っていた。そのシャリテイルが存在しているのだから、二度目の封印後ではない。
そうだな。邪竜か。
祠の謂れや、山の話をもっと尋ねてみるのもいいかもな。
……ゲームにあったことが無いということはない、か。
これはヒントという気がする。
こんな謎解きゲーじゃなかったんだが。
まあ、徐々にでもいいからゲームとの齟齬を減らすのは、今後の生活の上でも大事だろう。考えの手掛かりになりそうな発見は歓迎だ。
発見するにはやはり、俺自身が恐れずに色々と行動して、体で情報を収集していくしかない。
だから頭の奥に刻んでおこう。
そして、またへこんだら何度でも思い返せばいい。
それなら、この人生を楽しむほかないんだってな。
今は踏ん張りどころだ。
そうだ、新ハード購入へ向けて目標額まで一生懸命にバイトに明け暮れた、あの日々を思い出せ!
俺が移動するたびに、邪悪な緑軍団が薙ぎ払われていく。
振り返れば、幾つもの草のピラミッドが点々と後に残されていた。
「これは、やっちまったか……?」
なんて高性能な体なんだぜ。
そう思えるのが、こんな仕事にだけってのが泣ける。
俺は南の森付近から脱し、草原と接したあたりまで進出していた。
この辺から柵が遠ざかる。
普段は柵の近くまで運んでいたが、今は畑を囲む通り道の側に積んでいた。
やや傾斜があって外側へと下る土手のような場所の下だ。
人の手が入った付近のようだし寄せてはいるが、なにぶん量が多すぎる。
運ぶ必要はないと言われていたが、これは手伝った方がいいな。
というか俺は馬鹿か。
今さらだが、保管にだって場所を取るよな。
置き場にも困るようなら、埋める作業も必要になるかも。
それは覚悟しておくか。きっと穴掘りだって人族には向いた仕事だろう。
干し草倉庫も一定の間隔で建っていて、それぞれを近所の農夫が管理している。
おずおずと近場の干し草倉庫管理人に報告に向かった。
「すみません、管理人さん。刈りすぎちゃったんで運ぶの手伝います」
「おお、あんたか。いつもご苦労さん。一人に刈らせておいて後始末までなんてムゴイこた言わねえよ。ははは!」
かなり南の森から外れたし、ここの管理人とは話した覚えはないんだが。
おっさんにしろ他の冒険者にしろ、俺って農地で評判だとか聞いたな。
なんでたかが草刈名人が評判になるんだよ?!
「でも半端なく多くて」
「ああそうだろうな、話は聞いてっからなぅはっ……?!」
土手の下に並ぶ山を見下ろした瞬間、管理人は喉を詰まらせた。
さすがに驚きすぎだと思う。
「ひ、人を呼んでくる……待っててくれ」
「はい……」
数える前に運ぶことにしたようだが、それだけでも大変だ。
「結局運ばせちまってすまん」
「なんだか、余計に手を取らせちゃったみたいで」
「いやあ、これでしばらくは悩まされずに済むんだから助かるよ!」
近所の人総出じゃないかこれ。
近場の住人だけでなく、畑を手伝っていた低ランク冒険者たちも手を貸してくれた。
ひとまず畑沿いにかき集めてもらったが、防柵かなんかですか。
それを数えてもらうと、百五十束近くあった。
騒然となる大人たちの中で、子供が草の壁に取り付いてはしゃぐ。
「す、すげー! 兄ちゃん弱っちい冒険者ってほんとなのか? 力持ちじゃん!」
ぐさあっ!
いいか少年。力はなぁ、いらねんだよ!
「人族はずっと働けるだろ。時間が味方してくれるのさ」
ふっ、そう言い聞かせて俺は頑張るぜ。
「おーっなんか恰好良さそうなこと言ってら!」
良さそうってなんだ。恰好いいだろ!
「ほれ、そろそろ日暮れだ。家に戻ってろ」
「はーい!」
管理人は他の住人に、一部を放牧地側の畑へ回すと告げていた。
なんせ今まで刈った分もあるからな。
ああ、放牧地に回せるなら、もう少し刈っても良さそうか?
いや、あっちはあっち側で刈ればいいか。
今日は刈るのを中心にしたから、根まで引っこ抜くのは多少さぼった。
すぐに生えてくるようなら丁寧にやったほうがいいだろうけど、まだ周期がよく分からん。
大体の話は聞いてるけど、実際の感覚的な情報も欲しいからな。
話と作業を終えて、管理人が声をかけてきた。
「そうだ草刈りさん、いつもこの調子とはいかないだろうが、気にせず刈り進めてくれて構わんよ」
誰のことだよ!
「もともと、この草をそう当てにしてるわけでもないからな。それよりも魔物が潜める場所を減らし、早期発見できる方がありがたいってもんだ」
冒険者の一人が言ったが、他の冒険者たちも頷いている。
それだけ他の種族には面倒な仕事なんだろうな。
人族が向いてるといっても、これに専従してもらうなんて無理だろうし。
そこまで急を要することでもないってことだろうけど。
「じゃあ心置きなく進めるよ」
こうしてこの日俺は、新たな草刈り伝説を打ち立てたのだった。




