206:野良パーティー
俺は再びダンジョンと化した道具屋フェザンに戦慄を感じながらも踏み込んだ。
そして、やはり目の前にはミミックが――。
「はわひふひー!」
またなのか……。
フラフィエは無理矢理に体をよじり、抱えた木箱を側に積まれた木箱にぶつけつつ陰から顔を半分出した。
「お、おや、いらっしゃいませ……あれ? タロウさんに、ストンリさん?」
「また随分と忙しそうだな」
「うす」
これを見てもストンリは動じないのか。
まあいつもこの調子じゃフラフィエの汚部屋は有名にもなるよな。
「それで、なんでまた箱が湧き出てるんだ」
何気なく言おうとしたつもりが、思わず低い声が出てしまった。
「ああわわ、ち、違うんですぅ! こここれは別に師匠との約束を破ったわけではなくてですね!」
俺が腹を立てたと思ったらしい魔物フラフィエの動きが活発になる。フラフラと揺れる箱から、もごもごと声が響いて不気味だったので取り上げた。箱の壁は低いところでも三段は積まれている。置場がないため、手近な箱タワーの上に乗せた。
「はぁ苦しかった」
「だから一つずつ運べと言ってるのに……」
「あっ、そうそれなんですけど、これにはわけが!」
両手と首の羽をぱたぱた振りながら言われたのは、ギルドから大口注文が入り、その準備に追われているらしい。
前回も繁殖期後の遠征に出る際に、ギルドから冒険者へと魔技石や薬やらが支給されるのを見た。その作成を、今回もフラフィエが引き受けるようだ。
「やっぱり遠征が近いのか」
「そうなんですよぉ。一人マグをこねこねし続けて首が痛くなっちゃうんですけど、段々と楽しくなってきちゃうんですよねぇ」
ふぅと溜息をついてるが、疲労感とは違うような。あまり突っ込むまい。
「ギルドからの依頼ってのはフラフィエ担当なのか?」
「担当といいますか」
他の店にも手伝いを頼んではいるが、話によるとマグ捏ね職人は少ないらしい。
研究院から資料が回ってくるんだったな。資格が必要とか?
そうでなくとも専門的な響きがして勉強するのは大変そうに思える。
マグ回復石を買うと伝え、話を聞きつつフラフィエから品物を受け取った。
買い物できるか不安だったが、フラフィエは積まれた箱の隙間に腕をつっこんで、器用にも商品をどこかから引っ張り出していた。
そんなスキルばかり磨くんじゃない。
はぁ、中サイズを五個で五千マグか。
消費アイテムと思うと胸が痛い額だが、これから危険なカニ皿地獄へ向かうのだから大盤振る舞いだ。
ストンリも中サイズを買っていたが、俺とは違いそれが普通。
それと、もう一つ。中難度地域に行くには必須のアイテムを思い出した。
「虫よけの在庫はある?」
もしものために買い足しておくべきだろう。
森の奥までは行かずとも、この時期は向こうから現れる可能性もあるからな。
「おや、棚に足りませんでしたか?」
「いや、外で使ってしまって……」
「やっぱりお外で使うんじゃないですか!」
「成り行きだ!」
というか六脚ケダマに使えるなんて知らなかったし!
もうしばらく棚用には必要ないが、念のために二袋仕入れることにした。ふたつで千マグだ……うう出費がかさむ。
「はい、虫よけです。それにしても、ストンリさんがお外に出るなんて珍しいですよね」
フラフィエも人のこと言えないだろと思うが、珍しさで気になっていたのか、買い物を終えた途端に好奇心を隠そうともせず詰め寄ってくる。
「それで珍しいお二人が、こんな時にどちらへお出かけですか?」
「ただの素材集めだ。ヒソカニ殻拾い」
「お皿集めですかー」
「防具だよ!」
「あっ、しめしめです! 素材集めなら私も行っていいですか?」
正直すぎるぞフラフィエ。
俺は構わないが、都合もあるのではないかとストンリを見る。
「別に」
「いいらしい」
「すぐ着替えてきます!」
この店内を埋めるブロックゲームのように歪に聳えた箱は、結局、放置しっぱなしかよ。並べ替えて高さを揃えたら消滅すればいいのに。
しかし引きこもってマグを捏ねるのが好きらしいフラフィエが、喜々として素材集めに便乗したいというのも不審だ。前に出かけたときも久々だから喜んでいる感じはあったが、状況が似通っている。
……ああ、これは片付けからの現実逃避だな。
まずいところに来てしまったようだが、納品が遅れたりしないことを祈ろう。
やけに静かだと横を見れば、ストンリは腕組みして眠そうに突っ立ったままだ。
「ストンリ、装備のこと以外だと喋らないよな」
「……そんなことはない」
むっとしたのか口をへの字に曲げたが、やはりそれ以上の言葉はない。これが素材の交渉となれば、もう一言くらいは言い返してくるだろう。からかってやろうとしたところで、天井から物音が響き、危うくストンリに鈍器で撲殺されたかもしれない未来を回避した。
ガッコンガッコンと何をやって……想像つく辺りが悲しいな。
というか、まだ箱が詰まってるのか。かなり解体したはずなんだが。まさか、また増やしてないだろうな。
「お待たせしました!」
大して待つこともなく、フラフィエは前と同じ全身革装備に弓を抱えて戻って来た。こういったことは行動が早い。
それからフラフィエはぺこりとお辞儀をした。
「ではお師匠さん、引率よろしくお願いしますね」
「師匠? って、さっきも言ってたな。なんのだよ」
「そりゃもう、お片付けの!」
「それは……否定できないな」
「少しは否定してくださいよぅ」
拗ねたように口を尖らせつつも、フラフィエは立て看板を店内に戻すと、さっさと扉を閉めた。
気分で店の開け閉めか、自由だなー。
でもフラフィエの行動は、ちょっと興味深かった。前は、そんなこと気に掛ける余裕もなかったんだよな。
フラフィエは、扉脇の壁の隙間から板を引き出し扉の取っ手に通した。その閂には、でかい鍵穴がある。そしてポケットから紐を引っ張り、手のひらサイズの大きな鍵を取り出して閉めた。
宿の部屋についてるものよりマシなものがあったんだな。
さすがに店だから当然かと思ったが、よく考えりゃ、ここの奴らが盗みを働こうと思ったら、こんな木製の壁なんぞ破壊するのは容易いだろう。逆に、無人だと盗人にアピールしているようなものだ。暢気な住人たちで良かった。
平和な国に住んでいたはずの俺の方が、たまに考えが物騒な気がする。
「楽しみですねー」
フラフィエが振り返り自然と歩き始める。皆、ヒソカニといえば西方面がいいと知ってるらしい。どういうことだよ。
それはいいとして、引率ね。
カニ地獄に向かうとしか話してないぞ。いや、なんで俺が引率?
さらにフラフィエは饒舌になっていく。
「誰かとお外に出るのは、師匠と出かけて以来かも? しかも三人も居たらあれもこれも拾えちゃいますよ。あっ、西に行くならついでですから花畑にも行きませんか?」
フラフィエの羽は上向きに開いて小刻みにぱたぱたしている。
テンション高いのは、よく伝わってきた。
「青っ花の採取くらい時間はかからないけど」
「別に」
どうすると聞くまでもなくストンリは短く答えた。
「やったぁ!」
用件が増えたし行動予定を立てた方がいいかな。フラフィエにも聞かせつつストンリに確認だ。
「元々ストンリの用事だから、移動経路はお任せして、俺はついていくだけなんだけど。なるべく討伐を避けるつもりだから、西の森を草原沿いに南へ向けての移動になるよな?」
そうでなきゃ俺が死ぬぞ?
俺が西の森を堂々と踏破など出来ると思うなよ。
「そうなる」
ほっ、良かった。
思えばストンリも一人で行動の予定だったんだから、無理はしないだろう。
「先に森でいいか? 大変な方を先に進めた方が気は楽だ。花畑は後でも十分間に合うと思うし」
「それで構いません」
「今なら魔物の数は減ってるだろうし、そんなに時間はかからないと思うけど」
どれだけ必要か聞いてなかったな。言いながらストンリを見れば、即座に見積もりが返った。
「状況が状況だから、殻ごと叩き割られてる。綺麗に残ってるものを見繕うのに時間が必要なくらいだ」
なるほど、確かにそんな戦い方してた。ダンマなどは割るどころか巨大肉切り包丁ですり潰す勢いだったしな。
「私も小皿が欲しいと思ってましたし、ヒソカニ拾いはお手伝いしますよ!」
あれだけのガラクタを貯め込んでいながら、必要な小皿はないのか。
……マジだよ、俺も見た記憶がないぞ。あの時間の記憶など飛んでいても構わないけど。
「またなんでも拾って物を増やすなよ?」
「おお、さっそく含蓄あるお言葉ですね。はいお師匠様!」
……やりづらい。
「俺は素材探しに集中してるから。進行は頼む、タロウ隊長」
進行状況など空と位置を見て確認するだけだ、その位なら雑魚専の俺に任せておけ……たっ隊長?
「なんだよ隊長って」
「この臨時パーティーの引率者だろ」
俺が、パーティーを率いる、だと?
二人は職人です。繰り返そう、職人さんだ。だが現役冒険者の俺より頼もしいのだ。
そりゃ、少しは俺にだって負けてないことはあるが……。
俺は両脇の二人を交互に見下ろした。
そうだ、見下ろした。
俺の方が目線が高いのだ。今はな。
ふふ、しょーもない優越感に浸ってしまったぜ。
「なにか悪いお顔してますね」
「不敵な笑みというやつだ」
狭い街だから知らない相手なんか居ないだろうとは思うが、いつも薄暗い店内に籠ってそうな二人が出かけるとは、なんてレアなイベントだろうか。
しかも戦闘イベント。
戦闘イベントか……うーん、止めなくていいのか?
しかし二人ともまだ子供、といっていいのか分からないが、そんな歳で、この街まで出稼ぎに来たはずはない。
親父さんらに連れて来られたにしても、やけに街に馴染んで見えるが。
「二人とも、この街で生まれたのか?」
「私はそうですね。ストンリさんは?」
「巡業中に、どこかの村で生まれたって聞いた」
「巡業ってなんだよ。力士か」
「りき……? いや、親父たちは小さな村を巡ってるんだ。鍛冶屋とか少ないらしいから」
へえ、それで親父さんは留守がちなのか。
なんか冒険者より強そうに見えるのも、地道などさ周りの賜物なのだろう。
「親父たち?」
母親らしき影も形も見てないような。
「今回は親父だけ戻ってきた」
「もしかして今街にいる行商人と、また出かけるとか?」
ストンリは、こくこくと頷く。
「じゃあフラフィエのとこも、そんな感じか」
「いえ、うちは旅するのが夢だったみたいですよ」
ああ、そういった人たちって、元の世界でも聞く話だな。
「でも、ちょっと引退には早すぎないか?」
「魔脈で世界がぼっこぼこらしいから、この目で確かめたい! とか言ってたと思います、あはは!」
「ほんと大らかだな……」
「有名な研究家の真似してみたかったとかで」
研究者に有名人とかあるんだ。研究院がどうのと言っていたから、そこの所属だろうか。
フラフィエのような、その道の職人の中では有名ってことかもしれないな。
ん? どこかで見たぞって、今朝読んだ本じゃないか。
そういえば、俺も研究家なのかと疑われたこともあった。
俺があれこれ聞きまくったり調べるのを不審に思われないのは、そんな有名な人がいたからなのかもな。
そういった何気ないことを話している内に、南の森は草原の手前まで来ていた。
引率者として、この中では唯一の冒険者として、隊員の安全に努めなければと意気込んだところで俺は低ランク。
今さらだが、ヒソカニか……俺、倒せるかな。
無理に倒す必要はないんだろうが、さすがに冒険者ではないストンリとフラフィエ任せばかりというのも恰好がつかない……それは今さらだが。
ハリスンが倒せるなら、いけるとは思うんだ。
ただ、硬そうなのが問題だ。
ナイフしか持たない俺には、あいつらを攻撃する手段がないじゃないか。
カワセミの方が柔らかい分、倒しやすいかもしれん。まあカワセミとも真っ当に戦ったことなんかないんだけど。
急に緊張してきた……。
結界柵沿いを歩いていると、団体さんが横切るのが目に入った。
ぱっと見で十人ほどだろうか、冒険者ほどの装備を身に着けているようには見えない、というのに森へ入っていく。
距離が近くなってよく見れば、なんと全員女性じゃないか?
誰かが振り返って手を振った。
次々と気が付いた他の方々も足を止めて手を振る。
俺にではないだろう。ストンリかフラフィエの客かな。
「あら、やっぱり現れたわよ!」
「この辺に出没するって聞いてたのよね!」
「ほんとだわ、草刈り男君よ!」
俺かよ! いや誰のことだよ!
なぜか取り囲まれてしまった。
どうも見覚えがある。
あ、奥様御殿の住人か……人妻に興味はないです。
口々に騒ぐので、すぐに何をしていたか理由は分かった。
「うちのひとから今は忙しいから日常依頼は難しいかもって聞いたのよね」
「人間草刈り鎌と名高い冒険者さんも最近は魔物退治に興味が出てきたって話で」
「ええ破竹の勢いだそうね!」
「あら植物相手なのだから、それだと普通のことじゃない?」
「そうそうだから素材が足りないと私たちも織物の仕事がなくって暇なのよ」
「たまには出かけましょうって話になってね」
ええと……竹はあるんだとか色々と言いたいこともあったような気はするが、聞き流すとして。
ようは、ケダマ草採集に訪れたと。
しまったな、確かに最近はケダマ草毟りする時間は減っていた。
一般の住人に危険な魔の森へ向かわせるようなことになり大変申し訳ない。
などという俺の気まずい気持ちは消し飛んだ。
ぺちゃくちゃと、にこやかにお喋りしながらですね、その間に飛び出て来たカピボーを森葉族の女性がレイピアのような細い杖を軽く振ると二、三匹が瞬時に串刺しになっていたり、炎天族の女性が一瞬でまとめて掴まえたケダマ数匹を両手の平を合わせて押し潰していた。
あのぉ、冒険者の存在意義って……ハッ、俺を基準にしてはいけないな。
「じゃあ、また落ち着いたらお願いね!」
ひとしきり声高に話すと、人妻パーティーは楽し気に森へと消えていった。
いきなり気分はげっそりだ。
フラフィエとストンリも同じ気分だったのか、その場から逃げ出すように俺たちは足を早めた。
「お、ケムシダマも片付いてるな」
草原を見て安堵する。
この時期のあいつらの増殖具合が不安要素の一つでもあったが、これなら森の中への警戒に集中できそうだ。
奥様方と別れてから、ふと思い出した。
「ストンリ、今さらなんだけどさ」
「ん」
「規定みたいなんがなかったっけ。冒険者と住民との」
真っ先にフラフィエが答え、ストンリも続けた。
「それは農地の皆さんですね」
「鉱山のみんなもだな。ただ、俺たちは材料がなけりゃ仕事にならないから」
だから素材収集へ出かけることにも特に制限はないと。
理由として不思議はない。
しかし幾らそうだとしても、こんな若者にさえ護衛を依頼しろといった取り決めがないとは……。
ちっ、ギルド長め……互いの仕事に踏み込まないのは建前で、やっぱ人族とだけ分けるための規定じゃないか。
「俺たちが連れ立って歩くのは構わないのか?」
「だから聞いたんだろ。依頼じゃなくて」
なるほど、俺が自発的に移動しているだけだもんな。法の抜け道か。
「小狡いこと考えてんな」
「うるせぇ」
フラフィエはクスクスと笑っているが、よく考えたら前に花畑に連れて行かれたのもアウトなんじゃねえか?
「わー、またお師匠さんが怖い顔してますー!」
無知な俺になんてことしやがる。
「走るなよ……」
ちぎった草を手に逃げるフラフィエの後を追うと、ストンリの疲れた声が聞こえた。
「……逃げ足、早いな」
「ふぅ、首羽族は身軽さが特徴ですからね……」
そんなことを言ってるが、フラフィエも息切れしている。そこはやはり冒険者ほどではないらしい。
あっという間に草原を横切って西の森に到着したが、余計な体力を使ってしまった……。
よろよろと背高草を掻き分けながら、森の奥を覗く。
「あ、規定か……」
「どうかされましたか?」
「いや、俺低ランクだから、中ランクの森に来ていいのかと気になって」
怒られる気がする。
大枝嬢から、実力に見合った依頼をこなしましょうと何度も聞かされたからじゃなくて、他の場所で聞いたような。
そうそう、クロッタたちだ。
山の麓の森から出てきたあいつらと花畑で会った時、ランクが上がったから色んな場所を周ってるところだと言っていたんだ。
それって、中ランクに上がるまでは入り込むとまずそうじゃないか?
規定というよりは、死にたくなけりゃやるなよという、馬鹿でも理解できる理由なだけかもしれないけど。
「それ、今この状況で言うか?」
「時すでにお寿司」
「お師匠さんの言葉は、たまに深すぎて理解が追いつきません。それよりカニさんです。カニさん来ましたよ……今です!」
「避けろ」
「っ、ぶねぇ!」
叫んで横っとびに倒れた直後、俺が立っていた地面はストンリのストーンハンマーによって抉られていた。
「なっ……! 殻ごと粉々じゃねえか!」
「合図はしたろ」
顔色を変えもせずストンリは肩に武器を担ぐ。
「仕方ないですよ、少し数が多いですもん。あっ、お師匠さん」
「はい? ひぎゃー!」
「動かないでくださっ……あわわ、先に矢が飛んでっちゃいました! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
すんでのところで体を傾け、矢は俺の脇に突き立った。
木々の狭間から現れたヒソカニを貫いて。
森に入りこんではいない。
だからといって綺麗に線が引いてあるわけでもない。木々の合間を覗こうと背高草を掻き分けたら、そこにヒソカニは潜んでいたのだった。
「結局、こうなるのかよ!」
くそっ、繁殖期が終わったら、この辺の背高草も刈り尽してやるからな!




