49 :素材持ち込み
コントローラーの、電源がなくとも光り続けているという不思議パワーを宿していながら、レベルとマグ獲得量が表示されるのみというしょぼい機能。
助かるのは、マグ読み取り器がなくとも大まかながら獲得量が把握できることだけだ。
それで満足したというか頭が冷えたというか。ヤブリンら一組を倒すと、その後は草刈り場へと戻った。
きっちり十五束分をまとめたところで空はオレンジに染まりつつあった。思えば宿代の払い方を変えたんだから、ノルマ十五束も意味はないんだよな。予定はまた考えよう。甲羅が邪魔だし今日は戻るか。
「おかしいな」
表通りをギルドへ向けて歩いているが、住人から甲羅への反応はない。ちらと目を向けられるのは、大荷物だからついといった感じで、何か分かると逸らされる。
意外と持ち帰られる素材なんだろうか。刺さる視線に対する心的防御を固めてきたが、無駄になって良かった。
代わりに逃げたくなるような呼びかけが。
「待てータっロー!」
足を止めず、さっと首だけ巡らせる。うわ……速い!
シャリテイルなのは声で分かっていたが、なんで杖を掲げて走ってくるんだよ!
急いで懸命に遠ざかろうとするも、あっという間に俺を追い越していった。
なんでだよ!
「あっと行き過ぎたわね」
シャリテイルは後退して俺の横に並んだ。
「草と遊んでると思ったのに、今日は早いのね」
草刈りはなあ、遊びじゃねえんだよ!
なんでこんなことにパッションを迸らせなきゃならんのだ。
「もしかして、正式に繁殖期は終わったのか?」
「ひとまずは、そうね。少し離れた周辺地域の隅々に派遣されていた中ランク冒険者が、昼に戻ってきたの。明日からは魔物の数も通常時に戻ってると思うわよ」
「そうか。それは安心だな。まあ、お疲れさま」
やはり、か。
当初は一日十匹足らずのカピボーが現れるくらいだったよな。
くっ、もはや俺に安全に稼ぐ道は残されていないのか。
「タロウもお疲れさま。コエダさんから、ケダマ草採取を頑張ってくれてたって聞いたわ」
「大した数は採れてないけどな」
「なんだか悪かったわね、間が悪くて。普段は比較的安全な場所なのだけれど」
「さすがに、これはシャリテイルのせいじゃないよ」
「あら、他に私のせいで面倒ごとがあったみたいな言い方ね?」
ないと思っていたのか。思い込んだら即行動しているだけで、振り回しているつもりはなさそうだけど。できれば今度は、本人に相談してからにしてくれよ。
そりゃ恩恵は受けているし、ありがたいけどさ。
「ゴホン。とにかく、安全になったなら、明日からは採取量も増やせると思う」
「ほんとに? やった! また忙しくなりそうだからタロウに大期待してたのよ」
初めっからそのつもりだっただろうに!
ケダマ草採取が少し滞ったくらいで困る人がどれほどいるのか分からないが、しっかり摘めば最低限の稼ぎにはなるんだからやるけどな。
そんなに採っても、肌着という限定的な利用にとはいえ生地になるまで足りるか疑問だし、毟れるだけ禿げ散らかしてやる。
そういえば、安くて面倒な素材でも柔らかいから使われているという理由なら、普通のシャツなんかにも利用して良さそうなもんだよな?
「シャリテイルの服も柔らかそうだけど、それもケダマ製?」
ケダマ製という気持ち悪い響きは置いておくとして、シャリテイルの白いワンピースは柔らかそうというかキメが細かい。
ここの住人が着ているものが、粗い目の硬そうな服ばかりな中で浮いている。
「ああ、これはシルキープランツっていう植物製よ」
シルク? 絹も植物なのかよ!
いやシルキーだから、絹っぽいって意味かも。だとしたら蚕もいるんだろうか。
「なんだ、この生地が欲しいの?」
「いや別に」
「以前話したかしら。高価な布ってこれよ。人の手で生育可能なのだけれど、手間がかかって費用が嵩むらしいの。それに素のままだと丈夫でもないし冒険者向きじゃないわよ」
聞いてないし。だからいらないんだって。
「ただし、複数の強化がかけられるのが強みかしら。戦い方次第ではあるけれど、中ランク以降なら取り入れるのもいいかもね」
「ほ、ほほぅ」
そんな理由もあるのか。
この口ぶりだと、複数の強化が可能な基礎素材は多くなさそうだ。今の俺には遥かな遠い未来に考える可能性もゼロではない程度の知識だな。
なんにしろ頭には留めておこう。
知識の差異に、覚えること、それに予定なんかも増えてきたな。
こうなるとスケジュール帳が欲しくなってくる。また無駄な出費だろうか?
紙とペンくらいは持っていても無駄ではないだろう。
機械化された工場なんか無いだろうから安くない気はするが、そこは覚悟しておくか。
「それで、なんなのコレ」
ギルドで精算したら日用品店に行こうなどと考えていたら、シャリテイルの杖が背中をコンコンとつついた。答えるまでもなく、呆れている気がする。
「ツタンカメンの甲羅。素材になるか分からなかったから持ってきた」
「もちろんなるわよ。なるけど」
「低ランク素材だろ。需要あんの」
「薪になるわね」
燃えやすそうだもんな!
残念ながら、これが欲しいなんて依頼はないらしい。無駄骨かよ……。
そんなことを聞いたところでギルドに到着した。
窓口に向かうと、大枝嬢は顔のウロを大きくする。
「タロウさん、危ないとお伝えしたのに奥の森へ行かれたのですカ」
「はい、安全第一で慎重に踏み込んでますから、ええと……スミマセン」
困り顔の大枝嬢に申し訳ない気持ちになる。俺よりあらゆることを知っているはずだし、意見は適切だ。
しかし、俺は自重しない。できないと気付いてしまったんだ!
「コエダさん、俺も南の森なら難なく回れるようになりました。装備も少しずつですが揃えてます。一つ何かを達成したなら、一歩次に進みたいんですよ! もちろん、草刈りもケダマ草採取も欠かしませんからご安心ください」
俺は身を乗り出して言いくるめ……熱弁していた。剣や肘当てなどの装備を見せて、亀をどう倒したかと真剣に伝える。
ここは適当に言い逃れて後でこっそり好きに行動、なんて出来ないからな。タグのお蔭で。ならば正々堂々と宣言するしかないのだ。
大枝嬢よ分かってくれ。俺には払わきゃならない、宿代があるのさ……。
「まあ、もう南の森に馴染まれたのですカ。それにいつの間にか装備まで。それなら危険度は下がりますネ」
大枝嬢は疑問が氷解したようにぐにゃりと笑った。
え、そんなあっさり納得しちゃうの? 対策が不十分だと思われていただけ?
俺の熱意は必要なかったようだ。
「それでも、十分警戒してくださいネ」
「マグ探知能力なんてないですから、慎重に歩きますよ」
職員にも行動を細かく強制する権限はないようだし、何をしようが俺の自己責任ということではあるが。
それでもなるべく相談しアドバイスしながら、各人の希望を叶えるために摺り合わせしてくれている。義務感もあるだろうけど、大枝嬢の善意が本物だというのは分かっている。
無茶しつつも慎重に頑張ります。矛盾してようと、世の中結構そういったことはあるよな。
ギルドを出ると、シャリテイルは小言を聞かせるような口ぶりで言ってきた。
「もうタロウったら、またコエダさんを困らせてるし」
俺たちのやり取りを欠伸しながら見てただろ。
「いつまでも甘えていられないしさ。せめて堂々と低ランク冒険者と認められるようにならないと」
「それは刻印貰ったんだから十分でしょ?」
「実質的な働きのことを言ってるんだよ」
「分かってるわよ。ほら、日が暮れる前にストンリに突撃しましょ!」
「なんで」
なんでだよと言い切る前に、急ぎ足で前を行くシャリテイルを追いかけた。
「やほーストンリ、装備の修理をお願い」
やっぱ自分の用事かよ!
「うるさいのが戻ったか。繁殖期の解除宣言は届いた。昼の内に駆け込んできた奴らも多かったからな」
「ほとんどは昼解散だったからね。はいコレとコレ」
いつものことなのか、うるさい奴と言われたことを華麗にスルーしたシャリテイルは、ストンリにグローブなどの革防具を渡した。
「タロウは素材の持ち込みか」
「お、おう」
素材の持ち込み……なんとも俺には不似合いな響きだ。いやこれ買ってくれるのかよ。薪じゃなかったか?
せいぜい道具屋向きの素材かと思ったが、鍛冶場の燃料とか?
「何に使うんだ」
「防具。何もないよりはマシな程度だが」
へえ、一応、防具になるのか。他の奴には無い方がマシなレベルの気がする。
「ちょうど何もないな。使う当てがあるんなら、買ってもらえるだけでも助かるけど」
背中から降ろして渡すと、ストンリはわずかに眉根を寄せた。
「買うのもいいが、どうせなら何か作らないか?」
「それいいわね、面白そう!」
面白くてどうする!
シャリテイルのわくわく笑顔を見て、俺もちょっと好奇心が湧く。
需要は低いようだし買い取ってもらっても微々たるもんなら、頼んだ方が良さそうだ。
「それもいいかな。おっ、そうだ。強化に、このモグーの葉は使えるか」
「珍しいもん拾ったな。面倒でなかなか探す奴がいないんだ。久々に見たよ」
っておい。珍しい理由が面倒だからなのかよ。
「残念だが、木製素材では強度が釣り合わない。殻でもいいが、革がちょうどいいよ」
あっさりと俺の希望は取り下げられた。ゲームでもあった組み合わせの制限だが、現実になってもあるのか。そりゃあるよな。微妙な違いは混乱の元すぎる。
メモ紙を買う金も残してないと。その前に。
「幾らかかる」
「500でどうだ」
「材料があるからって安すぎないか」
「余りが出るからな。その分を買い取る形だ」
そんなもんならと、お願いすることにした。修理が多いから明日は無理かもしれないらしく、また伝言をくれるとのことだ。
うっかり帰りかけて振り返る。伝えておかなきゃな。
「殻の剣、すげえ役に立ってるよ。防具も楽しみにしてる」
ストンリはフッと笑っただけだが、どうやら喜んでいるようだ。
だが無慈悲な声が、心温まる交流を引き裂いた。
「わあ、殻製の武器なんてまだ作ってたのね」
「どんな素材だって一長一短だっていつも話してるだろう。材料の特質を把握しておくためにも、定期的に触れていた方がいいんだ」
「だからって売れもしないのに在庫増やしてたら、地面が沈んじゃうわよ?」
「いや売れたし。ほらタロウが買って役に立ったって言ってるし」
なんだか言い合いしだしたけど。待った、なんだよ在庫って。
俺は体よく在庫処分されただけなのかよ!