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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
おまけ――トゥルーエンド

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ギルドの未来・後編

 シャリテイルとカイエンは帰路に就いたが、長い話は、あれ一度きりだった。

 しかし沈黙の理由は、各々が先のことを具体的に考え始めていたためだ。




 カイエンは、シャリテイルが示唆することが起きるとして、追い出されるまではガーズに留まるつもりだ。他に何も考えてねえよ、いきなり言われても……と途方に暮れたからである。


 せっかくだから他に何ができるか考えてみたが、まずは状況が落ち着かなければどうしようもないと気付いた。

 この隙にパイロやディプフが他国の目を盗んで動こうにも、まともな道がないのだから迅速な移動は無理だ。徒歩で山を越えるなら別だが、精鋭だろうと少数で今のガーズを制圧することも現実的ではない。しかし大所帯になれば荷物持ちを増やさねばならず足も鈍る。ガーズ内の戦力でも早期に気が付けるなら対策もできるだろう。


 それより、どこも街の立て直しに手一杯で、派兵のための人や物資の確保は難しいはずだ。かといって、こんな時に表立って動こうとすれば国内から文句が出るに違いない。

 そうなると、事を起こすには目処がつき次第としか言えないと思うのだ。


 今出せる結論は、そんなもん王様に聞いてみにゃ分からん、ということだった。


 なのに、そこで思考放棄するどころか、その結論が次の行動を促すようで、ますますカイエンは不機嫌に口を曲げた。




 逆に、とシャリテイルは考えていた。

 争いを再開する可能性はあるが、その対策に追われるよりも、それ以前に本物の停戦協定を結びたい、と。

 それは上の立場に行くほど種族の誇りという自尊心が障害となり、説得が難しいことではある。

 無論、それが悪いというわけではないから余計にだ。庇護下にある民にとっては、それが信頼を担保する信条なのだから。

 ならば冒険者ギルドのように立場に関係なく目に見える存在は、やはり必要だろう。身近であるほど、意識せずとも忘れ去られることはない。


 しかし、ただ引き延ばすのではなく、各国の繋がりをより強固なものにしてもいいのではないかと考えを巡らせる。

 母の時代のように、各国から使者をガーズに送り互いを監視する。

 言い方は冷たいが、共に暮らすことで酷い誤解はされづらくなるものだ。


 そこで戸惑う。

 そうしたことを故郷の長老に進言するには、この街を長い間離れることになる。

 各国が余計な動きを始める前に成すつもりなら、このあやふやな状態のガーズをそのままにして出なければならないのだ。

 けれど、どこも大地が荒れ、後始末に手を取られている今の内に働きかけるしかない。




 もう少しで街に着くというところでシャリテイルは立ち止まり、カイエンを呼び止める。これからすべきことを聞いてもらうためだ。

 つられて足を止めたカイエンは、警戒を表情に浮かべる。


「ガーズを残すために動いてみる、と言ったら、手伝ってくれる?」


 逃げられる前に話しきらねばと殊更に声を強めたが、実のところシャリテイル自身まだ多くの迷いがある。それを断ち切る意味もあった。

 カイエンの視線は揺らいだ。


「オレに、言うのか……」


 力をなくした身で今さら何ができるのかと悩んだのだろうか、しかしカイエンの答えは似たようなことを考えたために揺らいでいるようだった。

 いつもなら畳みかけるシャリテイルだが、ぐっと堪えて明確な返事を待つ。自ら選ばねばならない大きな仕事だ。

 カイエンの強張った口元が緩んだ。


「やれるだけ、やるしかねぇよな」


 シャリテイルはにっこりと笑みを浮かべて仲間を歓迎した。


 ならば、まずやることは決まっている。

 現状の、この街の行く末を知ること。一かけらでも信憑性のある事実を。

 それにはギルド長の思惑を探るのが近道だろう。そうだ、あのギルド長が何も考えていないはずはないではないかと、シャリテイルは歯噛みした。

 厄介な仕事だ。これまでも意図を探るのに散々苦労させられてきたことを、まだ続けなければならないというのが滑稽に思え、苦笑まじりに溜息をついた。


「悪巧みは決まったようだな」

「ええ、仲間は多いに越したことはないと思ってね……ギルド長に掛け合うわ」




 二人はギルド長室へ向かうと率直に話した。


「奇遇だな。同じことを考えていたところだ」


 白々しい――そんな視線を向けてしまうが、シャリテイルは皮肉を呑み込む。


 邪竜が消えて肩の荷が下りたのか、ギルド長には以前の覇気がない。仲間に引き込むのは諦めるべきかとの考えが過った。

 それでも、シャリテイルが予想した通り、ギルド長も大枠を考えていたようだ。

 意外なことに、はぐらかすことなく見解を述べた。


「まずは内側で揉めるだろう」


 王都マイセロを守るため他領を切り捨てた。都には外からの人間も多く滞在している。話題にならないはずがない。

 各領主は己の一族のために残れど、保険として後継と兵をマイセロへ送った。王命であろうとも、それは領民にとっては切り捨てられたようにしか映らないだろうということだ。


 それはレリアス内の事情だが、その噂がディプフとパイロに届けば、どう反応するか分からない。

 ディプフとパイロが互いに出遅れまいと動く可能性は見過ごせなくなる。


「まあ、しばらく時間はある」


 被害状況だけの問題ではなく、もし現状の中で動くなら、両国内にも内紛を促し得るということだ。


「時間はあるということは……ギルド長も、協定を維持するために動くつもりなのね?」


 望んでいたことだが、ついシャリテイルは疑わしくギルド長を見てしまう。

 いつも煙に巻くような物言いばかりするため、簡単には鵜呑みにできない。

 シャリテイルの物問いたげな視線に気付き、ギルド長は心底憂鬱そうに溜息を吐いた。


「死に損なってしまったからな。何か成果を上げねば立場が危うい」


 その問題があった。

 シャリテイルにもギルド長が、やる気なさそうではあれど本気で行動するつもりである事情が呑み込めた。


 この街で一番の権力者だが、そもそもジェネレション領が管理を負担し代理を置いてあるだけだ。

 代官の身分は街の存続次第ではあるが、まずギルドが解体ということになれば、他国との窓口としての立場は失われる。大元の災厄が去ったなら、代官役さえも別の誰かに挿げ替えられかねない。

 シャリテイルとしても困ることだ。今さら新たな人物を探っている余裕はない。


「ジェネレション領に戻るだけじゃないの?」

「ただ家にこもって過ごしたいなら、それもいい。しかし、居場所があるかは分からんな」


 邪竜を退けたのは、まぎれもなくタロウだ。

 英雄が因縁を終わらせたと報を出している。皆が戦い耐えたのだが、居合わせた者はそう言うのだから、それでいい。

 ただ、それがジェネレション家にとって、対外的に牽制として掲げられる名誉にはならないというだけだ。


 だから別の成果がいる――他の二国への根回しがうまくいけば、レリアスも頷かざるを得ないだろう。


「なら、急がなくてはね」

「で、そうなるとオレは、やっぱパイロに行くわけだ」

「ちょっと、やるって言ったわよね?」

「ああ分かってるって。腹決めたんだ、本気で」


 カイエンにとって苦手な会話から逃げることができない任務だ。自分から言いだしたからにはやる性格なのは知っているが、消極的ではうまくいかないだろう。

 カイエンの了承を見てギルド長は会議を締める。


「こちらも、まずはジェネレション領に働きかけよう」


 三人は頷き合う。

 これで岩腕族、森葉族、炎天族が揃った。シャリテイルだけの思惑が、現実味を持った瞬間だった。

 シャリテイルとカイエンは、早速旅立つために部屋を後にした。




 ギルド長は死に損ねたなどと言ったが、考えが僅かに変わったためのようにシャリテイルには思えた。

 後のことなど知ったことかと先頭に立っても良かったのに、ギルド長は陣内での指揮に回った。なるべく皆を生かすためにだ。

 まるで、タロウの甘さに影響されたように。


「……非情になりきれないところがダメなのよ」


 部屋を出てからシャリテイルは、ギルド長への文句を呟いた。

 そこにはある決意も含まれている。


 シャリテイルは、決めたことのためなら非情になれる自分に気付いていた。

 職員や冒険者らへの信頼、ビオへの忠誠心も嘘ではない。

 けれど、それはあくまで己の理想へ近づくためでしかなかった。


「カイエン、もう一つ、行きたいところがあるの。そこには、あなたの存在が重要になる」

「……砦か」


 今度はカイエンが先に立ち、砦長に面会する。

 砦長も覇気がないのに変わりはないが、満ち足りたように穏やかな顔付きだ。

 炎天族でありながら聖魔素に因む青い布を目印としていた。それも街の防衛時にぼろぼろになっているが、外す気はないらしい。一見、信仰までレリアスに鞍替えしたように見える。


 しかしレリアスの民となれども、パイロが動けば真っ先に乗りそうなのは、この男だ。シャリテイルは警戒を解かず慎重に様子を窺う。

 カイエンも腹を括ったのは本当らしく、物おじせず本題に入った。


「オレたちはガーズを守ると決めた。少しでも邪魔する気があるなら、パイロに帰れ」


 本音過ぎる。

 思わずシャリテイルは頭を抱えそうになったが、炎天族にはこれくらいでちょうど良いのだろうか。

 なぜか砦長は感嘆の目をカイエンに向けた。


「この街には、次の英雄の芽が出始めているようだな」


 ぴくりと、シャリテイルは反応を見せてしまう。

 無視する気はないようで、砦長はシャリテイルにも目を向けた。


「そう怒るな。皮肉ではない。ワシは願いを果たしたのでな。歳を考えても次代に託すべきと考えていたのだ。もちろん砦にも有能な部下はいるが……やはり垣根を超える力というのは、特別なものだ」


 それを砦長は、英雄と呼んだのだろう。


「受けた恩を返すのだから、何もパイロの流儀に反するものではない」

「引っ込んでてくれるなら、それでいい」

「何を言うか、ワシは役に立つぞ。パイロと交渉するなら、手紙を持って行け」


 よく分からないが乗り気らしい。

 シャリテイルにとっては最大の懸念だった砦長の意向が確かめられたことで、ひとまずは良しとすることにした。




 街を出るにあたりシャリテイルは、コエダさんに挨拶へと向かう。すると意外なことを伝えられる。

 一度国に戻るつもりだったというので同道することになった。

 急ぎ起きたことを国に伝えたいとのことだ。大森林の奥地への情報はほとんどディプフ任せである。自ら真実を正しく伝えたいという想いは理解できた。

 ギルド職員のまとめ役を引き受けており、この状況で街を出る責任と天秤にかけても決めたのなら、自分らと同じく何かに巻き込まれる前に戻るなら今しかないと思い至ったのだろう。


 シャリテイルは護衛を兼ねて、幌を被せた小型の荷馬車に乗り込んだ。

 旅にはディプフの援軍からの連絡役も共に帰ることになり、御者を引き受けてくれている。

 大森林側の道は狭いが、木々の根が大地を守っており、幸いにもパイロ側ほどは荒れていない。倒木などでどうしても通れなければ乗り捨てるつもりだ。

 狭い荷台で向かい合って座り、がたごとと揺られ始めると、シャリテイルは無意識に詰めていた息を吐き出していた。


「シャリテイルさん、穏やかな顔付きになりましたネ」

「コエダさんだって、いつも気を張ってたのがなくなったわよ?」


 互いに苦笑を交わす。

 シャリテイルの凝り固まった想いに気付き、気にかけてくれていた人だ。

 世間知らずのお嬢様とはいえない芯の強さがあり、少しタロウと似ていると感じる部分はあるが、決定的な違いがある。

 やはり彼女は樹人族の誇りを胸に生きていた。今回の旅でそれが変わってないことも見せられた。


 タロウは他の種族と、分け隔てなく対応した。

 そんなものより冒険者であることの方が大事だとでもいうようだった。

 こんな余り者の汚れ仕事を、そこまで誇らしく思えるというのも異様であったし、自分自身の種族すら忘れているような様子に初めは呆れたものだが、それが彼の信念であったということに遅まきながら気づいた。

 しかし遅すぎたのだ。




 シャリテイルは幌の開口部から、ゆっくりと流れる景色へと視線を向ける。

 大森林へ向かう道に、レリアス側のような広々とした草原地帯はなく、すでに森の中といった雰囲気だ。

 曲がりくねった木々の合間に、背高草や振り草など、強く邪魔素の影響を受けた植物を見つけてしまっては、もう見ることのない姿を思い浮かべる。


 草を刈り、まとめて縛る一連の動きは唖然とするほどの正確さで、人族への期待を高めたものだ。すぐにそれがタロウ独自のものと知ったけれど、それで期待感が薄れたわけではなかった。

 それらタロウの思い出の終わりには、最も強く記憶に刻まれた、過酷な光景が瞼に浮かぶ。


 ジェッテブルク山には、ずたずたのタロウが倒れていた。

 体のどこにも真っ直ぐなところはなく、辛うじて残った手足だったはずの部位は薄皮で繋がっているだけ。

 もうダメなんだと思う前に、手を伸ばしていた。


 血の滲む片方しかない目を開いてくれたから、裂けてしまった口を開いてくれたから。

 助かるのだと思った。必死に、助けようとしていた。


 ――ありがとう。


 タロウの口は、しっかりとそう動いた。

 けれどそれは、手を貸すことに対してではなかった。

 あの状態で冷静でいたのは、手を伸ばす周りの者ではない。

 タロウだけだったのだ。


 なぜ最期が、その言葉だったのか。

 それを聞くことはできない。

 直後に、手の中で、タロウの体が崩れ落ちた。

 まるで土に還るように――崩れた地面と混ざっていった。


 そんな話は、誰からも聞いたことがない。

 多分、問い詰めていたのだろう。ギルド長が知らないと言っていた記憶はある。


 その時のタロウの姿を、決して忘れようなどとは思わない。してはならない。

 全ての人類に変わって身に受けてくれた禍なのだから。


 だから、死ぬまで抱えていくとシャリテイルは誓った。




 シャリテイルは個人的にも、タロウに返しきれない恩がある。

 いつからだろうか、母親の話を憎らしく思いながら聞いていると気付いたのは。

 ガーズを訪れた頃は、心の底が冷え冷えとしていた。誰に対しても笑顔でいようと言っていたのは、そんな自分自身を隠す思惑もあった。


 ただ母親の大げさな冒険話に心躍らせていた幼い頃の気持ち、その記憶を覆い隠してしまった薄暗い靄をタロウが払ってくれたのだ。


 母親が秘めていた気持ちも、このような無念にまみれていたのだろう。それでも未来に繋ごうと娘に語り続けた強い意志も、今ならば理解できる。


 だからこそ余計に、これまでの自分の行動をなかったことにはしない。

 非情になれるなら、それを活かそうと決めた。ギルド長ほど、しがらみまみれの中で生きてきた人でもなりきれないなら、それが自分が担うべきなのかもしれないと思えたからだ。

 ただ他人を利用するのではなく、どうせ利用するならば、人々が穏やかに生きる道を探るために。


 森葉族だ岩腕族だと頑なな連中に、互いに誇るべきものが存ることを思い出させる。その方法はタロウが見せてくれたのだから、少しくらいは真似できるだろう。


 この街で、何かを見届けるのだろうと思っていた。それを見せてくれたのはタロウだ。

 だから、タロウが守ろうとした人々、この世界の未来を、シャリテイルは守ろうと決めた。

 守れと、己に課した。

 ディプフの使者として胸を張って、改めてガーズに戻ってくるために。


 ようやく自らの足で立てたような、そんな気持ちでシャリテイルは、枝葉の狭間から覗く、聖なる色を映す空を眺めた。


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