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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
遠い過去――設定資料集的な連作短編集

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鱗鰭族の稚魚・前編

 青い空を見上げて、お日さまの温かさに笑顔を向ける。

 それから、その果てへと視線を移していき、青い地の境で目を留めた。周囲は、なだらかな山並みで区切られているものの、ずっと遠くに霞んでいる。

 今日は風も強くはなかったけれど、柔らかに揺らぐ見渡す限りの一面は、水面に弾かれる光が煌いて目を眇めた。


 角丸の石ころが、どこまでも敷き詰められているような水の地だ。

 遠浅で、その端に立つぼくの足元は透明な輝きだが、中心に近付くほど徐々に青みを帯びていき、中ほどには空よりも濃い青が広がっている。

 この水の大地の外縁は、ほとんどが浅く水に浸かり、そこらがぼくらの群れが暮らすにはちょうど良い環境なのだ。


 けれど中心と呼ばれる辺りは、すとんと深くなり、底がないと言われていた。

 周囲から伸びている岩場から見下ろせば、ぽっかりと真っ暗になるほどの丸い穴が開いているようだった。

 実際に、大人でさえ誰もそこへは近付けないという。

 空とも水面の色とも違う、暗く濃い青色に、恐れと高揚を覚えた。


 近付くことなどなくとも、ぼくらが生きていくのに十分な地だ。

 風に撫でられる水面や、魚や誰かが跳ねる水飛沫さえ、透明な青に輝く景色。

 少しばかり恥ずかしくて言葉にはできないけど、間違いなく美しいと思える光景だった。

 特に、漁に出ている大人たちの肌は、弾く水に鮮やかな青を映す。

 大人の肌は、濃淡はあれど青色の硬い鱗が覆っている。幾つかの青い筋の中に、一部は赤色が彩り、自然の飾りのようだった。

 まだ子供のぼくは、自分の腕を見て、薄く頼りない鱗に口を尖らせる。薄く肉の色が透けているのと、大人の立派な鱗を見比べて、いつも早くああなりたいと思うのだ。

 ふいに、口元が緩むのを感じた。

 それは本能だろうか。安住の地に居るという、確かな幸福感が胸を満たした。



 ここが、ぼくらの世界の全てだった。



 不満などあるはずもない。

 けれど、ぼくは水の地の縁を歩くのも好きだった。

 自然と頭は、水の地とは逆へと向く。

 しばらくは背の低い草地や木々が続き、大きな木や山が隠した向こう側を、夢想してしまうのを止められない。

 そこにある気持ちは、高台から中心の穴を見下ろしたときと同様のものだと気付いていた。

 多分、水の地を見て安心感に包まれるものとは正反対の感情なんだろう。

 高鳴る気持ちを抑えられずに、ぼくは水の外に飛び出す。

 倒れた草が浮く、土に濁る水溜まりへと、音を立てて着地した。


「あー、また外に出てるー」

「いけないんだー」


 ぼくは内心で微笑みながら、さも悪さを見つかったような面持ちで振り返る。

 外面だけ意地悪そうなのは、声をかけてきた方も同じだ。

 目が合うなり、ぼくらは噴き出していた。

 咎めた内容とはうらはらに、彼らもまた飛び出し、ぼくと同じく水溜まりを踏み泥だらけになる。


 近所の歳の近い子供たちは、稚魚と呼ばれる集まりを作らされ、大人になるまで行動を共にする。

 ぼくと彼らは同じ稚魚の仲間だ。

 性格は違うし、好き嫌いもそれぞれで気の合わない時も多いけれど、ぼくら稚魚は、なぜか興味のある事柄だけは共通していた。


「外に出ちゃなんねえ」

「外には水がないんだ」

「おれたちゃ生きていけない」


 泥だらけになりながら、ぼくらは大人の言葉を真似る。


「はーい」


 そうして、素直に返事をするところまで再現して笑いあった。


 大人たちの言いつけに、口では調子よく返事をしているものの、ぼくらは変な話だと思っていたのだ。

 たまに群れの長が、我らの辿った道とやらの言い伝えを話すけど、矛盾していると盛り上がったことがあって、それからこんな遊びが始まった。


『遠い昔、我らの先祖は、この水の地へやってきて楽園とした』


 長はそう話すけど、それって、水がないという外の世界で生きていたってことだよね?


 この広大な水の地の中心部には、深く巨大な穴が開いている。

 水辺に寄る動物とは違い、ぼくらは水の中で長く息を止めることは出来るけれど、魚のように完全に水の中だけで生きていけるわけではない。

 ぼくらは大穴の周辺に広がる浅瀬に揺蕩って暮らしてきた。

 浅瀬は広いけれど、中心の大穴に向かって徐々に深くなる。その穴の手前は、大人たちでさえ完全に潜らなければならない深さだ。そこに祖先が残したという石碑があるという。それを自分の目で確認できるようになれば、一人前と認められる。

 そして、その石碑には、長が話した歴史が書かれてあるのだと大人たちは言った。

 簡単にまとめれば、外は枯れ果てたということらしい。


「不思議だね」

「石碑だって、誰かが悪戯で作ったんじゃないか?」

「誰が一番に潜れるようになるか賭けようぜ」

「それより、他の稚魚より早く潜れるようになろうよ」

「それで、石碑を入れ替えてぇな」


 ぼくたちを基準に歴史を作り替えて、他の群れの稚魚を騙してやろう。

 そんな悪戯を企みながら、笑い合った。

 そこまでなら、子供らしい馬鹿な行動で済んだのだろう。


 どうして、ぼくは、憧れで済まなかったんだろう。

 どうして、ぼくは、こうも外の世界に惹かれてしまったのかな。



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