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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
ランク外の冒険者

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22 :レベルアップしたい

 俺は腰を落とし、ナイフを地面と平行に構えた。

 黒い刃が鈍く煌く。


「眼前を埋め尽くす敵か。多いな……だがこのナイフの意味が分かるか? ああそうだ、お前らの命を刈るんだよ。ぶっちぎり最低ランクの実力を、見るがいい!」


 ザスザスザスッ。


 ふぅ、やっぱ何度か往復させないとうまいこと切れないな。


 恐ろしい魔物の封印が解けるかもと慌てたのが、まるで嘘のように何事もなく、俺の冒険者生活は再開していた。

 俺にとっての冒険――草っぱ殲滅だ。


 欲張って左手で掴める量を無理やり増やしても、手間取るだけのようだ。

 もう少し量を減らしてでも確実に仕留めていこう。


「よっしゃ、今日も同じペースでいけたじゃないか。思ったとおり無理な配分じゃなかった。ふぃー良かった良かった」


 まだ日は真上からやや傾いた程度。

 昨日、シャリテイルと二人でこの場を離れたのとほぼ同じ時刻である。多分。


 草束の上に置いてあった水筒を手に取ると、そこに腰掛ける。

 水の補給と休憩だ。


 森を背にすることになるが、俺は北を向いて座った。

 まだカピボーが活発になる時間帯ではない。

 それは少ない体験からの憶測だけど、そういうことにしておく。


 昨晩思い返したからだろう、なんとなく、山を見たくなったんだ。

 遠くに霞む黒い稜線をぼーっと眺める。


 ゲームでは、ジェッテブルク山と呼ばれていたが、俺は黒山と呼んでいた。ネット上では黒山の他に邪竜山とかボス山とか、適当に呼ばれていたっけ。

 攻略サイトの掲示板なんていう地味な場所くらいでしか見ることはなかったが、全体で見れば中堅の売り上げのタイトルなんて、マイナーだろう。


 俺にとっては現実化してしまったジェッテブルク山は、なんていうかごく自然にそこにある。

 晴れ渡る空を切り取るように聳え立つ、ゴツゴツとした巨大な岩の塊だが、別に禍々しい雰囲気はない。

 俺の乏しい知識のイメージに過ぎないが、アルプス山脈にある、ええと、なにか尖った三角の山っぽい。雪を取り除いて黒くした感じといえばいいだろうか。あれに比べれば小さく、小学生が遠足に行く程度のサイズに見えるが。

 山と麓の街があるだけという、のどかな風景だ。


「くっ……なんだ? 肌をビリビリと焼くように不快な感覚が、来るッ! 幾億の魂の眠りを妨げる漆黒の闇だ。馬鹿な……みんなには見えないのか?! あれほどの地獄の番人の、オーラが……ッ!」


 などと黒歴史が疼きそうな場面が似合うイメージなど、微塵もない。

 あんなところに封じるって、どうやったんだろうな。登るのだって大変そうだ。

 掘って埋めたとか?

 いや物理的な意味のはずないな。硬そうだし。掘ってる間に殺されそう。

 そんな、どうでもいいことを考えて休憩を終えた。




「よっし。午後の部、後半戦再開!」


 さわさわと風が草を揺らす音が耳に心地よい。

 数日ぶりに手に入れた、憂いのない一時だ。


 こうして暢気にしていられるのも今の内かもしれないが、インターバルはありがたい。そろそろカピボーも現れる頃だしな。


 今日はレベルアップしてくれますように。

 憎きカピボーの面など見たくはないが糧になっていただこう。


 まだレベルが上がったら何かあるかもといった期待がある。

 せめてレベル5くらいにならなければ、ステータス変化が実際にあるのか、体感では分からないと思うし。


 草の掴み安さや、ノルマのペースアップ、カピボーの倒し安さ。それらは、初日より翌日の方が改善されていた。

 ただの慣れというよりは明確なようで、レベルアップの恩恵に思えるんだ。


 草刈りに精を出しつつも、ちらと余計な考えが浮かぶ。

 子供たちがやっていたように、森の繁みからおびき寄せても、今ならいけるんじゃないか?

 やらないと決めたが、ただ待っていても毎日出てきてくれるのかは分からないんだ。


 あれは炎天族の素早さがあってこそだろ。鈍足の人族にはどうかな。

 無理ではと思いつつも、目線は森の方を向いてしまう。

 こ、これは警戒行動なだけだから。


 俺は黙々と、森へ向けて、真っ直ぐに刈り取りを進めた。


 森が広がらないように切り取っているんだろうか、背高の草地と木々の間には少しの隙間がある。

 草を抜けて森の側まで来てしまったが、まだカピボーの気配はない。


 さっと背後を振り返る。

 距離は、小走りでなら逃げ切れないこともない。罠根っこも取り除いた。

 別にわざわざ誘き寄せなくとも、ここだって戦うには十分なスペースはある。


「手前だけ。すぐそこの繁みを突くだけだ。外したり、何も出なかったら潔く戻るぞ」


 ナイフだと近すぎるかな。背高草は長いが藪を突くには頼りない。それより石だ、石にしよう。

 丁度良い石が落ちていなかったから少し掘る羽目になったが、準備はできた。


 念のため、一つ遠くの藪を狙ってみるか。

 木々の間隔が広くてよかった。これならぶつけることはないだろう。


 手で掴めるほどの石を、下からゆっくりと投げ上げた。弧を描くように落ちる前に、ナイフを持ち替えて待つ。

 バサッという音と共に、聞き覚えのある邪悪な鳴き声。


「ギャピ!」


 当たりだ。


「え、多くない? 五匹? ち、ちょっと待て落ち着いて話し合おう!」


 思わず後ずさったが、行動パターンは同じだからな。

 こちらがどう動こうと、まっすぐ走り飛び込んでくる。跳び上がる軌道は読めるし、こいつら避けないから、二匹は突き出したナイフに勝手に刺さって消えた。

 すぐ後に続く三匹目にも、突き出したまま一瞬待つと刺さって消えた。


 連携している場合は、着地すると背後に回ってくる。残り二匹が届かず着地すると同時に、右側から回り込もうとしていた。

 ナイフを外に向けて振ったが、当たったのは一匹。


 一度食いつくと死ぬまで離さないから攻撃は避けたかったが、最後の一匹は避けきれなかった。とっさに腕を出す。


「俺のシャツ! 一枚しかないのに」


 シャツを齧られ少しほつれてしまった。

 牙がぐっさり食い込んでいた割には、運よく肌までは到達しなかった。

 どうもこいつら食いついたものを判別できないらしい。齧りなおすこともせず、ぶら下がっているから胴を切りつけてお終いだ。


 こいつら、また腕を狙ってきたな。いや、今は腕でガードしたからか。

 自分の身体を見回してみる。生地が薄い部分だ。前は袖をまくっていたし、弱い部分を狙う知恵くらいはあるのか。真っ直ぐ上に跳んでくるから、本当は頭を狙っている?

 あいにくと跳躍力が足りないし、顔周りは自然と守るからか、胴体の方に食いつく結果となるようだ。


 マグが貯まるのは嬉しいが、レベルアップはなかった。

 無茶をしたのに損した気分だよ。


「次はレベル4だもんな。カピボーごときでは経験値が足りないか……」


 ゲームでは、自分のレベルの高さで敵から得られる経験値が変動することはなかった。だから俺のレベルが上がって、格下のカピボーからの取得経験値が1になるなんてことはないはずだ。

 効率は悪いだろうが、レベル10くらいまでならこうして地道に過ごしてもいいとは思う。


 でも、次の区切りはレベル5で考えたい。

 宿敵ケダマと戦うために!




 おっと。森の側で考え事は危ないな。

 よし、無茶は一日一度だ。持ち場へ戻ろう。


 体を反転すると、足元の土がぼこっと盛り上がった。

 少しあとに、背後の森から葉擦れの音がする。


「え」


 振り返った、すぐ側の藪から頭を出しているものと、目が合った。

 いや、そいつは俺なんか見ちゃいない。生気の感じられない丸い瞳には、何も映してはいない。


 思わず後ずさると、そいつは身じろぎした。

 所々が枯葉のように薄汚れ、泥にまみれたような黒々とした毛並みを持つ、丸く長細い体躯がのそりと頭をもたげる。

 動くものに反応して攻撃をしかける魔物。

 頭の上に、緑の葉っぱを一枚乗せているのが特徴のモンスターといえば……。


「な、なんでお前が、ここにいるんだよ……モグー」


 俺の声に反応したのかは分からない。モグーは、藪から這い出した。体長は俺の半分はある。画面の中と違い、現実となればこうも大きくなるとは。


 頭の横から前方にむけて飛び出した、ヒレのような腕がうごめく。

 次の瞬間、モグーは上体を倒すと、地面に向けてヒレを交互に繰り出した。


「モゲゥ!」

「わあっ!」


 めちゃくちゃ早い!

 大きいのに、その素早さはカピボー並みだ。

 ボコボコッと派手に土が盛り上がり、俺の足に湿気た土が、襲いかかった。


「おおい洗濯が面倒だろおぉ!」


 まずい。

 今の俺で戦えるだろうか。

 じゃなかった、逃げられるだろうか。


 目の前にいるのは、もっと離れた森の中にいるはずの、レベル5の魔物なんだ。


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