森葉族の戦士・中編
薄暗い森の中を音もなく行く一団。
耳に葉を持つ者の戦士だ。
葉擦れの音に自ら出す音を溶け込ませる技術を持つ彼らだが、仲間らと移動する場合は、まるで吹き渡る風が場を浚うような葉音をあえて出しもする。
波状にさざめく枝葉の音は、自然に起きたものとしか感じられない。
人の目や耳よりも広い範囲を認識できる、発達した葉状の耳があればこそ、周囲の地形や風の動きに湿度の変化などを把握することができるためだ。
こうして彼らは獲物の後を付けていく。
特に大物であれば、確実に仕留められる場で機会を待つ。
葉の戦士達は、ねぐらを直接狙うことはしない。生息地を移されると面倒だ。そのため獲物の食事時を狙う。
彼らの気配に気負ったものはない。殺意を滲ませるなど半人前のすることだ。
そして今、木陰から覗く彼らの視線に気づかず、狙われているものは足を止めた。
柔らかな葉に濃い紫の実をつけた低木の茂みに、茶色い毛に覆われ丸々とした体の獣が二頭、齧りつく。
食いついて枝ごと毟り取り旺盛な食欲を見せる獣らは、自らが立てた大きな音が致命的となったことに気付かない。
森閑とした空間が震える。
――いぃぃやっはあああああああああぁぁぁ!
男女の別なく、腹の内を震わせるような甲高い雄叫びを上げると同時に、次々と藪を飛び越えながら我先にと各々の武器を振るった。
ある者は短い槍を突き出し、ある者は棍棒を振り下ろし、ある者は幹を蹴りながら上空から小型の弓を弾く。
狙われた獲物は瞬く間に囲まれ、逃れる隙なく息絶えた。
「もう一匹いぃぃぃ!」
続けざまに狩猟者は別の個体へ振り返る。突進してきた獲物を躱して、横から棍棒を振り下ろした。
葉を持つ者の男女に、体格差はあまり見られない。
そのため里の中でも頑強な肉体を持ち、戦う自信と意気のある者は、共に狩りへと出向く。
瞬く間に力を失った獣は、か細く「ピギィ」と鳴くと力尽きた。
すぐさま戦士が集う。
「うぇっ、ぐっちゃじゃん」
「おま、ざけんなだわ。喰うとこ減っだろ」
「っからぁ、棍棒に鏃とか埋め込むなし」
「あぁ? かっけーべ?」
無駄話をしながらも、その発達した耳により周囲の警戒を怠ることなく、手際よく矢などを回収し獲物を太い棒に括りつけていく。
その時、一人が骨を削り出した小刀を腰の帯から引き抜くと同時に、何気なく背後へ投げた。
小気味よい音が鳴るのと同時に、木の陰にいた男が姿を現し、焦りを含んだ抗議の声を上げる。
「挨拶の仕方!」
一人森の境へと、はぐれていた男だ。
「おま、なに隠れてんのよ」
「追いついたとこだ!」
「もう狩り終わってっし。怠けてんじゃねーぞ」
「怠けてねぇざけんなこら。大事件だこら。こちとら森を守ってきた英雄様やぞ。聞いたらおまえらおれ称えっぞこら」
己を的に投擲された幹に刺さった小刀を引き抜きながら、今しがた戻った男は文句を言いながらも満面に笑みを浮かべていた。
「気味悪ぃ、頭やられたんか」
「……埋めるか」
不信感も露わな仲間へと、男は慌てて集まる様にと両腕を振り上げて手招く。話し合いの場を持とうという合図だ。
渋々と狩りの後始末を中断し、全員で円座を組む。
話を持ち掛けた男は両手を振り上げたまま、手のひらを握ったり開いたりしながら、にぱっと笑って叫んだ。
「驚け! 羽のやつ捕まえたった!」
その一言で、皆の瞳がぎらりと光る。全員が興味を持ったのが分かった。
ただし理由は様々だ。
「襲撃してんのこいつ。まじうけるわ」
「どんだけ距離あるんだっつーの。きのうおれの顔見てっだろ!」
「だっておれら、あいつらに嫌われてっべ? こんなとこまで来っか?」
仲間の一人は、男が羽の者らの里を襲ったのではないかと疑い、他の一人が、そうでもしなければ険悪な仲である相手が近付くはずがないことを持ち出す。
「だからおれも森ん中ちょろついてっから驚いてよ、『うぉーっ、羽のやつじゃん!』っておれん中で盛り上がってさあ!」
「わかるわ」
「あいつらすぐ隠れっし」
「おうよ、だから大興奮不可避っすわ。怪我させないように、なんとか引き留めてよ、話してもらうの苦労したんだって。そしたら南の方に危険がなんやかやって喚き出してさぁ。んであれこれ話聞いたのよ」
思わぬ話に、仲間は驚きを見せる。
南からの危険を思わせる何かといえば、ここ最近の不思議な感覚が彼らの脳裏を過った。
方向は確信していたわけではないが、彼らの発達した耳が、大気や森全体を歪める何かの流れを感じ取っていたのだ。
「あ、閃いた。もしかして、ぐらぐらしてっやつ関係?」
「天才じゃんけ! そそ、山生えてるんですけどーって」
「なにそれびびる」
「ほれみろ。しかもしかも? すっげーでかいらしいぜ山!」
「ちぃっと、おれのと比べてみっかがはは!」
「つまんね」
沈黙が下りる。
各々が、状況の深刻さへと思いを馳せたようだ。すぐに立ち上がる。
「まずは帰るか」
「ぺこはらー」
これは里に持ち帰り、長老の前で相談すべき問題と考えたのだ。
*
葉の戦士の一団が獲物を担いで里へ戻れば、広場に集っていた子供たちが歓声と共に出迎えた。
小さな広場を中心に、周囲には丸太を組んだ枠に干した小枝と草を束ねて載せただけ、といった家々が無秩序に並ぶ。
枝に括りつけた丸鹿を抱えた戦士たちを囲んだ子供たちは、憧れの眼差しで見上げる。
因みに彼らは、森に棲む四足の獣をなんでも鹿と称す。
ともかく、持ち帰った獲物を仲間達が高々と掲げて、先頭の男は誇らしげに上体を反らし両手で胸を打ち鳴らし吠えた。
食えるものを持ち帰ったならば、戦士たるもの堂々と誇ってみせねばならない。
それが未来を担う者へ繋げるべき責務であり、我らは君たちに期待しているのだと、彼らの力を信じているのだと態度で示すことである。
自信に満ちた笑顔の戦士達は、子供らへの薫陶を授ける。
曰く。
「飯と糞は、早く済ますほど良い戦士だ!」
にかっと輝くような笑顔で告げる戦士の言葉を、子供たちは元気な声で復唱する。
やはり一線を引いた長老などの言葉よりも、現役の戦士の言葉は説得力が違うのだろう。
この戦士が凱旋した一時は、もっとも子供たちも話をよく聞く機会だ。
だから戦士は、少しばかり具体的な例を話して聞かせる。
食事は立ったまま手早く食えといったことだ。
幹に背を預けて周囲を自慢の耳と、目でも警戒しつつ、木の実などを口に詰め込みがりがりと噛み砕いていく。
詰め込む指の間からこぼれ落ちた餌は、惜しむなと伝えられる。
それは小さな生き物の餌となり、巡り巡って我らに糧をもたらす。
森から恵みを得る我らもまた、森の還の中にあるためだ、と。
そのように、優しい声音でありながら、しっかりと説いていく。
こうして瞬く間に小さな戦士予備軍が完成するのだ。
しかしその習慣の為かは定かでないが、胃腸が弱るのか、肉付きは悪くないはずなのに全体的に細長い印象がある種族だ。
「もう一仕事あっぞ」
話を切り上げて、戦士が子供たちを家に追い立てると、代わりに大人達が呼ばれた。
外縁との境界で起きたことを、話し合わねばならない。




