248:要
岩場方面の寒々しい高原を睨む。
「まずは、あいつからだ」
《あのような輩など、我が出るほどのものではない》
「なにを言うか。確かに致命的な痛手は受けないが、上位陣の手を煩わすほど狡猾ということ。お前が言う、さまざまな強さの形の一つだろ?」
《ぬぬ、搦め手を極めしものか》
「ああ、だがスケイルの強靭な肉体には及ばん」
《圧倒的な力の前には小細工など粉砕されるものよな!》
「その通りだ。行けスケイル!」
「クァオオオ!」
俺たちは転草を踏み散らして回った。
《なんとも悍ましい草よ》
「お、ありがとさん」
スケイルが咥えてきた転草を俺の足元に落とした。口の先で根っこの塊が蠢いている姿にどん引きだが、手がないんだからしょうがないよな……。
それらの転草屑を手早くまとめる。拾いやすくするのに分断してもらっただけで、結局は燃やすために集めなきゃならないんだよな。どうせ根が残って完全な殲滅は不可能だし、そこだけは倒せば消える魔物より質が悪い。
「タロウ、ついでに悪いな」
「これ置いたら次だ」
同行者の連絡係冒険者がまとめたのも受け取ると、背負ってスケイルに跨った。
大岩の櫓へ走り、陰にある囲いの中に放置。焚き火の燃料となるがいい。
しばらくそれを繰り返すと、岩場方面の名の通り、岩だらけの北側へ向けて駆け出した。
結果的に俺とスケイルは、こうして中ランク中難度以降の危険区域への立ち入りを許された。
いつものようにギルド長の口から、はっきりとした答えが出たわけではない。近くにいた冒険者を一人呼んで、同行しろと指示しただけだ。
怪我人を見た動揺の余り、広場で自分が宣言してしまったことを思い出すと顔が熱くなる。
勇んだところで、なんの報せもせず現場で誰かと鉢合わせると余計な混乱を招くだろうし、連絡網に組み込まれるのは当たり前だ。スケイルに頼めば避けられるが、危険になりそうな場所へ行こうとしているのに他の奴らを避けてどうする。
そんなことさえ思い至らず、勝手に行動するつもりでいた。ちょっとスケイルと一緒に過ごしたからと、ぼっち癖は簡単に消えないらしい。
あの時はコントローラーを巡って人々に襲われたら、といった不安もどうでも良くなってたんだ。そこは頭が冷えても変わらない。
もうこんな状況で気にしてどうなるよ。
しかも陸の孤島。
奪われたところで誰にも操作できないものだが、この場所でスケイルから逃げのびることはできないだろう。
なんだか他力本願っぽいが、気にすまい。すけいるはともだち。
魔素濃度の高まる場所へ、連絡係から指示を受けつつ向かう。
行きたい場所は予め伝えてあった。ウル隊長らと向かったように、新たな穴が開いたか、そう思われる地点だ。必ずしも目立つ場所に変化があるわけではない。
沼地がいい例だ。
元から詰まり易い盲腸のような場所の底に、恐らく邪竜の魔脈が繋がった。ああいった場所が幾つかあると考えられる。
まさに目の前にあるものがそうだ。
以前苔草狩りに行った、崖下に洞窟の入り口があったような場所。
そんな一つが崩落し、どこからか水が溢れて入り込めなくなっていた。どこも何も、川だよな……。
街に被害は及んでないが、こんなことになっていたとは……。
見た感じかなりの水流があり底は把握し辛いが、黒い影がちらちらしているのは木の影が落ちているせいだと思いたかった。
が、当然のように影がこちらへ寄ってくる。
すーっと水面から姿を露わにする様子は、パニック映画のサメのようだ。つか、川原の小石を固めたようだが、どう見ても背ビレだろ。
その下で大きな体が身を捻るのが見えた。ざばーっと飛び出した本体も石をまとっており、カチカチと音を鳴らしながら身じろぎする。
倒せない場所に魔物が増えて淀み、再融合すると得体のしれないものになる。
その予想通りに、崩落で塞がった場所が破壊されて出て来たのは、岩石の化け物。
ビチャーチャは重さのせいだけでなく泥が崩れないために遅かった。
こいつも、土がない代わりに石ころを利用したためか破片が重すぎて動きは鈍そうだが、水中なら関係ないな。
《これはなかなかの獲物。歯ごたえがありそうではないか!》
スケイルの喜々とした嘶きの直後、体が吹っ飛びそうになり反射的に縋りつく。
いきなり跳ばれると腕への負担が洒落にならないんだが。
歯を食いしばって縋りつき敵を見れば、石の礫を広範囲に放ってやがった。これは大きく跳ぶしかない。
こいつはアラグマの特徴もあるのか。水の棘は穴だらけになると思ったが、こんな石ころが掠れば挽き肉だ。その礫が、心もち俺の方に向く。
敵と認識されると分かってたよ。
連絡係を探す。
「タロウ、大丈夫か!」
それを言おうとしたのは俺だったが、連絡係はなんなく剣で弾き返していた。
はい、自分の心配だけします。
というか、あんたも確か広場で英雄がどうのと興奮気味に叫んでたよな?
それでも、まだ俺は心配されてしまうのかよ……。
敵だ。敵を倒すしかない。
広範囲にばらまくためか一つ一つの隙間が大きいようで、スケイルが細かに動いて避ける。さらには連絡係を真似してか、硬化舌を剣に見立てて悦に入りつつ弾いている。
《どうよ我の舌剣さばきは!》
その間に対象を観察。
残数は、あの衣が剥げるまでだろうが、結構な量をばら撒いても地肌が見える気配はない。かなり分厚いな。
削るしかないが、こんな防具を着たまま水に落ちたら浮き上がってこれない。でも高出力モードの届く範囲に、ぎりぎりまで近付くしかないし。
そう考えてると、近くに連絡係がどすっと着地する。
「ひぃ、ど、どうした」
「タロウ、観察はできたか。そろそろ引きたい」
「へ?」
剣で礫を弾きながら、俺にも下がるよう促す。
「こいつは別んとこでも現れてな。数人がかりのしろもんだ。ここは逃げやすい場所だが、あんま長くいると、ちとまずい。周囲に集まってくるのも早ぇから」
その言葉に、広場から続いていた精神のこわばりが少しほぐれていた。
観察に一番向いてるから、ここを選んでくれたってさ。
頭の中ではどう思ってるか知らないが、こんな卑怯な道具を見せられても、人の行動ってのはなかなか変えられないらしい。
「そうだな。ウニケダマに囲まれたらまずい……だから速攻で行くぞ」
怪訝に見る連絡係を、真剣に見返す。
一人で、できる範囲まで。そんな悠長なこと言ってられないと思ったじゃないか。
少しだけ誰かを信じたい。いや、信じてほしいんだ。これからは俺も大勢の中に混ざれなくては、どうにもならない。
咄嗟には行動の元になる考えを変えるのなんか難しいからこそ、意識しなければ。
「少しでもいい、頭のヒレを削れないか」
心から驚いたように口を開ける連絡係だったが、すぐに満面に笑みを浮かべる。
「任せろ――!」
では分担の相談を……待てやこら。
一瞬で敵と距離を詰めた連絡係は、ヒレの根元に剣を叩きつける。赤い線が幾つも見えた。特殊技だ。それを期待してたんだが、即座に応えてくれるとは……さす冒。
吹き上げる水飛沫と共に巨体が浮き上がる。
「ビョギョロロロッ!」
うわ変な叫びはどこから出るんだよ。
同時に連絡係は背中から跳んで空中で回転し、元の位置に戻っていた。ずるいコントローラー持ってても、やっぱり身体能力高い方が羨ましい。
「傷くらいは入ったぜ! どうする?」
ではスケイルに確認だ。
「中身に到達できそうか」
《刃が届けば十分に。そして、それを成すのが我の仕事だな?》
「頼んだ!」
石礫サメは連絡係に怒り矛先を向ける。それを受けて連絡係は、俺とは逆側に動いた。スケイルも動く。
《主よ、今だ!》
「ヴリトラソード!」
泥と違い隙間がある分楽勝かと思ったら、意外と目が詰まっていた。
「ぐっ……」
手に懸かる重さが半端ない。崖の縁でスケイルは踏ん張り、俺も肘を締め両手でしっかりとコントローラーを支える。
以前なら、ここで詰み。
だが、連絡係の攻撃は結構な深い傷を与えていたらしい。刃が触れた小石を繋ぐ邪魔素が破壊され、剥がれていき、中からグロいマグを晒す。
「もう少し、伸びれば、楽なのによ……!」
少しだけ腕を伸ばすと、青い刃が弾けるようにブレた。
「え」
ヴリトラソードが乱反射し、亀裂の狭間を稲光のように駆け抜けた。
中身が崩壊すれば自然と鎧も元の破片となる。ガラガラと石礫の山は崩れて、水底に沈んでいった。
「て、手強い相手だったぜ」
馬鹿みたいにマグが溢れて飛び込んでくる。幾つかレベルも上がる感覚がどこか遠くに感じながら、沈む石ころが作った泡の白い柱を茫然と見下ろしていた。
手の中にあるコントローラーの存在感が増していく。
実体はないが、まさか変幻自在だとは思わんかった。
思う以上に、とんでもない武器なのかもしれない。
はっとして振り返れば、連絡係がぐにゃりと顔を歪めた。
「タロウ……お前さんが、ここまででっかくなるとはなあ……」
お前は俺のなんなんだよ。
「えぇと、とにかくいい連携だったよな!」
「うんうん……ほんともう、すげぇ自慢すっから……」
しみじみする連絡係を促して、次の目的地を目指した。
持ち場があるとかで、何度か同行する連絡係が変わりつつ、何カ所かを回って似たような行動をとって過ごした。初の試みにしては良い成果を出せたとは思う。
いい報告ができると連絡係たちも喜んでくれたし。
結果とは裏腹に、宿に戻って肩を落とした。
「やっぱ、足りない」
直接対峙したことで余計に確信となった。
未だ生々しい手応えが残っていて、それが主張する。あんなのがもっと増えるのだと。一匹相手に地の利と数を生かし戦うなら、どうにかできる。けど、それがさらに増えたら……底なしの不安だ。
「スケイル、まだ他にも眠ってる聖獣が地下にいるんだろ? 協力を仰ぐってのはできないのか」
シャリテイルの話からも、もう聖魔素は研究院でさえほとんど集められていない。
邪竜を封じるのに必要な量を考えれば、ギルド長の言ったように到底無意味な足掻きなんだろう。
しかし前までの戦いで失ったのは、聖魔素を加工したものだ。結界石も、失われるまでの時間が長びくにすぎない。
でも意志が宿った聖獣が直接制御するなら、少ない量を効果的に使える。
なにより、コントローラーと同じく、わずかでも邪魔素を変換できる。
まあ、その意志とやらが問題なんだ。
ただスケイルの言うことは、たまに自分自身のことか聖獣に共通することか分からないときがある。ただの聖魔素だった状態の記憶も薄っすらあるせいだろうか。
とにかく、契約無しに協力してくれる可能性は低そうだ。
残っているのは人と契約する気のない個体かもしれない。人と関わる気がないから、地下深くで対抗すると決めたのかもしれないしな。目覚める気のなかったというスケイルの話を聞けば、そうとも取れるんだ。
スケイルは上下の目蓋を半閉じにし、横目に俺を見ていた。
「なんだよその胡散臭い目は。悪戯とかじゃないぞ。少しでも対抗できる手段があるなら、準備しておきたいんだよ」
《言っておくが、主にこれ以上受け入れる余力はないぞ? 無論、我の祠にも》
それは寝床を独占したいだけだろ。
「ん? 他にもって、複数の聖獣と契約できる?」
《そうでなければ以前の主ら研究員が、多くの種を集めることなどできまい。我らも契約が出来ぬなら、魔脈から離れる意味もないのでな》
「それなら! 他の奴らに頼むとして、複数の能力を使えるじゃないか!」
《無理だろう》
「なんで。あ、一匹でも結構辛いとは聞くけど」
《そうだ。研究員の多くが聖者だったことを忘れているだろう》
「ぐっ、聖魔素か……そうだった。いや、それはそれで研究院に伝えればいいのか」
《聖者にも可能性は低かろうな》
「気をもたせやがって! 理由はなんだ」
《それだけの聖魔素を持つ者がおらぬ》
「え、現在の聖者が全員? そんな遠い場所まで分かるのか」
《分からぬ。が、以前より格段に聖魔素は減少している。逆に赤きものどもは急速に増加。人の中に残っている者がどれだけ存在し得るか》
いつもポジティブ思考なスケイルからでさえ、邪竜に関して希望のある言葉が聞けない。
スケイルの前の主は研究員だったんだから何か資料を残してそうなもんだが、どうも期待薄だ。ギルド長もスケイルに関しては慎重に観察していたし、知らないことだらけといった発言が何度か出た。どの程度大げさな表現かは知る由もないが、俺を利用する気満々でそんな嘘を吐く意味は薄い。
《どのみち赤きものが復活すれば、やることは同じよ》
「結果的な協力体制にはなりそうってくらいのもんなのか」
それが聞けただけマシとするしかない。
聖なる魔素と研究員か。
彼らにも狼煙の報は届いているだろう。なにか準備はしてくれているはずだ。
ビオの毅然とした姿が過る。
国や研究院の体制がどうでも、手を抜くような人じゃない。
ただ……。
今度は砦長の言葉が浮かぶ。
何かしらの対策手段を聖者が持ってくるとして、それまでもたせるには、人員を投入するしかない。大型兵器なんかないような世界だ。
それに兵の数は多くないようだし、対象を考えれば、必然的に冒険者が前に出ることになる。
一応、俺もその括りに入る。
俺は、どうなるのか。
どうするのか。
考えるまでもない。
ここに居座ると、口にした。
それが信念だとか愛着とも違い、結局は少しでも気が楽になるからだと分かったとしてもだ。
なおさら、今さら知らない場所に行って不慣れな中を、いつ魔物や邪竜が襲ってくるのかと怯えて暮らすなんて、できるはずがない。
邪竜が復活するかもしれないなんて、来たときから頭にあったことだ。
ずっと、蓋をしてきただけで。
だってさ、この世界に攻略サイトはないんだぞ?
たとえあったとしても、やったこともないアクションゲームのハードモードを一発クリアなんて、そうそう出来はしない。
攻略情報といえば、書庫にあった数冊の薄い本の中に、歴史に紐づけるような邪竜の行動を書かれたものはあった。
しかし、邪竜本体について詳細なものがない。魔物の王様なのにな。
あ、魔物だからか。ファイルケースの方だ。
宿を飛び出してギルドへ走った。
書庫の資料探しは、トキメに協力を仰いだ。
「全ての魔物の情報があると言ったろ。なら、邪竜のものもあるよな」
目を見開こうとして眉間に皺が寄り、中途半端なヒョットコ顔を見せる。人族の驚き方の特徴なのか?
咳払いしたトキメは力強く頷いた。
「もちろんある。ギルド職員は、冒険者を助力する立場だ」
この現状だ。目ぼしい資料は持ち出してるようで、書庫に行くまでもなく裏手の事務室に入ると目の前に置かれた。俺だけなら棚を端から漁って、数日は潰れていたな。
「仕事の邪魔して悪かった。さっと目を通すから」
「構わないよ。ちょうど、こっちの整頓をするところだったんだ」
さすがに持ち出せないし、一人で勝手に見ているというのもできないだろう。
机の脇に積まれていた書類を片付け始めたトキメだが、ふと手を止め呼びかけてきた。
トキメは真面目な顔で一拍置く。
「タロウ、不安になるようなことを言って申し訳なかったね。何か事情があってこの場にいるんだろうと考えたというのに。気を遣わせてしまったな」
あんな態度を取ってと気を揉んでいたらしい。そこに、広場での騒ぎを聞いたと。
「いや、俺が考えなしなのは、その通りだ」
現在進行形です。
「その行動力は、冒険者に必須の要素だろう」
肩の荷が下りたように、トキメは瞬く間に整頓を進めていく。
ほんと、できる職員だ。
森を小走りながら、もう一度メモした紙を手に取り内容を確かめる。
以前読んだ簡単な歴史と、さっき調べた邪竜のメモだ。
「ぐるるー」
「グルルゥ」
マグや人間との関わりについて考えてみるが、唸ろうとも何も出てこない。スケイルが真似して唸っている。
長年調べた人たちがいて判明しているのがこれだろうから、俺がちょろっと部屋で推理したところで何も閃くはずはない。
沼地に到着しメモをしまう。どぶさらいだ。一度枯らすのでは足りず湧いてくるようで、日暮れ前にも来るようにした。
ギルドの資料にはシンプルな挿絵がついていたが、やはりゲームとは姿だけでなく特徴にも違いはあった。どちらも誰もが思い浮かべる、いかにもなドラゴンではある。表皮は鱗に覆われ、手足の生えたタツノオトシゴに蝙蝠の羽をつけたような。
けれどゲームは、もっと煌びやかだった。ゲーム的なデザイン上の問題だろうな。倒した満足感を得るにも、ラスボスはすごそうであってほしいし。
記述によれば邪竜は、山のように大きく尋常でない素早さを持つ。その勢いと体格による咆哮や鉤爪攻撃の破壊力はすさまじい。しかし、その分一つ一つの動作が大きい。人が攻勢をかけるには、その見極めが重要になる、といったことが書かれてあった。
だから邪竜は、スピードというか瞬発力に弱いのではないかと思った。
たとえ炎天族にさえ追いつけない敏捷値であろうとも、予備動作としての隙が存在するなら、スケイルのように直線的な速さに敵わない。
そう思いたい、というのは否めないが。
最も肉薄する可能性が高いとすれば、人ならぬ足を持つスケイル以外にない。
すなわち――その足を手に入れた、俺だけということだ。
「スケイル、俺だけでも、お前だけでも無理だろうが……邪竜とでも、一緒なら戦える」
《ふふん、主にしては殊勝なことだ。ようやく、我が俊足を従えられるのは主だけと、身に染みてくれたようだな》
そうだな。不安でも、今日の立ち回りで少しは自信がついたらしい。
《討ち取る気でいるのだな》
「ああ、やろう」
諦めない。
ここまできたら諦めきれるか。
俺も、邪竜から人類を守る最終防衛線である冒険者街ガーズの冒険者だ。
再び邪竜を封じて――いや、倒すんだ。
そして、その後の平和な世界でさ……最弱のままだろうと俺は、冒険者として過ごしてやるんだからな!
「ウニケダマの群れ一つくらい片づけておくか!」
《景気づけに一杯とは気が利く!》
スケイルと息巻いていたことが怒りに触れたとでもいうのか、突如地鳴りが襲った。
激しく大地が軋み、風も震えているようだ。六脚ケダマ道から、背後を振り返る。
枝葉の隙間に見える、夕日に浮かぶ真っ黒な山。
ジェッテブルク山の赤く染まった峰が、範囲を広げていく。赤い破片がぼろぼろと零れているんだ。邪竜が岩をマグに変換したものだが、まるで岩石流のようだった。
「瓦解が、始まったのか」
スケイルは唸るように喉を鳴らすだけで、今度は俺を連れて逃げることはしない。
周囲で歓喜に震えるようなケダマに、高出力ヴリトラソードを叩き込んだ。
石礫サメのおかげで、燃料は十分にある。
「しなれ」
真横に薙いだ刃が湾曲し、鞭打つようにケダマを絡めとり消し去っていく。
不吉なマグをぶちまけたように空は真っ赤だが、木々のお陰で地面はもう判別が難しい。
「動きは任せるぞ!」
「クアォ!」
視界は悪くとも、スケイルを信じて腕を振り続ける。
ウニケダマは、まさにウニのように硬化していた。こいつらを放置するわけにはいかない。
こんな群れを放置したら、結界柵まで埋まると頭が警報を鳴らすんだ。街に迫らせるか!
幾つもの群れを蹴散らし祠側の森へ移る。移動中に空へ目を向けると、三本の赤い柱が立ち昇っていた。
この、目に刺さるような赤い空の中でも判別できる鮮やかな赤色――狼煙だ。
「狼煙が上がってる。最後の……」
《あやつは、姿を作ろうとしているところだ》
「出て来たから狼煙を上げてんじゃないのか」
《ここまでの状態なら変わらん。醜い鼻面くらいは見えたのではないか?》
「邪竜でさえ、姿をマグから作るのか……」
イメージ的に、そのまま沈んでんだと思ってたな。
岩場には櫓があり、山中にも観測拠点があったはずだ。スケイルが言ったように、面は拝めたということなんだろう。
あれだけ気合いを掻き集めても、体の奥底から湧き上がる本能的な恐怖は誤魔化せない。
振り払うために、魔物を目に付く端から片づけていった。
すでに空の隅に赤色が滲むだけだ。暗い森の中から、ひとまず街に戻っているところ、スケイルが人の気配が街道にあるというので様子を窺った。
状況に不似合いな、小奇麗な箱馬車だ。荒い動きなのは、突然の変化のせいだろう。周囲には全身鎧の兵を乗せた数頭が、守るように移動している。逃げ込むように看板を通り過ぎたところで、一行は急停車した。
この街まで全身鎧の兵が護送するような対象は、一人しか知らない。
地面に足をつけたのは、クリーム色のローブに身を包み、身丈ほどの杖を抱えた人物。肩の上で切り揃えた金の髪を揺らし、頭を上げる。
真っ直ぐにジェッテブルク山を睨み据えた。
「ぐずっているな」
ビオだ。




