61 :防具をでっちあげる
昨日の意気込みを胸に、朝一で南の森にやってきてケダマ草をぷちぷちと毟る。
大枝嬢の注意を思い出して周囲へ、特に草原側に目を向けるが、魔物の数が増えたような感じはない。増える場合もあるとのことだから、繁殖期のように分かり易くはないんだろう。
結構な数の上位者が遠征に出ている間は、当然守りも手薄になる。
その間の討伐は、やや場所の難度に対して厳しい能力の中ランク冒険者だろうと、何組かのパーティーが合同で街を囲む山並みをぐるっと巡回してもらうらしい。
それでも俺の居る南の森どころか沼地より外側なんだから、幾ら俺がこの辺で討伐しようが意味は薄いんだろう。
極街の周辺を警戒しているのは、柵の周りを巡回する砦の兵だけだ。こちらは巡回頻度を増やして対応するようだ。
知らず溜息をついていた。
末端の魔物の数が、高ランク場所の魔物の数によって増減するとは……。
なるべく街から離れての討伐が、効率が良いはずだ。幾ら不人気とはいえ、花畑周辺から沼地方面まで、人っ子一人見ないのもおかしいと思い始めていた。クエストボードを見て、低ランク向けの依頼が実質無いように見えたのも、意味がないからだった。ギルド側も、上位者に楽させたくないだろうしな。
俺がカピボーを必死に百匹駆除するより、高ランク場所の魔物を一匹倒した方が何十倍としれない効果があるってことだったんだ。
うおー考えるほどに気が滅入る。
『アリの巣にお湯を注ぎこんで殲滅したった!』
なんて俺がヤカン片手にドヤ顔で喜んでいると、カイエンがやってきて愚痴るのを想像する。
『まいったわー今日仕留めた熊がさー月輪熊かと思ったら灰色熊でさ死ぬかと思ったわー』
全く意味が分からない例えだな。
つうか、そんな大物狙いの奴らばかりじゃなかった。中ランクでも上位者とはいえ、シャリテイルだって出かけてたんだぞ?
そりゃあ今のところ、シャリテイルの実力も知らないけどさ。
あんな脂肪の塊が胸で揺れているような体で、俺より戦えるなんて卑怯だと思わないか。そんなに戦えるなら胸筋が発達してしかるべきだろう。けしからん。
何か、ずれてきたな。
今後の活動予定を模索していたはずが、つい愚痴に移ってしまう。俺はできる範囲で最大限の努力をすればいいんだ。脂肪になんか負けない。
何かしようとすると、とんでもないことが起こりやがる。そう思っていたが、一連のことは繋がってるのだ。仕方がないことだった。
遠征討伐が定期的に行われているってことは、これもこの街で暮らす上で知っておくべきサイクルなんだろう。そうだ、先に知れて良かったと思わなければ。
そういえば、草刈り範囲を確かめようと考えていたが、今はどうだろうな。
観光気分から出た考えでもあったが、実情に疎すぎて戸惑うばかりだ。他の奴らの行動にしろ、俺は何も知らなすぎる。できることを増やそうと考えるにしろ情報が足りないんだから、自分の目で見て調べるなら早い方がいい気もする。
幸いにも今ならケダマ草も集めやすい。多めに採って草刈りを済ませてカピボーらを片付けても時間は十分に余る。
「そうだよな。躊躇なんかしてる場合かよ。午後は下調べに行こう! ぎゃー!」
勇んでケダマ草を掴んだら本物のケダマだった。
ひとまず三袋ほど街側でケダマ草を掻き集め、草原沿いに奥の森との境辺りまで向かっていた。ケムシダマを気にせず済むなら、泥沼がある位置まで毟り放題だ。ちょうどその辺りで、木々が草原の南側の森へと繋がる。身を隠すものがないからか、ケムシダマ以上の魔物は見ないが、さすがにこれ以上進む気はない。
ケダマ草が十袋分稼げたら防具を買おうかな。などと、また甘い算段を立てる。
そんな額で足りるとは思わないが、出かける理由を探しているにすぎない。
装備といえば、今は剣の新調をお願いしているが、あれは素材がたまたま手に入ったからだ。
次は予定通りに防具。ええと、胸当てにしようと思ってたんだっけ。
とはいえ、頭の方も気になるところなんだよな。
遠征組がカイエンも含めて、頭部まで防具で固めていたのが浮かんでしまう。
兜というよりヘッドギアって感じだった。あれなら重量も減らせるし蒸れも抑えられて良さそうだ。
銃弾が飛んでくるわけでなし、全体を覆う必要性は薄いような気がするし。俺のような超初心者がそんな甘いことを言っていいのかと思うが。
そういえば、あいつらが全身気合い入れてるのなんか初めて見たな。
やっぱ本気装備は、現実だと重くなるもんなんだろう。やはり俺などは頑張って揃えるべきだな。
参考になるかと遠征組の恰好を思い出してみれば、素材としては中級の革製がメインだった気がする。
金属の方が上級の素材になるはずだが、部分的に保護するように使っていただけに見えた。馬鹿力のあいつらでも重いのか、炎天族だけでなく、岩腕族までもだ。
思えば砦兵はいつも全身鎧なんだから、冒険者には身軽さの方が重要なのかもしれないな。俺には当然、革ですら重いだろうけどさ。勝てるとすれば重鎧をまとっての我慢大会くらいだろう。
また考えが逸れてしまったが防具入手予定だよ。
胸当ての次は頭部にしよう。決まり!
でだ。それまでの期間をどうするかだよ。
今の無防備な恰好を見て、この状態をどうにか出来ないだろうかと思うんだ。
額当てのような簡易なものなら自作できるかも……って、鉢巻きだと頭りに取り付かれたら無意味だな。
おっと考え事をしてる間に予備の袋まで満杯だ。今日もよく採れたな。
タオル代わりの布きれを取り出して汗を拭い、水筒を手に取る。労働の後に飲む水はうまい。
「あっ、これで良くね?」
手にある布きれをじっと見た。
目は粗いし柔らかさもないガサガサした分厚い布だが、二枚重ねにして縁を閉じてあり、ペラペラではないし吸水性も多少はある。大きさはタオルほど。
機能や肌触りは日本のタオルに遠く及ばない程度のものだが、バンダナみたいに頭に巻くのに十分の大きさがある。
さっそく巻いて頭の後ろ、首の付け根辺りで縛ってみた。
なんで今まで気が付かなかったんだって話だな。
昔から、帽子は風で飛ばされそうな不安定感が落ち着かなくて嫌いだったから、すっかり頭になかった。
髪は眉にもかからない長さだが、それでも視界がすっきりした気がする。
「これなら汗が目に入るのも遮れそうだな」
想定しているというか、体験上気を付けたい相手はケダマなんだけど。あいつの鉤爪くらいなら十分に遮れそうだ。遮るというか、とっさに掴むものが頭皮ではなく布になるだろう。
頭皮すなわち毛根への攻撃を防ぐ希望がある、か。
十分だな!
気分的なものだろうが、少しは安心感が生まれるっていうのはありがたい。
「今日からお前はただの布きれではない。頭部の防具として歩むのだ。そうだな、名前は――きたないぼろぬの+1だ!」
いや、毎日洗ってるし汚くはないぞ。ほつれてもないし。色はムラのある黄色だからなんとなく汚く見えてしまうが。
プラス1も防御力が増すようには思えないが、そこは最弱防具っぽい雰囲気ってやつだ。
採取袋をベルトに固定して、剣を持ってと、準備は万端だ。
さて、奥の森の奥へ再チャレンジしようではないか。
「だってさ……知ってしまったからには、南の森で覇王を気取って満足しているなんて無理だよな」
俺はカピボーを纏いながら颯爽と南の森を突き抜ける。
少しでも難易度の高い場所に挑まなければ無意味なんだ。
ずっとこのままでいいはずがない。
装備も徐々に増えていってる。
俺だって、やればできる子!
油断はできないが、ツタンカメンとヤブリンのセットは問題ない。
四脚ケダマに対処できるようになれば、奥の森フィールドを攻略したと言ってもいいだろう。
小走りに森の中をぬけ、怪しい藪をつつく。
「やっぱ、きたないぼろぬのはあんまりか。名前くらいは格好いいほうがいいいかな。クロスヘルムとかどうだ? クロス違いだが、布だけに……どうでもいいな」
無駄なことを考えつつ、魔物を駆除していく。鈍いツタンカメン相手だからできることだな。
倒して残ったツタンカメンの甲羅を集めて木の根元に置いておく。
戻るときに持って帰れる分だけ持ち帰るつもりでいるからだが、少し気になることがある。
ツタンカメンの蔦は、倒すと本体と一緒に消えてしまうから、残るのは甲羅だけだ。その甲羅は樹皮を固めたもので、数日で腐り落ちるということはない。
だというのに、残しておいたはずの甲羅が翌日には見当たらない。
新たに知った、魔物が分裂して形を作るということが関係するように思えた。
モグーだって自分の葉っぱを時間をかけて作っているらしいし、ツタンカメンだって甲羅を作り直す必要があるだろう。時々、幹の下の方に削られたような跡を見かけるし。
だけど、目の前にちょうどいい甲羅があったら?
再利用されている可能性があるんだよな。
できるだけ持ち帰ろうと思っていたが、ただ、枯れかけたような雰囲気の沼地周辺を見ると、森林破壊に繋がってんのかとも思う。
それならあえて甲羅を残して中身だけ倒した方がいいのかと、なんとなく悩んでしまう。
俺が対処できる数なんか微々たるものなんだから、気にしても意味なさそうだけど。意味が出てくるとしたら、一度に大量に討伐するか、大本の魔物をことごとく倒すくらいしないとな。
だけど多分、無理なんだろう。
あんなにものすごい力を持つカイエンのような高ランク者が、連れ立って巡っているというのに、この状況が続いているってことだもんな。
もう、自然現象として共生している雰囲気すらある。
俺が考えるまでもなく、今までいろんな人たちが悩んできたはずだ。
「俺が今できることは? イエス! ケダマ退治以外にない、オラアアアッ!」
「ケャキェーッ!」




