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44 :光の文字

 勤務地、冒険者街ガーズ南の森側、柵の外周。

 いつもの通り、やってきましたよ。


 だが、今日の予定は少しばかり変更させてもらおうか。草刈りは後だ。

 新たな武器をゲットしたなら。


「まずは試さなきゃな!」


 その結果により、明日は箪笥の肥やしとなるかが決まる重大な作戦だ。


 鞘から抜き取った殻の剣を構えてみる。

 構えなんぞ適当だが、利き手でしっかり握り、左手を添えるようにして持つ。

 思い切り叩き切りたいときは両手で握り、ガードしたいときはすぐに左手を離せるようにだ。

 これまでに何となくだが、そんな風に立ち回っていた。


「ん? もしかして、盾があった方がいい?」


 なんだっけ、篭手にくっついたような小盾。

 ああいうので、軽いやつがあれば良さそうだ。また殻製になりそうだけど。


 あーでも丸盾だと他の作業に差し支えるな。細長いといいか、いや、それなら頑丈な篭手の方がいいのか? その方が採取にも草刈りにも邪魔にならないだろう。

 またしても並々ならぬ素晴らしい予定を立ててしまったか……まあ稼げたらな。


「前ふりはこの辺で良かろう。さあ一気に行ってみよー」




 俺は身をかがめ、小走りに森へと突き進む。

 足に添わせるようにして持った剣の先を地面に向けたまま、木々の狭間に突っ込んでは、背を幹に預けて森の様子をちらと覗く。


「ターゲットを捕捉した」


 別に隠れて見回す必要はないんだけどな。まだ魔物は多い。ゲーム気分で気持ちを盛り上げる必要があった。

 下生えの至る所から、不自然な毛並みがのぞく。


 藪の暗がりからケダマの尻が見えていたり……丸いからどっちが顔か尻か分からんが。

 数匹のカピボーなんか、楽し気にくるくると互いの尻尾を追っかけまわしながらキェピキェピ鳴き声を上げている。


「なんて、背筋が寒くなる光景なんだ……」


 こうして見るとえぐいな。昨日は何をとち狂って、こんな危ない森の中に突撃してしまったんだか。ぜったい変なスイッチが入ってた。勇気と無謀は違うぜ兄貴。

 腰が引けてしまうが、この期に及んで怯えてる場合ではない。


 この世界で頼れるのは誰だ。

 たった一人、俺自身だけ。

 次の宿代を稼ぐ絶好の機会と思え。思うんだ。


「新たな指令を下す。今日も目指せ1000マグだ!」


 気合いを入れて小さく叫ぶと、木の陰から飛び出した。

 まずは藪から覗くケダマへと剣を突き立てる。

 ケダマは声もなく、煙となった。


「うっわ。なにこれすげえ鋭い」


 感動して自然と気分が盛り上がる。現金なもんだなー。

 切れ味の感触をよく確かめる余裕もなく、攻撃に反応して藪から飛び出した他のケダマたちを迎撃する。


 踊るように回っていたカピボーが驚きで動きを止めるも、すぐに横から跳ねてくるが無視。より凶悪なケダマを片づけるのが先だ。

 五匹ほどが隠れていたが、木から跳ねる前に仕留め切った。


 服に取り付いたカピボーを潰しながら振り返れば、他の藪から増援が這い出る。

 十数匹、全部カピボーかよ!


 しかし、我が軍勢は圧倒的だった。お一人様軍勢。い、いや、背後には一面の草軍団が展開してるから……。

 とにかく量が多い分、横薙ぎに振りぬいただけで、まとめて攻撃が当たる。結構な数が一度に消えた。

 ばらばらに飛びつかれたら結局は、手で毟り取った方が速いのは仕方がない。


 それにしても、想像以上に扱いやすい。


「ナイフよりも長くて、よく届くからか? 殻製だとか馬鹿にして悪かった。お粗末な俺にはバッチリだよ!」


 剣の扱いなんか知らんからな、突きで攻めるのもとっさには難しいし、ぶん殴るように振りぬいている。

 大振りの予備動作が入ってしまうはずだが、軽いお陰で速度も落ちないし、拳の延長線上に攻撃が当たってるような感じだ。なかなか気分がいい。


 無駄な動きをしている自覚はあるから、追々意識して動けるようになろうか。


 間合いや振り速度だとかの感触は、なんとなく掴めた。

 俺自身が、間合いの広さに慣れる必要はあるだろうなとは思う。踏み込み位置をしばらくは意識して変えた方が体の軸も安定し疲労も減らせるだろう。

 それも、ナイフと大差ない上に使いやすいお陰で、もう少し使えばかみ合ってくるそうだ。

 あとは、そうだな……狭いところでは気を付けようか。木に刺さったら引っこ抜けるか心配だしな。


「よっしゃ次だ!」


 こんなにケダマ相手が軽くなるとは、自分に合った武器ってのはすごいな。

 ホカムリやキツッキ相手にも、殻製の剣は十分な働きをしてくれた。

 ちょっとの違いで強くなった気がするから不思議だ。勘違いだろうけど。

 こりゃ他の魔物も交えてみた方がいいよな。


 勢いのままに俺は、奥の森方面へと藪をつつきながら移動した。




 死屍累々とした光景が、タロウの眼前に広がっていた。

 なんてことが起こらないのは心からありがたい。マグの煙になるだけだからな。


 殴り込みに夢中になって奥に入りすぎました。

 いつものごとく、すぐに周りが見えなくなってしまう。

 気が付けば木々の間隔が詰まってきて、動き辛い中をひーひー言いながら走ってたんです。

 ちょっと開けた場所に出たから、まとめて迎撃ですよ奥さん。

 俺も根性ついたもんだ。

 根性つけるより先に、学ぶべきことがあるだろうとは思ってるんですがね。


 その開けた場所で、切っては捨てと繰り返しているうちに、剣先の届く範囲とか把握できてきた気がするし無駄ではないだろう。

 とはいえ、少し危険な領域に来た気がしないでもない。


「ここが奥の森と南の森の境か」


 なんで分かるかといえば、一本の木の下に道標の岩が置かれているからだ。わずかに開けているのは、これのためだろう。


 ゲームでは、奥の森面は中ランク指定の場所だ。

 その中でも序盤の方だから難易度は低めで、全体的に魔物が強くなったといえども、ここならまだマシだろう。多分。

 南の森で十分動けるようになったなら、そのうち挑んでみたくはある。

 どうやら俺はまた調子に乗っているようだ。


 木々の間隔が近くなり枝葉が生い茂って見辛いが、葉の隙間から空を見上げると、日が高くなっている。


「飯にしよ」


 念のために、もう一度周囲の藪をつつき、木に体当たりして魔物がいないか確かめる。狩りつくしたらしい。不在のようだ。


 道標は腰かけるに丁度よい高さだ。その石に座ってパンを取り出した。

 木陰のひんやりとした空気が、疲れた体に心地よい。

 もぐもぐと頬張りながら、午後の予定を考え直した。


 士気高揚のため1000マグ稼ぐなどとほざいてみたが、カピボー三百、ケダマ六十匹以上を倒さなきゃならない。

 ホカムリからは30、キツッキは50マグ入手できるが数は多くない。どっちも木の上の方にいて、探すのも時間がかかるからな。それでも、できるだけ駆除すべきではあるが。

 とにかく、南の森から奥の森へと行き来しつつ満遍なく狩れば、どうにか達成できるだろうと思っていたが、しばらくしたら減っていくことを忘れていたんだ。


 無茶な目標設定は即刻下位修正だ。

 一日500から1000の間を目標にしようかな。設定範囲は広くなったが、次の十日分の宿と飯代を稼ぐことを最小値として、余分を稼ごうと考えればこうなるだろう。

 ふぅ……思わずため息を吐かずにはいられない。


「だからって、ケムシダマは嫌だなぁ」


 いざとなれば、そんな選り好みをしている場合でもないが、あいつだけは粘液対策がないと厄介だ。

 それもあって、ついまた視線は奥の森へ向かってしまう。

 パンの欠片を水で流し込むと、立ち上がってパンくずをはらい立ち上がった。


 ちら。


「べ、別に行かねーし覗いてるだけだし?」


 剣を手に掴みなおすと、そろそろと奥の森側の藪へと近づく。


 ここに道標があるからって、境目からきっぱりと出てくる魔物が分かれるわけではないだろう。普通の感覚なら、これより先は危険があるという表示のはずだ。

 そもそも、さっき周囲の藪は全部つついたしな。


 なら、この周囲の藪は、南の森側勢力と変わりない、はず。

 一歩だ。一歩だけ、進んでみよう。



 踏み出した瞬間、俺の絶叫が森に響き渡っていた。



「離せえぇ! 死ねやコラ!」

「ブリュゥッ!」


 ふくらはぎ辺りに取り付いたのは、暗い緑色をした草の塊だ。

 細長い雑草の合間から生えた赤い牙が、ズボンに穴を開け、皮膚に食い込んでいる。

 藪自体が蠢いているような魔物といえば――レベル4のヤブリン。


「このっ……藪スライムが!」


 流れる血を見て、またパニックに陥っている。

 今までと違い、動くたびに流れ落ちる筋を目の当たりにすると、どうしようない恐怖が襲っていた。

 どこが体か分からない藪を、でたらめに刺すしかできなかった。


 剣先から、ぐにゅっとした感触が伝わる。

 そこを何度か突くも柔らかさに力が削がれ、幾度も上から振り下ろす内に、ヤブリンは消えていた。


 足を引き摺りながら、道標まで戻る。

 石に背を預けて座り込み、止まりそうな息を落ち着けようと、大きく息を吸い込もうとする。だが、足元に点々と道を作った赤い雫を目で辿ると、さらに鼓動が強く胸を叩いて邪魔をした。


「く、そっ、たれ……毎回、毎回……馬鹿かよ、俺は」


 活力の湧く感覚と共に、すでに傷が塞がっているのは分かっている。

 それでも、目に映った危機を感情が処理しきれるわけではない。


 レベルアップ回復か……もう、嬉しくも安心感もない。仕組みも分からないものだ。

 偶然、治るタイミングだったが、そうでなければ重症だ。

 血と共にマグが流れ落ちると、昏倒すると聞いていた。それが、どの程度でかは分からない。森を抜ける途中で、意識を失っていたかもしれない。




 落ち込むのは後だ。ようやく呼吸を落ち着けると、血を拭っておこうと腰の道具袋から、震えに覚束ない手で布きれを引っ張り出す。

 と、コントローラーが引っかかって転げ落ちた。


 役に立たないから袋に押し込んだままだった。久々に見た気がするが、相変わらずアクセスランプは点滅している。

 魔物を倒したから、マグを吸収中のお知らせか――いや、そこそこ時間が経ったはずだ。


「点滅、し続けている?」


 手ぬぐいを投げ捨て、慌ててコントローラーを手に取る。

 ひっくり返しても、ボタンを押してもなんの反応もない。


「気を持たせやがって!」


 地面に叩きつけようとコントローラーを掴みなおした手が、中心に触れると光がぶれた。

 普通に持ちなおすと、点滅も治まり元に戻ってしまった。


「……なんだったんだよ?」


 もう一度、指先をアクセスランプ上に伸ばす。


 光が、歪んだ。


 鼓動が高鳴り、指を置くと息をひそめて凝視する。歪んだ光は、形を変える。

 青い光の線はコントローラーの中央部分は右端に集まり、青い光の文字が浮かび上がっていた。

 そしてその文字は、右から左へと流れていく。


「だっせ……駅の電光掲示板かよ」


 そう呟きつつも、ようやく表れた変化への期待に目は逸らせない。

 流れる文字は、一度途切れると、再び右から現れ流れていく。

 それは、そっけない数値だった。


『レベル16:マグ11896』


 おい、おい……ちょっとこれ、説明書は、ないのかよ?

 マグは、タグの残額とは違い多すぎる。これまで、こいつが吸い取った量ってことか?

 じゃあレベルって、このコントローラーの?

 普通に考えたら、俺の、じゃないですかね……。


「俺の、レベル!?」


 せっかく落ち着いた鼓動が、再び高まる。

 なんでだ、いきなりどうして動き始めたんだよ。

 意味は分からんが、興奮のあまり拳を振り上げていた。


「ひょ、ひょおおおおぉ!」


 そして再び、俺の叫びが森に響き渡るのだった。


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