57 :マグ量と強さの関係
今日もそれなりの稼ぎがあったことが嬉しく、タグをにやにやと眺める。
残額が五桁を超えていたのだ。なんと現在の残額、16619マグ!
「ギルドに預けられる日も、そう遠くないかもなぁ……クク、フハハ!」
まだまだ無理だけどな。
次の宿代と、防具という難敵が俺の前には立ちふさがっている。
もう少し様子を見てからなどと言わず、討伐も念頭に置いていこうと決めたから、無理してでも揃えていきたい。
預けるのは、どうすっかな。
暫定で、五万くらい貯まったら考えるでいいかな。生活費に残しておく分と、預ける手数料もあるし当分先だ。
稼げた分の内、看板依頼の収入には微妙な気持ちになるが、宿に戻ってきたときのことを思い返すと悪い気はしない。
俺が戻ると、おっさん達エヌエン一家は、掛け直した看板の下で見栄えを嬉しそうに話していたんだ。
「おう早いなタロウ」
「よっタロウ。ちょうど噂してたぜ」
「ありがとねタロウ。あたしたちゃ細かいことには気が回らなくってね」
女将さんとは初めて話したが、シェファと同じくすっかり話したことがあるような雰囲気だった。入り口で迂闊なこと喋れないな!
「いや俺も器用じゃないから、飾りっ気なくて申し訳ないです」
そんなことを話していると、店を閉めた店主らしき人たちが集まってきた。おっさんたちが声をかけて待っていたらしい。逃げておけば良かった。
「妙ちくりんな文字ね。でもさっぱりしたじゃない」
「綺麗になったのは良いこっちゃ」
他の店主らの、見た目に対する反応はいまいちだったが、看板らしくなったと満足して帰っていってくれた。めちゃくちゃ恥ずかしかったよ!
でも、まあ頑張った甲斐はあった。
稼ぎもだが、マグ獲得量の確認にコントローラーを手に取った。素っ気ない表示を見て疑問が湧く。
レベルなんて表示はあるが,経験値は一体何を参照してるんだろう。
気にしてもしょうがないとはいえ、俺の謎体質を解き明かす鍵かもと思えば、考えてみるのは悪くないだろう。
娯楽がないから、ちょうどよい退屈しのぎだ。退屈に思う暇はないが、やっぱ心にも栄養が欲しいじゃないか。
これも余裕が出てきた証拠だろう。いわば、俺自身をネタにゲームしてる感覚で、遊んだ気になってみているのだ。
そんなことを考えながら、紙束へと視線を移す。
この魔物メモだって実用も兼ねているつもりだが、ここで今俺に出来る趣味として始めてみたってのもある。
ぱらぱらとめくって見ていると、各魔物の持つマグ量の項目が、不意に気になった。
「レベル5のモグーから500マグの獲得はいいとして。ん? レベル4のケムシダマが100なのも低すぎて変だと思ったが、もっとレベルの高い四脚ケダマが400マグ?」
各魔物のマグ量は、ゲームの設定と違うことは当初から分かっていたが、強さとは関係ないのか?
でもランクの分布はゲームと同じだ。そう考えれば、強さとレベル差にはゲームとの違いはあまりない。
レベルとマグとの分布が妙だと思ってはいたが、そういえばゲームも、全レベルに対応した魔物がいるわけではなかった。
経験値になり得るものといえば魔素しかなさそうだし、魔物の含有するマグ量が関係すると思っていた。
ただ、レベルの割にやたらマグ量の少ないケムシダマは、繁殖期だった上にカイエンと一緒に大量に片づけたことだし、正確に判断できないか。
経験値については保留にするとして……ううむ。
マグ量と強さというか、ランクの関係性は薄いと思った方が良さそうだな。
これって、低レベルでもマグ量の高い奴を襲った方がお得ってことじゃないか?
なんて、せこいこと考えても、選んで戦えるような実力なんかない。それに魔物駆除が義務の、この世界の冒険者道に反する。地道に無茶して、回れる場所を増やせばいいのだ。いや、地道に。あくまで安全第一だ。
◆
良い天気だ。魔物狩り日和である。
「よっしゃ今日も南の森の大掃除だぜ」
そう言ってはみたものの、どうにも違和感がある。
「南の森、南の森ね……あ、そうか」
俺はすっかり南の森を踏破した気になっていた。失念していたが、街道を挟んだ祠周辺までが南の森と呼ばれる場所だ。
「なんてこった……そんな単純なことにも気が付かずに、踏破した気になっていたとは」
だから貴様は甘ちゃんなのだ。
ライバル役をでっちあげて、心の中でそんなことを言わせてみる。
「んじゃ昼まで探索してみるか」
低ランクの場所には違いないし、今ならそう危険はないだろう。
俺はシャリテイルが進んだ抜け道は通らず、もう少し遠い場所にある、藪の開けているところから森に入った。あんな道のない場所を、案内なしで進める気がしない。
「やっぱ、あっちと比べると静かだなー」
一旦祠の位置を確認してから周囲の探索を始めた。
同じ森の一部とされているが、こっちには白樺のような木が多い。いつもの草刈り場近くの方は、普通に茶色い木がメインだ。
それも祠周辺だけのようで、しばらくすると混ざり、さらに離れると茶色い木だけとなる。こうなると向こう側と同じだ。
さらに離れると、木々はもっと暗い色になり鬱蒼としてくる。これは奥の森に近付いているってことなんだろう。ここで引き返した方がいいな。
ほんの少し東に行けば、中ランクで中難度の洞穴面があるはずだ。
「……花畑よりは、楽なんじゃないか?」
少し、入り口を覗くだけなら大丈夫……いやいやいや、いつもそう言って危険な目に遭っているだろ!
しかしな、洞穴だよ?
森の中のように境がないわけではない。
洞穴の入り口という、明らかな境界がある。ならば魔物の行動も違ってくるはずだ。
たとえば、暗い場所を好むとか……おや、カピボーにしろ他の奴らも普段から茂みに潜んでいるよな。でも茂みとは違って、わざわざ場所が分かれてるんだから、そこから出てくることはないだろう。
もし外まで出てくるなら、洞穴マップとして独立していると言えないのではないか。森の中の洞穴エリアで良くなるじゃん?
ああ分かった分かった。入り口から覗こうと思わなければいいんだよ。
そんな脳内口論を広げている内に、俺は洞穴が見える位置まで辿り着いちゃっていた。穴の前は、祠の前と同じく多少開けている。
特に魔物の影は見えないが。
「なんたる迂闊ー!」
濃い灰色の岩の壁に、ぽっかりと空いた黒い穴を横目に、側の木陰に回ると先客がいた。
「ケャウゥッ!」
「案の定だああっ!」
互いにビックリしつつも、俺の動きは早かった。
もう来た頃の俺とは違うんだよ!
殻の剣を思い切り突き出す。
重い手応えと共に掻き消えるケダマには、四本の脚。
「ゲッ! 四脚のほうだったのか……」
冷や汗が垂れる。気になる、周囲の森の雰囲気は?
やだ……鬱蒼と、してますよ。
「あ、あ、あれえ? 南の森範囲を超えるんだココって? は、ハハ……」
ヤバイ、戻ろう。木陰に近付くのはまずいと、開けた方へと後ずさった。
「ブイーン!」
洞穴の前には、低空でホバリングする魔物がいた。
丸く黒い体の背から生えた硬そうな二枚の羽は、俺の殻の剣と同じ、淡く黄色がかった色をしている。その下から生えた薄羽が振動音を発していた。
レベル12の魔物、カラセオイハエである。
「出てきてんじゃねえええっ!」
カラセオイハエは重そうな体を器用に飛ばして突進してくる。
「ブイブイ!」
「やっぱりこうなんのかよ!」
飛ぶ相手だ。逃げの手はない!
俺も負けずに剣を構えて突進した。




