表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
駆け出し冒険者生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/295

38 :身体能力

 身体能力に、ここまで差があるとは、正直なところ思っていなかった。

 あって、当たり前だってのに。

 だってさ、物語のように派手な魔法なんかない世界だぞ。

 そりゃ大人と子供くらいの差だって、とんでもないさ。

 でもこれは、その比ではない。


 これじゃ、ミドリガメとアフリカ象くらい違う。


「俺、いらないだろ……」


 身体能力の差を目の当たりにしたショックは、大きかった。

 これが、高ランクの実力なのか。

 感動してもいいくらいだというのに、喜ぶより空恐ろしさが胸に沸き上がる。


 炎天族――カイエンは雑魚専と思っていた。


 考えれば魔物だってゲームより強くなってる。キャラだって強くなっていても、おかしいことなんかない。

 ゲームと違って、一度に現れる魔物の数が決まってるわけでもない。より現実に沿った力だってあるだろうさ。


 これが、種族特性。ここまで、どうしようもないほど種族差があるのか。

 いや、炎天族の全てが高ランクになってるわけでもない。

 単純にカイエンの実力なんだろう。


 ただ道を歩くように、カイエンはケムシダマの群れへと近付き、剣を振る。

 到着してから、さして時間は経過してないというのに、見る間に魔物は片付いていく。

 何百体が消えたのか。その手際は圧倒的だった。


 言いたくないが、すごいよ。分かってるんだろうけど、それで何したいんだろうな。こうして差を見せて、心を折りたかったのか?


 腕に力が入らない。幾ら踏ん張ったところで、俺の力なんか微々たるものだからだ。そう思うと、全身から力が抜けたようだった。


 カイエンは相変わらず無駄話とともに、へらへらと余所見しながらケムシダマを消滅させていく。からかいたいのか、腕自慢したいのか。

 その後を、ただ俺は呆然と歩いていた。


 本心は、今すぐにでも走り去りたい。けれど行く手には、隙間もないほどの緑の波が厚くなっていく。逃げたくとも、カイエンが進む場所以外は、ケムシダマで埋まっている。


「なんで、俺は、ここに居なけりゃならないんだ」


 思わず言わずにはいられなかった。

 また剣を振りつつ、カイエンは意外そうな視線を俺に向けた。


「なんでって、人間にゃ背中に目はないだろうが」


 おま、こっち見ながら蹴散らしてるじゃねえかよ。

 不満が顔に出ているのは、気付いているはずだ。俺は、そういうのを隠せない。


「一人で何かあったらどうすんだ? こういう時は、誰かと組むもんだぜ」


 当たり前じゃんとカイエンは答えると、またケムシダマ殲滅に励んだ。


「え、緊急時の決まりがあったのか」

「ありゃ、言ってなかったか? わるいわるい」


 お前、大事なことをすっ飛ばすなよ。

 何かあれば、連絡に人手がいる。納得はできるが……それは、普通の能力がある冒険者に限るだろう。

 俺は、このケムシダマの海を一人で戻れと言われても、街にたどり着ける気がしないぞ。




 視界が暗くなったように沈んでいた俺に、不安な声がかけられる。


「タロウ、ちょっとまずい」


 ケムシダマの大群を背に、悠々と立ったまま振り返ったカイエンの表情には、気まずさが浮かんでいた。

 俺に何が言えようか。

 何を言うのかと、言葉を待つ。


「いやね、先輩面しようと張り切りすぎてな。配分間違った!」


 片手で己の後頭部をなでながら、悪い悪いと誤魔化すように笑っている。



 は?



 思考が停止している間、魔物が待っていてくれるはずもない。気が付けば、列をなし頭をもたげたケムシダマが、にじり寄っていた。粘液噴射がカイエンに届く圏内に。


「なに突っ立ってんだよ、離れろ!」


 叫んだと同時だった。

 半円状に囲んだケムシダマから、一斉に赤く透明な粘液の雨が降りかかった。


 カイエンはとっさに剣を胸元まで上げたが、そのまま全身が赤く染まっていく。


「馬鹿、野郎! なに舐めプしてんだよ!」


 馬鹿は俺だ。

 こんな場所で不貞腐れてる場合じゃなかった!



 魔物と対峙するとき、いつも頭から追い払ってきた死んだらどうしようという不安。

 それも、俺が行動した結果だしと、どうにか折り合いをつけようとしてきた。


 でも、誰かが目の前で魔物に襲われて死ぬかもなんて、少しも考えたことはなかった。

 しかも、冒険者が。


 だって、俺より弱い奴はいないはずだろ?



 いいや、できるできないは関係ない。

 助けなきゃ!



 すぐ近くまで寄っていたケムシ野郎の喉元を掻っ捌く。

 そのそばで、赤く染まったカイエンが頽れ膝をついた。


 そうだ、俺のナイフは粘液を弾くはず。


「剥ぐから、じっとしてろ!」


 まずは頭だ。気道をふさがれてはまずい。

 首の辺りから掬い取るようにして刃を入れる。

 顔の方に張り付いた膜を引っ張るようにして剥がし、外でナイフを振るとうまいこと粘液は地面に落ちていった。


 よし!

 顔はこのくらいで、手の自由を取り戻してもらわないと。

 大技なんか使わなくたって、適当に振り回すだけでも倒せるだろうに!

 動いてもらわないと、この魔物の山から抜け出すのは難しいんだよ。

 頼むから、動けてくれよ。


 腕の粘液を剥げはしたが、もうすっかり囲まれている。

 奴ら、もう跳びもしない。

 このまま齧れると思ってるんだ。


 焦るな。

 少しでも、足の粘液を剥がないと。


「ぷはー助かったタロウ。もう腕は動くから、左の奴らを倒してくれ」

「えっ。ああ、分かった」


 と、言っても、近すぎる。

 回り込むこともできないし、飛びかかったら粘液がくる。

 だが、正面なら柔らかい腹側が丸見えだ。

 弱点をさらして自らやってくる、愚か者たちだ。そう思え。


 こうなったら、切り付けまくるしかないだろうが!


 腰を低くしたまま走り寄り、切りつけては攻撃を受けないようにと、隣へと目標を移して走る。

 少し奥にいた奴が、前列に固まっていた仲間に粘液を浴びせたせいで、ケムシダマ団子ができあがる。


 馬鹿だろお前らと呆れる暇もなく、とばっちりを受けないようにと動きまくるのに必死だった。

 何度も切りつけ、走っては切りつけ……自分の息遣いと激しい心臓の音しか聞こえなくなる。


 間断なく周囲に目を走らせ、近寄る魔物の姿を探す。

 身動きできなくなったケムシ団子が幾つかできたところで、ようやくカイエンへと意識が向き、振り返った。



 何事もなかったように立つカイエンの周辺からは、綺麗さっぱり、魔物は片付いていた。

 剣を肩に担いで、休憩しているようだ。

 幾らか粘液は体に残っているものの、衣服や剣の粘液もすっかり消えていた。


「え? 全身がからまってなかったか」

「ああ、剣が動かせりゃ問題ない」

「刃がケムシダマの粘液を弾くとか、そういった強化がある?」

「武器は大抵そうだ。マグを弾くような加工が、魔物への殺傷能力へとつながるんだし。オレは装備全般に施してっけどな」


 あ、そう。

 俺のナイフが特別ってわけでもなかったのか……。


「て、おい。装備、全般と言ったか」

「おうよ。中ランク以降は、色々と面倒な特殊攻撃持ちがいるからな。装備には金かけてるぞ」

「あのさ、じゃ、粘液は」

「ばっちり対策済みよ。まあ全身浴びたって、どうってことないなハハハ」


 おかしいな。

 俺、すげえ必死に戦ってたよね。

 明らかに無理クラス相手だって、分かってるはずだよな。


「いやあタロウ心配しすぎ。すげぇマジメ君でやんの」


 ゲハゲハ笑うところか。ソウナノカ。



「ぶ……ッころす」



 手にはナイフ。

 目の前には俺を魔物の海へと放り投げた殺人未遂犯。


「うぉ? お、おい、こっちが疲れて身動きとれないときに、汚いぞ!」

「うるせえ知ったことか!」

「わあ、小賢しい動きを!」

「大人しく、成敗されろ!」


 これは正当防衛、自衛のために障害を排除するだけだ!




 今、俺とカイエンの二人は、草原のど真ん中に倒れ伏していた。


「ぐはっ……タロウ、貴様のせいで無駄に消耗した」

「人のせいにすんな、バカイエン。遊び気分で、仕事してるからだ」


 ゼェゼェと息をつきながら、どうにか手を付いて頭を起こす。霞む目に、周りの景色が映った。

 花畑のある丘の下まで近付いていたが、そこまで続く草は、ただ風に揺れるだけだ。少なくとも、目が届く範囲にケムシダマの姿はなかった。


 俺が切りかかって追う間、カイエンは逃げながらもケムシどもを切り伏せて回っていたんだ。

 遊びながらでも、草原の半分は掃討を終えたんじゃないかと思える。少なくとも、街から見える範囲は確実だろう。


 悔しいにもほどがある。


「ったく……どういう理屈で、あんな攻撃ができるんだよ」


 本当に理屈が知りたいわけではなく、ただの愚痴だ。

 呟きは、カイエンに届かなかったと思いたい。


「おっし。今日のところは十分だ。報告もある。一度戻るぞ」

「丘の向こうは」

「これだけ減らせば、街の近くまで来ることはない」


 数が多すぎると、結界の効果があろうと押し出されてしまう感じか?


 カイエンは立ち上がって伸びをすると、街の方へと歩き始める。俺も頭を振って立ち上がり後に続いた。



 ぼんやりしている場合ではないが、カイエンの背を見ながら、あれこれと物思いに沈む。

 この世界で向き不向きってのは、はっきりとしたものだ。だから、自然と役割が決まる。そういうもんだし、それでいいじゃないか。


 悔しいとか、馬鹿か俺は。

 種族差で決まっているから不公平だなんていうのは、見当違いの不満だ。


 そもそも、今まで長いこと頑張ってきただろう奴の結果と、始めたばかりの俺の結果を比べてどうするよ。


 戦わないで、街の生活に関する依頼だけを受けて暮らせばいいじゃないか。

 人族の特徴を知って、そう思い始めていた。前向きに受けめるなら、そう頭を切り替えて動くものだと思うからだ。日本にいる感覚で、そう考えた。

 普段はそれでもいいんだろう。


 ただ、今回の魔物の繁殖期で、冒険者の存在について深く考えることになった。


 魔物からの防衛――それが、大前提に課せられた職務なんだ。


 ゲームでも言われていたことだが、ここでも確認したことじゃないか。

 それなのに生活のことに手一杯で、すっかり目標の方向が変わっていた。

 俺も、戦わないでいられるはずはない。

 農地関係の仕事もあるとか知らなかったとはいえ、自ら冒険者になろうと、ごり押したんだからな。


 住民が安心できる生活向上のため、日常的に魔物討伐を心がけるべきだった。

 心構えが足りなかった……反省しかない。


 戦闘向きじゃないと言われようとも、人族に合った戦い方はあるだろう。いや、人族といった大枠だけの話でもないな。

 俺は、俺に合ったやり方で向上を目指さなきゃならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ