60 :クエストボードから見えること
「冒険者ギルドへ行ったら、素敵な受付のお姉さんとお話して、どんなクエストがあるのかなあってクエストボードの前で吟味する……そんな冒険者らしい日々は、
いつ訪れるんだろうな?」
それが出来ないのは、自分のせいだけどさ。
いつもいつも何かと忘れたり、思いついたらそれに突っ走ってしまうせいって分かってるさ。
ひとまず南の森は踏破した。ということにしておいて、今は探索に区切りをつけておこう。
早朝からギルドへやってきたのは随分と久しぶりの気がする。
いや、そもそも朝一から来た事あったっけな。
入り口を通り抜けると、そわそわと周りに視線を向けつつ奥の壁際に移動した。
人目が気になるのは、今さらボードに気付いたのかよと思われそうで気まずいという自意識過剰な挙動不審だ。
ちらと見た窓口に大枝嬢の姿はない。
どうも冒険者ギルドは夜も開けているらしい。夜は人数を絞っていると思うが、シフトだってあるだろう。意外と朝から込んでないのも、皆の来る時間がズレているお陰かな。
もちろん一般の住人まで二十四時間活動なんてことはないから、ほとんどの活動は日中に済ませるんだろうけど。依頼の張り出しなどは、受け付け次第のようだ。
そう、たむろっていた奴らが話しているのを小耳にはさんだ。
人もまばらな今の内に思いっきり堪能しようと、念願のクエストボードを見上げる。
どうしたことだ、このトキメキ。
板切れの前に立つというだけの行為が、こんなにも胸を熱くするとは!
興奮しすぎの気分を落ち着けようと一つ深呼吸をして、貼られた紙切れの内容を吟味する。
依頼書が所狭しと張り出してある薄茶色のボードは、ただの板を並べて打ち付けてあるだけだ。大きさは一般的な教室で見られる黒板サイズだろうか。思ったよりでかい。その理由は、依頼の文字がでかいからの気がする。
ものによっては、何枚もの依頼書が細い木の棒で刺して留めてあるが、めくってみると同一の依頼のようだ。
採取依頼が多い?
それも常時確保したいタイプのものらしいな。俺にできそうなものもあるかもしれない。
片っ端からめくってみた結果、山の麓にある鉱石採取場入り口付近での採取依頼とやらが多かった。当然の如く中ランクの中でも難易度の高い場所だ。
そんな複数口の依頼の一つにケダマ草採取があり、一番下に無理矢理貼り付けられたようだった。そして、俺にできそうなのは、どう見てもこれしかない。
……いいんだ。一時でも夢を見れたこと、俺は忘れないよ。
討伐依頼の方も見ておくか。
情報として蓄えておくのだって無駄にはならないはずさ。
そうして見ていく内に、まるでゲームを遊んでいる気分になっていた。
やっぱりだ。ゲームにあったクエストは、すべて存在しているらしい。
違いは、こっちの方が依頼の種類が多岐に渡るってことだ。これも魔物の情報と同じだな。
ゲームにあったものは、すべてがこの世界にあり、こっちは現実の分だけ、他にも多くのことが加わるし、情報も細かくなるような感じだ。
それは、いいとして。討伐依頼の種類は複合的なものが多いな。
例えば採掘者の護衛を兼ねた討伐依頼などが特に多い。まさに用心棒だ。
中ランク高難度から高ランクの場所は、北のジェッテブルク山周辺に固まっている。そこから東西に広がるように中ランクの場所が存在する。
だから、ほとんどの中ランク者が、街の北側へ集まっているんだろうと思えた。
どうりで南の森側で人を見ないはずだ。
不思議なのは、低ランクの討伐依頼書が存在しないことだ。
もちろん、張ってはあったよ?
板のすみっこに、カピボーやケダマなどの低ランク魔物は気が向いたらよろしくって感じでね、お願いとして書かれてあった。
わざわざ依頼書の形をとるまでもないってことかよ!
なんとなくの満足感に浸り、立ち尽くしていた。
今日の目標は? クエストボードを確認することだ。
ああ、もう終わったよ。本当に見ただけで。小さな目標とはいえ達成したなら現実に戻ろう。
そう思いつつ肩を落としていた背後から声がかけられた。
「あら、お早いですねタロウさん。丁度よかったでス」
「あ、おはようございます」
大枝嬢の遅出の時間まで居座ってしまっていたらしい。
ちょうど良いとはなんだろうと、いつもの窓口に近付く。
「現在、高ランクと多くの中ランク上位者が遠征に出ておりまス。その間、低ランク地の魔物の数が増加する可能性がありますから注意してくださいネ。負担でなければ、もうしばらく討伐を意識していただけると助かりまス」
魔物を片付ける冒険者が減ったんだもんな。それも、一人で何人分もの働きをするやつらが。注意喚起もおかしくはない。
おかしくはない……何か引っかかるな。
街から離れるほど魔物は強くなる。
その高ランク地にいる魔物が増えるのも、危険ではある。街道辺りにうろつかれては、行商人やら日常的に行き来する村人もいるかもしれないし困るだろう。
でも、そんな強力な魔物ほど、街には近寄れないはずだ。
低ランクも末端の俺に、魔物討伐重視でとの指示は違和感がある。
いつものギルドの決まり事なのか? 念のため気を付けてねっていう。
……確認してみようか。
知らないのはおかしいのかもしれないが、シャリテイルも遠征で出てしまったし、今聞かないとまた忘れそうだもんな。
「あのコエダさん、繁殖期でもないのに低ランクの魔物が増えるんですか?」
案の定、大枝嬢は不思議そうにウロのような口を丸めたが、すぐに必要なことだと思ったのだろう。キリッと引き締めて説明してくれた。
そして聞いたことに、俺は青褪めることとなった。
「魔物が、分裂する……!?」
各地にある魔泉からは、一定の期間が経つごとに、高ランク指定の魔物が生まれる。そいつらは当然、聖質の魔素濃度が高い場所や、結界を施した人里へは近付けない。
それでどうするかといえば、体が耐え難い濃度の境界に差し掛かると、そこで耐えられるランクの魔物へと姿を変えるのだそうだ。
そんなに風にランクを下げながら、人の住む領域へと入り込んでくる。
姿を変えるといっても、ただ弱くなっていくだけではない。
元から持つ魔素の分で作れるだけの魔物へと変化していく。だから、ランクが下がるごとに数が増えていくということだ。
魔脈や魔泉、魔物の数や繁殖期――。
それらが、頭の中で、一気に繋がっていた。
南の森まで来ると、ケダマやカピボーたちが、これまでと違ったものに見えるような気がした。
「遠征か……」
この街はやたらと暢気に見えるが、外はそうでもないんだろうな。
そう広くもないのに冒険者の割合か多い街だ。特に魔物が多い地域だからこそ、対処してる分、他の町村より安全なこともありうる。
多くの住民と同じく、まだまだ俺も守られている側だ。
だとしても――。
「俺は、俺の仕事を頑張んなくちゃな!」
草刈りは十五束でやめておいて、ケダマ草採取は多めに三袋を達成したし、日課は終わりだ。
そんな話を聞かされたら、じっとしてなんかいられない。
高ランクの奴らがいない間は、魔物駆除に努めようじゃないか。




