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45 :弱気の虫

 コントローラーに変化があったことでの高揚も、浮かれた叫びに応えたケダマを撃退する内に冷え、誰に見られていたわけでもないが恥ずかしさの方が増してくる。

 辺りが静かになると、腰が抜けたように、道はないが道標の石を背もたれにして座り込んでいた。


 好奇心は最弱冒険者をも殺す。俺限定か。

 ちょっとだけのつもりで、少し難度の上がるだろう場所へと踏み込んだ。

 血塗れたズボンを見下ろす。一歩で、これだ。

 小さな穴の開いた布の隙間から覗く肌には、塞がったばかりの傷跡が生々しい。


 危うく大けがを負うでは済まないところだった?

 それがどうした。終わり良ければ全て良しって言葉もある。


「もう奥には入らない。ちょっと遠目に様子を見ておこうと思っただけだし。今日のところはこのくらいで勘弁してやる」


 枝葉に区切られた空を見上げた。

 春先といった気候の、穏やかな日差し。明るい青空に浮かぶ薄っすらと白い雲をじっと見ていると、ゆっくりと移動している。


 成長するにつれて部屋で遊ぶことが多くなり、長いこと、こんな風に過ごしていない。小さいころに、家族旅行で自然豊かな景勝地に行って過ごしたときの感覚と重なった。それらの思い出が頭を過ると、ちくりと胸に迫るものがある。


 ついでに、頭頂部にも生暖かいものが迫っていた。

 葉が擦れるカサカサとした、この音。


「ホカムリよ。お前さえ、頭の上にいなけりゃしみじみと浸れたものを……」

「ケキェ?」


 枯れ葉でほっかむりしたケダマのような魔物だ。

 枝から糸を伸ばして下がったところ、ちょうど俺の頭に着地したようだ。


「人の頭でモコモコと落ち着いてんじゃねええっ!」

「き、キェムーッ!」


 休憩しすぎたか。

 立ち上がって見渡すと、ぽつりぽつりと魔物が集まり始めているのが見えた。

 謎コントローラーは、アクセスランプに手を触れなければ元通りだ。


「覚えてろよ。後でじっくり問い詰めてやるからな」


 コントローラーを道具袋に仕舞い、血で汚れた手ぬぐいは、水筒から多めに水をかけると固く絞って腰ベルトに引っ掛けておく。


「ここからなら採取場所の方が近いかな」


 昼も回ってしまったし、今日のケダマ草採取は一袋にしておこうかな。

 あとは草刈りとカピボー退治で大人しく過ごすとしよう。

 できるだけカピボーらを駆除しながら、俺は森の中を移動した。




 奥の森から離れると、何事もなくケダマ草を引きちぎり、草野郎どもを狩って一日の業務を終了した。

 本日もお疲れさまでした。


 昨日ほどの稼ぎがあればなあと淡い期待を抱いていたのだが、それ以上の稼ぎだった。奥の森方面まで突っ切りながらだったからか、キツッキとホカムリが結構混ざってくれていたんだ。

 なんと、2926マグだ!

 それにヤブリンのやつ150マグも持ってやがった。ありがとう藪スライム。


 千マグをあっさり達成してしまったか。

 今の内とはいえ、明日もそこそこ頑張れば次の宿代十日分は確保できる。

 そんな俺の安堵を乱すように、タグの内訳をさっと確認した大枝嬢は、はっとしたようにウロを開いて焦り声をあげる。


「タロスさん! どうされたんですか、ヤブリンなんて。まさか奥の森に?」


 また、誰の名前だよ。タロスだってワロス。俺の名前は、そんなに変幻自在なほど、こっちの人には言いづらいんだろうか。

 おっと話に集中しよう。


「いえ、奥を探索はしてないです。境目の石のところだけで。覗いていたら襲われたので仕方なく……」


 もごもごとしてしまった。これでは思い切り悪いことしたみたいじゃないか。

 わ、悪いことはしていない。強いて言うなら、警戒を怠ったのが悪いっていうか、身をわきまえず行動したのが悪いっていうか……。


「まあ、そうでしたカ。そんなところには滅多に居ないのですが、繁殖期ですし気を付けていただかないと」

「はい、申し訳ないです……」


 おかしいな。大枝嬢の態度に、何か引っかかるものがある。


「あのーそんなに大変な魔物なんですか? でも確か、モグーも奥の森面に居る魔物ですよね」

「面?」


 モグーが森の外まで出てきたことは珍しかったようだが、あの時は何も言われなかった。


「モグーの強さは低ランクといったところですからネ。危険なのはヒレと葉くらいでス」


 大枝嬢にとっても弱いのか。あの回転葉に切り倒されそうで天敵に思えるのに。

 俺ものすごく時間かけたんですけどって、その硬いヒレを切りつけていたからだ……。


「ヤブリンは足も遅いし噛みつくだけで、単体ではケダマと大差ありません。ですが……」


 いやいやいや、ケダマより随分と硬かったから! 硬いというか膝の高さほどある草の塊だし、どこが本体か分かりづらいから手こずったし!


 続いて声を潜めた大枝嬢から出た内容に、顔が引きつった。


「通常、背後にはツタンカメンが四、五匹ほど控えているのでス。もし近くにもう一組いれば、低ランク冒険者が一人で行動するのは危険ですヨ」


 おぉ、レベル6のツタンカメンがいるのか。蔦を背負った陸ガメもどきだが、甲羅は固めた樹皮だ。そこまで硬そうには思えないけど、ここではどうだろうな。

 ええと特殊攻撃は、そうそう麻痺効果のある蔦攻撃だ。


 ケムシダマと同系統の臭いがプンプンするぜー!


 それが何匹も……すぐに引き返してよかった。おや、なんだか、ヤブリンに感謝したくなってきたぞ?

 今さらながら冷や汗をかきつつ、ギルドを後にした。





 洗濯は憂鬱だった。

 たらいの水に汚れが広がるのを溜息と共に眺める。

 こうも頻繁に魔素洗剤を使う羽目になるとはな。先見の明ありすぎ。


 部屋に戻って洗濯物を干すと、パンツ一丁でベッドに寝転がる。すーすーする。

 夜は少し冷えるんだよな。部屋着が、欲しい。

 人の欲とはなんと果てしないものだろうか。


「おっとお休み前に、コントローラーのワクワク尋問タイムだ」


 ベッドの上に胡坐をかくと、道具袋の中身をぶちまける。

 コントローラーを手にすると、光へ指を乗せた。

 アクセスランプの上部、中央部分の狭い範囲に文字が現れ、横に流れていく。


 今まで気が付かなかったのはなぜだ?

 あちこち触ったが、こんな風にならなかった。だったら、変化したってことだ。

 いったい、何がトリガーだったんだろう?


 表示された項目に変化はないが、マグの数値は昼間に確認したときよりも増えていた。となると、やはり獲得量なんだろう。常に横から掻っ攫っていたもんな。

 タグの残額との違いから、これがマグの総獲得量だとして、一定量に達したから変化が始まったとか? キリが良さそうなのは一万だろうか。

 レベルも16と中途半端だから、こっちも関係するかは分からない。カイエンとのレベリングのせいで数えるどころではなかったから、数値が正しいなら助かりはするが。


「さあ、吐け。吐かないともっと辛い目に合うぞ?」


 指を触れたまま、また無意味と思いつつ引っくり返したりボタンを押したりコマンド入力してみたり試すが、当然のように何も起こらない。脅し文句も、意味はないようだ。


「なんて口の堅い奴だ。いいだろう、敵ながら天晴な奴よ」


 虚しくなって溜息をつくと、道具袋を片付けた。

 変化があったんだし、これから時々確認すりゃいいか。


 小さなサイドテーブルへ置こうと手を伸ばすと、視界が歪んだ。

 眩暈?

 失血のせいかな。あ、これが体内のマグが減って起こるやつなんじゃないか?

 コントローラーは、うんともすんとも言わないんだし、さっさと寝ちまおう。


 火を消して横になり目を閉じると、弱気が襲ってきた。

 怪我だけじゃなく、病気をしたらとか色々な不安がのしかかる。

 頼れる親族や友達はなく、これまで学び築いてきた勝手知ったる足場もない。価値観の違うだろう世界に居て、今のところは大したことは起きてないが、今後どんな間違いをするかも分からず手探りだ。


 これからも、こういったことは度々あるだろう。例え無茶しようとしてなくても、何が起こるか分からないのは、元の世界でも違いはない。


 冒険者としては最弱でも、気持ちだけは強くありたい。

 ありたいんだけどな……。


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