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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
起点と終点

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255:告白

 ふわっと光がまぶたの裏に溢れ、体が何かに持ち上げられるのを感じた。

 視界には、淡く青い光だけだ。


 聖魔素?


 周囲を見たいと思うと、体は勝手にぐるりと回った。

 目を開けたとも立ったとも感じなかった……浮いてる?


 けど青い光はぐるりと、どこまでも続く。自分の体を見下ろそうとするが、これも青く眩むばかりだ。

 肉体が、ない?


 スケイルが、聖なる世で会おうと言った。神頼みの為の決まり文句が、本当に存在するならこんな感じだろうか。

 まさか……こっちの世界のあの世に来た?


 思えば、まるで転移したときのようだ。

 あの時は一瞬だったが、あのまま時が止まればこんな場所に違いない。


 ぼうっと眺めていると、青が強くなる点が見えた。

 光が集まってる?

 距離感の掴めない空間だが、そこへ向かうと、その光の玉も近付いてきているのが分かった。近付くほどに一点に集まる光は増し、青白く輝く。


 次第に玉の光がスピーカーの表面のようにぶれ、空間が振動するのが見えた。

 音だ。

 ひどくこもっているが、近付くほどにぶれの輪郭がはっきりしてくる。

 丸い光が止まり、すぐ正面に来たらしいと分かった。


 ――……か? 声が、聞こえるか?


 一際明るい丸い空間の中から、波紋のように広がり届いたのは男の声だ。

 声というより、体を伝って頭に直接認識させられてるような違和感。誰だと聞いてもいいが……なぜか知ってる気がする。

 というか、こんな状況で誰かと会うとしたら、原因となった奴しかいない。


 おのれ邪神。


 ひとまずは声が伝わることに頷いたつもりだったが、光が揺れただけだ。

 俺も人魂になってるんだった。


 ――伝わるようだな。元の世界へ戻りたいか?


 あまりに、突然だ。

 帰してくれる気があったのかという驚きと、本当に俺の転移に誰かの意思が介在していたということが。

 なにより、それを直接言いに来るのかよと戸惑った。

 なんで今さらと、失望と期待で胸の内が掻き毟られるように痛む。


『そりゃ、戻りたかったよ……』


 なじるように出た声は、やっぱり周囲の光を揺らしただけに見えた。

 変な感覚だが届いたらしい。向かいの人魂は身じろぎした。まるで俺の非難に怯んだようじゃないか。

 それより。

 今度は、はっきり意識して声を出す。


『邪竜は、倒せたよな? みんなはどうなってる』


 ――邪竜の核となっていた魔脈の邪魔素は消滅した。再び封印されたのでも、深手を負って邪竜自ら身を隠したのでもない。君が、倒したんだ。


 今はない手のひらを意識する。

 確かな手応えはあった。

 人類の悲願だった邪竜消滅が叶ったんなら、上出来だ。


『皆で、倒した』


 全員が力の限りに戦い続けたから、勝機を作れた。

 俺が邪竜と対峙する場を作ってくれた。


 ――……苦労しただろうに、それでも、この世界を心配してくれるのか。


『……は? 苦労ってなにが。鈍足の人族だから? ああ苦しくて辛かったよ。で、心配するとかしないとか、それがどこに関係する。弱い奴が心配したら悪いかよ。それとも、あんな化け物と戦わなきゃならない人間を憐れんでたのか? 上から見ていただけの奴が。あんなに骨のある、あいつらのどこを見てそう思える。何様なんだよお前!』


 なにかが癇に障った。

 体はないし、全てが終わったなら解放された安堵だけが残ると思ってたのに。こんな風にキレるほど、まだ俺は生きることに執着してる。


 ――残りたければ、英雄として生きる道もある。


『……英雄だ?』


 なにしに来たんだこいつ。


 ――長年、封ずるしかなかった邪竜を、人族の君が倒した。英雄以外のなんだというんだ。もちろん、日本に戻りたければすぐに戻そう。


 その英雄だとかは置いておくとして。


『それを選ばせに来たのか』


 日本に戻るか、ガーズに戻るか?


『……無理だろ。体は、穴だらけじゃないか』


 ――邪竜を滅ぼしたことにより、莫大な力を得た。大地そのものといった生命エネルギーだ。辛うじて君の命はある。今ならば回復も可能だ。


 よく……分からないな。

 生きる道『も』、ある?


『日本に戻るなら、どうなる。とっくに死んだものと……』


 ――その姿で想像はついたろう。死んではいないが、戻らなければ危うい。得た力を、こちらで回復することに使うか、元の世界へ戻るために使うか……どちらも莫大な力を消費するため、選ぶことになる。


 元の体は無事だが、魂が抜けたような状態?


『……まだ、選択肢が残されていたのか』


 向かいの人魂が頷いたように見えた。


 選ぶまでもない。

 いつだって帰りたいと思っていた。

 どうしても、頭から消えることはなかったんだ。

 帰れないなら、この世界で生きる覚悟をしなきゃならない。

 そう思いながら、怪我したり死にそうになるたび、余計に忘れがたくてさ。

 ガーズで、どうにか頑張ろうと思えたのは両親のおかげだ。


 俺が帰らなければ、悲しむと思う……いや、絶対に悲しんでくれると信じている。

 戻らないわけにはいかない。


 だけど――思わず振り返った。

 それでガーズの様子が見えるわけでもないのに。

 あの街で過ごした、これまでの事が、なぜだか溢れてくる。祠から始まって、邪竜のそばで倒れるまでの、全てのことが。

 流れるようにってわけでもなく、いっぺんに頭の中に湧き出たようだ。

 これも、走馬灯と呼ぶんだろうか。

 まさに今、死にかけてんだもんな。


『もし、引き返すとしたら、あの酷い状態の体に戻るのか……体? そういえば、どうやってこっちに俺の体を移したんだよ。しかも衣装付きだったし。地球にもあるなら二つ?』


 また人魂は躊躇うように揺れた。


 ――思うに、地球の体では、こちらの世界で生存できない。だから聖魔素の力で、肉体を再現した。持ち物もそうだ。ポンチョはテントにもできるからと、野宿でもしのげるような装備を用意したつもりだが……良い宿があって必要なかったな。


『全部、凝縮されたマグだったと』


 やっぱりと思いつつ、やたら丈夫だった初期装備だけでなく、まさか俺の体まで魔物と同じようなものだったとはショックだ……。

 いや聖魔素だからスケイルの仲間か。聖獣タロウ。役に立つ気配が微塵もしない。


『サバイバル関連の知識なんかなかったから。それどころか、知らないことだらけだった』


 俺は、全然だめだった……。

 思い出が溢れて止まらず、自然とガーズの方へと体が流れていく。

 戻るつもりはない。ただ、もう一度、見たかった。


 ――日本に戻るつもりがあるなら、それ以上は進まない方がいい。


 注意される前に、体は止まっていた。

 楽しかった思い出ではなく、不意に過酷な光景が押し寄せたからだ。

 俺じゃなかったら。

 視界が翳む。


『もし、もっと賢いとか強い奴だったらさ……こんなギリギリの勝ちになんか、ならなかった。死んだ奴らが、いる。強がりの奴ばっかで、ずっと俺をからかいながら、恐怖を隠して……いい奴らだったんだ。なのに、それなのに……!』


 すげえ道具を持ってたのに使いこなせなかった。

 俺だから、こんな終わりで……俺だったから、助けられなかった!


 ――それなら私も、多くの仲間が死ぬのを止められなかったよ。以前は、各国から兵が集った。現在の冒険者のひな型ともいえる雇われの兵たちもだ。今回より遥かに多くの助けがあったにも関わらず、大勢の犠牲の上に、どうにか封じることができた。それだけ、邪竜の力は強大だったのだから。


 自分の体みたいなもんらしい光が激しく揺らいだ。口にしたつもりはない慟哭が、この人魂では隠せないらしい。




 しばらくそうしてから少しだけ興奮が治まると、目の前の人魂に疑問が湧く。


『やっぱり、前の封印をしたのは、あんたなのか。ゲームを作ったのも』


 頷く揺らぎを見て、なんともいえない気分になる。

 知りたかったのは、何もかもが終わった今ではないというのに。


『……ゲームの登場人物は、あんたの時代とは違うだろ。あんたの仲間……シャリテイルや、カイエンの親を重ねてたんじゃないのか』


 ――そこまで、気付いてくれたのか……決して君は、自身が思うように愚かではなかったよ。切り抜けたのは、間違いなく君自身の力だった。想像通り、ここから君の活躍を見ていた。夢のように垣間見ることができるんだ。それだけの力は残っていたが、干渉はできなくてね。


 なんてこった。本当に異次元監視カメラ付きだったのか……。


 ――仲間の子供たちは別の道を歩むかと思ったが、親の真っ直ぐな心と強い意志を持って育つのを見てきた。次に英雄と共にするのも、彼ら以外ないと思ったよ。君も予想しただろう。英雄シャソラシュバルの軌跡、ゲームには、この世界の情報をなるべく詰め込んだつもりだ。


『……なぜ、俺だった』


 ――言いづらいが……追跡調査をさせてもらった。ゲーム起動回数、累積プレイ時間、戦利品コンプリート率やら。時に攻略サイトの情報を更新し、掲示板で発言した内容も好意的なものだった、など……様々なことを。


『最悪だ! ストーカーだよ!』


 ――その、そこは私自身、罪悪感に苛まれていたことで許してほしいが……とにかく、それだけではない。残った力を注いだ。それらが伝えてくれたんだ。遊んでくれた者の中で、君が最もこのゲームを大事に思ってくれたことを!


『……飽きた期間もあった』


 ――だから、焦っていた。完全に冷めただろうかと。次に起動の機会が最後かとね。


 なるほど……なんで直前に遊んでいた新作ではなく、このゲームなのかと思ったんだ。納得できるかは別として、俺が起動してしまったからなのか。

 あの時、なんとなく手に取ってなければ……そう考えたら、それで良かったと思える。


『俺のことは分かった。なら、あんたはなんで来なかった。俺を送れるなら、干渉できるようなもんだろ』


 たまに見せる躊躇うような揺らぎは、俺に罪悪感を抱いているせいなんだろう。それが緊迫感を伴う。

 重要なことなんだ。俺も身構える。


 ――君の肉体を祠に作るために使い果たした……先ほどの、苦労しただろうというのは、私の判断ミスによるものについてだ。


 ……ミス?


 ――本来なら、私自身の肉体に備わっていた構成要素が適用されるはずだったんだ。


『あんた自身の、肉体って……』


 いや聞きたくない。


 ――始祖人族の肉体だ。他種族と同様にマグを取り込むため、なんら行動に支障はなく、しかも聖魔素が邪魔素の悪影響をも相殺してくれる強靭な体質だ。なのに、どうしてか聖魔素を持たない肉体となってしまった。


『それって……結界石と同化してしまったものを、利用したと』


 ――そうだ。そうした過去のことも調べてくれたんだな。


『見てたなら知ってるだろ』


 ――申し訳ないが、常に見続けられたわけではなくてね……。とにかく、予想外だったんだ。一つの肉体でバランスを取っていた聖質と邪質の魔素が分離するなど、思いもしなかった。まさか片方が、体の外にあるコントローラーに宿るとは……いや、予想すべきだった。生物が死ねば内在する魔素が地に還るのだから。


『それも気になってたのに、そんなオチか。治癒能力があるのは助かったけど、ヴリトラマンの必殺技が鍵なのは恥ずかしかったってのに』


 ――体の一部と認識されてしまったようだからね。君の中に根付いた概念にコントローラー側が呼応し、吸い取ったマグを利用して形にしたんだろう。私が、君を送ったのと同じようなことだ。


 俺に強く刷り込まれた記憶からってのは、想像通りかよ。

 俺しかコントローラーを使えないのも、コントローラーが聖魔素しか使えないことも納得だ。


『なんで付いてきたのかは分からんが』


 ――そのことだが、治癒はまた別の現象のようだ。それで気付いたのは、君が転移したときに時が止まった状態になり、その副次的な効果ではないかと考えている。


 なんで時が止まる?


 ――コントローラーの形をとってはいたが、根幹的な部分で君と繋がっていた。厳密には違うが、魂で繋がっていたとすれば理解し易いだろうか。しかも、本体側とこちらの世界と両方に存在することになった。


 何百年も祀られてただとか曰くも何もないコントローラーに……魂?


 ――君がコントローラーを体の一部と考えているタイミングで、君の体をこちらの世界に作ってしまった。意識上では体の一部となっていたが実際には余分なパーツだったコントローラーは、行き場がなかったはずだ。


『だから、そのまま時を止めるしかなかったと……』


 ――恐らく。そのため、コントローラーは破壊のできない物体となった。だが、繋がりはあれど、君の肉体は別に生まれた。君が傷を負う度に、元の形状、時が止まった日の状態に戻そうと影響を及ぼしたのではないか。推測にすぎないが、そう見えた。


『納得、できるような……余計にこんがらがったような。それだとレベルが上がるとか成長するのはおかしくないか』


 ――無論、君自身の時は進んでいるから形状に影響するのみであり、集めたマグの分だけだ。マグは形状維持の特質を持つ。そのためだろう。


 傷は戻ったけど流れた血、というかマグだろうな、確かにそれは戻らなかった。


『変な機能の付加や、文字はなんだったんだ。あんな限定的な機能なんかプログラムでもしなきゃつくはずがない、まるで意思がありそうだっ……あ、魂だとか繋がってるなら、俺のゲーム脳のせい?』


 ――君はレベルの概念を強く望んだんじゃないか?


 カピボーに齧られ、子供に笑われて。レベルがあるなら俺でもって、望むよ……誰だって。


 ――それに加えて、私も微力ながら手助けさせてもらったよ。マグを取り込み力を得たコントローラーのお陰で、私も多少は力を回復できたのでね。


『関わってるじゃねえか! じゃあ高出力とかは、あんたの仕業かよ。もっと説明してくれても良かったろ』


 ――あれだけの言葉を送るのが精一杯だった。君が得た力を横から掠めとるわけだから、最小限に抑えるしかなかったんだ。


 確かに、訳も分からず減ってたらぶち切れてただろうな。


『手動ということは、必ずしも十レベル単位での変化ではなかったのか』


 ――そうとは言い切れない。邪魔素を取り込むことで、元の生き物が持っていた力を自らのものに変換するが、結果が現れるには一定量毎の閾値を超える必要がある。


 まあ逆だよな。こっちの現象をゲーム的に落とし込むなら、そうなるかなっていう。


 ――観察している内に知ったが、私が生きていた時代には、はっきりしてなかったものだから詳細は把握できなくてね。RPGに合う要素だと組み込んだが、その実態は想像通りのものではなかったようだ。


 こいつは俺の行動を見ていた。

 こうして接触もできる。

 俺を帰してくれると言うが、不信感が膨らみ問いかけた。


『やっぱり、言ってることがおかしいよな。初めから一体しか送れないと分かっていて、なんで自分で来なかった』


 今度は不自然に、揺らぎが止まった。

 溜息を吐くような沈黙。


 ――戻るつもりでいた。だが事情が変わった。いや、私自身が変わってしまったのだ……簡単に言えば、歳を取り過ぎた。


『怖気づいたと』


 つい嫌味を吐き出す。

 歳をとったって皆頑張ってるだろ。


 ――そうだ、その通りだ。妻を得て娘が産まれ、これがまた可愛くてね……そこで想像してしまった。生命維持装置に繋がれた私の体に縋る娘の姿を。私が目覚めない間の両親の気持ちを、垣間見る思いだった。次に、どれだけ会えないのか。次こそは、目覚めないのではないかと。


 事情が、垣間見えた。

 病気なのかと想像したことの一端。

 さっき聞かされた、日本にある俺の体の状態……ずるいだろ、そんな理由。


 ――惜しくなったんだよ、家族との時間を失うことが。そこで気が付いたんだ。私には初めから英雄と呼ばれ、仮にも名乗る資格などなかったのだと。あの時は、何かを成し遂げた気でいた。なのに、あまりに弱かったのだと、気付いてしまったんだ。


 なんとも分かりすぎる理由で、素直に文句を叩きつけられずにもやもやする。


 ――だから、正直にいえば、ひどく自分勝手な理由で君を送った。残りの力を使いきって君を送った。なんの説明もできず、苦労するのを見ているだけしかできないと知っていながら。恐らく邪竜と戦わなければ、戻れないだろうと考えていながら……。


『俺が、邪竜に立ち向かうかは分からなかったろ』


 ――あのゲームを遊んで、あの世界を気に入ってくれたならと、その思い入れに期待するしかなかった。


『誰かを代わりに立ててでも……それでも、手助けしたかったと』


 ――戻らないと決めても、胸は痛かった。もう一度、どうにかしたいと、その想いだけが強くなって、囚われ過ぎた。そして他人の君を、巻き込むことになった。辛い思いをさせて、心から、申し訳ないと思っている。


 親の気持ちだとか俺には分からない。分かる時が来るかも分からない。


『もう、いい』


 でも、子供側なら自分なりの気持ちは分かる。


『子供の方だって、突然そんな風に親を見送るのは嫌だ。やっぱり親には、俺……自分の子供のことを一番に考えて欲しいと思ってしまう。知らない誰かのことよりもな。それは子供側の甘えだし、勝手だ。だから、あんたの娘のためには正解だったと思う……俺だって、赤の他人だろうと、野郎よりは女の子を救ったと思えた方が嬉しいし』


 青い炎が苦笑するように揺らいだ。


 ――……感謝、している。本当に。


 こっちは泣きたい気分だ。

 腹が立たないかと言われれば……吹っ切れてしまった。


 誤魔化しようのない気持ちが、はっきりする。

 ゲームのキャラクターではない、本物に会えた。現実のものとして、あの場所に触れられた。

 あの世界に触れて皆に会えたことには、感謝したいくらいなんだよ。




 ――聞きたいことは多いだろうが、そろそろ時間切れだ。ジェッテブルク山にある君の肉体がもたない。


 もうか。

 いや、今さらだ。

 こんな時だってのに、細かいことが気になるなんてどうしようもないな。


 英雄シャソラシュバルの軌跡――そのモデルだった世界で、冒険者としてやっていくと決めて生きてきた。

 来た日からずっと世話になった、シャリテイルの横顔が脳裏をよぎる。

 大切な仲間だと言える。シャリテイルも、そう思ってくれてるだろうと言える。

 裏があろうと、冒険者街で自分の居場所を見つけようとする俺を手助けしてくれたのは事実だ。


 でも、元の世界からは突然に引き離された。

 こうやって育つまでに、暮らしてきた家族がいて今の人生がある。忽然と何ヶ月も姿を消したことで、どれだけ心配をかけただろう。俺の体でありながら、自分勝手に決められることではない。

 まだ、なんの親孝行もしてない。

 もし元の体がもたなかったとしても、せめて夢枕に立つくらいはして、お別れはしたいからな。


『弱いまま、皆の手を借りながらだったけど……十分に生きた。日本に戻るよ』


 ――そうか……元の世界に繋がった。身を任せれば君の居た場所へ戻れる。


 人魂が示した方向には、青い空間が渦を巻いて暗い穴を開けていた。

 そこへ押しやられるように穴の縁へと届いた途端に、勢いよく吸い込まれた。




 青い世界が消えると、今度は真っ暗だ。あいつの気配もない。


『人間なんて、身勝手なもんだろ』


 落ちた方向を見て今さら、ぼやきが零れた。

 自分勝手な理由を聞かされても、責める気にはなれなかった。


 すべては、あいつの弱さからきたことだった。

 それは、身に覚えのある弱さで。

 怒りは、そのまま自分に返ってきたんだ。

 優しさという甘い言葉に逃げた、俺にも共通する弱さ。

 どんな理由よりも、それで呑み込むしかなかった。


 それに、その方が、俺じゃなければならなかったと思えるじゃないか。

 共通していたからこそ、俺が選ばれたんだと……ビオみたいなこと言ってるな。

 まあ、だからこそ、こうして投げ出されても漠然と戻れるのだろうと信じている。

 それでも不安に目を閉じた。全て事が終わったからと、気持ちが追いつくかは別だ。

 ただ家に帰れるようにと願っている内に、意識は薄れていった。


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