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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
据え置き低ランク冒険者編

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216:タウロス

 薬屋で大した怪我ではないと聞いて、シャリテイルは立ち上がる。


「自分で歩けるから!」


 俺が背負おうかと言う前に、シャリテイルは慌てたように言い切った。ご丁寧に杖で牽制される。そんなに恥ずかしいもんなのか。一応覚えておこう。


「ほんとに大丈夫よ。念のため、もう一つマグ回復も使っておくから」


 シャリテイルはベルトのポーチから、俺の知らない大きな魔技石を取り出した。マグ回復の大サイズか……いったい幾らするのだろうか。

 にっこり笑顔でシャリテイルは、その石を側頭部にぶつけて叩き割った。


「どう、これで安心でしょ?」

「……あぁ、うん」


 ワイルドすぎんだろ。


「なによ疑り深いわね。ギルドに報告だけ済ませたら寮に戻るわ。約束する」


 微妙な表情になったのはそっちのことじゃないが、もちろんそうして欲しいから何も言うまい。報告は、さすがに代われないからな。高ランクたちと出かけていた早朝のこともあるだろうし。


 いつものように言うだけ言うと歩き出したシャリテイルは、やかましい作業場に声をかけて回復薬を買い足すと、さっさと外に出る。並んでギルドへ向かう道すがら、シャリテイルは両腕を上げ下げして体を伸ばしていたが、突然振り向いた。


「ね、今日は休むって約束するから、明日は付き合ってくれる?」


 さっぱりしたような笑顔を向けられたが、声は硬く真剣みがある。口を引き結び、肯いた。

 多分、俺の問題は山積みなんだろう。シャリテイルの立場を考えたら、誰にも言わないでくれなんて気軽に頼めない。そんなことを言えば、また悩ませてしまう。

 俺としては、タウロスのこともどうすりゃいいか分からなくて相談したいし、ちょうど良い機会だと思うしかないな。




 まだギルド窓口に大枝嬢の姿はなく、シャリテイルは森葉族の職員ユウさんに声をかけていた。ストレートの柔らかな金髪をポニーテールにしたお姉さんだ。素朴な制服を盛り上げている凹凸に惜しみない賞賛を送ろうではないか。

 思えば初めて別の受付嬢とやりとりするのか。ここはスマートにタグを渡して……。


「どうしたんだいタロウ、疲れているようだね。精算の準備はできたぞ」

「あ、はい」


 俺もユウさんにといった夢は儚くも破れ、頼んでもいないのにトキメがテキパキと仕事をしてくれた。

 いやいや恨めしい視線を向けてはダメだ。まだ受付は二人しかいないし、忙しい時に邪魔するもんじゃない。


 ざっと報告を済ませて、無駄話をすることなくギルドを出る。

 シャリテイルも、今朝の作戦のことを主に告げるだけで切り上げていた。俺の事というか、タウロスとコントローラーには触れていない。


 過去には聖なる小道具とやらがあり、そのおかげか、俺が考えたような不審物と思われなかったのは良かったと思う。

 ただ聖魔素自体は、聖者のように国に囲われてしまう程度には、見逃せない存在のようだ。

 報告することになるとしても、まずは明日の話で俺の意向を確かめ、シャリテイルの疑問を納得させてから、方針を定めたいんだろう。


「ちゃんと休んでくれよ」

「タロウもね!」


 そう挨拶したはいいものの、ギルドの出入り口脇に立ち止まってシャリテイルの姿を見送ったのは、ちゃんと戻るか気になったからだけではなかった。

 いっぺんに考えるべきことや疑問やらが湧いて出て、ごちゃごちゃと頭ん中で喚いている。これまでは無意識にでも南の森へ向かったりと行動していたのに、完全に途方に暮れていた。




「っしゃあ! やってやったなッ!」

「まったく……あんな、疲れるもんだとは」


 聞き覚えのある、うるさい声が聞こえてきた。早い時間だが、ギルドに戻ってきたやつらがいるようだ。


「おっ、タロァじゃねぇかぁ!」


 振り返ると、うるさい森葉族がトゲ付き棍棒にしか見えない杖をぶんぶん振りながら叫んだ。俺の知る森葉族の中で、恐らく最もうるさいハゥスだった。

 ハゥスの意図せぬ杖攻撃を、すぐ背後を歩いている男は首振り人形のごとく頷きながら巧みに避けている。岩腕族一寡黙だろうドラッケだ。


「タロウも今日は上がりか?」


 仲間を呆れたように見てから、炎天族一小柄な男だろうスウィが軽く手を上げ声をかけてきた。考えたら各種族で最も妙な一番が集ってるな。

 気分転換に雑談もいいかと、巡回した場所の状況を尋ねるまでもなくハゥスがまくしたてる。

 うるさいのは戦闘中だけじゃなかったのかよと思ったら、興奮する理由があったようだ。


「おぅ、なんといっても今日は聖獣大繁殖だからなぁ!」

「まさか、この街で聖獣を手に入れられるとはなぁ。まぁ疲れたのなんの」

「何言ってんだ、やったじゃねえか、スウィもドラッケも喜べって! 俺が案内してやれなかったのはマジ残念だけどよ!」


 ああ、前に話してたよな。街を出る時が来たら、のんびりと聖獣探しでもやってみればいいかって。それが意外なところで入手の機会があったんだから、当然参加するだろう。


「疲れたって、なにかあったのか。暴れられたとか?」

「いや、ちょっと聖魔素がな」

「ああ、やっぱ、そこまでつらいのか」

「なんだ知ってるようだな。俺でも近付けるやつを選んでもらったんだが、頼むにも触れなきゃならんだろ? 契約が結ばれるまで、我慢しなきゃならないのが辛くてな。バラバラになるかと思ったぜ」

「おいおい信用してなかったのかよぉ! 俺が見立てたんだぜ? 大丈夫っつったろ!?」


 なるほど、個人差もあるよな。聖獣側に契約する気があるならなんでもいいのかと思ったが、聖魔素とのバランスもある……嘘だろ?

 俺とタウロスの性能差は、山と塵芥ほど隔たりないか?

 いや実際の性能じゃないな、魔素の強度?

 ……それこそ、聖者の素質が云々という話なのか。


「まあ手に入れたからには、さっそく試してみるけどな。しばらくは、巡回中の楽しみが増えたって思うことにするさ」


 疲労は濃いようだが、ふっと浮かんだ笑みからスウィの嬉しさは伝わってくる。その言葉に首振り速度が増したから、ドラッケも楽しみなんだろう。


「いけねぇ、つい長くなったな」

「じゃあまたなッ!」


 ギルドに入っていくスウィたちを見送って、深く息を吐き出した。


 聖獣か……俺は俺で、できることをやっておくべきだよな。

 試すというか、まずは情報収集してみるか。幸か不幸かタウロスとは会話できる。

 蜥蜴の生首相手にとか、気が進まないけど。


「話が、できるんだよな……」


 意思は伝わる程度だとシャリテイルから聞いたように、話せないのが普通といった感じだった。

 記録に残ってるんだから、誰かが発見したことがあるのは間違いないが、上位にいくほど数は少なくなると思う。

 珍しいといわれる聖獣の中で最上級なんて、どれだけ発見された例があるんだろうか。


 いつものように南の森で試そうかと思ったが、足は宿へ向いていた。

 スウィたちと、あんな風に話しておいて、俺は手に入れたことを伝えなかった。

 他の奴らと通りすがって、また白々しく話すつもりかと思うと居たたまれなくなっていた。


 俺の気にしすぎで、なんでもないことかもしれないし、やっぱりとんでもないことかもしれない。

 分からないから、まずはシャリテイルの判断を仰ぐべきだと思った。

 実際のところは……情けないことに、どう転がるかの責任を丸投げしようとしてるんだ。




 洗濯して飯食ってとするうちに日は暮れていた。


「気は進まないけど、今晩中に片づけるぞ」


 気付いたことなんかを書き留めておこうと、サイドテーブルに紙束を取り出して椅子に座る。

 それから側のベッドの上にコントローラーを置いた。


 ええと、どうすりゃいいんだ。

 呼んだら出てくるか?

 そういえば、シャリテイルがタウロスと呼ぶからつられていたが、名前じゃないよな。個別の名前はあるんだろうか。とにかく呼びかけてみることにしよう。

 無意味に咳払いする。


「タウロス、出てこい」


 反応がない。

 意味があるかは分からんがコントローラーをノックしてみる。


「おい、起きてるか」


 コントローラーの中央に鼻面が浮かんで、慌てて手を離した。


「キュルゥ……」

《長き眠りより目覚めたと伝えたではないか……》


 ぎりぎり目玉半分まで姿を現したが、どこで鳴いてんだよ。


「もしかして拗ねてんのか?」

「クュ」

《なに、再び闇の深みに(いざな)われておっただけよ》


 うたた寝してただけかよ!


 上目遣いで見る蜥蜴と、渋々と目を合わせる。薄暗い部屋でランタンの灯りに浮き上がる蜥蜴頭。不気味だ。

 光景がシュールすぎて気が回らず、牛要素はどこだと思ったが一応角は生えている。頭の左右から平行に伸びた角は、やや沿って上を向く。山羊や羊とは違うと思うが、牛かと言われるとよく分からない。


 それより聖獣か……俺だって欲しいとは思ったよ?

 でも俺はただ、低級で微妙な性能らしい聖獣で良かったんだ。たとえ契約できずに見るだけで終わったとしても、挑戦できただけで満足しただろうよ。


 よりによって大型で最上級に位置するやつが、俺……じゃないな、コントローラーに憑りつくなんて最悪だ。ただでさえ街中に訳の分からないネタを提供し続けてるってのに、さらに悪目立ちするなんて嫌すぎる。


「クルルゥ?」

《して、主よ、我に何を望む?》


 地底に帰って?

 と言いたいのを我慢。


「確認したいことがある」

「ク!」

《よかろう!》




 まずはどうしても腑に落ちない契約について確かめたかった。

 スウィが、契約が結ばれるまで、なんて表現をしていた。それは結局、実際なにをどうするんだよ。


「契約ってのが、よく分からない。契約を結ぶときに、聖獣に触れて耐えるんだと聞いたんだが」


 嬉しそうに目を見開いて聞いていたタウロスは、待ってましたとばかりに頭全体を突き出して口を開いた。口の端から二股に分かれた長い舌が舞う。

 ほんと見てると気が滅入る……。


《そんな些細なことが気掛かりであったか。邪質の魔素しか持たぬ者に、我らが力を貸すのだ。馴染んでもらわねばなるまい》

「なじむ?」

《うむ、我らのマグと調子を合わせるのだ》


 マグ情報を書き換えるってことか?

 タグの個人認証処理とか、もっと単純に言えば――。


「魔物を倒すと、倒した奴にマグが行くのと同じってことか」

「クキィアー!」

《赤きものどもと同じにするなと言っておろう!》

「だって、そいつの魔素と紐づけるんだろ? ちょっと言い方はあれだが」

《紐でくくる? 妙な表現だが、主がそれで理解できるなら、それで構わぬ》


 お前の文明レベルに合った言葉を探すのに苦労してるんだよ!

 古くさい言葉で話すし、どれだけ寝てたのか知らないが確実に前時代だろ。


「じゃあ赤いのと違って、傷つけなくても個々人に合わせられるんだな?」

「クゥ!」

《その通り!》


 ぴょこんと頭で一本の羽を立ててタウロスは肯定を表す。

 傷つけずとも情報を付加できる?

 それでも気になることはある。


「邪質の魔素だぞ。反発するんじゃないのか」

《だから調子を合わせるのに多少は時が必要なのだ。今は袂を分かつが、どちらも元は人が呼ぶところの魔素は魔素である》


 核を成すのは同じ魔素? そこから邪と聖に質が変化するのか、分岐した後か。

 原子の振動とかそっち?


 とにかく魔素と呼ぶのは、大雑把な分類分けでもなかったんだな。

 まあ、そっちはいいや。俺は研究したいわけじゃない。

 違和感は分かった。


「俺は何もしてないし、言ってないよな?」


 触れたのは脚を掴んだときしかないが、俺は攻撃されていると思っていたし。

 タウロスは不思議そうに首を傾げた。


「キュリィ?」

《主が我の足に触れ、我は主の根性を認めたではないか》


 バカにしてると思ってたんだが……。


「確かにあの時、青い光がまとわりついたな。でも俺は契約したいなんて言ってないし、逆に払おうとしただろ」


《いやしかし主よ、我も驚いたぞ。この青きものが逓減する世にあって、未だこのように聖なる小道具が残っていようとはな》


 おい、まさか話を逸らした?


「……小道具の存在を知ってるということは、その頃は生まれていたか、目覚めていたのか」

《当然よ。以前の主は、その研究員とやらだったのだからな。その時に聖なる小道具は、居心地が良いと知ったのだ。やはり聖魔素同士だからかもしれんな》


 冠羽を広げて得意げな顔で、頭を反らしているつもりのようだ。


「前の主……」


 そりゃ、居てもおかしくはない。得体の知れない世界から呼び出される召喚獣のようなもんではないんだ。


《そのようなわけで、これも縁よ。今後もよしなに》

「あ、ああ、しばらくはよろしく」

《しばらくとな……?》


 え、なにかみるみると不機嫌になっていく。

 そりゃ主を変えられるなら、一時的なもんになるんじゃないのか?


《どういうつもりだ……よもや勝手に掘り出しておきながら、やはり不要となれば打ち捨てる腹か!》


 掘り出してないと言うか、お前が水晶ぶち割って出て来たんだよ。

 怒りの籠った言葉とは裏腹に、泣きそうな顔でぷるぷるしだした。

 悪いことしてるみたいじゃないか……まさか、前の主に捨てられたとか?


「そうじゃない。ここは冒険者街っていう、すげえ冒険者……お前的には戦士だっけ。俺では超えられない、すごい戦士ばかり揃ってるんだよ。もっと性質、というか力量の合う相手がいてもおかしくないんだ。お前だって、もっと力を引き出せる奴と組みたいだろ?」


《はっ、笑止!》


 タウロスは頭を上げてふんと鼻を鳴らし、冠羽を扇のように広げた。

 器用に感情表現しなくていいよ。


《なおさらではないか。主も力を欲しておろう。なんの問題がある》


 俺自身で身につけた力じゃないだろと言いかけたが、こいつには意思がある。

 そもそも、好きなように使えるもんでもない。

 どちらかと言えばパーティーを組むようなもんだろうか。

 パーティーは役割分担し互いを補うのが目的だろう。

 さすがに、それさえ否定はしない。一人でなんでもできると思う方が傲慢だ。


「まあ、手を組むと考えれば……って、俺はお返しできるものがなくないか?」

《そう卑屈になるな。この小道具はなかなかの居心地であるからな》


 蜥蜴は、ほくほく顔で言った。


 俺の力関係ねえ!


「言い方を変える。なんで小バカにする相手と契約したがるんだよ」

《フッ、単純なことよ。我は意志が欲しいのだ》


 意志……?

 すでに勝手なことしてるし、ものすごいこだわりがあるように見えるんだが。


《よいか、我に力はある。しかし何に行使するかを考えることはない。我らは自然に流される存在ゆえに!》


 情けない理由を踏ん反り返って言うな!


「勝手に契約強制しておいて意味が分からないんだが?」

《強制などできん。しかし主が力を欲していたのは分かっておる》

「まさか……心が読めるとか?」

《そんなことはできぬ。しかし聖小道具に受け入れてくれたではないか》

「一応、これは俺の意志で扱えるもんな……なるほど。やっぱ勝手に契約してるじゃないか!」

「クキェァッ!」

《鼻を掴むな、息が!》


 口にするまでは無効にしろよ!


 ふぅ、落ち着け。言葉を解するからといって、考えが伝わると思うな。

 同じ人間同士でさえ、ままあることだ。人外ならなおさら。

 それに獣に近いなら本当に深い意味なんかなくて、単純なだけかもしれない。


 とにかく、契約の理由は優柔不断の流され系だからか?

 意志力が弱いから誰かに乗っかって楽しちゃおうってか。

 やっぱり、俺である必要もないな。


「話を戻すが、だったらなんで今まで契約してないんだ。意志の強そうな冒険者といえば炎天族とか、頑固そうなのなら岩腕族とかいるじゃないか」

《ふぉう、やれやれわかってないなあ》


 器用に頭の羽で肩を竦める風に見せて、呆れたように首を振っている。

 無駄に芸が細かすぎるところも、むかつくなおい。


《戦士に最も不向きといわれる人族だぞ? それが、あのような魔脈の深い場所まで訪れる無謀さを持つのだ。あえて険しい道を進むという意志力は、他種族の意志の強さとは比べ物にならんだろう》


 それじゃ意志の強さとか関係なく、ただの考えなしだろうが……いやいや初めは知らなかったからだし。


《聖獣の中で最強と自負すればこそよ。ひ弱ながら強がる意志だけはご立派な主こそ、まさに我に相応しいではないか!》


 嬉しそうに鼻を膨らませて言うな。

 もう一本、羽を毟りたくなってきた。


《ぬ。殺気まがいの気配……気のせいか、目の前にはたかが小童しかおらぬ》


 おっといけない、ただならぬ闘気がもれていたようだな。

 誰が小童だ!




「まったく……なんとなく理由は分かった。俺だって契約できたらいいなと思っていたのは本当だ。俺でいいなら、こちらこそよろしく」

《はじめから、そう言えばよいのだ》


 嬉しそうに目を細めて、頭の羽を左右に振っている。鉛筆でつついてみようと伸ばしたら、羽で白刃取りされた。

 こやつ、できる……!


《その程度か主よ、もっと本気を出すが良い!》


 とっても嬉しそうだ。

 やっぱお前さ、暇だからなんとか俺に憑りつこうとしてるだろ。しかもコントローラーという居心地のいい家付きだもんな。


 嬉しそうなタウロスを、しばらく鉛筆でアホ毛ならぬアホ羽で遊んでやりながら、そんな様子を頬杖ついて力なく睨む。


「だいたいな、なんでそんな半端に、顔だけ生えるんだ?」


 そういえば森の雫種を出してもらったとき、少し待つ必要があったな。


「ああ、そんだけでかいと、全身を出すのは時間がかかるのか」

《ぬ、我を見くびっているようだな。いや、遥かな高みに立つものを認識するにも、力量が必要だと聞く。小さき者よ、よく見るがいい》

「はいはい」


 もう慣れてきた。

 なにをするのかと見ると、コントローラーから半透明の首がぬるっと伸びた。


 よ、妖怪!


 仰け反って倒れかけた椅子の背が、ガシッと何かに支えられる。背もたれを戻したのは、タウロスの頭だ。

 しかし、頭だけでなく全身がそこにあった。


 で、でけぇ……。


 ベッドに収まるサイズだとは思うが、各パーツが一々ごつい。部屋がますます狭く見えるだろうが。


《どうだ、主よ。我を他の聖獣と同様に思うな。顕現速度も最速である。無論、他の力もはるかに凌駕しておる……それにしても、今のはなかなかに無様な驚きぶりだったぞ!》


「クァクァクァ!」


 馬鹿笑いを無視して、改めて全身を観察した。


 微かに青みがかった艶のない銀色の鱗は、動くとほんのりと七色の艶が移動して見える。あれだ、ホログラムシールっぽい。

 体のほとんどはそんな鱗だが、胴体だけは黒く滑らかな毛並みだ。暗い洞窟で姿がはっきりしなかったのも納得。

 しかし、その胴体というのが横からみれば四角くがっちりしていて、角と合わせて見れば、そう、まるで水牛のような胴体なんだ。

 結構あったよ牛要素。


 蜥蜴にしては高さがあるし、しっかり立っていたからな。どうりで、比較対象にケルベルスやら馬やらが浮かぶと思った。


 基本は鱗に覆われて見えるんだが、頭と四肢は蜥蜴。

 首周りと尻尾にあたる長い孔雀のような尾羽は鳥。

 胴体と頭頂部にある角は牛。


 どう見ても蜥蜴と鳥と牛のキメラだ。


 蜥蜴と呼んだら邪竜と一緒にするなと怒っていたよな。お前、自覚ないらしいが鱗のせいでほとんど印象は蜥蜴だからな?


「クァ?」

《なにか面白い話でも思い出したか?》


 お前のことだよ。

 わくわくすんな。

 ほんとこいつと話してると、げっそりしてくる。


「いや、いつでも出入りできるのはよく分かった」

《そうだろう》


 ぴゅるんと、またコントローラーに飛び込んでから鼻面を出す。戻る方が速いようだ。

 机のメモ紙を見るが、考えがまとまらない。結局、『意志?』と書き込んだだけで鉛筆を置いた。


 まとまらないのは、動揺してるだけでもないな。密度が高いというか、なんとも精神に負担のかかる日だった。面倒な出来事が幾つも起こったからだろう。

 ただでさえ今後の生活をどうしようかと不安になって、どうにかテンションあげたらこれだ。さらには明日から、もっと面倒そうな不安要素が待っていると思うと気は重くなるばかり。


「すげぇ……つかれたな」

《我に倒れるな! 休むなら寝床があろう》

「そうだった、お前の寝床は……こっちでいいか」

《なんだこの引き出しは、我は荷物ではない! 不服なり!》

「あーもう、うるせーなー……」


 クァークルー……!

 面倒になったから、ベッドの端に放って転がると、鳴き声も遠くなっていった。


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