47 :魔技石
午前中も半ばに採取を切り上げ、街へ戻ってきた。
道具屋の開店には少し早いかと思ったが、日差しを見る限りでは前回と同じ頃合いだと思う。念のためにのんびりと歩いてみたが、道具屋フェザンの扉は開いていた。
「こんにちはー」
「ああっ待ってましたよっ!」
「へっ。あ、あぶねっ!」
薄暗い店に入り奥まで歩を進めたところ、箱の壁だと思っていたのは、三つほど積んだ木箱を抱えているフラフィエだった。ふらつきながら倒れるような勢いで突然に、箱を俺へと押し付けやがった。
「う、わわっ!」
バランスを崩したものの、手には荷物、受け身を取れば周囲の荷を崩して生き埋めだ。尻餅をつくしかなかった。
「身をもって依頼対象を守るとは、さすが冒険者さんです! でも時間がないの。立ってください!」
「はあっ? は、はい」
どんどん箱が積まれる。
「あのちょっと、すんません。わけが分からないんすが」
「あ、そうでしたね! こっち。こっちですよ。周りに当たらないように、そぅっとですよ。そこ、肘ぃ! 荷が崩れます!」
ものすごくテンパっているようだ。怖い。逆らうまい。
「入り口に置いてください。助かりました。では次はこっちです」
で、荷物を入り口まで運ばされたが、まだ終わらねえのかよ。
奥の作業場なんだか倉庫なんだかってところと、店を区切っている衝立代わりのうず高く積まれた箱が邪魔だ。その箱の隙間の通り道は、ぴったり木箱が通れる幅なのだ。腕を引っ張られながら、そこを通り奥に連れていかれた。
「今度は、これとぉこれに……」
また腕に箱を押し付けられ顎で挟むが、さらに積もうとしやがる。無理だろ!
「待った! 後は任せてもらおうか。フラフィエさんは、運ぶものをその台に置いていってくれ」
怖いが逆らうしかなかった。納品だろうか。多分、引き取り時間が近いんだろうけど、こんな調子では終わらない。俺は負担のない分だけ箱を抱えると、入り口へと移動しては積むを繰り返した。
「す、すごい、早いですね!」
いや気付けよ。
なんで持てないと分かっていてギリギリまで持とうとするのか。パニくってると単純なことも見えなくなっちゃうのは分かるが。あれ……それって俺じゃ。
ま、まあ、いい。ここはささっと運んでしまおう。
「ふぅ、疲れましたね」
「そうっすね……」
あんたずっとオロオロと見てただけやん!
「本当にほんとーに助かりました! あっ、では依頼書をお願いします」
「え?」
「え?」
フラフィエの安心して緩んだ顔と、嬉しそうにパタパタと蠢いていた首の翼は、そのまま固まった。
「え、あ、あら? 冒険者さんに配達のお願いをしていたのですが……」
「残念ながら冒険者ではありますが、ただの客です」
果てしない沈黙の時が流れていく。
止まった時を引き裂いたのは、フラフィエの悲鳴だった。
「ごめんなさいー! すみませんー! またやってしまいました!」
ペコペコとお辞儀をする姿を憐れみの目で見てしまう。
今さらだけど、お辞儀は有効な文化だったんだな。知らずにしてたわ。
「ちょっと手伝っただけだから俺は構わないけど、これって仕事の横取りみたいにならない? 俺は始めたばっかだから、規定とかあまり詳しくないんだけど」
「いえーこれはギルドへの納品ですし、配達が主な依頼内容ですので、そこは問題ありません。もちろん私も説明します」
「それなら、説明はお願いします」
そこにちょうど野太い声が響き渡った。
「フラフィエいるかー。おや、もう店先にあんのか。珍しいな……おおっ流しの草ハンターじゃねえか!」
俺は一体何者なんだよ!
「納得したわー災難だったな」
一目で状況を看破かよ!
フラフィエは何度おっちょこちょいスキルを発動させてんだ。
「あのう、私が勘違いしてしまったので、依頼書を修正しました。こちらを持っていっていただけますか」
「おう、もちろんだ」
二人が署名するやりとりを待つ。それが済むと、外に待機していた人員に呼びかけ、積み上げた木箱を瞬く間に運んでいく。外を見れば木製の台車もどきに詰めていた。大きな箱の底に、丸太をカットしただけといった車輪がくっついている。
不安定らしく、男二人が両脇から支えるようにして手を添え、転がしながら去っていった。
手持ちじゃないだけマシかもしれないが、背負った方が早くないか?
余計な世話を心で焼いていると、用事を済ませたらしいフラフィエに呼びかけられた。
「すみません、お買い物でしたよね! ちょっと待ってください。はいこれ」
差し出された葉書サイズの紙切れを受け取る。依頼書と書かれた文字の下にある項目には、丸っこい字で配達補助依頼と記されていた。
「依頼書って……これ、運び出しの分? 先に受けた人達の稼ぎはどうなるんだ」
「私の間違いですから、追加の依頼として手配しました」
「いやでも、大した量でもないし」
「すでに先ほどの方に伝えちゃってますから。それに手伝ってもらわなければ、間に合ってなかったかもしれません。報酬も少ないですから気兼ねなく貰っちゃってください!」
拳を握りしめて殴りかかるように詰め寄るフラフィエから後ずさる。首の羽が怖いんだって。
「わ、分かった。ありがたく頂くよ」
報酬の項目には500マグとある。そりゃ、普通の冒険者からすれば多くはないだろうけど、三十分と働いてないんだから貰いすぎな気もする。
確かにあのままだと一時間はかかってただろうけどな。主に崩れた荷物の片づけで。
まあ、買い物に来たんだし、還元サービスとでも思おう。
しかし、住人からの依頼か……あ、これって普通に街の依頼を受けたってことじゃん?
そう考えると感動だ。まだクエストボードすら見てないってのに!
それだよ。今晩こそ忘れませんように。
そもそも普通は、朝から「どんな依頼があるかなウキウキー」とか言って見るもんだよな。でも現場直行が楽過ぎて困る。
「それで、本日は何をお求めでしょうか」
「マグ回復の魔技石が欲しいんだ。効果は小で」
「は、はい、少々お待ちを」
何か挑戦を受けたような顔で裏に引っ込んだが、今度は何を引き起こす気だろうか。すぐに戻ったフラフィエは、木の台を抱えてきた。見るからに立て付けが悪そうだ。
「あまり売れないものなので、棚の一番上に追いやってまして」
普通は、高価なものを手の届き辛い場所に置くもんじゃないだろうか。
「売れないものなんだ」
「基本は子供用ですね。通常は、みなさん中か大回復をお買い求めになりますよ」
「へ、へえ」
そういうことね……気休めにしかならないんだろうか?
多分、今の俺にはちょうどいいよな。
「子供なんて怪我が多そうなもんだけど」
「急ぎの場合は作った方が速いですからねぇ」
とんだ駄目発言だ。
フラフィエは不安定な台の上に立つが、伸ばした腕がぷるぷると震えている。首の羽もだ。残念ながら羽は飾りで、魔法的な力で飛べるなんてことはないはずだ。
どう考えても手が届きそうにない。
「あの、俺が取るよ。どれか教えてくれるか」
「そ、そうですか。ほんのちょっとだけ、タロウさんより背が低いですからね仕方ないですね……」
余裕で頭一つ分は俺が高いデス。
がたつく木の台に立つと思ったより安定した。体重の違いだろう。天井近くの奥に、予想通りというかなんというか埃を被った品が並んでいる。
濃い茶色の木で出来た試験管立てのような台に、歪な形の赤い水晶が五個挿してあるものだ。厳密には水晶もどきだな。
奥にある一つを指さしてフラフィエに確認した。
「これでいいのか」
「はい。あっ、台座の方に持ちやすい部分があります」
「了解」
手が触れたところから埃が取り除かれ指の跡がつく。グローブしていて良かったけど、くしゃみをしたら大変だ。早く降りよう。
そっとフラフィエに渡すと、布きれでさっと拭いていた。
「鞄にまとめますね」
「まとめる? ええと、一つでいいんだけど」
「え、小回復、ですよ?」
「はい、一つでお願いします」
「不思議な買い方をされるんですね」
フラフィエの表情には、安もん一つしか買わねえのかなんて非難はない。あっけに取られているようだ。
そんなに回復量が低いのか?
使ったことがないから試したい気持ちもあるが、予定外の買い物ではあるし、出費は抑えたいところだ。
「余裕がある時に、少しずつにしようかなと」
「あーなるほど。では鞄はどちらに」
「一つだしそのままでいいよ」
なぜかエプロンの大きなポケットから鍋掴みを取り出していたフラフィエは、再びきょとんとした。
なにか変なことを言ったかな?
服やロウソクを買ったときも買い物袋なんてなかったし、詰めてやるから袋を出せといったサービスもないエコ制度だと思ったけど違うんだろうか。
「えっと、それじゃ、一つ250マグです」
俺がタグを差し出しすと、フラフィエはポケットからマグ読み取り器を取り出し金額をセットした。支払うと魔技石を一つ摘む。
「ああっ!」
目の前で叫ばれたフラフィエの声に驚き、手に力が入ってしまった。
パリン――。
「あ」
魔技石は粉々に砕け散り、中から溢れた魔物のものよりも鮮やかな赤く透明な煙が、俺の体にまとわりつくようにして消えていった。
「……あの」
俺よりも気まずそうな顔で何か言いかけたフラフィエの言葉を手で遮る。
みなまで言うな。
つ、潰れただと。水晶に見えるし、名称にも石ってついてるし油断していた。カプセルかよ!
呆然としていた俺の前に、小さな革製のポーチが差し出される。
「こちらが、専用の鞄です。お持ちではないんですよね?」
革製の四角いポーチには、腰のベルトに取り付けられそうなベルト通しがついている。中には分厚いクッション材が縫い付けてあった。
俺は無言でその保管用のポーチを受け取ると、二個目の魔技石と共に購入していた。ちなみにポーチは、1500マグだった。
「お詫びとお礼に割引しますね」
そう声が聞こえていたので、元はもう少し高いのだろう。臨時ボーナスは魔技石二個分だったし、こうして無くなる運命だったのだ。
それに加えて余分な出費に、周囲に木枯らしが吹くような、そんな気分で店を後にする。
マグ回復の効果だろうか。頭だけはやけにスッキリしていた。