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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
遠い過去――設定資料集的な連作短編集

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首羽族の狩人・前編

 暗い大樹林の端――ここが外縁部であろうと薄暗いのは、なだらかな丘が連なり起伏に富んでおり日が遮られるためだ。

 その周辺に、身を隠すようにして棲みついている者らがある。


 地上から見上げても、彼らの姿を見つけることは叶わない。

 今も暗い樹上、枝の根元に屈みこみ、幹に身を隠し、枝葉の隙間からそっと周囲を窺っている。

 まるで瞬き一つせぬ様子だが、先頭で獲物の動きを目で追う男は、捉えた情報を離れた位置の樹上で同様に潜む仲間へと伝える。

 彼のうなじに生えそろう、手のひらを二つ並べたような大きさの翼が羽ばたいた。


「ひっ、と、鳥か……」


 地上にいた者達は、羽音一つに飛び上がらんばかりに驚いた。

 下生えが邪魔で動き辛い森の中を、苦労して歩いている者達は、見るからに森に慣れていない。

 たとえ、それが真実小鳥が立てたものだったのだとしても、別の生き物の存在を思い出させる音が鳴れば、身が竦むほどに怯えているのだ。

 身体に枝葉で引っかき傷を作りながら、それでも彼らは進んでいた。傷を作るのも無理はない姿だった。

 彼らは、皮の切れ端で最低限胴回りを覆っているだけで、森を歩くのに靴も履いていない。荷物らしい荷物も見当たらない。

 どこかで負った大きな傷もあるようで、全身は薄汚れて、命からがら逃げだしてきた様子だ。

 血に汗の滲んだ皮膚は、遠目に見れば爛れているようでもある。


 それら全ての要素が、頭上から見下ろしていた者に、警戒心を起こさせた。

 再び羽音が一つ。

 今度は地上の者も慌てはしなかったが、そのために次の瞬間には凍り付く。

 まるで頭上一帯を囲むような羽ばたきが、突如として一斉に鳴り響いたのだ。

 だというのに、飛び立つ鳥の姿一つ見えない。


「な、なんだというんだ」


 地上で、先頭の男が後ろを振り返り、怯えて騒ぎ始める仲間を宥めるように両腕を振り上げ大きな声をあげる。

 それは、この場では最悪の行動だった。


「落ち着け! 群れなす鳥の巣でもあっ……」


 音に敏感な者たちの縄張りで、騒ぐべきではない――したがって男の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 叫ぶために開いた口から鏃が生えたのを、すぐ後ろにいた者は見た。

 声なく後ずさり、すぐに他の者も異変に気付く。

 瞬く間に混乱が生じ、あちこちで悲鳴が上がり列は乱れ、彼らを脅すように頭上の羽ばたきは一層高まる。

 次には枝葉を揺らす激しい音と、空を切る幾つもの音が不吉に鳴った。

 薄暗い森の空間に、霧のような木漏れ日を遮る、細い木々の雨が地上へと降り注ぐ。

 その場に立つ者がなくなれば、手を打ち鳴らすように力強い羽ばたき。

 その音を合図に、場には静けさが戻る。

 狩りの、終了の合図だった。


 先頭で獲物を追っていた男は、首に羽を持つ種族の狩人で、観察眼が優れているとしてこの狩りを率いることを長より任された男だ。静けさの中でも、身じろぎせず地上に動く者が残っていないかと眺める。

 男はまず、この集団を、他の集落で争い敗走した者らだと考えた。

 次に、顔や手などの異常から、皮膚の病でも蔓延して追い立てられたのではないかと考えた。

 首に羽が見当たらないのは観察時に把握していたものの、禁忌を侵した者が罰で羽をもがれて追われることもある。それで、全身に怪我でも負っているのだろうかとも考えた。


 敗走した者を集落に迎え入れれば、新たな争いの火種になりかねず、皮膚の病であれば移るものだから追い出されたのであり、無論受け入れることなどできない。

 狩場は、男らの暮らす集落から二、三日の距離を取ってはいるが、そう離れているとは言い切れない。今不審な集団を見過ごすことで、後に悪意を持って押しかけられた、などという事態になれば、守り手でもある狩人にとっては不名誉なことだ。

 どちらにしろ、ここで食い止める他はなかったということだ。


 音もなく木から降り立った枯れ枝のような男は、手近に倒れた肉体を爪先で仰向かせる。男は、怪訝に眉を寄せた。

 上向けた姿を見て、懸念は根本的な勘違いだったのだと気付く。

 間近に見てみれば、羽を持つ者より一回り大きな体。この森で、その特徴を持つのは、森の地を我が物顔で闊歩する耳に葉を持つ者らだ。

 かといって、彼らの耳とも違った。

 それどころか、体に纏うのは汚れた衣装ではない。怪我や病で爛れた肌とも違う。どうも全身に張り付いているようなのだ。

 首に羽を持つ者や、耳に葉を持つ者とも、大きく外れた身体の特徴だ。見たこともない獣の可能性を考えたが、勘違いを誘発した理由に思い至る――言葉だ。

 はっきりとは聞こえなかったものの、『鳥』など意味の把握できる単語はあった。

 見たことのない種族、ということなのだろう。

 ならば、この大樹林よりも外。遥か遠くに生活圏を持つ種ということになる。


 これは、男一人で答えを出せるものではない。

 まずは長に報告をすべきだと、そう判断し、男は首の羽をはためかせた。

 次々と、周囲の木から似たような者が飛びおりて集う。

 一様に、弱く、強く、軽快に、それぞれの羽ばたき方で合図を送る。

 彼らが狩りの間に、声帯を使った言葉をかわすことなど、そうそうない。

 だが下りて来た者から、動揺を示す翼の動きと共に、思わずといったように声が出る。


「なんだ、こいつらは」


 それは、男の困惑と同じ感想でもあった。



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