30 :魔物の由来
「さってタロウ。道具屋が開くまで時間があるし、行きましょうか」
どこにだよ。
俺の行き先は決まっている。昨日の今日で無茶をするわけにはいかない。
「南の森沿いだな」
「ええー草刈りくらいしかやることないじゃない。って、すごい記録出したのに、まさかまだやる気なの? あぁ、人族の本領発揮して、みなを怯えさせる気ね?」
「そんな変な趣味はねえよ! 宿代がかかってるんだからな!」
お節介からだろうと人の親切を強く断りたくはないが、俺にだって都合がある。
なにより、魔技石を見繕ってもらったところで先立つもんがない。
道具屋には魔素パワーで楽々洗剤を買いに行くが、それすら買えるか分からないからな。ランタンも欲しいし。
俺の横でシャリテイルはまた大きな独り言を呟きだした。
そうすると考えがまとまるからっていう奴がいたな。そういうことなんだろう。
「私の依頼はすぐに済むものばかりだし。ここのところ張り切りすぎたもの。今日のところは手を抜いたっていいわよね。そうよそれがいいわ」
決して、どうしよっかなーチラッてことではないはずだ。
シャリテイルはパッと顔を上げて、大きな笑みを浮かべると両手を打ち鳴らす。
「ね、タロウ。私の採取依頼に付き合わない? 心配しなくとも低ランクの採取場所だし。平気よ多分」
いや草刈りで。
と言いたかったのに、言葉は固まってしまった。
低ランクの採取場所で、討伐メインの場所ではないだと?
しかも中ランクの引率者がいるなら無茶とはいえない。シャリテイルってのが不安だが、仮にも中ランクをソロで回れる冒険者だ。
最後の言葉が引っかかるな。
「多分ってなんだよ多分って」
「そうよね。良い機会じゃない? 冒険者としての仕事の流れも掴めたみたいでしょ。次は別の採取場所を見学するのは悪くないと思うわよ?」
俺が考えるようなそぶりを見せてしまったのが敗因だった。
シャリテイルは俺の好奇心を読んでか、ニヤリと笑うと勝手に予定を立てるが、言い返せない。
くそっ……そりゃ行ってみたいさ!
「じゃあ、よろしく頼んます。遠出はできないけど」
「この物知りシャリテイルに任せなさい!」
自分で言ってる。実際そうなんだろうけどさ。
そしてシャリテイルと俺は、いつもの草刈り場にやってきた。
やや遠めに見ると、俺が刈った場所はかなり見晴らしがいいな。
じゃなくて。
「結局俺の持ち場?」
「ほら、以前話したでしょ。花畑がこっちの森を抜けた先にあるって」
「それは中ランクだろ!」
「せっかちね。その中ランクの花畑と低ランクの森の境目が、なんの経験もない駆け出し冒険者にぴったりの場所よ」
「境目?」
「心配ないわ。採取しやすい物だから短時間で済むし、好きでよく受けるから慣れてるの。草刈りの時間も残るわよ」
俺の知識にはない場所だ。
ゲームと違って、その場所に入るのにアイコンを押すわけでもない。考えるまでもなく、フィールドがシームレスなんだから当たり前だよな。
ゲームのマップなんて、広い世界を圧縮して一部を抜き出したようなものだ。知らない場所の方が多いに決まっている。
一人じゃなく、詳しい冒険者に引率されての実地訓練だ。
本当に、良い機会だよな。
俺は気を引き締めなおすと、シャリテイルのおかしなスキップ歩法の後を恐る恐る追った。
南の森の端を突っ切って南西方面へ抜けると、だだっ広い草原地帯に出た。
やけに見晴らしがいいのは、草の背丈が膝が隠れる程度だからだろうか。
遠くに見えるなだらかな丘には、さまざまな色が溢れている。
「あれが花畑と呼んでる場所なの。タロウ、この辺から離れないでね。同じ魔物なら森の魔物の方がマシよ」
「虫の魔物がいるんだろ? 絶対近づかない」
シャリテイルに釘を刺されるまでもない。巨大な蜂や蝶に毛虫もどきだの、虫系モンスターの巣だ。
ゲームで気にするべきは、ほぼレベルで済んでいたけど、ここではケダマやカピボーにだって苦労している。
盾にできるものさえなく、空を飛びまわる奴の相手なんぞできるか。
鈍足の俺には最も相性の悪い場所だ。逆に相性のいい場所があるかって話だが。
「タロウ知識は不思議ね。そういうことは知ってるのに……」
またシャリテイルは諦めたように呟くと、木々の狭間へと戻った。この、南の森と草原の境目が、おすすめの採取場所らしい。
確かに、草刈り場からも遠くないし、魔物もカピボーくらいだろう。
木漏れ日も眩い明るい森の中とはいえ、藪は点在している。そんな藪の一つへとシャリテイルは近付いた。
「な、なあ、シャリテイル。魔物って大体は昼以降に活発化するよな? その間、そういった草むらの中で、寝てんじゃないのか」
「んーそうね。もう少し日の当たらない場所が多いけど、そうよ」
「そんな迂闊に近寄るのはどうなんだ」
「どうって言われても、だからこそ冒険者への依頼なのだけど」
愚かにも俺は藪をつついて血まみれで帰った男だ。
ついつい腰が引けるが、シャリテイルの頭にケダマが生えるのを見たくはない。
俺の懸念をよそに、シャリテイルは俺を振り返ってきょとんとしている。
「あ、ああー……そっか、そうだったわね」
今度は、うっかりしてたといった表情を見せた。
毎度毎度なんなんだよ。
「気配がないから大丈夫よ。葉擦れとか動きによるものじゃなくて、マグの気配がないって意味」
「マグの、気配?」
「タロウって種族差のことはよく知らなかったわね。種族によって、マグの気配の察知し易さが変わるの。個人差も大きいのだけれど、樹人族や森葉族は特に能力が高く、岩腕族と首羽族もそこそこみたいよ」
「で……人族には備わってない、と」
「炎天族もあまり聞かないわよ。魔力に比例するのではという説が濃厚みたい」
そんなところまで、人族には補正がかかってるのか。
縛りプレイにも程があんだろ……。
まあ、はなから魔技には期待してなかったし?
そもそも最弱だって言われて戦闘も諦め気味だし?
「こんなところでイジケないで!」
ついガクリとうなだれていたようだ。
もう大丈夫。俺は大丈夫さ。なにも問題ない。
引き続き、採取物についての説明をお願いした。
「あったわよー。はいこれ」
「なんだこの毛玉……おえ。見れば見るほど、ヤツに似てるな」
シャリテイルが自信満々に胸をそらすと、反動で揺れる箇所へと目が行くが、かろうじて眼前に差し出された植物も視界に入る。
嫌でも意識は向いた。
緑の対になった葉が、一定間隔でまっすぐ伸びた茎にくっついている、一見ただの雑草だ。
だがその先端にくっついているものが問題だった。
たんぽぽの綿毛そっくりの形に大きさだが、油でぬめっとしたような濃い灰色の毛の塊。黒い目玉をくっつけたら、まんまケダマだ。
「タロウったら大げさね。名前もケダマ草よ」
シャリテイルは、ぐふぐふと笑っている。
かわいいはずなのに、行動や仕草が一々残念な奴だよ。
「これが採取対象なのは分かった。それで、こんなのをなんに使うんだ」
「汚く見えるけれど、熱湯にくぐらせるとふかふかになるの。その後、これを解して繊維にして糸を紡ぎ、生地にするってわけ」
綿みたいなもんか。木ではなく草だが。
「類似の種とかないのか」
「こんなに特徴的なのはないわよ。だからこそ、新人君にちょうどいい依頼なの」
確かに、似たものがないなら野草に詳しくない俺でも簡単に見つけられそうだ。
高さは大体、膝あたりらしい。さっそく藪へと目を向けた。
なるほど、藪や下生えに紛れるようにだが、ぽつぽつと生えてるな。
シャリテイルと互いに離れすぎない位置から、茂みの合間を探す。
「魔物はカピボーくらいだろ? こうやって、わざわざ冒険者に出すようなものなんだ」
人族以外の一般の住人なら、ハエを追い払う程度の労力で済みそうなもんだ。
「人の手で生育するのは難しいみたいよ。見ての通り日陰を好むようだけど、農地は開けた場所が多いし、森の中は魔物が多いしでね、これのために大きな建物を建てたり、木々を植えるほど貴重でもないからかしらね」
生育条件の厳しさに加えて、儲けも少ないのか。弱い魔物も相手しなきゃならなくて、余計に面倒かもな。納得。
「もっと高級な生地素材はあるの。それでも採取依頼に出すのは、一般的な樹皮繊維よりも柔らかい生地が安く手に入るから。肌着なんかに好まれているのよね」
柔らかめの肌着……。
買ったばかりの、今履いているパンツが気持ち悪く感じてきた。
いや、絹だって蚕だ。虫からだ。食べ物用の赤い着色料にだって虫由来のものがあった。どこだって同じだ。気にしない気にしない。
話しながらも、シャリテイルはぷちぷちと摘んでいる。慣れてると言っただけのことはあり、生えそうな場所をすぐに見つけているようだ。
この前シャリテイルの道具袋から茎がはみ出ていたのも、これなんだろう。
「おっ、あった」
シャリテイルが十本は摘む間に、俺はようやく一本だ。
「採りすぎても大丈夫よ。根っこから引き抜いてもそうそう枯れないの。枯れたとしても、種子が地中に残されてるみたいで、気がついたら復活してるわ」
「ますます気味が悪いな。まさか、ケダマって……こいつから生まれてるわけじゃないだろうな」
「あら、さっすがタロウ知識ね!」
えっマジ?
思わず、取り落としてしまった。
シャリテイルは大笑いしている。
「おい、嘘かよ!」
「ぷくひ、ごめんなさい。惜しいって思ったのよ」
こいつ。面白い笑い方してるんじゃない。
「よっぽどケダマが嫌いなのね。そうじゃなくて」
笑いながらも話してくれたのは、魔物がどうしてああいった形なのかということだ。
邪質のマグの塊が魔物として姿を持つのは、この世に存在する生物を元にしているかららしい。これまでに見つかった魔物の姿形の情報から、そう判断されたようだ。その取り入れる元の姿は、マグ量に見合ったものだろうということだ。
たとえば、この世界にもネズミはいるようで、最弱と言われるカピボーは、そのネズミから姿を拝借しているらしい。
だからケダマは、このケダマ草が由来とのことだ。
草よりネズミが弱いのかよと不思議で聞いてみたら、こっちのネズミには異様な繁殖力などはないようだ。なんでも齧るし、病を媒介するといった忌避感はあるらしいから、こちらでも嫌われているようである。
なら、ケダマ草の生命力が異常なんだろうか。
どっちにしろ、マグの量に比しての強さメーターみたいなもんだから、生物自体の差はあまり関係なさそうだとのことだ。
「逆に言うと、もし見たことのない魔物を見たら、そんな生物が存在する可能性があるってわけだ」
「そうかもしれないわね。ただ、数十年前の封印後に、新種は見つかってないようよ。だから、邪竜の力で作られたものだけが、継続して生み出されているのではないかってところで落ち着いているようね」
ああ、そうか。異世界だからと自然現象のように思っていたけど、邪竜の仕業である可能性の方が高いか。邪竜は封印されているだけで、死んだわけではないんだし。
なんだか持ちつ持たれつな関係にも思えてくる。
微妙な気分だが、あとは真剣にケダマ草を摘み続けた。




