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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
【挿話:冒険者街の記憶】

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英雄シャソラシュバル・後編

 邪竜が復活してより、季節が二巡りを迎えようとしている。


 研究院では、追加の結界石を積んだ馬車を送り出すところだ。

 封印を決行するとの連絡があり、リベレスはその馬車でジェッテブルク山へ戻ることに決めた。このまま結界石を作り続けるのも間違いではないのだろうが、現在ジェネレション領で結界石を扱えるのは、シャソラシュバル一人だ。


 結界石は一度設置してしまえば他に手が必要がないため、他の聖者は増産を急いでいたのだが、彼の身に何事かが起こってから代わりを送るには状況が悪くなっていた。

 王都マイセロの周辺にも魔物を生む魔脈の山が現れたこともある。今後は、ますます道中は厳しくなっていくだろう。出るなら今しかない。


 出かける前にリベレスは、もう一度だけ小さな揺り籠を、惜しむように覗き込んだ。


「やはり邪竜は、山だけで我慢してはくれぬのか……」


 リベレスは幼子を胸に抱き、頬を寄せ、優しく語りかける。


「我が娘ビオ、そなたの生きる世を、母は取り戻しに行く」


 頬を一筋の光が滑り落ちた。



 ◇



 戦況が膠着状態に陥れば、人々の心にも影を落とす。同種族であろうとも、振る舞いの違いが我慢できないこともあるのだから、他国の者ならなおさらだ。

 そのため各国の兵は持ち場を分けていた。戦力を分ければ倒せる範囲は狭まる。

 これでは、ただ終わりのない掃除をし続けているようなものだ。


 そうして、うんざりしきっていたときに、ようやく上の連中が動くと決めた。指示を聞いた時は、恐怖よりも安堵が勝っていたほどだ。

 そんな兵達も次第に士気は戻り、合同作戦へと進めるまでに持ち直した。


「ようやく働けるぞ!」


 毎回、ギリギリの戦いを生き延びてきたのだ。今回も、人類は乗り越えて見せると各自が意気込んだ。




 山並みの合間に設けた結界石による道を、兵の一団が列を成して移動する。

 ちょうど魔脈が途切れていたのだろうか南側は比較的手薄な場所があり、谷間の低い位置に、時間をかけて道を通した。

 馬も通せるのは、その道だけだが、魔物が多すぎて走り抜けるのは難しく、現在は一部が馬を引くだけで徒歩の移動だ。


「いよいよか……」

「大変な作戦だ」

「これで仕留め損ねれば、後はない」

「結界があるんだ。しくじりようがないだろう」


 そんな会話の中に、魔物の叫びが重なる。結界の効果に恨めし気に吠えながら無理に近付く魔物は、兵たちの敵ではない。しかしそう幅のない通り道を、あちこちから現れる魔物に対処しながらでは時間がかかり疲労も早い。


 これまでの間に、ジェッテブルク山の麓にある草原に出るところまでは、結界の道を作ったのだが、まだ魔物が少ない内に山の麓に確保していた結界の場所には、もう兵を待機させてはいない。

 邪竜の復活時よりも、圧倒的に魔物の生まれる速度が上がっているのだ。狭い結界範囲程度では、ひっきりなしに現れる魔物との戦いも辛くなっていた。


 魔物は近寄るのをためらいはするが、どうにか攻撃しようとぎりぎりまで襲い来る。結界の側まで来れば弱ってくれても、人間にはその弱った力すら危険だ。

 今回は山の下まで進まねばならず、自然と大所帯となり、さらに動きは鈍る。

 結界の道を広げようにも、邪竜の下まで結界の場を作るため他へ回す余裕もなかたった。




 どうにか森を抜けて麓の草原まで到達すると、殺風景な景色が広がった。

 まずは、この道から扇状に結界の場を確保する。全ての兵を集めるには、結界の範囲が足りないため、彼らは足場を作るために出された先発隊だ。


 開けた草原が広がる中に、ぽつんと、小さな陣地が残されている。地面を掘って小さな壁を築いただけのものだ。

 その初期の結界場所を足掛かりに、麓までは、飛び石のように結界の範囲を作っていくつもりだ。端から全域を埋めていくには、石の数が足りないためだ。

 少しずつ送られては来るのだが、必要な範囲が広すぎて、どこかに集中しなければならない。


 兜の男はカイとシルバリースを伴って、兵に守られながら手早く距離を見定めると、作業を開始する。


 リベレスが王都へ戻っているため、今は一人で結界石を設置していた。穴に落とした石に手を触れて、己の聖魔素を呼び水に、結界効果を発現させては埋めていく地道な作業だ。反応させているだけであり、疲労はあるが、体内の聖魔素が減少することはない。

 この作業は、どの聖者よりも兜の男の方が向いていた。体内の聖魔素の割合が多いためだろう。


 逆に結界石の作成は、リベレスが最も得意とするところだ。彼女が研究院へ戻ったことで、やや増産が早くなっている。だが、すでに追加の聖魔素を探して回る時間はない上に、魔物が各地に現れ始めたため旅どころではない。

 手持ちの分で、どこまで乗り切れるのかと、男は不安と焦りに苛まれていた。




 男が作業に取り掛かったところで、兵は押し黙った。

 黒い山では、変わらず醜い竜が蠢いている。これまでに大きな動きはないが、いつ飛びかかってくるともしれないのだ。

 こちらの気持ちを読んだように、濁った地響きのような叫びが風を渡った。


 直後、森がざわめき魔物が現れる。邪竜が呼び寄せたに違いない。即座に隊は展開し応戦するが、来がけの勢いはなかった。

 魔脈の山に囲い込まれた、この場所は、邪竜を楽しませるために用意された闘技場のようにも思える。

 まるで猛獣と共に、裸で檻に放り込まれたようで、兵達の胸には不快な気分が広がっていた。


「だが、今回は違う……結界石がある。それに、英雄がついている」


 己に言い聞かせるような誰かの呟きに、傍の兵も追従する。


「ああ、そうだな。今回こそはやる」

「やってやるぞ。俺たちが、英雄の道を作るんだ!」


 声は重なり、波となって不愉快な気分と恐怖を押し流していく。


「英雄に道を!」

「我らに、聖域を!」


 武器を掲げた兵は鬨の声を上げ、襲い来る魔物の群れから英雄を庇って立ち向かっていった。




 必死に結界石を埋めながら、男は背後の戦闘を頭から締め出そうとする。

 今回の陣地の確保は、最大のものだ。これを終えたことを知らせば、第二陣が出る手筈だ。


「集中しなければ……少しでも早く、終えなければ……」


 だが兵の掛け声は、男の胸をかき乱していた。少しでも早く場を整えようと思うも、英雄が守られるなんておかしいじゃないかと、胸中で叫んでしまう。

 手だけは止めずに動かし続け、男を送り出す高爵との会話を思い出していた。




「英雄の本番だな」

「未だ何かを成し遂げたわけでもないのに、そう呼ばれるのはきまりが悪いですが……ですが、僕は封印を成し遂げます。必ず」

「人族すべてに代わって、背負うつもりでいたのだったな」

「はい。おこがましいことだとは、承知していますが」


 ジェネレション領内に人族は多い。男も幾つかの隠れ里を訪れた際に、大きな街へ移るよう促したこともあるが、以前からの活動もあるようだ。大きな街は特に、人族の働きを歓迎している。彼らは戦えるわけではないが、代わりに街の運営が滞りないように休まず働いていた。


「しかしジェネレション高爵、卿も彼らを侮るべきではないと、痛感しているはずです」

「無論。呼び寄せたのだから調べもする。真に恐ろしいのは、人族かもしれん。もし人族が国を興すようなことになれば、その真価を発揮するだろう」


 戦となれば、短期間での攻略でなければ勝てる見込みはない。時が経つほどに落とすのは相当に苦しいものとなるだろうなと、笑いながら高爵は男の話に調子を合わせてくれた。


「慧眼です。ですから、どうかこうして穏やかに共に暮らし、街の手入れをして過ごさせてください。卿の前で言うべきではないのでしょうが……僕は争いとは無縁の場所で生きてきたため、戦いに誇りなど持てないのです」

「ははは、確かに辛辣に響く」

「申し訳ありません。多くの命を預かる重責を知りもせず……」

「いや、構わん。それが君の信念なのだろう? ではそれを誇りたまえ」



 ◆



 君に信ずる道があるように、私にも守るべき誇りがある――高爵は男との会話を思い返して呟くと、砦から空を見た。

 山に結界石を上げるのだが、高爵はその護衛の隊を自ら率いるつもりだ。


「ジェネレションは、代々この地を治めてきた。これは私の仕事だ」


 遥か昔は、ただの人同士の争いだった。業突く張りな人間どもの。

 それが、人ならぬものとの前線となって、この街はより栄えている。


 彫刻を施した、指揮のために長めに誂えた長剣を杖代わりにし、遠い空に霞む黒い稜線を見据える。

 あれは自然現象である――そう言った研究家の言葉を、ジェネレション卿は心中で呟く。正々堂々と敵とぶつかり合うなどという、戦の高揚はない。

 あるのはなんとも言えぬ、徒労感に飲み込まれそうな不穏をはらんだ緊張だ。


「四度目か」


 人の行動を学び、逃げ道を塞いでくる嵐があったとして、果たして人に抗う術はあるのだろうか。

 太刀打ち出来なくなるまでに、如何ほどの猶予が残されているというのか。


 強く握りしめた剣の柄から、革を擦る音が鳴った。

 魔物と呼ぶようになったものが、体の一部とした素材から作られたものだ。


 元は人の家畜か山の獣か分からぬが、魔物に殺され取り込まれて変容したもので、どういうわけか通常の革装備よりも頑丈である。

 研究員によれば、これもマグによる変化だそうだ。


「このようなものにさえ、頼らねばならぬとは」


 レリアスに希望の道を切り拓く。それが過去の戦いより連綿と続く、ジェッテブルク山からの敵を封じるために興った、我がジェネレション領の定め。


「魔素の化身よ。人間の執念を、とくと見るが良い」


 高爵が外壁の外で山からの合図を待ち受けているとき、馬車が到着した。




「聖者リベレス殿、この悪路を、よくぞ戻ってくれた! 子を授かったと伺ったが、お加減は、もうよろしいのか」

「ええ、十分に。実際、休んでる場合でもないというのに、面倒をおかけした」

「いや、こんな時だからこそ、大切な使命だろう」


 誰も経験したことのない長い緊張にさらされているからこそ、命を繋ぐ意味などと余計なことを考え込んでしまったのだろうか。不思議なことに、今リベレスの心は静かだ。我が子ビオのためと思えば、邪竜の元へ向かうことなど大したことのようには思えなかった。


「御子息の名は」

「娘だ。ビオと名付けた。そして……聖魔素を受けついだ」

「……ビオ殿の前途に祝福を」

「お心遣い感謝する。娘も聖者として育ち、私の遺志を継いでくれるでしょう」


 その道の他に選ぶことなどできない身の上だが、あえて二人は触れない。


「では、結界石を運ぶとしよう」




 リベレスは荷を運びつつ、高爵に結界石とは別の可能性を話した。


 聖魔素との均衡が崩れたことと、邪竜の出現は無関係ではない。

 だが、聖魔素が損なわれたから邪魔素が活性化し力を得て、邪竜が生まれたのか、邪竜が生まれて圧倒したから聖魔素が追いやられたのか、判断は難しい


「その手がかりとなるのは、聖獣ではないかと考えている」

「聖獣。あの、魔物どもと同様のものという」


 邪魔素により作られた魔物に対抗すべく、聖魔素による聖獣は魔脈の周囲へと集まっているように思えると、初代聖者サイ・レンが残している。

 人間には、身近な場所から聖魔素が消えたように見える理由の一つだと。


「ほとんどは魔物と同じく、その性質を発するのみだが、意思の疎通を図れる個体もあるのだ」


 聖獣を発見した調査員が、拾った聖獣へと気まぐれに語りかけている内に、反応を示すようになったと報告がある。発見されるのに時間がかかった理由だが、邪竜同様の存在ならば、時をかけて学ぶものと思えば納得のいくものだ。


「なるほど。それらが味方となり得るやもと、お考えか。しかし、本質は魔物と同じならうまくいくかどうか」

「ええ、我らも赤いマグを持つ身、いかほどの協力が得られるかは分かりません」

「襲い掛かってきたという話も耳に入っているが」

「しかしあれから、意思の疎通を試み、協力を取り付けた者も現れたのだ」

「なんと……」


 ただ、物言わぬ個体の力は余りにも弱い。聖魔素だけが頼みだというのに、聖魔素が生み出した眷属は、ささやかなものだった。


「わずかでも邪竜の力を弱め得るならぱ、魔脈に留めておいたほうが良いのかもしれませんな」

「それもまた、どちらが良いかは分からないところまで来ている。あまりに少ないので」


 二人は、封印がうまくいかなかった先のことを考えていた。



 ◇



 草原の南の道付近の、結界石による場を確保し終えると、一旦森のそばまで退いた。未だ邪竜は魔物を呼ぶ以外のことはしていないが、安心はできない。木々が、邪竜にとって意味があるかは別として、魔物との戦いは障害物がないよりマシだろう。


 魔物も変わらず現れるが、初めの群れを倒した後は、急激に集まることはなかった。近くで生み出した分は倒してしまったのだろう。マグを別の形へ変えるためか、魔物が生まれるのに多少は時間が必要らしい。とはいえ、一帯で生まれた魔物を邪竜の一声で呼び寄せられるのだから、たまったものではないが。


 砦へも狼煙の合図を送ってある。魔物を減らした内に第二陣が到着してくれるだろう。

 その間にわずかでもと交代で休憩をとる。


「俺は手助けしてくるぜ」

「カイ、気を付けてくれよ」


 魔物を叩き切るカイを横目に、男は兜の口を開いて汗を拭い水を飲んだ。

 シルバリースが護身用の杖を手に男の側に近付いたが、ぼそぼそと話す。


「とうとう、兜は外さなかったわね。人族と知られるのは、そんなに困るかしら。逆に、地位を上げられるかもしれないのに」

「……他の人族も、同様と思われては困ると話しただろう?」

「そうだけど。こんな時勢でも、彼らは戦いを免除されている。でも、だからこそ誰よりもずっと働いてる。それは、みんな知ってるわよ」


 シルバリースも、人族の特質を理解してくれている。それで、なにを恥じることがあるのかと言いたいのだろう。

 兜の隙間から表情を読み取ろうとするように、シルバリースは男の顔を覗き込んだ。


「あのね……カイに言われて、気付いたことがあるの。いつも、みんながーとか、人族がーなんて言ってるけど、あなた自身の願いは……あなた自身の幸せはどこにあるの?」

「シルバリース……」

「こんなこと言うの、柄じゃないけど……あんなのが、いるんだもの」


 男も、シルバリースの視線を追って山を見た。姿を認めるだけで鳥肌が立つ。

 あれに挑まなければならないと思うと生きた心地はしない。


「それは、シルバリースにも言えることだ。使者として、故郷を離れて他国で長いこと働いているじゃないか」

「それは別よ。生まれ育った場所を失くしたくないもの。自分のためでしょ」


 ここで終わるのかもしれないと思うと、胸がつまる。

 けれど男は、素晴らしい仲間に恵まれて良かったと思った。


「僕も同じだよ。シルバリースやカイにも、よく助けられたね。感謝している。特にリベレスやジェネレション卿のおかげで、活躍できる場をいただいた。期待に応えたいんだ」


 男は側に立つ大きな馬の頭をなでた。男の願いに応えてか、あの邪竜のそばに来ても、怯えるそぶりを見せない。括りつけてある荷物から結界石を取り出し、少しでも結界の場を広げるための作業を再開した。




 日が中天に差し掛かるころ、第二陣が到着した。


「リベレス! 戻ったのね!」

「作戦を耳にしてな。追加の石だ」

「助かったよ! これでもっと足場を広げられる」


 現在動かせる全戦力を投じたが、草原に揃った軍勢は、山の主を相手取るにはあまりに少なく見えた。

 パイロとディプフにも作戦の報を伝えてはあるが、もう全ての国が援軍を送ることは難しいだろうと高爵は判断していた。

 先頭に立った高爵は、山を睨んで呟く。


「これ以上、魔脈をひろげさせるものか」


 視線の先には、尖った岩山の上で蠢く巨体が、麓からでも見えるほどの恐ろしい化け物がいる。

 人が押しかけてきたというのに、変わらず邪竜は山を動かない。

 それどころかこちらを気にかけもせず、遠い西の空を見ているようだった。

 さらに多くの人間が暮らす場所を、狙っているのだろうか。


「我らは敵と思われていないようだな」


 動かないなら、そこに勝機があると高爵とリベレスは踏んだ。

 到達さえできたなら封印は叶うはずだと、そう強く自身に言い聞かせる。


「時が来たな、シャソラシュバルよ」


 高爵にかけられた声に、兜の男は頷く。

 他の隊は麓に固めて、魔物を阻止する。高爵が率いる隊は、シャソラシュバルとリベレスらと共に山を上る算段だ。


 誰もが今にも逃げ出したいだろう。

 しかし、逃げ場はどこにもない。

 今後は、ますます無くなっていく。


「彼らを、山の上へ送るぞ!」


 その一声に、気勢が上がった。




 高爵の隊に守られるようにして、シャソラシュバルは馬を駆ける。

 大荷物を抱えていても、馬の足に鈍さは感じられない。 

 麓まで来ると山の上へと続く道筋を探る。邪竜の復活の合間に通したものだ。


「山には道を通してあるのは地図で示した通りだ。どれだけ傷んでいるか分からんが、行けるところまで進む」


 高爵の指示に、彼らは崩れかけて、ときには大岩に遮られた場所を迂回しつつ進んだ。

 道沿いに、リベレスと男は結界石を投げ落としていく。一々埋めている時間はない。


 隊がはっきりと、その巨体を見上げられるほどに近付いてから、ようやく邪竜は足元へと首を巡らした。

 まるで見下ろすことさえ煩わしいとでも言いたげに、緩慢な動きだ。欠伸をするように大きな口を開いて、ギザギザとした牙を見せながら喉を震わせた。

 それだけで、こちらの足元まで震えるような地響きが起きる。


 邪竜の足元に開いた幾つかの小さな穴から、赤い水が噴き上がった。それは流れ出した端から、姿を変えていく。


「魔物だ!」


 これは想定しておらず、動揺が走る。来るなら周囲から呼び寄せると思い込んでいた。

 穴が小さく見えるのは邪竜と比してであり、人なら落ちてしまうだろう。目的の場所はそこではない。邪竜は大岩に囲まれるようにして、山を背にしていたが、その山肌の一部に迫り出した屋根がある。

 リベレスが叫んだ。


「あの奥だ! 邪竜の背後に、奴の魔泉があるはずだ! あの場へ向かうぞ!」

「我らが邪竜の気を引く! 魔物も無視して行け!」


 高爵の隊は邪竜の前面へと向かう。


「俺が前に出る! 後を頼むぞ!」


 カイは邪竜の動きを警戒し、剣を脇に携え尾の方へと突き進んでいく。

 シルバリースがリベレスの傍で周囲の状況を伝えながら、奥へと走った。


 あまりに巨大な洞窟だが、暗がりに入ると、すぐに天井や壁に反射する赤々とした光が目に入る。地面一杯に並々とマグが湛えられていた。邪竜が易々と沈めるほどの大きな湖だった。


 高爵らの攻撃によるものか、邪竜の唸りが響き、その度に地面が揺れ、壁から破片が降る。

 男は馬を飛び降りて大きな結界石を取り出し、リベレスは結界石と同様に作った黒い鎖を取り出した。その鎖の端を、男が結界石へと括りつける。


「ぐっ……!」

「これは……」


 結界石に触れた手が痺れ、男とリベレスは呻いた。

 あまりに洞窟内のマグが濃いのか、聖魔素が反応しようとしている。

 焦りを抑えながらも、マグ湖の側に固定できそうな窪みを見つけて石を置き、周囲から重しになりそうな岩の欠片を集める。

 鎖を延ばしながら、邪竜の尾を避けて外へ出た。


 これだけ強力な石だ。直に触れて結界の効果を発揮すれば、とうてい人の体などもたない。そのため導火線として鎖型の結界石を作成したのだ。

 男とリベレスは鎖の端を掴むと集中を始める。

 手のひらに集めた体内の聖魔素が、鎖の魔素を引き寄せる。


「避けろ!」


 叫びに振り返る。

 大木のような太さの尾がしなり、それを受け止めたカイが吹き飛んでいた。


「カイぃ……!」


 飛び出そうとするシルバリースの腕を、男は掴んだ。

 返す勢いで戻った尾が、カイとの間に振り下ろされ地面を打つ。


「鎖が!」


 体勢を立て直した目に、砕けた鎖が飛び込む。


「リベレス、追加の鎖を! 岩陰に隠れていてくれ!」


 男は鎖を受け取ると単身走った。

 十分な長さを用意したつもりだが、交換すれば後が足りない。

 封印に必要なのはここだけではない。もう一カ所、必要なのだ。


 砕けた方を拾って、男は外へと走る。出口で打ち振られる尾の下をかいくぐり、岩陰へと身を寄せる。

 シルバリースが叫んだ。


「カイ!」


 よろめきながらも立ち上がった姿が目に入る。

 男とリベレスは、再び鎖に聖魔素を集中する。

 間に合えと祈りながら、ふわりと青い光が鎖を伝うのを凝視し続ける。


 カイが怒鳴った。


「ばかやろう! シルバリース、ぼさっとしてる場合か! 聖者を守るんだよ!」


 カイの体にマグが行き渡る。炎天族の持つ身体を強化する術だ。

 邪竜の尾がリベレスらのいる岩を狙っている。


「戦え、シルバリース!」


 雄叫びを上げるとカイは尾の下へと走った。再び鎖が砕かれる寸前に、カイの剣が尾をわずかに逸らす。

 激しい咆哮が上がった。

 結界石が発動したのだ。


 カイの姿はない。


「よし! 動きが鈍ったぞ!」


 聞こえた声は、邪竜の気を引いていた隊からだ。


 邪竜は、これまでに見たことのない苛立ちを見せた。先ほどまでの素早さは見る影もなく、魔物も減っているようだ。


「どうやら、うまくマグを引き出せないようだな」


 低く、石をガリガリと削るような恨みがましい唸りが人間に向けられる。

 邪竜は苛立たし気に前足を持ち上げ、地面に打ちつけた。轟音と激しい振動に、数頭の馬が脚を折り、兵が投げ出される。


「リベレス!」


 シルバリースは馬を飛び降りリベレスを庇って転がった。岩が降り注いだのだ。

 男は馬に乗ろうとしていたところだった。

 だが馬は男を遮り鼻面で突き飛ばした。


「お前……すまない」


 再び狙っていた尾から、馬は男を守って倒れた。

 大きな封印の石は背負っている。男はその場を離れリベレスらの元へと駆け寄った。


「走れるか」


 リベレスとシルバリースが頷き、男は来た道を戻る。

 徒歩で戻るには時間がかかる。かといって、見逃してくれることなどあるだろうか。そのつもりならば、動くはずがない。


「ふっ……かははははッ! 私が足止めしようではないか!」

「ジェネレション卿、笑い事ではない!」


 引き留めようとするリベレスに笑って見せると、高爵は邪竜を見据える。


「国を守り、命を散らす。これが笑えずにいられるか! 生きて守ることを選ぶ者は残れ!」


 ジェネレション高爵は、剣を抜いて邪竜へと掲げた。


「私は、名を残しに行く――!」


 駆け出す高爵の後に、空を震わす雄叫びが続いた。

 ジェネレション高爵の隊は、一人残らず彼を追っていく。


「急ぐぞ……卿の献身を無駄にはできん!」


 リベレスも叫ぶと、別の道へと走り出した。


 この封印は、二つを重ねて安定する。


 これまで長いこと周囲を歩き回り、場所を定めて準備していた。

 道づくりだけでなく、多くの結界石を消費しなければならなかった理由だ。


 魔脈に沿って、ジェッテブルク山の周囲を取り囲むように結界石を配置した。

 網の目のように細かく、蜘蛛の巣のごとく絡みつくように、邪竜へのマグの伝導を阻害するよう、出来得る限り調べて配置したものだ。

 魔物らの妨害を受けないようにと、麓の崖を削り洞穴を作った。


 初めの結界石で邪竜自体の動作を抑え、二つ目の石で山全体に網の蓋をするように置いた石の効果を高めるという大掛かりなものだ。成功するのかどうか、不安を脇に追いやり男は走った。




 背負っていた結界石を男は取り出す。

 封印を何倍も強化する、山に封じたものと対を成す石。


「聖なる石よ、どうか我らに力を……どうか、いま少しだけ」


 男は短くなった鎖をリベレスに渡した。


「長さが足りない。僕が入ったら、入り口に鎖をかけろ」

「そんなことできるわけ……!」


 驚いて叫んだのはシルバリースだ。


「シルバリース、リベレスを守れ。聖者の、聖魔素を扱う力だけは、失うわけにはいかない。君たちにはまだ、できることがある。全てを失うわけにはいかないだろう!」

「嫌よ……リベレス、お願い」


 リベレスは、聖魔素で作った鎖を手に頷いた。


「これが僕の……僕たちの役目だ。他にできる者はいない。僕には、もう他にできることはないんだ」

「シャソラシュバル……我らが英雄よ、いずれ聖なる世で会おう」

「それは、ずっと先にしてくれよ」


 リベレスが苦悩を浮かべ、ウディエストが涙をこぼすのが見えた。

 兜の男、シャソラシュバルは、笑顔を浮かべたまま祠の内へと消えた。


 心の内で思えど、ごめんとも、ありがとうとも、誰も口にしなかった。

 男が洞穴へ駆け込むと、リベレスは鎖をかけて手を当てる。


 男は洞穴の奥に用意した台座へと、結界石を据える。

 そして、手のひらを当てた。この巨大な石の効果を、まともに浴びれば、例え始祖人族の体だろうと耐えられまい。

 男は祈る。


「結界石よ、どうか僕に幸せを。僕の望みは、残された仲間が生き延びることだ」


 男は迷いなく、体内の聖魔素を手のひらに集め、結界石の発動を促す。

 男とリベレスの祈りが重なり、青い閃光が洞穴の入り口から迸った。


 リベレスとシルバリースは入り口から飛び退いた。

 小さな洞穴の入り口は、結界の壁が蓋をした。透明な壁は、聖魔素が外へと影響する際に出る副次的な効果だが、これほど大きな効果は見たことのないものだ。


「あ、ああ……」


 シルバリースは、その場にへたりこんだ。

 体の内に邪質のマグを持つ人間が、これほどの強烈な聖魔素を浴びて、無事なはずはない。


「仲間を、手にかけてまで、終わらせなければならないことだっていうの……?」

「立て、シルバリース・ウディエスト。それを無駄に終わらせるかどうかは、我らにかかっているのだ……立てと言っている!」

「うぅ、く……こんなの、こんなのってないよぉ……」


 二人は涙を拭って駆け出した。




 祠から麓の結界陣地へ戻ると、二人は言葉を失った。

 濃密な赤い煙が上がっている。恐らく結界に入り込もうとしていた魔物が、急に威力の高まった聖魔素によって消え去ったに違いない。


 しかし近付いた二人からは、辛さも、悲しさも、絶望さえ、頭から消える。

 眼前の光景は、全ての感情を置き去りにした。


 辺りは一面の死体だった。


 結界の聖魔素の効果は強まったはずだ。

 その証拠に、魔物は結界の場へ入っていない。

 だが、その外へ兵達が自ら出ている。


 遅ればせながら理由に気付いた。目の前で、マグによる遠距離攻撃が放たれた。

 遮るものが何もないのだ。結界の中に居ても、逃げようがない。

 魔物の力は弱まれど、数が多すぎる。最後のあがきに邪竜が呼び寄せたのか、森から結界沿いには魔物が押し寄せていた。

 結界石と聖者らを上げるために急遽作られた足場だ。そう広い範囲を確保する余裕はなかったのだ。


 残された兵は、仲間の血肉を踏みつけながら戦っていた。

 端に追いやられながら、徐々に、その数を減らしていく。


 赤い霧は、マグなのか、巨大な鉤爪に裂かれた人間のものなのか。



 う、うぅ、ああ、うあああああああ――!



 悲痛な声は、誰の叫びだろうか。



 そうではない。

 問題は、魔物の群れではないのだ。


「そんな、そんな……」


 二人の体に、抑えようのない震えが走る。

 聖魔素の空気は、はっきりと感じられるほど満ちているのだ。

 逆に、邪竜の禍々しい空気は消え去っていた。


「だって……邪竜は、封じたんだよね……? なんで? お、おかしなところなんか、ないよ。封印は成功してる、確かに、封じられてるのに!」

「これが変化だ……なんということだ。私は、見誤っていたのか……」


 邪竜が守りに徹したことが、変化だと思っていた。これまでは戦えば封じられてきたため、ますます手勢を増やしたのだと、そう考えていた。

 違ったのだ。

 動かなかったのは、意識を、魔脈へ集中していたため。


 邪竜は、自らが追いやられても人の命を奪い続けるための機構を、長い時をかけて完成させていたのだ。


「たくさん、死んだのに……みんな、そこまでして、ようやく邪竜を封じたのに、それが……それが、こんな終わりなんて、あんまりじゃないかぁ!」


 地に伏せて泣くシルバリースに、リベレスは何も言えなかった。


「高爵も、カイも……彼も……みんな、みんな、死んじゃった、のに」


 溢れて止まらない涙で、赤い世界が歪んで映る。その向こうには、黒い山が立ちはだかっている。その主を封じたというのに、未だ立ち塞がっている。


 ――クゥオオオオオオオオオーーーン!


 巨大な獣が吠えた。

 幾つのもの動物を無理やり重ね合わせたような、禍々しい獣どもだ。

 誰かが倒れ、大きな口から覗く凶悪な牙から、血を滴らせている。

 それが、シルバリースたちを見た。

 今、自分たちの命も潰えようとしている。


 シルバリースは、よろめきながらも立ち上がる。視界は歪んでいても、人ならぬものの姿は分かる。

 憎い敵であることは、間違えようがない。

 シルバリースは杖をしっかりと握りなおし、魔物に殴り掛かっていた。


「ほぉおおおおおぉ……ッ!」


 どちらが獣かも分からない叫び声が響き渡る。


 もう限界だと思いながら、どうにかここまで来たはずが、まだ動けたのが不思議なほどにシルバリースは杖を振り続けていた。

 最後の命の一滴まで、魔物を屠って、道連れにしたかったのだろう。

 シルバリースだけでなく、残された者の目は、異様な殺意に彩られている。


 赤の混じった汗が、こぼれ落ちた。

 それは血か、マグか。


 ああ、私も、死ぬんだ――。


 その場で戦う者の全てが、そう思っていた。

 遠くから、さらに咆哮が加わる。


 徐々に近付いてくるそれは、魔物の悦びが滲むものではなく――まるで人間の唸り。


 魔物に囲まれながらも、ふと振り返っていた。

 土煙をあげて走る馬。それらを繰るのは、違えようもなく、人間の姿だ。


「一の隊、突撃! 二の隊は負傷者を囲め!」

「まずは救出だ! 急げ!」


 人里のない、こんな場所まで、いったい誰が。

 ジェネレションの兵は、全て出て来たはずだ。


 シルバリースらに襲い掛かろうとしていた魔物は、槍に貫かれ弾けた。

 それが各所で続く。

 魔物の存在をいっとき忘れ、彼らを見入っていた。


「我らはパイロ王国より参った!」


 パイロ――炎天族の国が、なぜ。


 初期に協定内の兵を出してから後は、国内でも魔物が現れるようになり、余裕はなかったはずだ。


「遅れて面目ない! 事情は後だ。まずは体勢を立て直す!」


 新たな戦力に、ほどなくして魔物は次々と倒れていった。

 それから怪我人を確保した彼らを見てリベレスは、傷む体に鞭打ちながら、結界の道へと誘導した。



 ◇◆◇



 レリアス王城の会議の間には、武装した王と都の防衛に努める諸侯が集まっている。とうとう王都マイセロの周囲まで魔物の生まれる魔脈が届いてから、しばらく経つ。放棄せざるを得ない村などへと出向いて、都への避難を終えたところだ。

 魔物を排除しつつ街の区画を増やさねばと、作業の分担を話し合っていた。


「幸いにも、都の地下に魔脈はないようですな」


 多くの街が、しっかりした地盤や、人には住みよい平な土地を選んでいる。そういった場所は、元より魔脈とは縁遠い場所であったようだ。

 とはいえ、それは現在の状況だ。邪竜が力をつければ、容易く硬い地盤をも割って食い荒らすのは近いのかもしれない。


「元凶の動きを止められさえすれば、早い話なのですが……」


 長い時を持ちこたえたが、ジェネレション領から、これ以上、時間を稼ぐことはできない邪竜を封ずるとの報せは届いていた。

 実のところ彼らが集い待ち望んでいるのは、その結果だ。




 走る足音が届き、扉が開かれた。


「狼煙が上がりました!」

「来たか! 守備は」

「はい、狼煙は緑。間違いなく、封じたとの報せに定めた色です……」

「邪竜を封じのだな……おお、よくぞ!」

「静まれ! ならば、なぜ、そちの面に安堵は見えぬ」


 王の言葉に、は再び緊張に息をつめ伝令役を見る。


「ほぼ同時に、黄と赤の狼煙も上がりました」

「ほぼ、か。ならば、順番は」

「初めに緑が、直後に赤と黄が同時に上がりました。間違いございません」

「封じはしたが、何事か緊急に伝えねばならぬことが起こったということか」

「はっ! 明日には、詳細が城まで伝えられるかと」


 伝令の言葉は遮られる。続報を待つまでもなかった。会議の間へ分厚い扉と壁越しでさえ、ざわめきが届いた。

 伝令役は一礼して下がり、扉の隙間から外を伺おうとしたのだが、走り込んだ幾人かの兵が、冷静さを欠いた様子で上官を見るなり声をあげたのだ。


「た、大変です! 魔物が、現れたのです!」


 伝令役は叱咤しようとした声がつまり、腕だけで部下の体を押し留める。だが場を忘れるほど正気を失った部下は、さらに詰め寄ろうとした。


「何故、何故ですか! あれを、邪竜を封じさえすれば、救われるのではなかったのですか!?」

「落ち着け……落ち着かぬか!」


 伝令隊長は部下を殴りかからん勢いで押し出し、黙らせようとする。


「叫ぶのが貴様らの仕事ではなかろう。対処はどうした!」

「は、はい……街門を閉じ、狼煙の色に間違いはなかったかの確認のため、兵を出しております。しかし、そうするにも討伐に人を集めねばならず、とても人が足りません!」

「各所の待機要員へも指示は出したのだな?」


 狼狽えて口を閉じた兵はただ肯く。

 そこへ低い声が届いた。王の声だ。


「状況は理解した。指示にも問題はなかろう」


 廊下へ続く扉から、人を待たせるための小部屋への扉まで、気が付けば全てが開かれていた。

 ただならぬ様子を、王はありのまま見た。


 伝令役以下、兵らは顔を青くし頭を垂れる。


「失態を、お許しください……!」


 頭を下げたまま発した伝令役の言葉に返る声はない。

 諸侯は王を見た。険しい表情に、何事か考えがあるのではないか、いやそうであってほしいと願っているように視線は揺らいでいる。


 もう、後がないのだ。

 人間同士の争いなど、ただの馬鹿騒ぎに過ぎなかったと思えるほどの損害を負った。

 邪竜の唯一の弱点である聖質の魔素を集めるのに、半生が経っている。

 対して邪竜は、より狡猾に人を脅かす進化を遂げていく。


 だからこそ非道は承知で、聖魔素を扱える者を無理にでも集めてきた。

 彼らの人生を贄にして、どうにか退けてきたのだ。


 はたして、真に邪悪なのは何れか。

 山が生まれてより争う、我ら人類への罰なのだろうか。


 おお、神よ――我らの滅びを望み給うか!


 そうした諸侯の、嘆きとも祈りともつかぬ言葉が深い溜息とともに零れる。


「我ら岩腕族は退かぬ!」


 王の一声が、狼狽える空気を打ち払った。


「忘れるな。岩腕族の心を。岩の如き頑健な精神が誇りであることを」


 凛とした声が室内の隅々へと染み渡った。


「……王よ、我らは如何に」


 封印は失敗し、狼煙は嘘なのか。

 失敗を認められなかった聖者の嘘か、否。

 失敗ならば、命はなかろう。たとえ死に際であろうと、二種類の狼煙を上げる時間があるとは思えん。ならば、知らせるべきことがあるとするなら、これだ。

 魔物は消えていない。邪竜の能力に操られているに過ぎないはずの存在が。

 一人歩きするということなのだろうか。


 そう思い至ると、王は伝令を見る。


「門を閉じたと言ったな」

「は、はい。弱い個体ではありますが、なにぶん数が多く、地を覆うほどで……」


 弱い、そこが気になった。

 これまで現れた魔物の姿は無秩序に見えたが、ほとんどが強力な獣だったのだ。

 しかも、それらは群れといっても、地表を覆うほどではなかった。


「強力な獣は混ざっていないのだな?」

「そうです……これまでのような個体が現れたといった報告はありません」

「出所を確かめる必要がある」


 邪竜封印の報告と同時に起こったことが、無関係のはずはない。

 しかもその変化は、力が弱ったとも取れる。

 ならば恐らく、封印はなされたのだ。


「自由にマグを操ることは出来ぬということなのだろう」


 そうだとして、ひとまずの平穏を得たなどとは到底言えない。

 主の存在無くとも、その力が及ぶ世界。

 それでは、復活時となにが違うというのか。


 とうとう人類は、邪竜を阻止することが叶わなかったのだとも言えるだろう。



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