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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
ランク外の冒険者

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26 :レベルアップの影響

 おっさんとこの朝食はどうなってんだ!

 質素だとは思うけど、量も野菜の種類も多少はあるし幾らなんでも安すぎない?


 そんな疑問を直球でぶつけてしまった。

 余計なお世話だろうが、顔を見たとたんに言わずにはいられなかった。それだけ初めてのお使い気分で衝撃だったからな。

 俺の価値観を狂わせた元凶め!


 おっさんは気まずそうに頭を掻く。


「まぁ、俺たち家族の余りもんだからな。ははっは!」


 お裾分けかよ! 売り物でもないじゃないか!

 だからすぐに食えてありがたいのかよ!


「ん、俺たち?」

「おうよ。こっちに顔は滅多に見せないが、普段は母ちゃんと息子には畑の方で働いてもらってる」


 な、なにぃ?

 こんなゴツゴツとしたガタイに顔で、隠し扉の陰に「客はこねぇがー」と常に潜んでいるようなおっさんに……嫁と、子供までいるだと。


「なんでぃ変な顔して。あぁ、さては俺が家族を働かせて楽してると思ってやがるな? 俺は畑とこっち両方やってる働きもんだぞ!」


 ずっと張り付いてないと分かったのは安心できたが、それにしたって、こんなボロ宿に嫁がいたのかって意外すぎる。


「いや、ちょっと安すぎて心配になったからさ……」


 やばい食材じゃねえだろうなって意味だったが、自分たちの分からだとは。


「おっ気にかけてくれるたぁ嬉しいね。心配ないぞ。売りもんにならない余りだ。破棄するよりましだからな」


 廃棄処分品かよ!

 訳あり品なら納得のお値段だよ!


 それでも安いと思うが、畑持ってるから回るんだな。

 だからって慈善事業とまでは思わないけど、もうこの宿、趣味の域だと思うぞ。


 そんな安さに感謝せずにはいられない。

 ありがたく朝食と昼の弁当分も頼むことにして20マグを支払うのだった。




「昨日の昼飯代を――取り戻す!」


 幾ら刈り取り量は増加してようと、さすがに百束は難しい。

 そもそも宿代分だけは毎日稼ぐつもりなんだから、それにプラスしてってのは無理だ。


「だがな……かまうもんかよおおおっ!」


 泣きたくなるのをこらえて、吠えながら草を刈る男。

 そのうち新たな魔物認定されそうである。控えよう。


 休憩を取ることも忘れ、無我夢中で刈り続ける。

 気がつけば日が高く昇り、きりがいい頃合いと手を止めると二十束いっていた。


「なんと、タロウ選手新記録を更新です!」


 さすがに昼休憩はとることにした。

 おっさんから持ち出し用に受け取った飯を広げる。


 例のくそ硬い黒パンと、手に乗るほどの小さな木の壷を二つ渡されていた。

 一つ目の木の栓を抜くと、キャベツと白菜の中間のような葉野菜の酢漬け。朝食にもついているものだ。作り置きがたくさんあるんだろうな。


 もう一つには、大豆を一回り大きくしたようなものが、白く薄い玉葱らしきものにからまっている。こちらも酸味はあるが、レモン風の酢っぱさだ。塩分と油分もあるしマリネっぽい。

 豆は緑や薄い茶に赤みのある色など数種あり、味も甘みがあるとか山椒じゃないけど、そんな独特の風味のものなど少しずつ違う。


 シンプルだけど、腐りづらいものを考えたらこんなものか。

 というか、今は金額に多少は明るい。これで10マグなら十分すぎるだろう。




 食い終えたらすぐに作業を再開したわけだが、水分補給とカピボーとの攻防以外で足を止めることなく、景色が赤く染まるまで動き続けた。昨日まで短時間の休憩でも問題なかったため、休憩なしの検証でもある。


「なんてこった……やり遂げたのか、俺」


 気がつけば、十五束積んだ山が三つほど出来ていた。

 完全に取り戻せてはいないけど、そこそこカピボーも出てきたし、合わせたら十分だろこれ。


「ハイパー草刈リンピック、参加選手一人の空しさあふれる堂々の優勝だー」


 今日は実況を続けてみたが、すでに棒読みだ。飽きた。

 余裕が出るとすぐ無駄なことをしてしまう。


 周囲を見渡せば、来た時に比べて明らかに広々としている。

 ていうか、この調子でいくと、刈り尽くしちゃうんじゃないの。

 まだ当分は大丈夫だとは思うけど……もって数ヶ月?


 これで身を立てていく人生設計は早くも危機を迎えていた。

 タロウの人生やいかに……なんでこんなことに。


「そうだ、これがレベルアップの影響じゃね?」


 そもそも昨日の朝がおかしかった。

 幾ら慣れてきたからって、急に作業が早くなるわけがない。

 ノルマを達成したから止めたが、あの後、今までのように腕や足腰がだるいということもなかったんだ。


 カピボーとの戦いを思い出しても、おっ、と思うことがあった。

 何匹も現れるとパニくってしまうのは相変わらずだが、前もって草を掻き分ける音で気づけるし、倒すのに時間がかかってはいない。

 行動パターンを覚えたからだけでなく、体が頭の指示に、多少はついてこれるようになった。微かながら、そんな気がする。


 しかしだ。

 しかしだよ。

 カピボー相手より、草刈りの成果の方が顕著で、また持久力が鍛えられたように思える。

 というよりも、持久力ばっか伸びた実感しかないのはどういうことだよ。


「俺が欲しいのは、敏捷値なんだって!」


 握っていた短い草のくずをバシーンと床に叩きつける。

 軽いから、現実はファサァっと舞い落ちただけだ。

 散らかしてる場合か。まとめて埋めておこう。


 根っこも時々引き抜いたり、掘り返しては均しているが、どこまでやっていいのか分からないな。

 飼料などに再利用しているのはついでなのか、あてにしているのかとか、よく考えたら知らない。後で聞いてみよう。


 戻り際に倉庫管理人へ報告がてら、どこまで根っこから引き抜いていっていいのか尋ねたら、出来るだけと答えられた。

 しぶといらしく、以前も土から掘り起こして試したが無駄だったらしい。街の周囲に限らず生えているものだから仕方がないだろうということだ。


 なんだろう。残念と安心の気持ちが同時に湧き起こる。

 心置きなく刈っていいらしいのは分かった。




 そろそろ宿に、装備屋のストンリから伝言があるはずだ。

 気は逸るが、急いでギルドへ寄る。


「まあ、タロウさん。見違えましタ」


 大枝嬢の見せた、おっとりした驚きに対し回避行動をとる。

 親切な人なのだ。言葉のままに受け取って調子に乗ってはいけない。


 あれだ。やればできる子だって思ってた! っていうことだ。


「この冒険者ギルドの史上において、いまだかつてお一人でここまで当依頼をこなした者はおりません。人族の可能性を感じまス。感嘆しましたヨ」


 ほぅと溜息をついている大枝嬢だが、大げさすぎて困惑を隠せない。


「魔物討伐も頑張りましたネ」


 カピボー退治の方は、俺にしては頑張ったねといった評価のようだ。

 このほうが落ち着く。悲しいけど。


「ひゃふぅ……」


 ぼうっとチェックが終わるのを聞いていたが、合計を聞いてまた呟きそうになっていた。


 なんと、カピボーを十九匹も倒していた。

 草を加えて、合計105マグの稼ぎ。


 昨日の昼飯代は取り返してたじゃないか。

 これならパンツとシャツ二枚ずつの70マグ分も、すぐに取り戻せそうだ。


 いい気になってギルドを出ていた。

 嬉しいときに素直に喜ぶのは大切なことだよな!




 宿に着くと、おっさんから伝言を伝えられた。弁当箱ならぬ弁当壷を返し、ランタンを借りる。

 またこういったこともあるだろうし、照明道具はなるべく早く買っておいた方が良さそうだな。


 狭い裏通りは、連なる小屋から漏れる明かりで、そう歩き辛くはない。

 苦労なく装備屋に来ると、看板は出ていた。まだ開いてたか。


「ごめん。閉店時間を聞いてなかったな」

「冒険者なんて日暮れ以降しか自由に動けないもんだろ。寝るまでは開けてるよ」


 とんだブラック発言だぜ。

 仕事的にそんなもんかな。ありがたく利用させてもらおう。


「こいつだ。試しに装着してくれ」


 ストンリはカウンターから、クリーム色の卵の殻のようなプロテクターを掴むと、拳で殻をゴンゴンと叩いて見せた。


「軽くて、そこそこ丈夫。しばらくは役に立つはずだ」


 そう言って渡されたものを手に取る。

 見た目のざらつきや手触り、擦り合う音さえ卵の殻っぽい。

 俺も卵を割る要領で軽く叩いてみたが、見た目とは違いヒビが入る気配はない。

 ベルトは布製で、殻を留め具で固定してあるだけという簡単な作りだ。安物だから当然か。


 面倒だし寒いときもないから、最近ポンチョの前は開いたまんまだ。そのままシャツの袖の上から装着。


「お、しっくりくるな」


 注文時に話しながらもサイズを見てたんだろうか。すげえな。


 つけてみて布の理由が分かった。殻の内側には衝撃を吸収するように、何枚も折り畳んで重ねて縫い付けてある。

 膝の方もズボンの上からつける。ズレないように布の幅が広めだし、固く縛るから動き辛く感じるが、これは慣れるまでは仕方ないだろう。


「見立て通りだったな。直しはなさそうだ」


 ストンリの言葉に、調整してくれたのを思い出した。


「追加費用は?」

「たまに人族からも、簡単な装備をと頼まれることはある。カピボーはどこにでも出るから、子供向けに。その余りだよ。調整したのはベルトの長さだけだ、費用はかからない」


 こ、子供向け……。

 話し方は素っ気無いが、俺が詳しくないのを察して丁寧に説明してくれる。良い青年ではないか。子供向けであることはいらなかったが正直にありがとう……。


「それじゃあ、これで」


 ストンリは口元だけでにっと笑うと、カウンターに置かれたタグ読み取り器を指差した。

 今度こそ購入だ。


 さらば300マグ。俺の大金。


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