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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
駆け出し冒険者生活

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55 :宿ミッションと木製防具

 あれだけ泥まみれになったというのに、道具袋の中身は無事だった。ちょっと入り口付近に入り込んだのは、俺が紐を緩めていたせいである。なるほど、あんなガチガチに縛っていたのはこんな理由があったのか。


 八つ当たりしたくなる気持ちを抑えて中を確かめる。分厚い生地で目が詰まっているというだけでなく、何かを塗り込んであるのか内側は布ガムテープのような手触りだ。これが防水防塵効果を持ってるんだろう。お陰で紙束は無事だった。


 机代わりのサイドテーブルへ紙束を置き、椅子を引き寄せる。

 一頁に一種類と決めて魔物の情報を簡潔にまとめているが、今のところ、そう多くの種類を見てないし、出会った全ての魔物の見出しを書き出していた。

 そこへ記憶が新鮮なものから、気になることを書き留めていく。

 いずれレベル順に並べ替えたくなったりしそうだが、紐を解いて入れ替えればいいから、そこは気楽だ。


 晩飯を食うようになった上に、こんな作業をしているから、日が沈んでもしばらく起きている。なんだかずっと前からこうして、ここでの普通な日常を過ごしているようにも錯覚する。


 でも、まだこの世界に来て二週間足らずだ――。


 回想するような時期ではないが、目まぐるしい日々だった。

 初めてリアルハンティングなんぞやって大怪我と呼べる傷を何度も負ったり、へこんだり、無駄に闘志を燃やしたり、落ち込んだり。

 それでも俺は元気です。まだな。


 ふと外へ意識を向ける。日が沈んでもしばらくは喧騒が聞こえるのだが、気が付けば、それも鎮まっていた。そんな時間にも時折、窓の外をゆらゆらと炎が掠めて外を覗けば、見覚えのある革装備の二人組が歩いていく。砦兵の巡回だ。


 冒険者の姿も少ないながらあるし、夜をメインに活動している奴らもいるんだろうか。夜目の利く種族って居たかな? いや、ゲームだと昼夜関係なかったから、その情報はないな。


 必死すぎてのんびりと観光するどころではないが、いつかは、あちこち見て回りたいなと思う。

 そう夢想しながら悠然と通りを眺めていたが、重大な点に気付いた。


「あ、パンツ一丁だったわ」


 外から見咎められたら裸に見えるなこれ。公然わいせつ罪とかあるとまずい。幸いにも窓は大きくないが、そそくさと窓際から離れる。


 サイドテーブルに戻ると、憎き四脚ケダマの脚を描き足した。

 うむ、この気持ち悪さは本物にも劣らない。画伯か。


「このくらいにしとこう……起床時間は守りたいからな。寝よ寝よ」


 毎日何かしらひーひー言ってるというのに、それでも段々と人は慣れていくものらしい。宿に戻れば倒れそうに疲労困憊だったのが信じられないな。睡眠時間も徐々に短くなり、七時間くらいだろうか、そんな平均的な時間で十分だと思えるようになった。


 目を閉じると、装備屋から伝言が届いていたのを思い出し口が緩む。装備しての確認もあるだろうし、泥まみれだったから行くのはやめておいた。

 最低ランク素材と馬鹿にはしたが、苦労して手に入れたものだし、自分だけの装備だ。

 なんでも新しいもんは、気持ちが浮き立つよな。



 ◇



 爽やかな目覚めを台無しにする、視界を遮る無粋な洗濯物。ズボンを手に取り溜息を吐く。いい加減にズボンと室内着を買おう。


 まずは装備屋行って、それから服屋に……早すぎて開いてないな。一仕事終えて戻ってくるか。などと算段をつけつつ階下へと降りる。


「突然だがな、うちの依頼を受けてくんねえか」


 いきなり、腕組みして難しい顔をしたおっさんに言われて困惑する。


「なんと、イベント発生だ。住民からの指定依頼ということは評価値がアップしたのか」

「なんでいイベントってな」

「いや、こっちの話だ。驚いたもんで」

「おう、いきなりで悪いんだがな」


 思わぬことに動揺してしまったが、選択肢を選ぶ前にセーブする機能などない。

 がっでむリアルゲーム。


「俺にできることなら、なんだってやるよ」


 ああ、やってやるさ。どこからでもかかってこい。


「そう警戒されると言いづらいな。こっち来い」

「ぶがっ」


 連れられて宿を出たところで、おっさんは立ち止まった。予想外の近さに、ぶつかってよろめき体勢を立て直す。ビクともしないとは、さすがは年季が違うな。


「依頼ってのは、この立て看板だ」


 おっさんが手を乗せて示した、腰の高さほどある木製の看板だったものを見る。

 泥で汚れたり色褪せていたり禿げていたり、ささくれ立って割れがあったり染みが覆っていたりする。もう何が書かれてあったか判別できない。汚れを落としても同じだろう。

 内容はともかく、これが表に出ていれば開店中を示していることだけは分かるものだ。


「まさか」

「こいつを小奇麗にしてくれ。しっかり看板だって分かるようにな」

「なんで俺!?」


 自分で書いた魔物の絵を見て画伯かなんて思ってはみたが、ひどい方に芸術的というツッコミだ。前衛的すぎるというか童心に帰りすぎというか……。


 俺だって模型関係などに手を出してみた時期はある。しかしロボットをカスタマイズして戦うゲームのプラモが発売されて、組むだけで済む簡単なやつとかブログで紹介されていたキットですら、意外な細かさに断念したのだ。塗料の扱いも大変だし。フィギュア万歳ねんどろ万歳ってなったのは良い思い出だ。

 つい遠くを見てしまった。


「そう気張るな。分かりゃいいから。どうか頼まれてくれないか。期間も一巡りの間で好きな時でいい」

「俺でいいなら」


 どうやら真剣に困っているらしい。自信はないが、つい差し出されたハガキ大の紙を受け取っていた。依頼書には外観清掃とあるが報酬は……5000!?


「これ報酬高すぎだろ?」

「吊り下げの方と二枚分だぞ。こんだけ汚いと、半日は確実だろう?」

「そりゃそうだけど、別に手伝うだけでもいいよ」

「別の仕事で手が離せないんだよ」


 そう言い合うが、やっぱおっさんには強く出れない。ここは素直に引き受けて、お値段以上の働きをしようか。


「取り外すのは息子にやらせるから、まずは立て看板の方を頼めるか。道具は裏の物置にある」

「分かった。まずは装備屋行ってくるよ」

「無理言ってすまんな」


 用事が済むとさっさと引っ込んでしまうのを見て、俺も宿を出た。




 報酬以上の働きつってもな。俺にデザインセンスなど皆無。ま、凝るのが良いとは限らないか。ここは、見易く分かり易くを心がけるとしよう。余計なことするとこじらせそうだからな。

 道々うんうんと唸った結果を、ベドロク装備店に入るなり口にしていた。


「ヤスリって高い?」

「藪から棒だな。なんに使うんだ」


 やや驚いたようなストンリに、看板の件を相談した。


「出来れば文字を書くだけじゃなくて、文字を彫ってみようかと。彫ったところを焼いたら読みやすくなるだろ?」


 俺の頭には、食堂で見たカマボコ板メニューが浮かんでいた。ヤスリは単純に表面が平らになるかなと思っただけだ。


「そういうことなら道具を貸してやるよ」

「え、いいのか? 助かるよ!」


 借り物は早く返したいし、こうなったら午前中は看板に取り掛かろう。それに服を買いに戻りたかったんだし、ちょうど良い依頼だ。


「じゃあなストンリ!」

「タロウ、品物」

「あ、そうだった……いやあ、随分と出来るのが早いよなハハ」

「大して加工のしようもない素材だからな」


 ストンリの呆れた目はスルーだ。傍の箱から取り出し、カウンターに置かれたものを見た。小さくなり婉曲した樹皮だ。防具?


 分厚いが、甲羅のときほど大ざっぱな層ではなかった。何枚も、みっちりと張り合わせてあるようで、バームクーヘン度が上がってる。手触りからして、随分と頑丈になったと分かる。それに布のベルトらしきものが、ぺろんと垂れている。


「つけてみろ」

「え、どこに」


 小型化した他は甲羅にしか見えないんだが。


「見ての通り肩当てだ。そこそこ衝撃を和らげるはずだ」

「そ、そうなのか」


 ああ、この婉曲は、ちょうど肩をぴったりと覆うような形状なのか。

 内側には、やたら分厚い丈夫な布が張ってある。殻の肘当てに使われているのと同じものだろう。そこから布ベルトは交差するように伸びて、二つを繋いでいる。これが背面とのことだ。

 後ろから着るようにして、肩から腕を挟むようにはめると前で留める。腋の下あたりにも別のベルトがあり、それで腕に固定できた。


 見た感じ、どこの鎧武者だよという趣。当世具足だっけ、そんな小さめの袖だ。

 ぶんぶんとラジオ体操第二を思い出しながら腕を回す。


「なんだ、そのおかしな儀式は」

「おお、これなら別の作業にも邪魔にならないな!」


 さすがは本職! ストンリは、見事に俺の希望を汲んでくれたようだ。

 困惑を誤魔化すような笑みを浮かべるストンリを急かし、俺は500マグを支払った。


「また素材が入ったらよろしく」

「低級素材なら任せてくれ。道具もありがとう!」


 ポンチョを被っても違和感がない。

 そこはかとなく強くなった気分に浸りながら、俺は裏通りを走り抜けた。


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