33 :新たな日課
「忘れるところだったわ。でね、魔技石の案内をしようと思って来たのよ」
店内を散らかしたことは、ころっと忘れたように、シャリテイルは嬉々として魔技石の説明を始めた。
俺は頭にゲームのデータを思い浮かべながら耳を傾ける。
魔技は大きく攻撃と支援に分かれる。
支援は、回復と能力アップだ。
ゲームとの大きな違いは、回復は体内のマグ量を回復するのみで、HPや怪我を回復するものは存在しないらしい。
この事実は不安になる。
蘇生とまで贅沢は言わないけど、怪我はすぐに治ってほしいぞ。
俺の場合はレベルアップ回復らしきもんはあるが、狙ってできることでもないしな。
ああ、このことも、やっぱり話さなくて正解だった。
他の回復は、状態異常に対するものだ。
ゲームの状態異常は、毒、麻痺、睡眠、催眠、魅了が存在した。
毒は、体力低下。
麻痺は、敏捷値を下げることで攻撃不能にしたり行動順の遅れに影響。
睡眠は、集中値を下げることで命中率を低下。
催眠は、腕力値を下げるのと攻撃を仲間へ誘導される。
魅了は、魔力値を下げ前衛へと誘導される。この時受けたダメージ量は増加。
いかにもゲームらしい分類という気はするが、こういうのは実在しそうと思ってたんだ。
ところがシャリテイルの話に細かな分類は出なかった。
「足止めされたり体が麻痺したり体に残る攻撃なんて、表れ方は色々とあるけれど、全部マグに働きかける攻撃手段なの。だから、自分のマグの状態を把握しておくことが重要なのよ」
代わりに聞かされたのは、それだけだ。
細かい話も好きそうだから、面倒くさがってるとは思えない。
ただし省略しているだけにしては、効果は俺が浮かべたデータにも当てはまる。
それら魔物による状態異常の原因が、マグへ働きかけるものと判明しているからなのか。
試しに少し突っ込んで毒について聞いてみたら、これも魔物の魔技による継続ダメージを与える特殊攻撃のことらしかった。
通常の毒物の解毒は各成分に対応したものでないと回復は無理とのことで、それが普通といえば普通だけども、夢がないよな。
思うに、状態異常の存在もゲームの説明とほとんど変わりないんだろう。
ステータスの存在を示唆するような値がどうのと、シャリテイルが言ったわけではないが、簡単に置き換えられるものだ。
まあ効果の方はゲームでの戦闘とは違って、えぐいことになりそうだ。
実際に受けてしまったらと想像してぞわっとする……なるべくそんな敵には出会いたくないものだ。
「それと必要ないでしょうけど、一応攻撃の方も説明するわね。他の冒険者が何を使うか知っておくのも大切なことだもの」
失礼な、という言葉を飲み込んで頷く。
攻撃の方は、基本四種類。
風になってダメージを与える、そのまんま風属性魔法といった感じのもの。
液化して絡み動きを止めるような、水属性ぽいもの。
硬化して傷をつける、土属性的なもの。
相手のマグを固めて魔技として使えなくする、一見精神攻撃ぽいもの。
後は、これの派生らしい。
ちょっと見てみたい。いずれ機会はあるだろう。
そして本題の魔技石だが、そういった各属性の攻撃技が一つだけ込められているものということだ。
しかし少しとはいえ自分のマグを消費しなければならないし、攻撃力は大したことはない上に誰が使っても一定のものだから不人気だと、フラフィエが寂しげに羽をしおれさせた。
精々、念のために買っておくというのが一般的のようだ。
そんな話から知れたのは、先ほど聞いた基本攻撃には特に決まった型だとかはないみたいだ。
それぞれが、気分で形にしてぶっ放していると。
自由でいいですね。
「ふんふん、なるほどね。よく分かった」
知識はな。
でだ。
肝心のお値段ですが、俺に最も必要なマグ回復を確認したら、一番低い効果のもので250マグもした。
当分手が出せそうもなかった。
ああ分かってたさ……。
「それじゃあ、なんだか申し訳ないけど。また、その内に」
「いえいえ、お待ちしてますよ。頑張ってくださいねー」
「びしばし稼いでもらって、また遊びに来るわね!」
「シャリテイルさんは、もう少し落ち着いてください!」
魔技石の説明をして満足したのか、ようやくシャリテイルから解放されたのは、すっかり昼時だった。
いくつか気になっていたものの値段を確認できたし、俺も満足できたから良かったな。
それで道具屋を出てきたのだが、なぜかシャリテイルはむくれている。
「タロウったら、ぽけっと天井ばかり見て上の空だったでしょ」
どうも俺は気もそぞろで、真面目に話を聞いていないように見えたらしい……。
「しっかり聞いてたって。ただ、買うには早いって話したろ」
「それは分かってるわよ。でも目標とか立てたくなってくるでしょ?」
「そうだけど……まだ宿代でひーひー言ってんのに」
あまりに遠い目標は、胸が痛むんだよ!
そりゃ目標は必要だが……ふむ、目標ね。
「シャリテイル、マグ時計って幾らなんだ」
「おや、タロウさんはそっちがお好みですか。私のはちょっと良いやつだから。そうね、一番安いもので五千マグあたりかしらね」
「へえ……ごせん!」
そっかー。
するよな、そんくらい。
ふうと溜息をつきつつ、明日からの予定の算段を立てるつもりが遠くを見てしまう俺だった。
「でも、まあ、知りたかったことが少しずつ片付くのは助かってる。本気で。食堂が込む時間になって悪いな」
「ふふん、助けになってるならいいの。これでも無駄なことはしてないつもりよ」
おだてると、すぐに笑顔になる単純さ。
確かに、いつも必要なことを必要なだけ手助けしてくれている気がする。
今日の情報も、基本中の基本として知ってなければならないのかもな。
普通の冒険者なら。
「それじゃ、俺は刈り場へ戻るよ」
「あら食堂に行かないの?」
せっかく呼び止めてくれたのは嬉しいが、もう残金がないのだよ。
「弁当があるから」
「じゃ後は、いつもの場所にずっといるの? そう分かったわ。なら、また後で寄るわね」
そういえばケダマ草の納品があったな。俺も昨日の今日で、ケダマとどっちが狩られる側か分からない戦いなど挑みたくはない。
いつもの場所にいると頷くとシャリテイルと別れ、俺は勝手に持ち場呼ばわりしている草地へと向かった。
俺も昼はシャリテイルに付き合わされるかもしれないと思ったよ。でも一応弁当は受け取っていた。残ったら夕方にでも食えばいいかと軽く考えていた。
案内はありがたくはあるんだが、今の俺には道具屋なんて目に毒でしかない。
残ったのは、たった60マグだぞ。安いらしい定食で100マグだったのに、付き合えるはずもなかったぜ。
まだ晩飯も木の実でしのいでいるし……あー、次の目標は晩飯を頼めるようになるのがいいかな。
柵に腰かけると、ありがたく宿の格安弁当を開くのだった。




