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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
駆け出し冒険者生活

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54 :通貨と泥沼

 昨日の交渉を思い出しながら、こっちの物価に疎い俺が挑むのは早すぎたと気付く。そこで改めて、こちらの通貨について思いを馳せていた。


 実はこの世界にも、マグタグを利用した電子マネーのようなものだけでなく、硬貨らしきものが存在する。五百円玉サイズの、丸く平べったい水晶もどきだ。

 うん、単にタグが丸くなっただけだな。


 ただしこのマグ硬貨は、タグと違い個人認証を施さないものだ。うっすらとマグは込められているが、それ自体を抽出して利用するものではない。

 しかしタグのように一財産を込められるようなものだと、一般の住人は利用しづらいらしい。

 例えば、八百屋で大根とか駄菓子屋で五円のチョコを買うのに、一々クレジットカードだとか使ったりしないもんな。いやこの場合はSUIなんたらカード?


 それ自体に価値の薄い鉱物、といっていいか分からんが、マグ水晶が利用されているのは不思議だ。ジェッテブルク山でも採掘しているらしいが、鉱山は各地にあるらしい。逆に安定供給できるからこそ、利用を決めたのかもしれない。


 この街は、冒険者の比重が高いからタグでなんでも買えるようにしてあると聞いた。


「このちっこいタグに、よくもあれだけのマグが取り込めるもんだ」


 一応は内蔵量にリミットはあるが、高ランク者でもない限りオーバーすることなどないらしい。普通に使ってる分には、無限のようなもんってことだ。

 このマグタグってのは、思ったよりすごいらしい。

 よく、いつ辞めるともしれないと思った俺に貸し出してくれたと大枝嬢には改めて感謝したい。と思ったが、規則だったようだ。


 落としても、個人認証処理を施しているから誰かに使いこまれることもない。処理には本人の魔素を外殻に記憶させているようだ。


 まあ、盗まれて使い込まれる心配はなくとも、失くすことはありうる。

 激しい戦闘の末にとか、酔っぱらってとか、ええと……まあ冒険者には危険が一杯だからな。


 そのためギルドでは、ある程度稼げるようになった連中に、分割して保管することを推奨しているのだそうだ。タグのロストが人生ロストになりかねないしな。

 保管用の水晶を購入して自宅に置くのでもいいが、ギルドにも保管サービスはある。ありがたいお知らせである。


 自宅に置くメリットは、職員に頼む手間が省けたり、誰にも残高を知られずに済むなどあるだろう。

 ただしマグ読み取り器とセットで購入しなければならないが、どうもそっちは高額らしい。さすがに国が管理しているのか、登録者にしか使用できないようになっているとか。簡単に書き換えできると大問題だよな。それに当然のことながら、何か理由があって失えば何の保証もない。


 ギルドを利用するなら、毎月定額の手数料を払えば良いらしい。

 もしギルドに何かしらの被害があった場合は、他のギルド支部や国と相談して保証することになるとか。

 稼ぎの少ない低ランク冒険者たちには、断然こちらがお勧めのプランだな。入出金の手数料がない代わりに、口座維持費というか貸金庫の場所代金というかを払うだけなら安いもんだろう。




 そんな売り込み文句の数々を、俺は心躍らせながら大枝嬢から聞いていた。

 半ば現実逃避である。


「タロウさんも、最近の活動ぶりは文句なく低ランク冒険者らしいと言えますからネ。今後も、出来うる限りの支援をさせていただきますヨ」

「はい、ぜひご期待に添えるよう今後も研鑽を積み、保管できるだけの余分を稼いできます!」


 大枝嬢は、ぐにゃりとした笑顔から一転して、ウロの目を吊り上げた。


「その心意気でス。だからってタロウさん、難度の高い中ランクの沼地まで向かうなんて、とんでもないことでス!」

「は、はい……ごめんなさい」


 泥でゴワゴワに固まった自分の姿を見下ろし、憂鬱になる。臭いのだ。


 そう、とうとう俺は沼地へと到達したのだった。




 それはまだ午前中も半ばだった。

 四脚ケダマのグループと戦いながら奥の森を踏破する、なんてことは即座に諦め、魔物の少ない草原側からコソコソと入り込んでみたのだ。

 記憶の地図から、森を通るよりは近いだろうと、おおよその目星をつけていた。


「目論見通りだな」


 少し離れてみたそこは、暗い茶色の地面が広がっているようだった。

 落ち葉が適度に散らばり、知らずに歩いていたら、ただのぬかるみと考える内に深みに嵌ってしまっていただろう。

 そこに沼があるはずと考えながら歩いていたから、木々の合間に忽然と現れた広場を不審に思ったのだ。

 湿った臭いに、奥の森の奥地よりも植物が枯れたような雰囲気。


「これは間違いない」


 辺りを見回しつつ、そろそろと近付いた。

 足元がぬるっとしてきた辺りで止まり、木の陰から覗いただけだ。


 別に、強い敵と戦いたかったわけではない。俺よりも強い奴らと戦いたいなんてバトルジャンキーの気は微塵もないのだ。俺より強い奴って居すぎだけどよ。

 どちらかというと、マッピングしたい欲求の方が強い。覗いて確認できたら満足できるはずだった。


 そりゃね、固有の魔物は見たかったですよ?

 ああそうさ、やけに静かだからってワクワクと目を輝かせながら、幹に張り付いて沼の様子を伺ってたのさ。


「ブニャウ!」

「ぎゃああ!」


 ゴボッとした音が背後から聞こえたかと思うと、足に強い衝撃を受け、次には地面に這いつくばっていた。

 慌てて首を向けると、盛り上がった土の跡があり、その先が割れている。魔物は湿地に潜んで移動するらしいと知った。


 静かだと思ったら、そういうことかよ!


 ずるずると引っぱられる力に現実へも引きずり戻される。慌てて足に取り付いている奴を見てギョッとした。


「は、はなせこの魚野郎!」


 間抜けた顔つきの魚が足に食らいついていた。レベル10の魔物、フナッチだ。

 口先に向けてやや尖った感じではあるが、頭の上が盛り上がっていて肉々しい。

 お前顔でけーよ。体長は俺の半分はありそうだし、横幅がある分かなりでぶって見えた。


 今は口の先端が俺のズボンを咥えている。幸いにも歯は布に引っかかり足自体は無事だ。

 だがシーラカンスのようなヒレが、その状態で俺ごと移動していた。




 なんて力だ!

 呆然として思わず見入ってしまったが、そんな場合か!


 逃げようと掴んだ低木の枝が折れた。その枝を掴んだまま俺は、ぐずぐずに緩んだ土の上を引き摺られていく。


「ぶべべぶぶぶっ!」


 臭ぇ! 泥臭ぇよ!

 沼に生き埋めとか齧られて死ぬより嫌だよ!

 よし応戦だ。剣を落としてるうう!

 地面を掴んでも指の跡ができるだけだ。

 枝! 枝を地面に刺せば……また折れたあああ!


 焦って真っ白になりそうな気持ちをのみこんで、もう一度振り返ってよく見る。

 ズボンに食いついて引き摺られていく内に、裾はブーツから外に出てしまっていた。泥が靴に入り込み気持ちが悪い。


 キモ魚の背後には、見るからに柔らかそうな地面が刻々と迫っている。どうしよう、どうする、どうこの窮地を抜け出すのか、よく観察しろ!


 顔に比べると小さめの、への字で食いしばっている口は、ものすごく頑張ってる感を演出している。

 知らずにはたから見ていれば、思わず応援してあげたくなるかもしれない。


 そこから覗く歯は長い牙ではなく、ぎさぎざとしていて鋸のようだ。

 食いついているのは、口の中ほどでだ。変に力を入れているからか、口の両端が下がって、隙間が空いている!


 一か八か――。


 緊張しすぎて、握りしめた枝が手放せないでいた。腹筋に力を入れると、上半身を思い切り魚野郎の口まで引き寄せる。

 同時に、折れて鋭く尖っている枝を口の中に突き入れた。


「フニギャッ!」


 分厚く丸っこい唇の内から顎に向けて枝は貫通した。今の内だと、食いつかれていない方の脚で濁った目玉に蹴りを入れる。柔らかいんだろうが、弾力はケダマ以上だ。

 必死に何度か蹴っていると、良い角度で踵が入り目玉を抉った。


「うおえええ!」


 気色悪い感覚を想像上の棚の上に乗せて、倒すことに集中する。目から赤いマグが血のように流れ出しているが、即死とはいかない。

 レベルが二桁に入ると、体力も上がるが生命力もそこそこ意味を持ってくる。


 命尽きるまで待っていたら、こっちが先に沼に落ちちまう。

 し、仕方がない。


「な、なんまんだぶー!」


 魔物の傷に向けて、思い切り足を突きこむ。

 ぐちょり。

 俺は、勝った。




「こ、腰が抜けた……」


 這いずりながら沼の中心から遠ざかる情けなさマックスの俺。

 いや違う。他の敵を警戒して、匍匐で撤退中なのだよ。

 ……戦いには勝ったが、気分は負け戦だ。


 こうして俺は、泥沼フィールドの探索を終了して戻った。

 全身が重いし臭いし動き辛いしで、のろいツタンカメン相手とすら満足に戦える気がしなかったからな。それに、街の中を汚しそうで、乾くまで大人しく草刈りに励んでいたのだ。


 その後、大枝嬢にこってり絞られた後に、もしもの時の安心プランの講義を受けていたというわけだった。


「いえ本当に。ちょっと見てみたかっただけなんです」


 しばらくは自重しますと言って、とぼとぼと宿へ戻った。

 全身を泥で固めたままで草刈りするのはしんどかったんだ。本気で。

 さすがに、二度は御免だよ。


 洗濯は普通の石鹸でも十分だったが、固まっていたからな。水に浸して緩めた後に洗うことになったが、ぼうっと座って桶を眺めていると、おっさんが無言で洗濯板を差し出してくれた。こんなところにもあるんだな洗濯板。

 素手よりはマシだろうが、いつにも増して時間がかかったのは言うまでもない。


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