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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
聖獣のおまけ冒険者編

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240:別の視点

 日が沈みかけるころには最弱洞穴周辺を一掃し終えていた。

 四脚ケダマやカラセオイハエやらが、ぎゅうぎゅうに詰まって身動き取れなくなっていたおかげで、ヴリトラソードで一刀のもとに斬り捨ててやったわ……そこまで楽勝ではなかったかな。

 ケダマ防壁をスケイルに本気で突っ込んでもらって破壊したり、洞穴出口にカラセオイハエ殻でバリケード作って、もそもそ流れ込んでこようとするケダマをヴリトラソードでまとめて串刺しにしたりだ。


 しかしそれだけではない。

 すぐ目の前の、頂上に洞穴面への入り口がある急な傾斜を見上げたときだ。低めの木々が斜めだったり中ほどから折れるように曲がって生えたりする合間を、ハリスンやカワセミらが転がりながら迫っているではないか。なんで転がる。跳べよ。

 とにかく、あいつらが分裂元なら保持マグ量から、ここらがケダマ風呂になるのも当然。


 少しでも討伐するなら、周辺が片付いた今しかない。ハリスンの速度に俺はついていけないが……下る前ならいけるか?




「クゥエ!」

「ぁだっ! もう許さん!」

「ぷクェッ!」


 ほぼ崖と呼んでいい急勾配。その下で待ち構えていた俺の目と鼻の先で、転がるハリスンは木の根にバウンドして大きく弧を描き、俺の頭に尻で着地した。その反動で脇を掠めて落ちていく不届きものの頭を、むんずと掴むと握り潰す。嫌な倒し方だが片手しか使えないんだ、すまんな。


「グェエーッ!」

《無様なり!》


 隣からは、舌で串刺しにされたハリスンの叫びとスケイルの不穏な声が届く。


《うーむ、主よ。これは些か効率が悪いのではないか?》

「そうか? 俺でも結構仕留められてるし、いい作戦だと思ったんだが」


 俺たちは地面に、うつ伏せ大の字で張り付いている。湿気た黒い土の表面を、黒っぽいような茶っぽいような色の雑草が覆っていたのだが、こいつが葉をベタっと地面に広げて張りついており、表面はやたらと滑る。よく見れば木にも散見され、なるほど転がった方が早いわけだと納得した。多分こいつの名は滑り草に間違いない。


 従って、這うように斜面によじ登るも、ずるずると滑り落ちていくのを両足を木の根に伸ばして踏ん張り支えているのだ。ギャグマンガで、殴られたりしてビターンと地面に張りついたような恰好だが、使命のためなら一時の恥がなんだというのだ。

 左手は持ち手を地面に刺して固定したコントローラーに添えて、いつでもヴリトラソードを出せるように待機。右手はフリーで撃退したりカバーしたり、たまに魔技石の袋に伸ばす。


 帰り際に思ったのは、以前シャリテイルと登った道を覗いてみれば良かったということだった。




「ま、まぁ、かなり片付いたし、溢れてくるのも途切れたことだし?」

《うむ、主の提案は正しかったようだ。魔物の発生にも波が在るのを失念していた》

「そうだろうそうだろう」


 すっかり日が暮れかけている。一旦、街に戻りギルドに報告する事にした。

 またしばらく窓口当番であるトキメには、タグ内容を見て聞かれる前に行動を伝えておこう。

 ギルド長の指示もあり、南側一帯の魔物となる前に阻止するため、境目の討伐に重点を置いたと話す。珍しくトキメは、それを難しい顔で聞き、ただ相槌を打っていた。


「……いやはや、本当に、タロウには驚かされっぱなしだ」


 説明したからかタグを確認しても、呆然と立ち尽くすことはない。頭を振りながらの感想は、内容にも大差はない。

 だが、人の好い笑顔は困惑気味に歪んでいた。

 これまでなら見なかったことにしただろう。


 現在は連絡事もあってか職員も数人戻ってるし、周囲には冒険者と砦兵も出入りしているから騒々しい。当然、座り込んで陽気なお喋りに興じる者もいない。


「こんなすごい聖獣のおかげ、だとしても納得できないかな」

「クァ?」


 鞄から首を出したスケイルの頭をポンポンと叩くと、アホ毛で掴もうと伸ばしてくる。さっと避けたが指を挟まれた。

 トキメに目を戻すと、背筋を伸ばして笑顔を作り直し紙束を取り出す。わざとらしく聞いたことを書き留めていますという体勢を取った。しかし声は落とし気味に言った。


「すまない……これまで学んだことに、全く合致しないことばかりでね」


 トキメは、人族への魔素の影響の仕方について手短に話した。

 人族がマグを表出させないように進化したこと、それは邪魔素の悪影響を懸念してのことではないかというもの。それにもう少し具体的な事柄が足される。


「だから邪質のマグの塊ともいえる魔物だろうと、幾ら倒したところで、他の種族に比べれば肉体の力に変えられる量は微々たるものだ」


 ギルド職員には、少し詳しい資料が渡されるようだ。

 書庫で読んだものと、そこからレベルについて推測したことに近く、大きな驚きはない。ギルド長も仄めかしてたしな。

 長いこと魔物と戦ってきた奴らが読めばもっと理解が早そうなもんだと言えば、トキメは苦笑する。


「わざわざ、ここまで来て本を読もうなんて者はいないからね」


 確かに。

 識字率は高いというか、必須技能らしいのは見ていて分かった。ただ、子供の頃に年寄りから習うにしても基本は話を聞くようだ。植物紙はたくさんあるが、書き取りには無駄に使えても本にまとめるには向いてないと思うし。トキメも本は高価なものだと言ってたしな。一般的ではないから、本で調べるという考えがないんだろう。

 フェイクの紙束を仕舞うと、トキメは真剣な表情を見せた。


「タロウ、これは人族の未来を変える、新たな指標となり得る記録だ。しかし大きな変化は、富と共に争いを呼び寄せる」


 それまでの価値観を塗り替える変化を喜べる者より、受け止めかねる者が多いということだ。


「レリアス王国は多種族が同じ国に属すという偉業を成し遂げたが、そう人々に言い聞かせ、種族毎に住環境を分けるなど整備し、数世代の時を要したと聞く」


 頭の固いと言われる岩腕族の国が、最も革新的というのも皮肉だが、逃げるのではなく邪竜と対決することを選んだ国だからと考えれば自然の成り行きともいえる。


「人族が、もし無理をおせば戦力になり得るとする。国から兵役を課せられる。自らの手で皆を守れることが嫌なはずはない。国に属す前は人族なりに戦っていたわけだからね。けれど他の種族と同様にと求められれば別だ。いきなり言われても無理だと怯むだろう」


 次の世代はいいが、人生の半ばで大きな変化は、思い描いていた未来を変えるだろう。これまでかけた時間は無駄になるのか、といった憤りなどは想像がついた。

 何とも返しようがなく、心に留めておくと言えただけだった。




 宿に戻りながら、最後にトキメが目を伏せて言ったことを思い返す。


「人が面倒だとぼやくとき、怠けたい気持ちからではない。恐怖から来るんだ」


 人族が戦いを余儀なくされるなら、こなすのにどれほどの時間が必要か見当もつかない作業量が、途方もない壁として積まれて見えるようなショックだろうか。

 元々落ち着きがなく動くのも嫌いじゃない俺には分かり辛いけど、皆が皆そうじゃないことくらいは分かる。それがどれほど辛いかは、分かりようもないだけで。


 トキメはたった一人、この過酷な地でギルド職員となった人族だ。生半可な苦労ではなかっただろうし、幾らでも悩みはあるだろう。

 それも、いよいよ過酷な日々を迎えようかという時だ。


 邪竜が復活し、人類が危機に面したとき、少しでも可能性のあることは試されるだろう。

 その時、俺がもたらした結果が、誰かの頭に浮かぶかもしれない。

 誰もかれもを、戦いの場に引き摺り出そうとするかもしれない。

 これまでは、そうじゃなかった。

 それは単に、そうなる前に決着がついただけかもしれない。


 既に、その芽はあるのを俺は知っている。

 ギルド長の行動と、シャリテイルの理想。

 トキメなら知らされてなくとも、肌で感じてたのかもな。

 冒険者だから俺は別に構わないと、挑むように妙な企画に付き合ってきた。

 当事者ではないトキメには、考えなしな俺の行動や言動やらは頭が痛かったろう。


 俺は人族の癖に、人族であることを否定してきたようなもんだ。

 これも現在の俺の個性だと受け入れるまでは、他の種族だったらと事ある毎に思ってた。元の自分があるからこその愚痴というか、半ば自虐ジョークとして軽い気持ちで考えてたし。会話の端々にも出ていたよな……。すげえ失礼な奴じゃねぇか。


「でもな……謝る訳にはいかない。こればかりは」


 あわよくば強くなれるかも、強くなりたい、強くなる! なれたらいいですね。

 俺の中にも、そんな変遷があったわけですよ。


 別に謝れなんて考えてないとは感じた。不注意を咎めてるのでもないと思う。

 なんで話してくれたのかは分からない。


 考えてみるように、促してくれたとか?

 どうにも俺には足りない人族の視点を、見せてくれたんだろうか。

 人族の代表としてといった気負いも感じなかったなら、あくまでも一人の人族で、ギルド職員でもあるトキメ自身の懸念を伝えてくれたんだろう。




 消化液に加えて全身泥だらけだ。体をぶるぶると揺すれば綺麗に落ちるスケイルが羨ましい。

 急いで宿に戻ると、ぎぃと軋む音が響く。おっさんの登場にも慣れたもんだ。薄暗い闇に渋いおっさんの顔が生えた――鍋のお化けが浮かび上がった。


「ひぃ!」

「なんでぃ、驚かすなよ」


 だから脅かしてるのは……料理中にしても、なんで鍋を抱えて出てくる。


「戻る頃だと思ってな。昨日、外で火を使っていいか聞いただろう。飯のついでに用意した方が早いからな。持って行け」

「いつも、すいません……ありがとう」

「終わったら、ここに置いてくれりゃいい」


 鍋から出ていた木の棒を取り出すと柄杓だった。

 さっそく水を汲んだ桶に湯を足す。湿らした手ぬぐいで顔を拭くだけで生き返る心地だ。


「はぁ、まじで、ありがてぇ」

《広さが足りぬ……》


 洗面器サイズの桶から生えた顔が不満を漏らした。

 貴重な湯を足してコントローラーごと漬けてやったというのに、文句を言うか。


《いや良い湯加減だ!》


 鞄に戻そうとした手を止めた。気に入ったならそう言うように。

 冠羽の上に洗って畳んだ手拭いを置いたら、アホ毛で持ち上げられた。困惑顔で上げ下げしている。

 俺は狭い洗い場に大きな桶を持ち込むと、膝を抱えて座ってみた。

 五右衛門風呂と言い張るには浅すぎ、狭く、湯も足りない。


《湯に浸からぬのか》

「ちょっとやってみたかっただけだから……」


 それでも久々に風呂気分が味わえたことで、気持ちに張りが戻った。


「今晩が頑張りどころだ。気合い入れるぞ!」

《我は視界がぼやけてきたのだが》


 ささっと服も洗うと、夜用の服に着替えて飛び出した。




 南の森沿いに来て絶句する。


「半端ねぇ……」


 午後に片付けたばっかだぞ。しかも分裂元の方!

 なんで森の外にケダマの藪が出来てんだよ!


「全て……刈り取ってやる!」

《主よ、そこにはカピボーが》

「キシャシャー!」

「うおおお!?」


 スケイルを背にしてケダマ狩りに励んだ。

 途中で巡回を増やした砦兵らが声をかけてくれた。おお助っ人か。


「お、タロウやってんな。しかし……ケダマがここまでなら、草原は気が抜けんな」

「ああ、俺たちも今晩中にケムシダマを片付けちまおう。じゃ頑張れよ!」


 ケダマまみれの俺を見ても、二人は応援してくれただけで通り過ぎて行った。

 ……ケムシダマの山と比べては仕方ない。


「ふっ、信頼されすぎるというのも寂しいものだな……くたばれ!」

「ケキャーッ!」




 もう深夜近いんじゃないかと思う。

 ぐったりとベッドに倒れて上掛けを被ると、いつもは布端を横取りしに来るスケイルは、頭を起こして窓を見ていた。

 暗い部屋には歪なすだれの隙間から月明かりがぼんやりと陰影を浮かび上がらせるだけだが、スケイルの瞳孔に青色が揺らぐのが見えた。


《主よ、異常は察しているのだろう? 大量の赤きものが消えていく気配はある。多くの者が普段より戦いに出向いているようだが、それでも追いついていない》

「……そうだな。それでも、やんなきゃならないことだから」


 本当に、そう思ってるか?

 きっと今回も何とかなると考えて、いざという時が来れば、なんでこんなことにと喚くのかもな。


 考えるだけ無駄、面倒なこと考えるくらいなら動いた方が……これなのかな。トキメが言ったことは。

 そうだとして、他に何ができるんだろうな。


《今晩の様子なら恐らく、明朝には、さらなる異変があるやもしれん》

「稼ぎ時じゃないか」

「クゥ……」


 スケイルは枕元に這いずってきて俺に頭突きし、枕を半分奪った。

 スケイルの視界にある世界が見えずとも、今の状況がかなり危ういのは感じている。

 明日か。覚悟は、しておく。言葉を唱えるだけでもマシなはずだ。


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