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39 :戦うための基礎値

 まだ昼前だ。

 普段ならギルドは静かな時間帯なのだが、今日はそこそこ人が戻ってきている。

 多くの冒険者が街の東西に割り振られているんだっけ。夕方ほどじゃないから、連絡係か交代だろうか。


 カイエンがギルド職員に状況報告しているのを、俺は黙って見ていた。

 緊急時の行動なんて知らないから、お任せしてるってのもあるが、やり取りを覚えておくためだ。伝えているのは草原地帯の状況や討伐数の確認、後の予定などで、逆に他の場所のことを訊いたりもしている。

 報告相手は、岩腕族にしては、やや細身の偉そうな男性職員だ。前にシャリテイルと、祠の件を別室で報告したときに同席していた人だと思う。

 大枝嬢の姿はない。交代で休憩しているのかもな。


「南方面は、あらかた片付くと思うぜ。日暮れまでかからないだろうな」

「ならば念のため、今日はこのままで。明日から、岩場東北方面を交代してください」

「ああ、分かった。じゃ今日はタロウと組んでる」


 勝手に決めんな!

 と言いたくとも、俺に権利はない。


 それにしても、と周囲に目をやる。

 意外とみんな冷静だ。頻度は多くなくとも、魔物の繁殖期ってのは度々あるんだろうか。マニュアル化されているのか、やけに事務的に感じられる。

 カイエンも、一度戻ることにしたのは報告がてら昼休憩を挟みたいからということだった。


 そりゃ飯は必要だろうけどさ。大変な状況なんだろ?

 もっと重苦しい雰囲気でもいいと思うんだけど。

 ぞろぞろと報告に戻っていた冒険者たちの中に、深刻そうな顔は見当たらない。


 まあ大変な状況だからとか、周りが真面目な顔してるから合わせておこうなんてのは、日本人的な感性なんだろう。


 冒険者たちが交わす会話に耳を傾けていると、各所の様子が垣間見えた。

 多くは、西の畑周辺を囲むように配置されていた奴らの会話だ。どうやら夜明けには集まったらしいが、すぐに魔物の群れと交戦となったと、その時の様子を大げさな身振りで伝えあっている。


「あんだけ、ぞんぞろ出てくるなんて久々だぜ。たまげたよなあ」

「おぅよ、真っ先に薙ぎ払ってやったのは俺だぜ! 見てたか、ん?」


 ものすごく得意げだが、向かいの奴が笑って挑発する。


「ハッ、あんだけ準備が万端だったんだぞ。楽な活躍だな」

「だよな!」


 張り合ってるのかと思ったら、険悪になることもなく、ガハガハと笑い合っている。他の輪も似た感じで、どれだけ活躍したかと話しているが、やはり準備が出来てたからなと聞こえてきた。

 その理由は、通りすがる奴らの声掛けで判明した。


「おっミノタ! お前さんの早期報告のお陰で十分な準備ができたらしいぜ」

「人族はじっとしてるのが得意なんだってな。些細な変化も見逃さないとは」

「まったくだ。俺らだと適当に潰してしまって気が付くのが遅れちまうんだ」

「よっさすがは草原の支配者、いや草原の支配者を超えた草むら魔王だな!」


 ……あんまり、褒められている気がしないんだが。

 どんな反応すりゃいいんだよと、頬を引きつらせながら曖昧に相槌を打つしかできなかった。

 最後の奴、だから俺をケムシダマと一緒にすんなって!


 昼飯どこにする?

 あっちは込むぞ。

 などとリーマンとさして変わらぬ様子で、冒険者たちは出て行った。


 緊急時じゃなかったのかよ。

 誰も動じないなら大丈夫なんだと安心すべきなんだろうが、危機感の薄さに、その対策の準備とやらは、本当に万全なんだろうなと一抹の不安がよぎってしまう。


「タロウ、待たせたな。草原以外の大きな群れは、西側の畑近辺くらいのもんだってよ」

「らしいな。さっき話してる奴らがいた」


 報告だけでなく無駄話を終えたカイエンは、ようやく戻ってきた。そのまま、ギルドを出るのに続く。


 群れね。

 今思えば、以前に農地のおっさんや砦の兵が言っていた群れって、これのことだったんだな。


 確か、群れは百か二百かと聞かれたが、ケムシダマはそんなもんじゃない。千単位に見えた。

 いつも同じ数ってこともないか。百や二百ってのが最低の基準値なのかもしれない。


「ま、畑への襲撃はいつものことだ。柵から離れているし、しょうがない」

「そう、その柵っての。聖なる祠と同じなのか」

「すっとぼけタロウ。あれはただの木製の柵だ」


 いや柵から離れてるとか、もったいぶって言ったのはなんでだよ。


「地面の方に決まっている。柵の下に、聖なる質を込めた石が埋めてあるんだと」

「あ、ああそうか」


 そういうことかよ。

 モンスタートレインしたかもなんて心配は、しなくても良かったのか?

 でも、数が多いと街に近付くのどうのとも聞いたぞ。


「どこまで効果があるんだ? 弱いものほど近付けるんだよな。カピボーは結構近付くし。ただ、祠の方は魔物が近寄れないと聞いたから不思議で」

「いや、カピボーが特殊だぞ。ケダマですらあまり近寄らないんだからな」


 へえ、それって、カピボーが格別に弱いってことだろうか。

 さんざん、そいつに苦しめられた俺って……。


「所詮は、魔素の反発する性質を利用したものだ。完璧とはいかないらしい」

「でも、実際に街は守られてるんだろ?」

「弱すぎる魔物には効きもいまいちだし、一部には通り抜ける魔物も存在はする」

「えっ!」


 そんなものが存在するのかよ。


「なにを驚いてる。カピボーだって通り抜けられるぞ。時々ガキが遊びで、柵越しに投げ合いしてるだろ?」


 知らねえよ。

 子供って時に残酷よね。


「たんに藪の暗がりが好きらしいのと、結界効果に不快感はあるらしくてな。カピボーが根性なしだから助かっているだけだ」


 なんだかまた意外なことを知ってしまったような。


「そうそう気を付けるべき魔物の方は、この時期に泥沼付近から発生すっから、気になるもんを見かけたら報告してくれ。足が遅く単体で活動する奴だが、なかなか手強くてな」

「了解。覚えておく」


 泥沼フィールドもあるのか。アイコンは、森の奥と草原の南に位置していた。

 ただ、そんな鈍足そうな魔物いただろうか。


 ゲームにいなかった魔物といえば、カピボーもだし、他に居てもおかしくはないな。

 もしかして、結界を通れることが共通点?

 それだと、ケムシダマの件がおかしくなるな。


 まあ、そこは、今はいいか。

 柵の意味が、実際はどういうものか知れたのは良かった。


「今日はどこも込んでるだろうなー。ちょっと高いが、路地裏のほうにすっか」

「あ、俺、弁当あるから。草刈り場にいる」

「おぉん弁当だぁ? チッ、うまいことやりやがって……」

「宿屋の飯だよ!」


 女の子と出会う機会なんかねえんだよ!

 風になれ――俺は心で泣きながら走り去った。





 朝から慌ただしい日だ。

 ようやく一人になれたが、落ち着いて飯を食いたかったわけではない。


 呪いだ。

 宿代のノルマを刈れと、この地へ降り立ってより俺に刻まれたことなのだ。


 カイエンの戻りは一時間ほどだろうか。そのくらいゆっくりしていてほしいものだ。いや、魔物の群れがいるんだから、そんなこと思うのもどうだろう。

 とにかく、待ってる間に目指せ十五束だ! 

 俺はパンを齧りながら草を刈ることにした。


 実際、一人で頭を冷やしたかったってのはある。


 俺に必要なものはなにか。

 これから必要なもの。

 それは、心がけることでもいいし、装備でもいい。


 装備もなぁ。

 初めは、弱いんだから地道に防具からと考えた。

 弱い敵だから当たればいいし、数の多い相手だから、防御力を上げておく方がいいと思ったんだ。


 その、当たればが、問題になった。


 手に馴染み始めたマチェットナイフを眺める。

 大振りとはいえ、こんな短剣で、しかもこの世界で魔物相手にするようなものではないだろう。


 特に戦い方の心得もない奴に必要なのは、相手と距離を取ることじゃないか?

 大昔の戦でも、槍なんかはメインの武器じゃなかったっけ。

 いやあれは戦列を作るなら素人さんでも有効とかだったか?

 個人で渡り合うつもりなら、結局は修練は必須なんだろう。そんな気がする。


 それに、戦闘は人相手ではない。

 どちらかといえば、害獣対策だ。

 そういった対策は、日本でいったら罠が主だろうか。

 猟銃などは種類などにも許可取るのが大変だっていうし、そもそもこっちに銃はない。

 罠だって獲物毎に違うだろうから、あまり参考にはならんかな。


 やはり、相手が魔物となると勝手が違う気がする。

 魔物ごとに攻撃方法などの違いも、差が激しいだろうし。


 それだけでなく、そういったことを俺がやるってのが不思議な感じだ。

 知識として知っている世界だろうが、まるで自分自身のこととは思えない。

 まだ、どこか現実味が感じられないでいる。

 ものすごく時間が経った気もしているが、ここに来てから一週間ほどだ。


 まだまだ、俺の知っているゲームと同じこと、そして違いが発見できる。

 頭の中も気持ちも活動も忙しく、実感が湧かない。

 ……そんなこと言ってないで、考えをまとめないとな。



 ええと、これから必要なのは強さか。

 強さの形や戦い方も、自分の身体能力によって変わるだろう。

 あんまり格闘技にも興味はなかったんだよな。プロレスゲームならよく遊んだが。

 俺に理解できる手掛かりは、結局のところ元のゲームである英雄軌跡しかないし、ここでは現実と同じように、自分自身の動きは鍛えるしかない。


 それでも、これから鍛錬するにしろ、取っ掛かりにできることはあるだろう。

 武器防具なんかも、基礎ステータスに合わせることになるだろうし。


 改めて、基礎力――英雄軌跡での、戦闘に関するステータスについて思い返してみようか。




 物理攻撃力に物理防御力の基礎となるのは、腕力値だ。

 加えて、敏捷値と集中値による補正がかかる。


 敏捷値は器用さや速度上昇の効果があり、筋力値の補強や回避率に影響する。

 集中値は命中度を上げ、状態異常耐性アップや効果減少の効果がある。


 いわゆる魔法攻撃力と魔法防御力は、魔力値が対応している。

 そして魔技を使う場合、集中値はまた別の役割を持つ。

 集中値は、腕力値に対する敏捷値のように、魔技効果増強の補正がかかる。

 魔技に対する器用さといったステータスだ。


 強力な魔技に対してなら、詠唱短縮といった感じの効果も持つ。

 詠唱なんてものはないから、大技なら発動までのターンを短縮する効果だ。

 短時間で集中できるようになるということだろう。


 あとは幸運か。

 幸運は、すべての値に対して補正がかかる。

 攻撃なら、基礎ダメージ増強補正や、クリティカル発生率。

 防御なら、ダメージ減少補正に、状態異常ダメージ減少補正や無効化率。

 体力値がゼロになるダメージを食らった時に、低HPで生き残る確率などだ。


 武器や防具の値は、そのまま基礎ステータスに上乗せだったと思う。


 そうだ、武器は物理攻撃力のカテゴリーだが、弓だけは敏捷ではなく集中値の影響を受ける仕様だった。命中率が関わってるんだろう。

 狙うのに集中するというイメージがあるからおかしく思わなかったが、その辺、こっちの世界では違いはありそうな気もする。


 もちろんステータスのない世界だから、これらの情報は全てが無意味な気もするが……いやいや取っ掛かりが欲しいだけだから!




 結論。

 思うに俺、というか人族は、敏捷と集中値に激しく低下補正がかかってる状態ということだろう。嫌というほど体感したけど。

 そうすると、できることは腕力を鍛えることくらいで、他は装備で補うしかない。

 ……まあ、これまで考えていた目標も、そう的外れではなかったのかな。


 じゃあ装備の構成はどうか。

 魔力や集中値が少ないから、魔技には頼れない。金もないから魔技石も使えない。

 後衛にしたって、弓はな。実際に扱えるようになるまで、どれだけ時間がかかることか。矢という消耗品も厳しいが、俺が相手できる低ランクの魔物相手には過ぎた武器という気もする。カピボーなんて小さく素早い相手には不向きだろうし。


 それだけでなく、敵の体力値の低さ。

 俺が鈍いから苦労するが、当たりさえすれば倒せるのだ。近接武器で手数を増やす方がいいような気がする。

 どうせ間合いが取れないなら、逆に槍のような長物や弓は不向きか。

 技術がないなら、斬ろうとするより殴りつけるか突く方が楽だといったことを、どこかで読んだような気もする。


 片手で扱える軽さで殺傷力の高い武器……結局ナイフに落ち着きそうじゃねえか。

 もう少しリーチが欲しいなら、軽めの片手剣?

 刺突剣、なんて細めの奴は、取り扱いが余計に難しいだろうか。


 詳しくもないのに考えすぎても無意味だな。俺は戦闘のエキスパートを目指しているわけじゃあなかったぜ。

 せいぜい頼れる害虫駆除業者になりたいだけなんだ。いやGの駆除を生業にするみたいで嫌な感じだが。呼び方なんかどうでもいい。


 シンプルに考えよう。

 今のナイフより、もう少し長いくらいでいいんだ。

 おお、いいんじゃないか? もうそれで。それが現実的な気がするし。

 多分、お財布にもね!


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