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06 :冒険者ギルド

 受付窓口を塞ぐように座る木人間。

 シャリテイルはカウンターに近付くと、親しげにその幹へと声をかけた。


「コエダさん、登録希望者よ」


 でかい小枝だな……。


「登録用紙への記入があるから、この台の上で書いてちょうだい」


 俺はシャリテイルに頷き、大木に怯えつつカウンターの側まで近付いた。

 幹から生えた二本の枝。その先端には細い枝がそれぞれ五本あり、みしみしと動きながら、器用にも紙切れをよこした。

 怯えながらも棒きれ嬢から、わら半紙のような色の厚い用紙を受け取り、内容に意識を向ける。


 そこに書かれているのは、日本語として読めるが……多分違うんじゃないか。

 やけに流麗でうねった線で模様が描かれているように見えるのに、なぜか内容が理解できる。

 あれ、看板もそうだったか?

 走り疲れて朦朧としていたから気にする余裕がなかったな。


 なんとなくスルーしていたが、言葉が通じるのも翻訳されてるんだろうか。


 それならそれでありがたいが、書いた字は読んでもらえるのだろうかと疑問に思いつつ、渡された羽ペンを手に取った。

 インクをつけて書くなんて初めてのことだ。

 そっとインク壷にペン先をつけ、こぼさないようゆっくりと用紙の上へ運ぶ。

 すこし引っかかりはあるが、思ったよりは書きやすい。


 そんなことを考えつつ名前を書いた時点で、違和感に首をひねった。


「ん? 冒険者ギルド補助員登録用紙って、なんだ」

「ギルドへ依頼を出したい方へも、登録が義務付けられておりまス。冒険者を雇いたいのでしょウ?」

「雇う? ええと、冒険者になりたいんですが……」

「えっ、でも人族のかた、ですよネ。農地へ働きにいらしたのでは?」


 そしてギルド内の会話が、徐々にヒソヒソ声に変わっていった。


「聞いたか、あいつ冒険者になりたいだってよ」


 そんな会話が、周囲の冒険者から口々に漏れる。


 なんだ、この反応。どういうことだ。おかしいぞ。

 シャリテイルも俺の行動を怪しみはしても、見た目が珍しいとは言わなかった。

 俺がここに入ったときだって、見ない顔だな程度の興味しか、周囲からの雑談では聞こえてこなかったのだ。


「あの、農地で働くのと冒険者を雇うのに、どんな関係が?」


 とっさに質問で返してしまったが、シャリテイルが助けを出してくれた。

 俺の困惑の理由とは、ずれているがちょうどいい。


「そうそう! さっき町に到着したみたいだから、事情が分からないのね」

「まあ、ご存知なかったのですネ。失礼しましタ。畑は町を囲む柵の外になりますので、魔物が入り込んだ場合に対処できるよう雇う方が多いのでス」

「砦の兵隊さんは多くないし、規則で決まった時間を巡回しているから、呼ぶまでにかかる時間を考えたらその方が安全なのよ」


 親切にも二人は交互に説明をしてくれたが、シャリテイルは怪訝な顔になり俺を見た。


「あら、でも、知らないのに冒険者を雇おうと思ったの?」

「いや、俺が、冒険者として登録したいんだ」


 俺が即座に勘違いを正すと、また二人は固まった。

 木人間が先に動き出す。


「ですが、ここで登録しようというからには、冒険者の経験はないのですよネ」

「ないですね」

「武芸に自信が?」

「ないです、ね……」


 なんだよ、不穏な雲行きだ。

 ここで登録できないと、他にどうやって生活拠点を確保すればいいか分かんないんですけど。


 あ、農地がどうのと言ってたな。駄目ならそれでいい気も、いやいや、それすら断られたら問題だ。先がない気がする。

 まずはどうにか登録しないと。


「ええと、経験者しか駄目って規定ですか?」

「いえ規定はございませン。確かに低ランクで続けるなら問題ないとは思いますが……最も不向きな職種なのは、ご存じですよネ」


 不向き?

 不穏というか不安になってきた。

 なにか俺を傷つけないようにと、回りくどくお断りされている感じ。

 そこに、周囲と同じく呆気に取られていたシャリテイルが一歩俺の前に出た。



「ああーこほん。言い辛いのだけど……人族って最弱じゃないっ!」



 言いづらいと言いつつはっきり言いやがった!

 そんなこと、ゲームにはない。


「いや、え? いくら、いくら俺が貧相な格好だからって最弱はないだろ」

「何を言ってるのよ。格好は関係ないでしょう」


 格好は関係ないって、そんな素で弱そうなのか。

 がっちりしたと思った俺の喜びはなんだったんだよ……。


「そりゃ確かに、まだ戦いにも不慣れだけどさ」

「まだ……? まさか慣れようなんて考えてるの? 危ないわよ」

「そうでス。人族は戦闘向けの身体能力に欠けますから、お勧めできかねまス」


 まるで、俺の方がとんでもないことを言っているような反応だ。

 俺が、ではなく、『人族』……?


「ええと俺が弱いと言いたいのではない?」

「こればかりは、人族の特徴ですカラ……」


 うん?

 人族の、全体の、特徴。



「は? さ、最弱ぅ……!?」



 どんな特徴だ!

 そんな設定聞いてないよ!


「そのですネ、ここは他の地域と比べて、特に魔物の発生率が高いこともありまして……現在この街に、人族の冒険者はいらっしゃらないのでス」


 嘘だと、言ってくれよ大枝嬢……。


 さっきまで思い描いていた冒険者生活は、がらがらと音を立てて崩れ去った。

 いやまだだ、まだ折れるには早い。ジェンガと思って積みなおすんだ。


 やべぇ……どうしよう。

 種族の特性に、そんな違いが出てくるなんて考えもしなかったぞ。


 そりゃ、ゲームと違いはあるだろうと思ってはいたさ。まず始まり方から違うんだし。

 ただ、ここに来る短い道のりでさえ、マップや敵やキャラの存在までほとんど同じだったじゃないか。罠すぎる。


 人種か。

 確かにゲーム内でも人族は、なんの特徴もないのが特徴な種族だったが、弱いとは言い切れなかった。

 単純にゲームだから、レベルを上げることはもちろん、装備や道具を使いこなす腕次第では、格上に挑むこともできたからだ。


 なのに、これじゃ根本的なところが違う。


 考えろ俺。この場を乗り切るんだ俺!

 そ、そうだ規定はないらしいし、低ランクで続けるならと注釈はついたが、ひとまずOKってことだ。

 くそっ……ならばここは、押し切る!


「ええとほらあれだ、冒険者になるのが夢で、わざわざ遠い田舎からここまで出てきたんだよ! 戻れないんです……だから、頼みます!」


 必死過ぎて身を乗り出してしまった俺から、大枝嬢は体を軋ませながら引いた。

 その表情は困ったようだったが、枝のような指でぎこちなく頬をかく仕草をすると、一枚の用紙を取り出す。

 改めて差し出されたそれには、『冒険者登録用紙』と書かれていた。


「あ、ありがとう!」


 木人間の木……いや気が変わらない内にと用紙を埋める。

 名前の他には、人種と特技の項目があるだけだ。

 特技は体当たりにしておいた。実績はあるから嘘ではない。

 受け取った大枝嬢は眉をひそめた、ように見えたけど気にしない。


 ていうか、あれ?

 日本語で書いたと思うが、通じてるのか。謎だらけだ……。


「はい、あなたのマグタグでス。失くさないよう、常に身に付けてくださいネ」


 おおおおぉ! 冒険者の証であるマグタグ!

 これが本物かぁ、ゲーム内だとタグのデザインをしただけの、ステータス画面だったけどな。


 たまに映画などで見る米軍などの認識票――いわゆるドッグタグと似た大きさと薄さを持つ楕円の板は、水晶のような半透明だ。

 端には丈夫そうな革紐が括りつけられている。アクセサリ用の鎖なんて存在するのか、または買えるのかも分からないし、このまま首にかけておけばいいから助かった。


 そうして首にかけようとしたところで、何かの台を両手で抱えてきた大枝嬢に止められた。


「ちょっと待ってネ。動作確認と個人識別認証処理を施しますカラ」


 へえ、このままだと、ただの水晶板なのか。


 カウンターに置かれたのは、タグにマグを転送する不思議道具らしい。銅色の分厚い金属板に、二つのくぼみがある。タグが収まる小さなくぼみと、手の平を乗せるらしい大きなへこみだ。

 早速タグをはめ込んで俺は片手を載せ、大枝嬢が側面のどこかを幾つか押すと、タグの一部が薄っすら赤くなっていた。


「あら、来がけに魔物を討伐してくださったんですネ」


 おお、一匹倒したケダマの分が、まだ残留していたようだ。

 やっぱり、これがマグなのか。どうやら一日は体に滞留しているらしい。


 そういえば、シャリテイルもそうだが、大枝嬢もモンスターのことを魔物と呼んだな。

 こちらでは、そう呼ぶのが普通なんだろう。覚えておこう。




 どうにか登録を受け付けてもらって嬉しい俺は、満足気にマグタグを眺めながら通りを歩いていた。

 そろそろ日が傾く頃らしく、依頼を確認することもせず出てきた。

 なんとなく居たたまれなかったこともあるし、まずは混乱した頭を整理したい。

 それになにより、体は疲れを訴えている。


「経験もない人族が、ここで冒険者なんて……あなたには呆れたわ」


 隣を歩くシャリテイルは、俺を宿屋へと案内してくれているところだ。

 通りの端っこになるが、低ランク冒険者向けで街一番の安宿があるらしい。


 ふと、シャリテイルの気安さの理由に思い至った。

 俺を怪しい者だと思いつつも鷹揚に構えていたのは、最弱種族と分かっていたからなのかよ……。

 今さらながら、先行きの微妙さに頭がくらくらしてきた。


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