58 :殻の素材
地面には、二枚の大きな羽――というか外殻のようなものが残っている。
俺の胴を覆えそうなカラセオイハエの外殻が二枚だ。
でかいが、ツタンカメンの樹皮の甲羅よりも軽い。
「か……勝てた、のか」
素材、だよな。
それを拾うと、そばに散らばっている似たような欠片も拾った。
それは、殻の剣だったものの欠片だ。
……泣きそう。
特に危険はなかった戦闘だったとはいえ、受けた心の傷は忘れないぜ。
カラセオイハエの羽は、色といいどう見ても殻の剣の元素材だ。
とっさに突っ込んでいった時には、思い至れなかった単純なことだ。
同じ素材がぶつかれば、互いにダメージがあるよな。
いや、少しは意識にあったつもりだった。
突撃してきたハエもどきの本体を狙って、真っ直ぐに突きを見舞ったのだが。
よし、行ける!
そう思った次の瞬間だった。
パキィン――。
乾いた音と共に、手から白い破片が飛び散る。
「はぅあ!? ああっ俺の、剣が! おま、なんつー汚い手を使ってんだよ!」
この野郎……当たると思った瞬間、殻の羽で体を覆いやがった!
避けようもなく、勢いのままに切っ先はまともにぶつかり、殻の剣は刀身の中ほどから幾つかの破片へとお別れしてしまったのだった。
「おのれ、ハエもどき……!」
殻の羽は背中から生えているが、閉じると全身が埋まるほど大きく分厚い。それで全身を防護できるようだ。
こいつは、特殊能力に防御姿勢ってのがあった。使われるとこちらのダメージ値が減らされるもので、長くとも三ターンほどで解除されるが、レベルの低い内は面倒くさい相手だった。
それが、目の前で行われる姿は面倒では済まない。カラセオイハエは丸い塊となり、地面に落ちて転がっている。
こいつ、完全に殻に閉じこもりやがった。
「出てきやがれ!」
自由をやるからさ!
ガンガンと蹴りを入れてみるが、転がるだけだ。
そりゃ、薄い羽の方も内蔵しちゃうから飛べなくなるのは分かるが、これじゃコイツからも攻撃できないだろうに。なんとも気が抜ける……。
形状はやや楕円だが、でかいクルミのようにも見えるハエ玉。俺は意を決して、それを腕に両手で抱える。そして思い切り洞穴の壁面へと走り、叩きつけた。
「ブビ……ッ!」
殻の内側では轟音が響いただろう。カラセオイハエは羽を開いて落ちた。
この隙にと、また閉じられないように羽を踏みつけて立つ。未練たらしく握っていた剣を、頭部の複眼らしき黒い部分へと突き立てた。折れて鋭利になった刃が食い込み、抉るように引き裂くと煙となった。
そんな情けない戦いを思い起こしたところで、他にやりようもなかった気がしている。
「また、無駄な戦いを繰り返してしまったか……」
まさか本当に洞穴の外まで出てくるとはな。
途方に暮れて、手の中にある砕けた剣を見ていると、幾つかの振動音が暗い穴倉から響いた。
援軍か。考えるのは後だ。撤退!
俺は壁沿いに祠方面へ向けて森を抜け街道を横切ると、いつもの南の森へと戻った。
黄昏れた気分で草刈りに励みつつ、ぼやいていた。
ぼやきながらも悔しさは草っぱへと叩きつける。
殻の剣もようやく馴染んできたのに。元は十二分に取れたとは思うが、買ったばかりと思うと悲しいよな。
それに、自分の技量のなさが歯がゆい。
予備も持っていた方がいいのかね。二本も長ったらしいのを持ち歩くのは邪魔だが。そもそもナイフの予備として買ったんだっけ。
どのみち、ここは専門家を頼るしかない。
ストンリに相談だ。
ふと顔を上げると、昼になっていた。早いが、武器がないのも落ち着かない。
仕事を切り上げて街に戻ろうか。そう決めると草束を振り返って変な声が出た。
「ふっわ、意地になって刈りすぎたわ……」
草束ピラミッドが幾つも出来ている。
順調に刈り始めた地点から遠ざかってるな。
西側の畑地帯と柵との境は、住民も日常的に手入れしているようだし、畑を回り込むことになるんだろうか? そうすると平原側の魔物との接触が気になるな。
いつも街を一周するように刈っているということだから、好きなところから手を入れるってわけにもいかないだろう。時間を作って、一度周回して見た方が良さそうだ。
早く報告を済ませよう。面倒くさい気分になると、もうナイフだけでいいやとなりそうだし、気が変わる前に武器をなんとかしないとな。
畑に出ていた干し草倉庫管理人を呼んで数えてもらったのだが、ものすごく呆れられていた。
「は、はは、調子が良かったみたいで……」
「よくまあ頑張るね……もちろん助かってるが。ほい証明。この調子、ほどでなくてもいいが、また頼むよ」
結果は、五十束いっていた。自己記録更新だよ!
喜んでいいのか微妙だ。
ギルドへ報告に向かうと、俺が背負っている素材を見て、大枝嬢がこめかみを枝のような指で押さえた。だが、段々慣れてきたというか、不憫な反応をされてしまったのが解せない。
「なぜ、行く先々ではぐれ魔物に会うのでしょうネ。タロウさんの体質なのでしょうカ」
失礼な。バッドラックのステータスなど要らぬ!
……いや、振り切ってるから異世界に飛ばされるような不運に見舞われたんだろう。考えるまい。
一旦宿に戻るのも惜しく、装備屋に突撃していた。
ベドロク装備店の扉を躊躇なく開く。
もう、ストンリが居ないかもとか店が開いてないかもといった疑問はなかった。
店の奥で作業していたストンリは、扉の軋む音で表へ出てきた。
俺は顔を見るなり謝る。
「ごめん、折ってしまった」
「まあ、そいつが相手じゃ、仕方ないかな」
ストンリは俺がカウンターに置いた剣の欠片や柄と、背負っていた殻を見て納得していた。
さすがは素材フェチの装備屋だ。目ざとい。
「殻を削りだしたもんだし、鍛錬しなおすこともできないから修理は諦めてくれ」
ですよねー。
骨にしか見えなかったし。
そしてストンリは無言で、全く同じものを在庫の魔窟から引っ張り出した。
いったい何本作ってんだよ。
「これが最後だ。また作るとしたら、そうだな、その素材でもうちょい強化したものを作ってもいい」
「えっ、こいつでも強化できんの?」
「まだ余地はある。タロウ用に作るってことだから、加工代もかかるが。軽さを取るなら、やはり殻製がいいだろう?」
「もちろんだ! わずかでも丈夫になるならやってみたいね」
ストンリは一瞬微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
あ、あれ、なんか不安だな。何か試そうとしている顔だろ絶対。
まあ、いつも意図は汲んでくれてるし、俺には口を出せる知識も実力もないからお任せするしかないな。
まだまだ武器や道具に振り回されているが、日々マシになってるとは思う。
その内に、どーんと無茶ぶりなオーダーメイド装備を依頼してやるさ。
「そうだ、予算は今までよりはある。三千くらいなら出せるかな。それでも安いとは思うけど」
「それはありがたいな。ま、心配しなくていいよ。加工費がかかると言っても、出来ることは多くない。それに、余った部分を買い取らせてもらうってことでいいかな」
「まあ、それでいいなら」
新たな武器ってのも嬉しいが、やっぱり手元にもう一本あると心強いだろう。
「これも貰うよ。千マグだったな」
「いや500でいい。鞘なんかは使い回せるし、追加の素材もあるから」
それに、不良在庫だし……そう、ボソッと言ったの聞こえたぞ。
「それじゃ、新生・殻の剣は任せたぞ!」
「新生って……ああ、またな」
ひとまずは在庫の殻の剣を買うと、俺はまた外へ飛び出した。
気分的に、仕事は切り上げようと思って帰ってきたわけだ。余った時間で、草刈り予定地の確認がてら街をぶらつくのもいいかと思ったはずだったが。
武器があると思うと気力が湧いてくる。余計な気力かもしれない。
だが、盛り上がる気分の勢いに乗っちゃうのは、悪いことばかりでもないさ!




