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 普通に走ろうとするとガクンと負荷がかかる体だが、不思議なことにジョギングの要領かつ大股でなく、小刻みに歩幅を調整してペースを保てばそう疲れることはない。

 それは分かっていても、息が切れるのも構わず走れるだけ走る。

 早く血を洗い流したいのもあるが、空は紫に彩られ足元が見辛くなっている。


 もうランタン買っちゃおうかな。

 あのよく血糊の落ちる証拠隠滅に最適そうな洗剤も。


 買えるかは別として、宿に駆け込むと部屋を取るより先に、店の場所を訪ねていた。


「なぁおっさん。この前使わせてもらった、よく落ちる粉石鹸を売ってる店を教えてくれ」

「誰がおっさんだ。まあその通りだけどな。どうした機嫌が悪そうだな」

「ゴメンナサイ。エヌエンさんでしたね」

「いきなり畏まられると怖気が走るもんだな。頼む、おっさんでいい。からかってるだけだから。で、なんだ、また怪我したのか」


 謝り損かよ!

 おっさんは、やれやれ仕方ないなあと首を振る。

 そういや、ここの人らって傷や血なんか見ても反応が薄いよな。

 兵の反応も、大量の血を見て怪我の心配をしたのではなく、それだけの攻撃力を持つ魔物が近場に現れたのかといった懸念だったように思う。


 カイエンも、俺の髪の血に気づくと回復薬をすぐに取り出し、他の冒険者も俺をすぐ座らせた。よく知らない者だろうと、冒険者同士カバーし合う暗黙の了解があるのだろうと感じた。

 印象だけで暢気な街に住人だと思っていたが、戦うのが身近な世界なんだと改めて感じる。


「まあ、大した怪我じゃないけど、動いてるから……。気がつくとあちこち血が飛んで困るんだ」

「うんうん、あるよな。俺は収穫中に鎌でうっかり指を切ったなんてくらいだが。あ、昔のことだぞ」


 怖ぇよ。

 もちろん今はそんなヘマはしないとか言い訳もついている。

 その話を宥めてようやく洗剤や、ついでにランタンなどの在り処を教えてもらえた。


「例の粉末石鹸は道具屋だ。通常の石鹸やランタンは生活用品店だな」

「別の店になんの?」

「マグを利用してるんだとよ。魔素パワーで楽々洗浄が売り文句だ。理屈は分からんがな!」

「へ、へえー」

「ま、今日のところは分けてやる」


 どこでも似たような売り文句はあるようだ。


「普段の石鹸はうちの母ちゃんが作ってるからよ。要るときは言ってくれ」

「今度は買うよ」


 礼を言って代金を支払い、いつもの二階奥の部屋へと向かう。一番狭いらしいが、廊下に並ぶ三つの扉の間隔は均等に見える。今の部屋はシングルベッドを置いただけといった狭さなんだが。

 まあ他の部屋だと宿代は上がるらしいし、多少広かろうと移る気はない。


 もうちょい稼いだら、長期予約したいな。毎日チェックインアウトも面倒だ。

 それに、物を買うのはいいが、毎回持ち歩くことになるのが問題だった。

 今後の予定をぼんやり考えながら、荷物を置いて洗濯に向かった。




 狭い部屋を横切る縄に干した洗濯物を満足気にながめる。

 おっさんが縄をよこしたからありがたく使わせてもらった。

 昼間に換気はしているようだが、いつも木の机やベッドフレームに干していたら腐りそうだよな。


 ベッドに腰掛けると、特に幅をとっているポンチョを見る。

 以前は動くと重苦しくて邪魔に思えていたが、必死だったからか?

 あまり今日は動きに制限を感じなかった。


 やはりステータスは上がっているんだろうとは思えた。

 それでも、ケダマとの戦闘を思い返すと苦い気持ちになる。

 悔しいような、この先が思いやられるといった途方にくれるような感情だ。


 道具袋の中身を整頓し、目的の物を手に取る。

 火をつける道具がセットになった小さな木箱だ。湿気てはないな、使えそうだ。

 これでランタンだけを買えば済む。


 木箱を袋に戻しながら、邪魔くさい忌々しいコントローラーを睨む。

 相も変わらず、アクセスランプを青く光らせているだけの役立たずだ。


「外の世界から来たもんなら、なにか助けになるようなもんよこしやがれ」


 気持ちに余裕がなく苛立っている。頭への攻撃と怪我は、手足を怪我するのとは違った。テンション低いせいか、まだふらついているような気もするし。


 コントローラーを放り出してベッドに寝転がると、天井、というかその向こうの空を見渡すような気持ちで眺めた。


「まったく……なんなんだろうな。ここは。それに、俺は」


 俺が来たときの状態は、まっさらだった。

 だから、この世界の誰かに乗り移ったわけではない。

 顔も、元からあった体の傷も同じというなら、生まれ変わったとかでもない。

 格好は違っていたから、ただ転移したのかと言われると、それも疑問だが……。


 考えたくないけどさ、物語なんかだと、このまま帰れないのが常道だろう。

 体も元と違うわけで、そのまま戻れるのかと言われれば、それもまた無理な気がする。

 ゲームだけでなく、もっとSFな本でも読んでれば良かったかな。


 どのみち、帰る手立てを探すにしろ日々の暮らしをどうにかしないと詰む。


「……ここで、生きていくしかないんだよ」


 考えても仕方がないことだ。

 けど、覚悟なんか簡単に決められるはずもない。


 宿を確保し続けるだけでも精一杯なんだ。余計なことは考えるな。

 こんな風に考え込んでいたら、勝手に暗い気分に陥ってしまう。動けなくなるくらい追い込んでしまう。

 大変なときほど頭を空っぽにして、体を動かさないと駄目なんだ。


 そう学んだのは、爺ちゃんがちょっとしたことで入院し、退院して間もなくだったろうか。

 ぼけ始めて徘徊するから、家族で交代しながら見てなくちゃならなくてと、そんな時期があった。

 ただ、悲しかった。だけど、いつかは自分もと可能性を考えたら、出来るだけのことはしたと思いたい。


 環境が変わると、気分に関係なく精神的な負担はすごいよな。働きながら、余った時間を遣り繰りして何かをするなんて大変なことだ。

 そう考えると改めて親父を尊敬してしまう。


「おっしゃ、ここまで。寝よう。明日からも頑張りゃいい」


 なんの特技も取り柄もない俺にできるのは、コツコツ働くことだけだ。

 特技といえば突出した持久力もあるにはあるが、人族補正だから俺自身の特技とは言いづらいし。

 とにかく、嫌でも時間だけはある。地道にやっていけばいいさ。


 それと、もう、レベルアップへの過信はやめだ。



 ◇



 よく眠れたのか、早々と目覚めた。にも関わらず、階段から下を覗き込むと、すでにエヌエンのおっさんは居た。


「おっさん、朝め、し……シャリテイル」

「タロウおっはよー。私は朝飯じゃないわよ?」


 分かってるわ。

 朝からなんだ。まさか、まだ祠の件で何かある?

 違うよな。

 確か俺の偏った知識を矯正するどうのと言っていた気がするが。


「おぅタロウ、今朝は早いな。シャリテイルには、ちょうどよかったな」

「じゃ親父さん朝食二人前ね」


 え、ここで食うの?

 まあ、泊り客以外が食べては駄目なんて決まりはないか。

 おっさんも残り物が片付くのは助かるだろう。




 そうして二人は野菜汁を啜っている。

 片頬を膨らませながら、シャリテイルは器用に話し始めた。


「ちょっとタルゥ」


 口に物入れて喋るのが無作法だとかは、この世界には関係のないことだ。多分そうだ。

 だからと言って、俺の名前を変に訛らせるな。


「装備買ったって、ストョンリに聞いたわにょ」


 知り合いな上に筒抜けかよ。

 いったいシャリテイルは、仕事どうしてるんだ。


「んぐん、まあストンリの助言は的確だと思うし、心配はしてないけれど。私も選んであげるって話したじゃない?」

「いや話したのは道具屋だろ」


 しかも選ばせるなんて約束してないぞ。


「えっ行ったの、道具屋!」

「行ってないって。まだ行ってないから杖を掲げるな!」

「いやね。人を殴ったりしないわよ」


 紛らわしい真似するな!


「ちょうどいいわね。食べ終わったら道具屋に行きましょうよ。あっ開くまで結構あるわね」

「勝手に予定を立てないでくれませんかね」

「うふ。気を使わなくていいのよ」


 使ってねえよ!


「それで、この前話した魔技石(まぎいし)なんだけど、まず初心者が持つならマグ回復ね。戦いに慣れていないと、気が回らなくて知らず低下しているものよ」


 見事に俺の話を聞いてないな。

 魔技石なら、いずれは手に入れてみたくはあるが……低下ってなにが? 


「知らず低下って、体力?」


 全ての魔技が代替可能のはずだし、当然、回復魔技を込めた物もゲームにはあった。

 人のイメージでどうこうする魔法みたいなのとは、ちょっと違うからな。

 ある量のマグで、何になると決まっていたようなのだ。

 ゲーム中ではどう作られているか詳細は分からなかったが、道具屋のキャラとの短い会話中に、そんな説明が軽くされていた。


 ゲームの設定などを思い返していたら、次のシャリテイルの言葉にむせることになった。


「ほんと、タルオの知識はズレてるわね。マグの回復よ。体力の回復なんか魔技でできるわけないでしょ」

「は? 怪我したら、どうするの」


 シャリテイルはパンを口に突っ込んだところで、両頬を膨らませたまま言った。


「あにゅねタルゥン、体力と怪我がどう関係するにょ。怪我には回復薬って呼ばれている塗り薬はあるけどぅ。外傷なんだから、傷薬を使うに決まっているわにぇ」


 俺の名前はどこまで進化するのか。

 そこに触れることもできず、呆然とした。


「怪我したら普通に傷が癒えるのを待つ。当たり前、だよなハハ……なら、魔力というかマグ? それを回復する意味は」


 心底、驚きと呆れた目を向けられた。

 え、常識?

 今度はシャリテイルも食べ物を飲み込んで、真面目ぶった口調になった。怪訝な目も向けられる。


「……そうね、何もなければ平気よ。たとえば怪我をして血を流せば、一緒に魔素も流れていっちゃうわ。私たちだって生き物なんだから。魔素量が低下すると眩暈もするし危険よ」

「あ、ああーそう。そのことね! 何か違う便利なもんがあると思ってたんだ。ほらここって冒険者街だし……」

「いくら冒険者街が特別っていっても、最先端の技術なんかは王都からそう出てくるものでもないのよ。今は危険な情勢でもないのだし」


 あからさまに誤魔化してみたが、またしても盛大に呆れられただけで、怪訝な目付きは解除された。


「ちょっと冒険者に夢を見すぎよ。この街だって立地以外は他と変わりないわ」

「あ、ああ。今後は、気を引き締めるよ」


 シャリテイルは大きな溜息をつくと、残りのパンをハムスターのように口に押し込んだ。


 血と共に魔素が流れ落ちる。それはMPが減っていく状態ってことだよな。

 そして、MPが低下すると眩暈がしたり、意識を維持するのが難しくなると。


 貧血や疲労とは、また違うはずだ。

 もしかして、怪我をする度に起こった妙なふらつきの感覚は、これだったのか?


 なんだか、微妙な部分でありながら重要なところに違いがあるな。

 でかい溜息をつきたいのは俺もだよ。


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