62 :下見
確かに四脚ケダマは素早い。
素早いだけでなく、木々を飛び跳ねるし、数匹で移動しているのが鬱陶しいなんてものじゃない。
ただし、機敏なせいで互いをカバーできる範囲が広いからなのか、各自の距離が離れている。
そこが、勝機だ。
グループの位置さえ把握できれば、端のやつから近付いて仕留めていけばいいだけだ。すみません、言いすぎました。仕留める可能性がアップするってだけです。
「まあ、他にできることもないし……」
こそこそっと忍び足のつもりで、藪を揺らしながら移動する。当然こっちが近付くより先に俺が見つかるわけだ。
上空から飛び降りてくるのは承知!
俺は両手でしっかりと柄を握り脇を締める。
タイミングを合わせて剣先を突き上げ、来る衝撃に弾き飛ばされないよう両腕に力を込めた。
「まずは、一匹!」
地上での機敏な動きは忌々しいものだったが、丸い体のせいか、空中で体を捻ることもできないようだ。そんなところはカピボーにも劣ってる。
まとわりつく赤い煙を払うように、後続のケダマへと小走りに突進する。
逃げるよりも、突き進む。
行動も把握したし、対処の仕方は考えていたんだ。
やられっぱなしでたまるか!
あれ、思えば四脚ケダマから怪我を負った覚えはないな。
まあいい、そこは気分ということで!
「食らえタロウアタック!」
俺という質量爆弾をその身でもって受け止めるがいい!
ぶつけるのは殻の剣だけどな。
「おっしゃ……どうにか、うまくいったか」
運よく見つけたグループが三匹構成だったから、どうにかなった。
いやリベンジが成功したのに変わりはないさ!
少しずつでいいんだよ、うん。まだ本気装備でもないからね。一度ツタンカメン戦線まで撤退しよう。
「ひっとアンドあうぇーい」
よく分からない歌を漏らしながら走る。
思ったより嬉しいみたいだ。
多少時間をかけて探したからとはいえ、今のはすべて前方から来てくれたから対処可能だった。多分、四匹以上となるとまだまだ厳しいだろうな。
「どうにか出来そうな気がするんだけどな」
そうやって苦心しつつ、楽しみの一つとなっているのかもれしない。
まあ、魔物の存在する経緯や意味を考えれば、楽しむのもどうかとは思うが。
いやその、この楽しむっていうのは自分の仕事に対する張り合いがあるという話であって、無意味に生き物を殺める行為に対するものではって別に誰に言い訳する必要もないんだけど。時に自問自答も大切なことだ。
さて十分休んだし、次に行こう!
次に行こうなどと思ったものの、続けざまに四脚ケダマの相手は厳しい。
重心移動で捌き切れず、どうしても動ける以上のスピードが必要になる場面も多い。ポンコツな速筋繊維を休める必要がある。
というわけで別のことをしようと思う。
もともと思い付きを予定と言っているだけだが、とりあえずでも何か決めてないと、時間が無駄に過ぎていくからな。
根が能天気だと、怠けているつもりはなくとも、ついのんびりしてしまうのだ。
なんというか、気が付けばできることが増えているというのも悩ましいな。
草刈りで精一杯だったのが、それに加えて採取もできるようになった。
さらには、それらをこなしても時間が十分に余る。
その余った時間で駆除活動をと考えたのはいいが、南の森もそう苦でもなくなってしまった。慣れただけにしては、ものすごいスピードで強くなっているような。
いつも微妙な戦い方だから、実感は湧かないが……。
「レベル、なのかねえ?」
結果を見れば、無視はできないような。
「まあ、ノルマも終えて、余計なチャレンジも成功したし満足だ」
残額も今必要な分――次々回までの宿代や、依頼中の武器代金は確保してある。
早すぎるが、午後の予定を前倒しだ。
そうして俺は、街の周囲を巡ることにした。
草刈りは南の街道入り口から徐々に西側へと進めていたが、それもほとんど南の森の外れになる草原地帯へ抜けかけている。
というわけで、そのまま西回りで進むことにする。
観光気分もなくはないが、目に付くのは自然ばかり。つい草刈り予定地の確認をしたい方が強くなっていた。それだけなんだし、警戒しつつも気軽に行こう。
さすがに人も見かけるから剣は鞘に収めておく。
本当に小さな街なんだけど、畑や放牧地はそれなりに広いし、思ったより時間はかかるかもしれない。日暮れまでに戻れそうになければ、北側の入り口から戻ればいいだろう。
高ランク者不在中は、魔物の駆除に努めるとか云々とほざいていたな。
明日から本気出すから任せろって!
畑側の方が台地になっているのか、草原側との合間はごく緩やかな傾斜が続いている。それが関係あるのか知らないが、背高の草の分布は不思議なものがあった。
ご丁寧に、その傾斜あたりでまばらになっていき、むき出しの土や、ぽつぽつと低木が生え丈の低い草のなびく草原地帯へと切り変わっていく。土質に違いでもあるのかもしれない。
畑側に目向けると、農地の従事者だけでなく冒険者の姿もちらほらと見える。周囲を警戒してるのかと思いきや、普通に手伝ってるじゃないか。確かに、森も離れているし暇そうだけどさ。
柵の側とはいえ、合間に小屋がいくつか建っているのは意外だった。広いし、ないと不便そうだよな。
見渡せば横長に広がる畑は、西側の森で行き止まりとなっている。開拓まではしてないのかな。住人の数を考えれば必要ないのかもしれない。
巡回中の砦兵と会釈を交わしてすれ違い、西の森と畑の境まで何事もなく到達。
森に面するようにして、数人ずつ組んだ冒険者が距離を置いて立っていた。時に、森の中へと入っていく姿も見える。さすがに、ここにいる冒険者たちはきちんと警備をしているようだ。いや座って駄弁ってるらしき奴らもいるな。休憩に違いない。
距離的には、南の森がなくなったくらいの位置かな。だとすれば、ヤブリンか四脚ケダマレベルの魔物が現れてもおかしくない。確かに人族では四脚一匹だって厳しい。
「冒険者がいなければ、作物を育てるのも大変か……」
不意におっさんに言われたことに実感が湧いた。
そんな様子を頭に留めるように、ゆっくりと森沿いを進んだ。
ゲームでは、西の森フィールドというものはなかった。
代わりに川や湖フィールドがあり、中ランクでは中から高難度に入ってくる場所だ。一見、森に囲まれているから、すぐに魔物の種類が変化するようには思えないが。
まあ、まともな冒険者たちがいることだし、そこは当てにしておこう。
で、通りすがりがてらに見えたのは、よくギルドで見かける奴らだった。
そろそろ大概の奴らとすれ違うくらいはしてると思う。
おしゃべりしている一人が不意にこっちを向いた。豪快に声をかけてきたのは岩腕族の男だ。
「よおミノタロウじゃないか! どうしたこんなところまで」
俺の名前を中途半端に覚えるのやめろ。
「ミノは余計だって! 草刈りが順調だから、次はどこを刈ろうかと下調べしてたんだ」
「さすがは草刈りの申し子。草の根活動ご苦労さん!」
なんか意味が違ってきてないか。
その隣に立つひょろ長い森葉族の男が、渋い顔をした。ひょろく見えるのは、横幅のある岩腕族の隣に立つからであって、俺と大差なく十分に筋肉質でありつつ背も高いのは腹立つが。
「しかしなフィクサータロウ、森の外とはいえ中ランクの場所だ。こんなところまで出歩くとは感心しない」
俺はそんな偉そうな奴じゃねえよ!
そもそもクサに掛けてるだけだろ、それ!?
「がははっ、俺たちだって低ランク冒険者だから森の外に立ってんだがな!」
「ハハハッ、そうさ弱いから群れてんじゃないか!」
気難しそうに見える森葉族もこの調子だ。どうして、ここの奴らは揃いも揃って暢気なんだか。
つうか、俺以外の低ランクが居たんだな。けど、ここの警戒をやるのか……。
「コエダさんから草刈りは視界を確保するのに重要だと聞いたんだ。南側も結構刈り終えたし、場所の確認だけでもしておいた方がいいと思って」
「おほぉ感心な若者だな」
何かニヤニヤとしだした。
低ランクなら、歳変わらないんじゃないか?
よっぽど装備が立派だとかでなければ、まだ俺には見た目での判断は難しいが。
「そういうことなら、俺らの背後を刈るがいいぞ?」
「体を張って仲間を守る俺たち!」
「まさにっ冒険者の鑑!」
なにか盛り上がりだした。
「ま、まだ先だから……その内な」
俺は邪魔しないようにと、先へと進んだ。




