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32 :道具屋フェザン

「あのな、シャリテイル。いったい何しに来たんだ?」

「そうですよ、シャリテイルさん。いつも気をつけてくださいって言ってるのに」


 俺が道具屋の床にしゃがみ込んだまま責めるように言うと、同じくしゃがみ込んでいるフラフィエが口を尖らせて追随した。


「あ、あはは……ゴメンナサイ」


 シャリテイルは誤魔化すように笑うが、大きめの耳が下がり、その心情を表している。

 小さな木箱類を抱えて立ち上がり、テーブルの上に乗せるとまた俯くようにしてしゃがみ込んだ。シャリテイルでも、へこむことがあるんだな。


 お察しのとおり、シャリテイルが飛びついてフラフィエが逃れようとし、盛大に周囲に積まれた物を崩してしまったのだ。

 普段シャリテイルが腰に差している杖がでかいし、嵩張る道具袋も持っていたから、思い切りぶつけていた。

 その後俺たち三人は先ほどから、飛び散った商品だか材料だか分からない物や入れ物類をかき集めている。


 それにしても、見るからに崩れそうだから気をつけるべきだとしても、シャリテイルだけを責めきれない。


「あの、フラフィエさんでしたっけ。もう少し整頓すれば、客としては、商品を見つけやすくなるし、ついでに荷崩れも起こりにくくなると思いますよ?」


 俺は客としてというところを強調して提案してみたが、フラフィエは震え声ながら視線は真っ直ぐ前を見て言った。


「そ、そうなんですよね。ええと趣味と実益を兼ねてしまって、分類が難しくてですね。この狭い店での管理は大変でして……」 


 ごにょごにょと口で呟いているが、自分に言い聞かせているな。

 こっちもダメだー!


 部屋が狭いから片付けられないってのはな、広くなったら目立たないから気にならないだけで、結局は整頓できてねえんだよ!

 さらには、まだ空いてるしとかほざいて余計に物を増やすタイプだ。

 そりゃ、なんで自分の部屋でまでパズルゲームして疲れなきゃならないんだって気持ちも分かる。

 でもここは、お店なんすよね?


 壁一面の棚がゲーム関連品で埋まっていた俺でも、フラフィエの店は擁護不可能だ。趣味ならなおさら、素早く目的のものにアクセスできるよう整頓してあるべきだろう。

 それだけ俺のほうが面倒くさがりなのかもしれないが。




 体感で一時間は片付けていた気がしたが、実際は三十分ほどだった。

 分といった概念はなさそうだが、シャリテイルのマグ時計によると、十二分割された目盛り同士の中ほどに赤い線があり、それを見て「半分しか経ってない」とシャリテイルは呟いていたのだ。

 ようやく目的に入れる。


「魔素石鹸が欲しくて来たんですが、在庫はありますか」


 はたして在庫があったとして、この魔窟の謎を解き明かせるのか。

 フラフィエの顔が明るくなった。


「それなら、すぐに取り出せます!」


 もうね。

 その発言がね。


 フラフィエは膝が隠れる丈のスカートをひらめかせて勢いよく屈むと、商品台の下に詰め込まれた商品だか荷物だかの隙間に手をつっこんだ。

 ズルッと引っ張り出されたのは、宿のおっさんが持っていたのと同じ袋だ。麻のような繊維を混ぜた紙の袋で、丈夫な上に目が詰まっており密封度も高いだろう。


 サイズは、一般的にスーパーで売られている小麦粉とかホットケーキの元などより一回りは大きめだろうか。粉だけにしては、見た目よりも重そうだ。


「一番少量なのは?」

「え……ち、ちょっと、お待ちを!」


 フラフィエは床に這いつくばる勢いで屈みこみ、さらに腕を伸ばすと、首の羽をぷるぷると震わせた。


「ふ、ふぅ、手が届く場所にあって良かっ……ごほん。こちらがお試し用です!」


 苦労して引っ張りだされたものは、おっさんが持っていたのと同じサイズだ。

 お試し品を使ってたなら、よく落ちるのに需要は少ないのか?

 まあ、普通の石鹸で事足りてるなら滅多に必要ないよな。頻繁に必要な俺が特別なんだ、悪い方に。


 それでも多い、気がする。まあいいか。

 それより値段だ。


「お幾らで」

「500マグです!」


 タロウに500のダメージ。

 残念俺の旅はここで終わってしまったと意識が遠のいたところに光明が。


「と、言いたいところですが、初めてのお客様ですし、シャリテイルさんの紹介の上に、片付けのお手伝いまでしていただいて申し訳ないですから、おまけで100にしますよ!」


 おお、値引き神よ!

 しかし100か……今晩の宿代と明日の朝昼飯を差っ引いても少しは残る。


「便利ですよ?」

「そうよ、便利よ?」


 くっ……!


 俺は背の鞄に洗剤を詰めていた。

 残額60マグ。明日は過ごせるが、またしても余分が消えた。

 午後こそは草刈りだ。シャリテイルの邪魔が入ろうとも成し遂げる!


「あのぅ、素材でも多少は値引きできますよ」


 俺の情けない気持ちが伝わったのか、そんな気遣いの言葉が。

 気が付けば拳を握りしめて歯を食いしばっていた。ダダ漏れだった。

 とはいえ素材で値引きというのも、俺には高度な交渉だぜ。


「タロウは冒険者になりたてなの。素材を手に入れる機会なんてないと思うわ」


 その通りです。最低ランクを舐めるなよ。

 そんなもん持ってるわけ……おや、ある気がするな。

 あれは、いけるんじゃね?


 俺は、モグーの遺産である葉っぱを取り出して見せた。


「あっ、これは面白いものを拾いましたねぇ」

「あら、これモグーの素材じゃない。タロウったら森の奥まで出かけてるの?」


 フラフィエは興味深げに葉っぱを見、シャリテイルは驚きに懸念の混じった目で俺を見た。

 やっぱり、これが素材なのか。モグー

の頭に乗ってるだけなのに。


「奥になんか行ってない。森の近くまで草刈ってたら、すぐそばの藪に潜んでたんだ。仕方なく倒してみたんだけど」


 仕方なくと言い分けじみているのは、本当は逃げるべきだったと思っているからだ。

 シャリテイルは見透かしたような目つきだが、知らんふりしてくれるらしい。


「まあ、無事なら良いのだけど。コエダさんに無理はしないって約束したのでしょう? 気をつけてちょうだいね」


 う……そう言われると胸が痛む。


「でも、意外ね。そこそこ珍しいものなのよ」

「こんなのが珍しいのか」

「中ランクの魔物ですしね」


 フラフィエの言葉に時が止まった。


「へっ、中ランク……?」


 おお、かみよ。

 俺が生き残れたのは奇跡だったのか!?

 それは、あっさりとフラフィエに否定された。


「いきなり地面から現れてびっくりしますけど、安心してください。強さは低ランクですよ」


 あ、そうなの?


「弱い魔物ですけど、一応中ランクに入るのは土中に潜んで滅多に出てこないからですし。それを安全な場所で見つけられたなら、運が良かったですよ」


 なんだ。そういうことかよ。

 無駄に冷や汗を流してしまった。



 それにしても、こんな小柄なフラフィエですらモグーを弱い魔物だと言うのか。

 首羽族の基礎ステータスだって人族よりはマシだろうが、森葉族と同じ程度だった。戦闘でも後衛タイプだ。


 ただし森葉族が支援魔技に特化していたのに対して、首羽族は魔力がそこまで高くない。おかげで低火力の魔技しか使えず、戦闘では魔技に劣る面を弓で補強していた。

 代わりに、集中値の高さで魔技を器用に使いこなすため、マグを利用した道具作成に向いている。

 といった紹介が説明書にされていた。


 実際ゲームの戦闘では、中途半端で使いづらく、体力の低さもあって万年控え選手だったのは良い思い出ということにしておこう。ここではそんなデータなど役に立たないだろうし。

 これまでの種族補正を見てきたら、首羽族も何かが突出しているだろうからな。


 ゲームでの金やアイテムのドロップ品なんてのは、ゲーム性の問題だ。

 ここで落とすものといえば、基本はマグだけ。煙のように消える魔物のはずなのに、なんで残るものがあるのか不思議だったし、ついでに聞いてみよう。


「これってどういった素材なんだ?」

「これはですね、モグーが植物と魔素を口に溜め込んで、少しずつ混ぜて固めて作られるものなんです。長い時間を掛けるものですし、毎回必ず手に入るものではないんです」

「ああっなんで捨てるのよタロウ!」


 捨ててないぞ。

 思わず取り落としただけだ。


「モグーの唾液で練られたもんかよ!」

「魔物ですから唾液はありませんよ?」


 マグの塊だろうが、動物に擬態してるんだから似たようなもんだよ!


「タロウってアラグマみたいね。毎日洗濯してるらしいし」


 嫌々ながらモグーの葉っぱを摘んだ俺を、シャリテイルは魔物に例えている。

 なんで洗濯なんて噂まで漏れてるんだよ!?


「ん? アラグマもいるのか。川に出没する珍しい魔物だよな」


 なんとなく名前で想像つくが、アライグマ模様のラッコみたいな魔物だ。

 川フィールドには水棲の魔物が多く、普段は陸上に潜み、ときに水中にも現れるアラグマとのエンカウント率は低かった。他のメイン雑魚のお供でしかないが、それぞれのフィールドに用意された雑魚敵が優先されたからだ。

 ここだと、数が少なすぎるのでないなら、もっと出会い易そうだな。


「タロウの故郷にもいたの? この街の周辺には、存在する全ての魔物が揃っているって話よ」

「へえ、そうなんだ」


 さすがは邪竜のお膝元と言えばよいのか。

 今更ながら、何かを知るたびに人族冒険者の俺には厳しい立地だと痛感する。

 気を取り直して、手にした葉っぱをフラフィエに差し出した。


「それで、売るとしたら幾らだ」

「ええっ売っちゃうんですか!」

「それを売るだなんてもったいない!」


 いや、だって、値引きがどうとか言ってたじゃねえか。


「今はこれしかないし、懐が寂しいからな」

「でもですね。これ、かなりの日数が経ってるようで、硬度が高いですよ」


 フラフィエは、ポケットから丸いレンズのような物を取り出して葉っぱに当てて何かを確かめている。

 レンズには、カットした面がいくつもある。タグと同じ、水晶もどきを加工してるっぽいな。マグに反応する素材なんだから、そういった道具には何にでも使われているんだろうな。


「硬度って言われてもな。こんな武器が使えるわけもないし」

「うぅん、そうじゃなくてね。その内に防具も揃えるつもりなんでしょう? これがあるだけで、防御性能は上がるし、安く見繕えるわよ」

「ぬ。それがあったか……次に作るなら胸当てを考えてるんだが、使えるかな」

「それなら尚更よ! 土台となる防具の強化に使えるんだもの」


 ほう。まさか、防具の強化がこんな感じになるとは思わなかった。謎の錬金釜にぶち込んだら、勝手に完成品が現れるような世界じゃないっぽいもんな。

 確かに、それなら今ここで小金に換えるよりは、持っていた方が得なんだろう。


「二人ともに言われるってことは、その方が良さそうだな。ありがとう。保管しておくよ」


 うむ。

 やはり俺には、草刈りの道しか残されていなかったようだ。


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