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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
据え置き低ランク冒険者編

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222:対立の理由と願い

 石の標回りに、奥の森と南の森の魔物が吹き溜まっていた。ちょうど分裂直後に遭遇したのかもしれない。

 そういえば標は聖魔素濃度の目安でもあるな。ランクを決めるにしろ様々な指標に使ってそうだ。

 他の場所にもありそうだが、あいにく見たことは……滝の上にある拠点も、境目辺りだった。あの石の囲いが、そういう意味かもな。


 一戦闘を終えて再び街へと歩き出す。後は、たまにカピボーが飛びかかってくるだけだ。

 またスケイルは、ぽけっとして舌を風にそよがせるままにしているが、アホ羽は軽快に左右に揺れている。これが喜びの表現らしい。つまらぬ獲物と喚きながらも、十分に堪能したようだな。


 それにしても、戦いたいと言って食うとは思わなかった。食事とは違うんだろうけど、取り込んで栄養に変換すると思えば食事みたいなもんだ。

 そもそも反発するんじゃなかったのかよ。核が同じ魔素と聞けば頷けなくもないが。


 気になったのは、魔物に同質のマグ加工で殺傷力が上がるのに、スケイルにヴリトラソードが効かなかったこと。

 ヒントはある。

 ヴリトラソードで魔物に試し切りしたときの消え方だが、衝撃をくらって粉々に分解されたようだった。

 片や一般のマグ加工したナイフでは、スパッと切れる。ケムシダマの粘液のようにマグ濃度の高いものに触れて時間が経つと、溶けるように変化する。これも分解と言えなくもないが、融合しているような感じもする。

 理屈は知らないが、そこはそれ。働きに関しては、この世界ではそういったもんだと思っておけばいい。


 ただ、いまいち納得できないのは……聖魔素と邪魔素。その眷属らしき謎生物である魔物と聖獣の存在だ。

 スケイルはやたら好戦的で惑わされそうになるが、他の聖獣は直接戦えそうもないというか補助的な能力が多いようだった。


 かなり有用だと考えられているらしい、シャリテイルの持つ森の雫種の最上級らしい水滴お化けも、マグ回復してくれるだけだろ。で、他の冒険者たちも特に当てにしてないのは、武器のように直接的な攻撃力とならないために思う。みんな脳筋ぽいし。


 だから性質が反するだけで、こいつらに対立する理由はなくないか?


 邪竜の方はどういうつもりか知らないが、あいつの行動で人の命が奪われてしまう以上は、人類にとっては敵とするしかない。いや明らかに敵意がある?

 書庫の簡易な歴史のようなものを思い返すが、人間側の被害に重点が置かれているため、邪竜が他に及ぼす影響などの詳細は分からない。また別の本かもな。今度探そう。


 それも考えたら不思議なことだ。

 自然災害なら現象の結果に過ぎないだろうが、意図的に人間を狙ってるようにも思える。いや他の動物もだから、生物ならなんでも狙っていることになる。


 あ、誰かが「人間は多くマグを持つ」と言ってなかったか?

 邪竜がこの世の邪魔素を取り込みたいとして、単純に人間は邪魔素の割合が高いから真っ先に狙われるということなのかもな。


 食うためならまだしも、マグを変質させるだけだ。でもスケイルを見れば、それが魔物にとっての『食べる』行為なのかもしれない。

 際限なく手を出して自らの棲み処さえなくすような行動を取るのは、地球にもイナゴの害とかウイルスのような存在があるから、おかしなことでもない。


 前もあった違和感は、ここか?

 知能の高さや知性らしきものを感じるのに、そこまでするからだろうか。それは人間も他の生物のことは言えないけどな。こっちの世界も過去に散々争っていたようだから、そこら辺の感覚は前と同じでも問題ないだろう。


 上から跳んできたケダマをキャッチして、スケイルの鼻先に持って行き、食いつこうとするのを上げて避ける。


《グルルゥ! その程度の動きで我を翻弄できると思うな!》


 必死に大口を開けて首を伸ばす動きに合わせて上下させると、スケイルは悔しそうに呻くがアホ羽は左右に揺れている。

 やっぱり犬成分も混ざってるんじゃないか?

 飽きて手を離すと、ケダマは丸呑みにされた。

 こいつの首の辺りどうなってんだ。


 よく分かんねえな。首じゃなくて。

 人が利用はしても、こいつら聖獣が直接に邪竜たちと戦ったという記録は、今のところ見ていない。

 昔は共存してたなら、こいつらに被害はないってことだろ?

 ヴリトラソードの効果を見ると、攻撃すれば互いに消滅してしまうような気もするし、無視して過ごせば良さそうなもんだ。


「なんで聖獣が、邪竜を敵にするんだ?」


 あ、こいつの場合は単純に人間の感覚を植え付けられたからか?

 スケイルのケダマで膨らんでいた喉が縮む。丸呑みできるのかよ。

 そして意外なことを言った。


《邪竜のみが力をつければ、我らの存在をも危うくするのだ》

「なんだ被害があるのか」

《ないぞ?》


 ええい、こいつの言い方は一々……我慢だ我慢。

 被害はないのに邪魔素が増えると危うくなる?

 この世界だか物質に、魔素の存在できる割合が決まってる、とか?


「濃度とか、関係すんのかな」

《人の理屈は知らん。が、そのようなものではないか?》

「でも、聖魔素は減り続けてるんだろ。昔はどうやって均衡を保ってたんだよ」

《ゴルゥ……今も見せたではないか。このように少しずつ変換しているのだ》


 ケダマの踊り食いでかよ。


「それ、俺に来るマグだったよな」

《今は主のマグに合わせて変質させているのだから当然だろう》


 ああ契約で体を一度崩すって、体ごと宿主の質に作り替えるのかよ……。


《我らの増える速度はゆるやかだが、彼奴等は貪欲でな》

「それが、いつからか追いつかなくなったのか」


 スケイルがクァと鳴く。そうらしい。


「でも、これまで積極的に戦ってないだろ?」

《我らは自然の成すがままよ》


 初めから言ってたな。なんで自慢げなのかは分からんが。


《当然ながら生存本能もある。邪竜のごとく形を持つものが現れれば、気が付けば我らもこのように形を持つよう変化していたくらいにはな》

「ほんと流されっぱなしだな」

《うむ、このように制限だらけの姿では、何をすれば良いのか分からんのでな。だからこそ、形を持つものから知恵を借りようとしたのだ》

「それが、意志が欲しいに繋がるのか。契約にも」

「クァックアー!」


 やる気があるんだかないんだか……。


《形を持つ前の我らが青きものは、異様な動きを見せる赤きものの周囲へ、ただ集っていた。我らの存在そのものを奴らが嫌うゆえ、それで安定したのだ》


 自然の結界石みたいなもんのようだな。


《安心せよ。未だ、この世全ての赤きものが邪竜に組み込まれたわけではない》

「お前には、世界のマグが見えるのか」

《人間にもできることを我ができぬはずはなかろう》

「あ、マグ感知か」


 もっと性能はいいんだろうな。




 そんな話をしながら、ぶらぶら歩いていると森を抜けていた。黄色くなりかけた日差しが街を照らしている。

 結局、待ち人は来ず。

 どんな決断を下されるのかと緊張感だけが高まり気が重い。


「少し早いが、戻ろうかな」

《もう終わりか》

「今日は体ならしだ。明日から本気出す」

《おお、確かに本日は準備に費やしたな。我が祠も得たし、主の虚弱体質っぷりも十二分に把握できたぞ》


 虚弱は余計だ。

 森沿いを南街道口へゆっくりと歩きながら、たまに飛び出すカピボーにスケイルが食いつくのを眺める。


《主の鍛錬にも気合いが入るというものだ。夜明けが楽しみである》

「忘れるなよ、抜け出すのは禁止だからな」

《そんなッ! 新たなことに挑戦するには時に無理も必要であろう!》

「やっぱり出る気でいたのか……弁当減らすぞ」

《ぬぉ小賢しいことを!》


 俺にとっても辛い罰だが、そこには思い至らないらしい。頭蜥蜴かよ。


《で、では、いつなら試すのだ? 我の提案に同意したことを忘れたとは言わせんぞ。さすがに主も、頭まで最弱ではあるまい》


 お前に言われたくねえよ。


「維持力のことなら、こうして頭を出してるだけでもいいんじゃないのか」

《そうだが、ぬるかろう。たまには、どんと負荷をかけねば鍛錬にならぬ》


 それ、お前が細かい集中する必要があって面倒なんじゃないだろうな。俺にとっては、眩暈に耐える精神修行でしかないんだぞ。


「もう少し様子を見てからな。回復石を使いながらでどうかとか感覚を掴みたい」

《なるほど。やる気があるなら文句はない。もどかしいが、人族は慎重すぎる性格だったな》

「そうしないと、あっさり死ぬからだ。覚えておいてくれ」


 スケイルは舌を引っ込め真顔の蜥蜴顔になった。


《そこは、承知している》


 瞳孔に覗く青い光が揺らめいた。声にも重みがある。

 人の死に接してきた説得力に思えた。

 俺は、まだ爺ちゃん婆ちゃんとの別れしか知らない。

 まだ、だとか縁起でもないな。そんなことが日常になられても困る。


「もちろん、俺も……そうならないよう、出来る限り力をつけるよ」


 スケイルは蜥蜴顔から間抜けた顔に戻る。


《主らしい答えだ。我が力を使いこなしてもらわねば、他の聖獣にも示しがつかんのでな。頼むぞ》

「お前以外の聖獣にもそんな見栄があるのか」

《ただの主自慢だ》

「それ、俺だと一生できねえだろ」

《主は我を見くびりすぎる。このような主とでも戦えるほど我の力が卓越しているのだと、威光を知らしめる日が待ち遠しいであろう! プグゥッ、なにを怒る!》

「お前は俺をなんだと思ってんだよ」


 おもちゃじゃねえぞ。


《どのように誤解したか知らぬが、落ち着くがよい。主の成功を信じての、希望に満ちた発言ではないか》


 なにかのダイエット商品なみに胡散臭いが、こいつは本気で俺を鍛えられると思っているようだ。


《そもそも、我の最大級の取り柄が役に立たぬでは、なんのために契約したのか分からぬではないかー》

「お前が勝手に憑りついたんだって」


 大体、力なんて大ざっぱに言ってるが、それが俺に何をどうできる。

 強靭な肉体で活躍できるのはスケイルであって、俺が敵にけしかけて助けてもらえとでもいうのか。

 これが他の種族なら連携して戦うこともできる。

 でも俺には、意志が欲しいだとか言われても、指示するくらいしかできない。その指示にしたって、こいつの力を引き出せるような判断を俺が下せるか?

 こいつが言ったように、遥か上に居る奴を見上げても、全体は見えない。


《主よ、我が体躯を思い出せ》


 シリアスな声音だが、表情は微妙に拗ねている。

 こいつの体? ごつくて、もっさいとしか。

 スケイルは、子供に問いかけるように続ける。


《主は、どのような力が欲しい》


 馬鹿にされてるとは思えなかった。子供のように扱われて当然だと、心の奥では納得している。


「どんなって……急に言われても」


 言われてみれば、具体的に考えたことはない?

 この世界にある魔技石などの手段で、自分に合うものを漠然と探していた。半ば好奇心を満たすためで、うまくいけば儲けものという程度で。

 具体的な結果が見えるから続けていたのは、生活費を稼ぐことも兼ねたレベル上げだけだ。

 俺自身が、こうなろう――そういったものを、望んだことはあっただろうか。


「……だいたいな、お前がいう力ってなんだよ」


 また、八つ当たりモードに入りつつある。

 良くないと思っても、こいつは図星をついてきて、湧き上がる苛立ちと動揺を受け流せない。


《我は、主の望みを聞いているのだ》


 知るかよ。お前のせいで頭はすっきりしないのに。


 人じゃないからと考えてしまうからなのか、少し感情をぶつけすぎだとは思ってる。気分が悪いのは言い訳で。

 言葉を解す相手なら、意思疎通を放棄すべきではないのに。必ずしも互いが浮かべるものは同じではないだろうが、それは人間同士でも同じじゃないか。


 深呼吸する。


「人族は……いや、俺は早く動けないから、せめて遠距離攻撃の手段があればと、それくらいしか考えたことはない。だから、魔技でも使えるようになるかもなって、聖獣に期待していたと思う」


 逸らしていた目をスケイルに向けると、驚いたように目をぱちくりしている。

 お前な……俺は精一杯真剣に答えたんだぞ。


《そ、そうであったか。まあ、我にも出来ることと出来ぬことがあるし……》


 やっぱり真面目に受け取ると馬鹿を見るんだろうか。


《いや、やはり我の読みは外れていない。主一人であれば、そのように迂遠な方法を求めるも自然なことだな。しかし、その人族の特性なども抜いて考えれば、別のものが見えてくるのではないか?》


 なにか答えを誘導しようとしてないか?

 まあ、付き合ってやるけど。


「それなら単純だ。せめて、普通に走れたらと思ってた。でも、力だとか大げさなもんではないだろ」


 元の自分を覚えているから、なおさらだ。ちょっと走るとか、とっさに動くことを制限された感覚が拭えなくてストレスだった。その僅かな動きができるだけで、討伐がどれだけ楽になると思ったことか……。


 今も、少し思ってる。

 鍛えれば多少は底上げできるとも知ったし、もう少し頑張ってレベルを上げれば、普通に走れるくらいにはなるんじゃないかと思ってたし。


 代わりに持久力を得たんだから贅沢な話だ。普通に走れたところで他種族ほど動けはしない。それでいて持久力という長所を失えば、目も当てられない。


《やはり我の睨んだ通り。主よ、我が俊足が必要であろう、違うか? それが主に、我が差し出せる最大の力だ》


 悔しいが、目から鱗が落ちたようだった。目の前の鱗に気付かされるとは。

 誰にとっても有用なことなんかない。欲しいものと必要なものも、また違う。持たないからこそ欲しくなるが、手に入る物を活用していく方が現実的だ。


 必要なものか……。

 弱点をカバーしてくれるものは、必要なことと言えるだろう。


《クァクァクァ、やはり図星のようだな!》


 得意げな顔を見ると鼻フックしかけてやりたくなるが、今は我慢してやる。


《なっ! なぜ、指を我に向けるか!》

「おっと、つい癖で」

《悪癖だ! 正すべし!》


 こいつは寸胴で、羽は邪魔臭いし速そうには見えないが、実際の動きを見たから反論できない。ケルベルスに劣らない、もしくは凌駕するスピードを持つだろうタウロスだ。


「もしかして、乗れと言ってるのか」

《主の鈍足に付き合っていると、我が力を発揮するのに幾年月かかるか知れぬ》


 そっちが本音かよ! だから、ずっとちらちらと窺ってたんだな?

 そりゃ指摘はごもっともだが。


 もし、半日でも、こいつを維持できるなら。


 ハリスンのように数匹ならば倒せる範囲の魔物でも、多数いるから出かけられなかった。逃げようがなかったからだ。


 それが、俺でも狩場に行けるようになる――。


 なるか? 足だけ丈夫でも、他は俺のままだ。

 それでも。


「……ああ、そうだな。走りたい」



 ただ、前のように走りたいんだ。



《我が外に出られるようになれば、協力できると理解したようだな》


 苦い笑いが出る。


「どっちにしろ、まだ先だ。マグ集めは変わらない……でも、その内頼む」

「クァ!」




 立て看板まで来たとき、通り過ぎるものがあった。それも街道側に?

 スケイルから顔を上げると、小走りに遠ざかる二頭の馬。それに跨る人間は、まだ足止めをくらってる行商人の恰好とは違う。外から来たのでもないような。

 マントを被ってるが、垣間見える装備は砦兵のものに見えた。


「馬、居たのか」

《なかなかの健脚だが、我の脚ほどではないぞ》

「張り合うなよ」


 そういえば農地側の倉庫らしき小屋が並んでいる辺りに、行商人らの馬車などは預けてある。少ないながら家畜小屋と小さな広場もある、以前ビチャーチャが入り込んだ所だ。馬を飼えそうな場所なんて、あの辺くらいしかないと思う。

 この辺で走れそうなのは放牧地と草原くらいのもんだし、運動不足になりそうだな。


 街へ入ると無意識にスケイルの頭をぽんぽんと叩く。意図を読んでコントローラーに消えてくれたのを確認し、通りを歩き出した。


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