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23 :格上に挑む

 判断に迷った一瞬が命取りだった。

 モグーの頭にのった手の平よりも一回り大きな葉っぱ。

 それが飛んだ。


「っぶねえぇ!」


 モグーの突きと変わらぬ速度で宙を舞った葉っぱは、俺の頭を掠めていた。

 とっさに半身をねじって避けたが、その隙をヒレ連撃が襲う。


 後ずさっても避けられただろうが、土がかかるという理由で横に跳んだ。

 正解だった。


 ヒュッ!


 風を切る音が、俺が立っていた場所を通り過ぎた。

 くるくると回りながら戻ってきた葉っぱは、ポスッとモグーの頭に着地する。


 どっと汗が噴出す。


「特殊攻撃、木の葉回転刃か」

「ゲゥゲゥゲゥ!」


 俺を嘲笑っている。多分。

 顔が笑ってないが肩を小刻みに震わせている。


 やばい。

 ゲームでこいつと出会う時点では、キャラのレベルも上がり最低限の装備も整っている段階で、一桁のダメージしか入らない攻撃だった。


 今は絶対、違うよな。なら二桁かとかいう問題でもなく。

 あんなのが首でも掠めたら、間違いなく……死ぬ。


 あれを避けられても、ヒレ攻撃がある。今は土をかけられてうざいだけだが、体に当たればどれだけの威力があるか。

 大きく深呼吸しナイフを向けつつも、じりじりと草むらへと後退する。


「ニゲゥ!」


 ばれた!?


 そして、また葉っぱが浮く。

 しかも今度は、さっきよりも速く回転しているように見える。

 さらには、より勢いをつけるためか大きく下がった。


 クソッ避けられるか……?


 背後に大きく回った葉が、こちらへ向かって加速する。

 よ、横に避けろ! 動け!


 高速で打ち出された葉を、まったく頭の指示に従ってくれない体に、問答無用で言い聞かせるが、視界の情報は絶体絶命のアラートをけたたましく鳴らす。


 バシュッ――ガガッガッ。


「ぐわああぁぁ……あれ?」

「ゲゥ?」


 葉の刃は、モグーの後方にある木に思い切り刺さっていた。勢いつけようと大回りしてくれて助かった……。

 モグーは幹に縋りつき必死に体を伸ばすが、腕が短くて届かない。

 ヒレをパタパタと伸ばしている。


 い、今の内に!


「うらああああっ!」

「ゲピゥ!」


 がら空きの背にナイフを突き出した。

 違うだろおぉ!

 今の隙は、逃げるところだろうが!


 俺がナイフを突き立てたと同時に、モグーは身を捩じらせていた。

 勢いのおかげでモグーの背には引っかいた赤い筋がついているが、致命傷には全くいたっていない。

 慌てて後ろに飛びのこうとしてよろめく。

 とっさに後ろへ飛び退いてバランス保つって結構身体能力が必要だと思うんだ。


「でっ」


 そんなわけで俺は尻餅をついていた。まただよ!

 今度は俺が隙だらけだ。凶悪なヒレ連撃が迫る。

 こういうときは、ええと、転がって避ける!


 避けきったと思ったが、右腿に衝撃が走った。

 食いしばった歯から呻きが漏れるだけで叫びもできない。


 だから、言ったろ。あのヒレは危険だって。


 痛みをこらえて、どうにか後ずさった。涙で霞む目を拭って足を見たが、切れたりはしていない。ヒレの湾曲した外側が当たったのか。内側の爪だったら、無残なことになっていただろう。

 急いで立ち上がるが、骨が痛むような感じはない。


 俺が立ち上がれない間に、敵は止めを刺そうと近付いているはずだ。

 だが、モグーの姿は眼前に無い。

 また、葉っぱの刺さった幹に張り付いてパタパタと蠢いていた。

 ……モグーが葉っぱ愛好家で助かった。


 さっきはうっかり叫んだから、音を聞きつけられたんだ。次は外さない。


 無言でモグーの背に近付くと、ナイフを両手で持ち、バットを振るようにして横から切りつけた。フルスイングだ。


「ゲゲゥ!」


 足音に反応したのか、また胴体がうねったが、毛に覆われた背を抉る手応えがあった。

 いくら俺のレベルが低かろうと、これならかなりのダメージになるはずだ。

 いやなれ!


「どうだ!」


 しかし消滅はしない。

 やや距離を取って様子を見る。

 モグーは怒ったのか毛を膨らませて振り返ったが、よろめいている。

 効いてる!


 背の傷から、うっすらと煙が漂っている。

 あれって血が流れ落ちているようなもんだろうか。


 モグーは葉っぱを諦め、全身を思い切り縮めて溜めに入ったように震える。

 これはまさか、突進攻撃!


「モゴグゲゴゥ!」


 モグーの体でカピボー並みの体当たり技だ。当たればタダでは済まない。

 済まないが、バネのおもちゃのように単調な動きだ。

 すっと横に移動すると、俺が立っていた場所にモグーは頭から地面に刺さった。


 今の内にと、じたばた蠢く背に何度か切りつけるが、土を掻く力は強いんだったよ。一瞬で這い出してきやがった。


「しぶといな!」

「モグルゥ」


 目を回しているのか、よろよろとしたままヒレだけで必死に攻撃してくる。

 だが、もう初めの威力はない。

 俺は正々堂々と正面からヒレを切りつけていった。


「モ、モゲウゥ!」

「さっさと、もげろよ!」


 ヒレは土を掘るため丈夫なんだろう。なかなか傷がつかない。

 かといって、無理に背後に回ろうとするのも俺の鈍足では厳しい。

 いいだろう。

 持久力なら俺だって負けないはずだ!




 以下繰り返すこと数十回は打ち合っただろうか。


「な、なんなんだ、おまえはよ……」

「ゥモゲェゲェ……」


 互いに息を切らせながらも睨み合う。

 なんでマグの塊のはずの魔物が息切れしてるんだよ。


「くっ!」


 俺はよろめきながら足を一歩引き、モグーの決死の攻撃をぎりぎり避けた。

 さすが魔物だ油断ならない。


 ザクッと突きを放ったモグーだが、もう交互に見舞う元気はないようだ。

 片手を地面に突っ込んだ状態で一休みしている。


 魔物の生態に気を取られている場合じゃない。どうにかケリをつけないと。

 だからといって手立てもなく、力を振り絞って切り付け続ける。


 まだか、まだなのか!


 気力が尽きかけたとき、モグーの体が歪んだ。

 身をくねらせているのではない?


「モグニュェ……」


 全身が赤みを増し、透過が始まる。

 モグーは最期に、幹に残された葉を名残惜しそうに振り返り、煙となった。


「やったのか、やった……やれたんだ」


 思わずへたりこむ。

 タグに吸い込まれていくマグを見ると、実感が湧いてきた。それに、活力もだ。


 その活力が湧く感覚が一旦治まると、もう一度来た。

 これまでの感覚よりも強い。しかも、さらに追加だ。


 なんと、3レベルも上がるとは……どんだけ強敵だったんだよ。

 でも、一日だけで目標のレベル5を突破しやがった。

 レベル6だ!


「おおおっしゃ!」


 いやあ、死ぬかと思った。

 そして、やっぱりだ。レベルアップで、体の痛みは消えていた。




 気がつけば景色は一面真っ赤だ。急いで戻らないと。

 ふと気になって、モグーが見ていた幹を見ると、葉は刺さったままだ。

 ええ、残ってるの?


「なんでだ」


 ナイフの柄で、コンコンと叩いて取り外し拾ってみる。

 硬い手触りは金属としか思えない。見た目葉っぱなのに。まん丸だし縁はギザギザとしていて凶悪だが。

 まあ、念のため持って帰るか。




 ギルドへ戻った俺は、窓口で腰が抜けそうになっていた。


「え、ご、ごひゃぅ」


 モグーの奴、驚きの500マグだった!


「ミノタロウさん、金額はあまり声に出されないほうが良いですヨ」

「はっ! そ、そうすね。すみません」


 いや大枝嬢よ、俺に蓑はついていない。

 毎回変な名前つけないでくれ。


「あの、コエダさん。姓名どちらかで呼んでくれませんか」

「あら、こちらがお名前だと、シャリテイルさんに訂正されたものですカラ……確認もせず失礼しましタ」


 シャリテイルめ何を教えてるんだ!


「名前はタロウです。というかタロウだけでいいですから」


 大金を手に入れた高揚感が一瞬台無しにされてしまったが、気分が良いから許そう。

 カピボー五匹、草二十束と草のおまけも合わせて計536の稼ぎ。

 昨日の残額と合わせて571マグだ!


 これは、いいよな。もう飯食ってもいいよな。


「ではタロウさん、これなのですが」


 大枝嬢の、ぐにゃりとした笑顔も怖いと思っていたが、表情を消すとより怖い。

 いやそれは俺自身に思い当たることがあるからだ。


「どうしてモグーのような、やや難度の上がる魔物を?」


 うう、問い詰められるよな。

 正直に経緯を話した。


「まあ、そんな近くに? それは、不運でしたネ……でも、お怪我もないようで良かったですヨ」


 打ち身はありましたが、ヤツは裏技で消した。

 同情的な反応が出たということは、滅多にないことなんだろう。

 やっぱり俺の運のなさは、ちょっとばかり幸運値を上げたくらいでは覆らないようだ。


「念のために、砦にも報告しておきますネ」


 他には特にお咎めもなく解放された。




 宿に戻って体を見たら、モグーから殴られた太腿に大きな痣が残っていた。

 痛みは引いてるが、やはり完全に傷が消えるわけじゃないのが恐ろしい。

 無理をしないように重々気をつけないとな。


 今日は運が悪かった……いや、今日も運が良かっただけかもな。

 なんで俺は慎重になれないのだろうか。

 よっぽど飯が食えないのが堪えているのに違いない。


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