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05 :森葉族の案内係

「おおー、ここがあのガーズか!」


 乾いて古びた風合いの木造建築の間に、所々煉瓦の壁も見える、二階建ての建物が連なる街並み。道は外と同じく乾いた土色で、端を雑草が彩る。

 俺の中にはヨーロッパの田舎村といった感想が浮かんだ。


 だけど、ただの海外ではない。

 俺のような人族も多いが、見るからに身体に特徴を持つ種族がいるし、荷を運ぶ人々や買い物客といった一般住民の中に、堂々と武器をぶら下げて歩く者達が交差する雑踏。

 通りには木々の青さと土臭さに混じって、惣菜屋だろうか様々な食べ物の香りも混ざる。

 素朴ながら、確かに別世界の日常がそこにある。


 冒険者街ガーズに踏み入れた俺は、興奮を抑えられず、ひっきりなしに辺りへと首を巡らせていた。

 完全なるおのぼりさんだ。


「うわっと」


 籠に盛られた野菜や、肉のぶら下がった軒下を覗き込みながら歩いていると躓いた。地面にへこみがある。日本と違って、きちんと舗装されてないんだった。

 そんな俺の耳に呆れたような吐息が聞こえた。


「少し落ち着きなさい?」


 はい、すみません。

 横目に隣を歩く女の子を見る。

 英雄軌跡の中でチュートリアルキャラを務めたキャラクターで、森葉(もりは)族のシャリテイル・ウディエスト――のはずだ。


 ゲームではガイド役なだけあって、丁寧で親切だったというのに、毒も吐けるとは意外だった。

 終盤でも芯のあるキャラぶりを見せていたから、棘がある物言いは俺を怪しんで態度を変えたからか?

 決して胸元を凝視していたためではないはずだ。ないだろう。たぶん……。

 そこをつつくと自爆しそうなので、別のことへと切り替える。


 似て非なる世界。

 そういった疑念が広がる。

 だったら困るな。

 来たことはなくとも、知ってる世界と思うからこそ落ち着いていられるわけで。

 なんの知識もなく、見知らぬ世界でサバイバルなんて耐えられる気がしない。


「ギルドへ登録するのに試験なんかないから、安心しなさい」

「え? あ、あぁ、ありがとう」


 つい黙り込んでしまったが、俺の心配を誤解したようだ。

 いい歳してどもるのも恥ずかしいな。無駄に背筋を伸ばして平気なことをアピールだ。

 怪訝に見られただけだった。


「そうだ、あなた名前は? 私はシャリテイルよ」


 うっかりしてたといったように大きく目を開いて、シャリテイルは俺を見た。

 思わず固まる。その名前は、やはりか。

 そうだろうと目星はつけていても、本人の口から聞かされるとドキッとする。


 でかくて嫌でも目に付く杖を持ってるから、間違いないとは思ったけど、それも通りを見ていて確信したことだ。武器らしきものを身に着けている人を見た限りでは、これが当たり前ではないらしい。

 シャリテイルの杖は、棍棒のように膨らんだ先端に緑の葉っぱが二枚ついた灰色がかった木の枝、というか観葉植物のようだ。武器、なのか……?


「俺は、墨野太郎すみのたろう。いや、タロウ、スミノかな」


 西洋っぽいイメージだし、姓名逆?

 そもそもゲームの入力欄が逆だったな。


「ええと、スミノタウロスさん?」


 誰が牛人間じゃい。

 言い直そうとしたが、分かりましたミノタウロスさんですねとお約束をかまされそうだったので、スルーすることにした。


「あなた、タウロスに憧れてるの?」

「いるのかよミノタウロス!」

「タウロスよ。ミノタウロスって、人族に伝わるお話?」


 なんと、違うものなのか。いや違うだろうけどさ。なら似た言葉であっても、別もんの可能性は考えてなきゃな。

 空想の存在だし話すのはどうかと思うけど。

 言われたように、人族に伝わる話とでもしておこう。


「ミノタウロスってのは、牛に人間の体がくっついたようなやつなんだが……」

「やっぱりタウロスみたいね。でも人間ぽかったかしら。牛と蜥蜴と鳥が合わさっていたような記憶があるけれど、本の知識で実物は見たことないの。まぁ珍しいことは確かね」


 どんな塊なんだよ。


「それで、お名前だけど、どう呼ぶものなの」

「タロウでいい」


 棘のある態度は俺が怪しい行動をとっていたせいだとしても、やっぱり親切なのは変わりないらしい。

 どうせなら、あれこれ質問される前に、もう少し情報を仕入れてみるか。


「その、関所、みたいなのが無かったから戸惑ったんだ。ここでは、ああやって確認してるとか?」

「いいえ、大きな街でもあるまいし、気になっただけよ。あなたみたいに、ふらついてる怪しい人を見たら声をかけるものでしょ?」


 色々と聞きたいのは彼女のほうだろうが、律儀に俺の質問に返してくれる。

 止められるまで一通り畳みかけることにする。


「じゃあ、兵士とかじゃなくて、住人なのか」

「今はね。外から来た人なんてすぐ分かるから、声をかけるのはいつものことよ。だから気兼ねしてるのなら、気にしなくていいわ」


 自治厨かよ。

 それにしても、大きな街でもないからって、そんな適当でいいのか?

 通りに目を向ければ行き止まりは山で遮られているようだし、確かに大きな街には見えないが。自警団などで賄える範囲なのかもな。




 慣れた足取りの彼女の後を、懸命に追って通りの中ほどに来た時、懐かしい感じがした。

 始めて見るといえども、何度も通った景色。

 マップを俯瞰で眺めるのと、実際に立って歩いている違いはあれど、記憶にある街の特徴を肌で感じる。


 違いは、実際に住人が行き交っているってことだ。

 幾つか大き目の脇道と交差しているせいもあるのか、街の規模が小さいからだろうか、この辺はかなり賑わって見える。買い物カゴだろうか、編み籠を抱えた人が多い。日が傾くには早いが、時代背景を考えれば晩飯時かもな。


「ふふ、感動の気持ちも分かるわ。この街へは、何か希望をもって来る人が多いものね」


 口元だけの微笑みに、どこか遠くを見るように目が細められる。

 希望……それは彼女もってことなんだろうか。

 俺はどちらかといえば絶望的なんですが。


 すっかり彼女の態度は、観光客を案内するような雰囲気に変わっているせいで、さっきの警戒が嘘だったかのようだ。ただの声掛け運動の一環か? 田舎だと結構あるらしいと聞いたことはあるけど。

 誰にも見咎められなかったのは、そのおかげかなのかもしれない。


「さ、着いたわよ」


 その賑わいの中心で、シャリテイルは足を止めて俺を促す。

 扉の上部、その横には、木製の看板が吊るしてあった。

 交差した剣にネズミもどきが挟まれた小さな絵の下に、大きく『冒険者ギルド』と書かれている。


 おお、これは……。

 今まで以上に自分の目が輝くのがわかる。

 足しげく通ったギルドに、自分の足で訪れることになるなんてな!

 ここで実際に冒険者として働けるなんて、ちょっと、いやかなり感動だ。


 道の後先を眺めるに、ここが中心で間違いなさそうだ。

 冒険者ギルドを真ん中にして発展したように思える。

 あながち間違いではないかもな。


 入口を見ると期待に胸が膨らみ、俺はわくわくしながら、シャリテイルに開かれた扉を勢い込んでくぐった。




 室内に入って目に付くのは、煉瓦の床に簡素な木製のテーブルと椅子。そこに集っている様々な種族の人間達だ。待ち合わせ中か何かの冒険者なんだろう。

 そう広くはない。すぐ奥に受付窓口だろうカウンターが見え、そこにいる全員が同じモスグリーン色の服を着ている。制服があるのか。


「みんな今日は早いのね」

「おぅ、そっちこそまた拾いもんしてるな」


 俺のことか?

 その場の冒険者たちと気さくに声を掛け合っているシャリテイルの後に続く。

 ああやって挨拶するってことは、やっぱり彼女も冒険者なんだろうな。

 人を掻き分けるように進むと、好奇の目はあれど特にからまれたりするといったこともなく窓口へ到着した。


 異世界に迷い込むような物語だと、ギルド窓口の受付嬢は初期の見所だよな。

 ここは英雄軌跡の世界だが、元のゲームではギルド内のイメージ背景が表示されていただけだ。その背景すら、上からクエストを掲載したボード画面で埋まっていて細部は分からなかった。

 だから受付嬢がどんな人なのかは俺も知らない。


 そうして密かに楽しみにしていた受付のお姉さんは、人には見えなかった。


「いらっしゃギギ」


 なんだこの木人間。


 身に付けた筒状のローブから伸びた、幹のような頭にはウロのような目や口がある。怖い。

 空洞ではなく赤い水晶のような目玉があるだけましか。余計に怖い。


 おかしいな。こんな種族いただろうか?

 街の中にいるからモンスターってことはない。


 余分な情報があるとしたら、ゲーム内ではなく説明書だ。

 あらすじや世界観を説明するページの背景に、街や人々の風景を描いたものがあった。

 そこにはオープンカフェらしき場所に座って本を読んでいる、大木が……ああ、いたわ。まさかアレが受付嬢だったとは。


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