21 :冒険者街ガーズの役目
結界が変化している件を伝えに、早速俺とシャリテイルは冒険者ギルドへと戻ることにした。
道中に、俺が祠に飛んできた日、シャリテイルがいた理由を尋ねてみた。
聞いた話によると、滅多に人が通らない場所らしい。シャリテイルが俺を見つけたのは、あの先にある採取場所の洞窟へと向かう途中だったからのようだ。
ショートカットできる道筋と言っていたし納得。
そんなことをするのは森葉族だけだそうだ。例のトレッキングスキルみたいな、種族特性のお陰だろうな。森林の中だけとはいえ隠密歩行できるのは魔物にも見つかりにくく便利らしい。
それがソロでもクエストをこなせる主な理由と言っていた。
全員がそうではないというし、やはりそれなりに実力があるんだと思うけどな。
「ま、まあね」
と照れながらも鼻を高くしていたから、一応謙遜のつもりだったようだが。
自分から、結構すごいことなのよ、などと言っては台無しだと思う。
それにしても、疑われることにはなったが、うそじゃなければシャリテイルも素通りしていただろうし、結果的には俺にとっても良かったよな。
そんな他愛もない話をしていたが、ギルドの看板が見えると俺たちは口を閉じて、扉をくぐった。
窓口で大枝嬢に伝えるのかと思ったが、さすがに内容が聞かれてはまずいと考えたのだろう。シャリテイルは別室での会話を希望した。
窓口の裏手にある狭い会議室に、なぜか俺も促され報告することになった。なぜかってことはないか。
大枝嬢の他に、岩腕族にしては細身の男性職員も呼ばれて同席している。
特殊な状況って緊張するよな。
ほとんどシャリテイルが話して、俺も同じようなことを話しただけだったが。
「あとはこちらで調査しよう。報告ご苦労様」
その調査結果をまとめて、国へ報告だろうか。
挨拶もそこそこに男性職員は素早く身を翻して出て行った。早速調査の手配をするんだろう。やはり優先事項のようだ。
他に何かを聞かれることもなく、それだけで終わった。
「これで、俺たちが出来る仕事ってのは終わり?」
「ええ今のところはね。お疲れ様でした。それじゃコエダさんに依頼の分を清算してもらいましょうか」
「驚いてばかりもいられませんネ。日常の生活もしっかりと守らなければ」
大枝嬢は結界の話をした途端、緑の葉っぱが絡みついたような髪をペタッとしぼませていたが、気持ちを切り替えたようだ。ふさふさに戻っている。
困ったような笑みを浮かべてはいるが、てきぱきと俺のタグを処理してくれた。
なんと成果は、17マグううぅっ!
小脇で小さくガッツポーズだ。
草の束の報酬に加えて、草が1マグ分。塵も積もって増えていた。
ほんと、おまけにしちゃ良いペースだ。心が軽いと身も軽い気がするな。
ギルドを出ると空は赤くなっていたが、まだ十分に明るい。
シャリテイルがこちらを向いた。
「それじゃタロウ。続きはまたその内ね」
「は、続き?」
「あなたの偏った知識を矯正する会の続きよ!」
「なんだよそれは……」
詳細をつっこむ前にシャリテイルは走り出していた。当然、俺がそんな動きについていけるわけもない。
俺は彼女とは逆を向くと、宿へと戻ることにした。
またいつもの部屋に入ると、さっさとベッドに寝転がる。
変わったことがあって疲れているかと思ったが、さすがに早すぎてすぐには寝付けそうもない。
数日過ごして分かったが、ここの宿のおっさんは昼間にきちんと部屋の掃除もしているらしい。
ベッドカバーや枕カバー類は、泊まるたびに違った。
日本のホテルのように統一されてないから、色も大きさもばらばらだ。
俺が貰った石鹸の香りがすることに安心する。
ボロいが過ごし易い宿なのは間違いない。
なぜか勝手に天井の隅には蜘蛛が巣を張り、ベッド類は虱やダニにまみれてるのではといったイメージを持っていてゴメンナサイ。
不運にも別世界へ来てしまったが、それがこの英雄軌跡の世界だったことだけは運が良かったといえる。
もっと途方に暮れても良いはずが、生活がどうにかなりそうだと思うと、やはり嬉しくなってくるのは抑えられない。
好きで二年近く遊び続けていたゲームの世界だ。どのゲームよりも細部まで覚えている。
普段は説明書も読まずに遊び始める方で、読んでも初めだけだ。でも、この英雄軌跡だけは、世界観も知りたくて説明書もよく眺めながら楽しんでいたし、ゲーム中の些細な説明も読み込んだ。
きっちり覚えているかは別として、それが今、結構身を助けている。
そう考えると不思議なもんだね。
奇しくも暮らすことになった街を頭に描いた。
俺の記憶の映像は、ゲームの絵ではなく、実際に歩いて目にした景色に塗り替えられ始めている。
目を閉じて、その光景に改めて思いを馳せる。
「冒険者街ガーズか……」
魔物が特に多い地域に作られた街。
実入りがいいからと冒険者が自然と集ってできた、ということではない。
ここは、冒険者が居なくてはならない街だ。
邪竜が現れたのは、ほんの数十年前。
この地域を治めているのは、ええとなんだっけ……そうそうレリアス王国だ。
国のことなんか導入部にしか出てこないから思い出すのに時間がかかった。
ともかく、当時のレリアス王は、危険を知ると戦える者を全てこの地に送った。
砦はその頃に作られた名残だ。
邪竜が現れ住処とした黒山――ジェッテブルク山の麓に砦はあり、その背後に広がるようにして、初めから冒険者を置くための街作りが行われた。
一応ここはレリアス王国の領地だが、逆側の山の麓からは他国との国境になる辺境だ。裾野の広がる山のおかげで、周辺とは隔絶されている。どの国も、付近に市街地を置かなかったのだ。
冒険者街だけがぽつんとあるのは、封印された場所を見守るためである。
しかし首都から遠く離れたこの地に、軍を常に配し続けるには維持費がかかりすぎた。日常的に軍を動かすことは、民への負担が大きい。
時が経つほどに、周囲の理解を得ることは難しくなる。
貴族階級が文句を言えば民衆にも伝わり、無駄な出費として反感を買う。
民衆は、貴族階級よりも、身近に魔物の危険があるので理解はあるようだが。
どちらの声が通り易いかは、考えずとも分かることだ。
特に、当時に結んだ各国との協定による出資も嫌がられはじめたのだ。
領土を解放しても良かったが、どの国もが反発した。
当然ながら、誰かに責任を押し付けたいし、何よりも盾役が欲しかった。
その点をのむ代わりに、中立国となったという。
うまく封印できたからといって、もしもを考えれば国も放置はできない。
そういった事情が重なって、足りない防衛の人手を補うための打開策として、戦える民を集めて留める政策を執った。
いっそ民間組織に委ねようと、傭兵や難民らを集めて冒険者制度をはじめたということだ。各国へも受け入れられたようで、冒険者ギルドも提携済みである。
特にガーズは、冒険者に居ついてもらわなければならない。ここには魔物が多く発生するし、仕事には尽きないだろう。
それ以上の理由として、国は冒険者たちへ誇りを持たせた。
人同士の争いには兵が活躍するだろう。
冒険者は、国を魔物から守る剣であり盾だ。
魔物専門の民兵だよな。
要するに、実のところ冒険者たちも国は軍同様に扱っているといって差し支えない。
ゲームの主人公である、英雄と呼ばれるに至る冒険者シャソラシュバル。彼は後半に猟騎兵として活躍した。ゲーム内で馬を入手するのは、フィールド移動速度を上げる理由づけだが。
軍に属しない主人公に兵と付く理由は、国の扱いがそうだからというわけだ。
おっと、ゲームの長ったらしいプロローグを思い出していたはずが、自分の感想や推測まで混ざってしまった。
まあいいか。
きもい語りをしたって誰に聞かれるわけでもないぼっちだし。
「この街の本当の役目は、邪竜ウォッチングだよなー」
祠でのことがぼんやりと思い返される。
聖なる質を持つマグは、青い光を持つ。
祠の中にあったでかい石も青く光っていた。
それに、俺――。
「ああっ! コントローラーのアクセスランプ!」
なんということでしょう。そういや、色、そっくりだよな……。
俺は誰も入れるはずのない祠から出てきた。
石が薄ら青く光っていた。
アクセスランプはもっとはっきりとした色だけど、薄くしたらあんな感じになるはずだ。
はじめから気付けと思わんでもないが、こんな色、日本だったらどこにでもあるから関連性なんて考えなかった。
この世界では、これは聖なる色だ。
その辺もよく考えてみた方がいいのかな。
問題は封印の効果だったか、形が変化したこと。
シャリテイルの心配とは別の意味で、俺にとっては問題だ。
「俺とまったく関係ない、ってことはないよな……」
人が近寄らない場所なら、いつから変化したのか不明だろうが、タイミング的に俺が来た時のような気がする。
受け入れたくないが、コントローラーの光と変な石の青い光を見ると、ねえ。
封印が解けそうかどうかは分からないし、シャリテイルは効果自体に変化はないと言っていたから、そこはいいか。何もできないのに不安がってもしょうがない。
もっと度々、ゲームのことも思い返してみたほうが良いのかもしれないが。
覚えていたらな。
ごろんと寝返りを打つと、頭が疲れて程よい眠気が襲ってきた。
難しいこと考えると眠くなる。道理。
……寝る前なら色々と考えてみるのもいいかもな。