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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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199/295

199:悩みはそれぞれ

 俺は目を剥いて、シャリテイルたちの去った木々の狭間を呆然と見つめる。

 いくらカイエンが強かろうと、一人で眼前のふわふわの大群に対処できるのか?

 いや、まだ出て来たばかりだから拠点も近い。戻るか、戻るよな?

 ぐぎぎと首を巡らせて横を見上げれば、口を半開きにして、ぽけーっと空を仰いで突っ立っている姿があった。


「もうちょっと緊張感出そうか!」

「んあ?」


 思わずツッコミを入れてしまったが、どうしてそこまで気が緩んでいられるのか不思議だよ!

 そりゃカイエン一人でも問題ないんだろうけどさ、俺がどんな足の引っ張り方をするか分からないんだぞ?


 しかも、あの敵の軍勢が目に入らんのか。

 今もふわふわと近付いてきているというのに、すでに俺の六脚ケダマ決戦兵器の虫よけは弾切れだ。あ、一応、ナイフは持っておこう。


 ほんと、もう少しでいいから安心できる態度でいてくれないか。そう俺が腰を低くして頼み込む前に、カイエンは前方を一瞥し、ようやく動き始めた。


「タロウ、そこの大き目の木まで下がってくれ。すぐに終わっから。シャリテイルの指示はな、南側にブッ放していいってことだ」


 背後を指差しつつ俺に指示したカイエンは、剣を手にぶらさげたまま道の真ん中に踏み出す。

 今どこで後ろを見てたよ。訝しみながらも俺は急いで幹が太目の木陰に屈むと、息を詰めて様子を窺う。


 カイエンはふらふらと近寄ってくる六脚ケダマを特に狙うでもなく、ただ剣を下から上へと振り上げた。ただ真っ直ぐにではなく、ジグザグな動きをしたようでもある。とにかく、その剣の先を何か鋭い空気が葉を巻き上げ、道沿いの木々まで削り取るような錯覚を覚える勢いで駆け抜けていく。


「ゲぴャキャキャピャーッ!」

「うをはぁ……」


 もはや悲鳴にもならなかった。気が抜けたような溜息だか声だかが口から漏れていた。

 道は真っ直ぐではないが、獲物を見つけたケダマたちは、こっちに向かって来ていたんだろう。線上にいたほとんどが消えていた。

 なぜ分かるかといえば、さっきまでなかった木漏れ日が差し込んでいたからだ。

 きもっ! どんだけ溢れてんだよ!


「ま、こんくらいか。あとは近付いたやつだけ叩けばいい。そうだ、タロウも」

「遠慮する」

「そうか? あいつらまず脚を折っちまえば、大したことないぞ?」

「豆知識の伝授をありがとう。それだけで俺は満足だ」

「ち、知識だぁ? なんと、オレにもぶん殴ること以外に、教えられることがあったというのか……」


 なにかカイエンが、目をきらきらとさせながら自分の世界に入ってしまった。


「そうか、オレも先輩らしくなってるんだなぁ……フンッ!」

「げキュウーッ!」


 頼むから、その状態で無意識にケダマを攻撃しないで。怖いから。


「お、シャリテイルが付いていったのは、あれのせいかな」


 突然正気に戻ったカイエンの視線の先を見て、俺は倒れそうになった。

 シャリテイルたちは近くの丘へと向かったらしい。そこへ、さらに二組のペリカノンが飛んで行っている!


 ウィズーたちがペリカノンに対処しても、地上からケダマの大群も襲ってくるとなれば危険だよな。

 だからって、シャリテイルだけで片付くらしいのもすごいが……。


「今日の魔物は活きがいいな! こんな日もあるが、どうすっか。オレたちも、ここらで待機しておく方がいいかもしれん」


 活きがいいとかはさておき、俺が居るから普段とは行動を変えるべきか、考えてくれてるらしい。

 カイエンは顎に手を添えた考える風のポーズのまま、二匹のケダマを瞬時に切り捨てる。かと思えば、俺の背後へと突きを放った。


「ケキュゥ……」


 ケダマの断末魔が俺の背後で掻き消えていく。


 いきなりなにしやがるんだこいつ……漏らしたらどうしてくれる。着替えは一枚しかないんだぞ。


「少し先に隠れ岩もあるが、どうする?」


 どうするじゃねーよ。

 さっきからカイエンの目の方向や喋ってる内容と、体の動きが違いすぎて怖い。

 まあいい。隠れ岩って、あの塹壕だよな。だったら俺は隠れやすくて助かるし、カイエンも攻撃の邪魔がなくていいだろう。


「拠点より近いのか?」

「もちろんだ」

「それなら是非とも先に進もう。そこにも貼り草が潜んでるかもしれないし?」

「おお、その通りだ! さすがは草を冠する男。なら急ぐぞクサタロウ!」

「冠してねえんだよバカイエン!」

「ハハハ、その意気だ!」

「走るな!」


 本当に少し先なだけだった。

 走ったと思ったとたんに急停止されて、カイエンの背に頭突きをかます。


「くおっ、背後からとは卑怯な!」

「だから合図しろって……げぇ!」


 そこにある光景に、俺は慄然とした。


「ケキュ! ケキュ!」


 地面に半分埋まった六脚ケダマが、ふわふわと左右に蠢いている。

 落とし穴などではなく、塹壕だよな。ああ俺の聖域が……。


「ほう、面白い」

「面白くない」


 ケダマはどうにか抜け出そうと足掻いたようで、細い脚が一本だけ隙間から生えており気持ち悪さMAXだ。


「タロウ、屈んでいろ」


 言われた通り地面に片膝をつくと、カイエンは岩の上に飛び乗って、剣を水平に振りつつ一回転した。


「げキュキューッ!」

「ぎああ!」


 それだけで周囲に潜んでいたケダマは倒れたらしい。

 くたばったような叫びが俺の口からも出てしまったが、木々を揺する音で掻き消えてくれたに違いない。合図してくれただけマシだが、もう少し分かり易く頼む。

 おや、まだ溝のケダマは残っているぞ?


 カイエンは岩から俺の側へ飛び降りると、親指で、くいっと地面のケダマを示した。


「いいぞタロウ。行け」


 俺は立ち上がるとナイフを掲げて、カイエンへと狙いを定めた。


「なっ、オレじゃなくて! こっち、ふわふわの方!」

「ざけんな! 俺が言ったこと忘れたのか!」

「ぅわあ! わ、忘れてないって! おぅ、落ちつこうじゃないかタロウくん!」

「このっ、ケダマの背後に隠れるとは、汚ねぇぞ!」

「だからさ、けしかけてないじゃん? 聞いてくれよぉ!」

「ケキュゥ!」


 極大ケダマの頭を掴んで背後に回り、頭だけ生えたカイエンケダマを睨む。


「さっき脚を断つといいと言ったろ。でも聞くのと実際の感覚は違うもんだ。で、ここに都合よくいるじゃん? 運がいいだろ?」


 たしかに、けしかけられてはいない。このケダマが間抜けだっただけだ。


 六脚ケダマはゲーム中レベル28。

 現在は俺もレベル28だが、俺に対しての魔物のレベルは倍くらいで考えないとまずいことになる。だとすれば、俺には厳しすぎる相手だ。

 考え込んだ俺にカイエンが続ける。


「だから、感覚を掴むだけだって。ダメだったらオレが片づけるし」


 ……そこまで言われたら、挑まないわけにはいかない。

 俺にとって、こんな都合のいい機会は滅多にないことだ。しかも幸いなことに、最も苦手な多い脚が見えない。


「分かった。試すよ」


 渋々とケダマの背後へと回る。幾ら身動きが取れないようでも正面から近付く気にはなれない。

 まずはカイエンに話に出た脚に近付いた。脚の先は細く枝分かれしており、指部分の一本一本も長い。もう鳥の脚のようには見えないものだ。その爪先部分は、動かないようにカイエンがまとめて掴んだ。


 枝のような脚をナイフの背で軽く叩いてみたが、想像より重い手応えだ。

 いける気がしないが、ままよとナイフの刃を脚に沿えると、なるべく垂直に当たるようにして振り下ろした。


「ゲキャ!」

「かってぇ……!」


 バキッと脚が砕ける衝撃が腕まで伝わった。慎重にやってどうにか折れたって感じだ。こんなの、倒せる気がしない。


「な、硬いだろ?」


 などとカイエンは嬉しそうに言っている。どういうことだ?


「じゃ、頭刺してみろ」


 心臓に悪い言い方しないでくれ。その通りだが。

 蠢く頭にナイフを突き立て、全体重を刃先に乗せる。ものすごい弾力は、四脚ケダマどころじゃない。まさか、悪夢の感触が事実に上書きされるとは……。


「ゲキュルゥ……」


 あれ、意外と柔らかい?


「脚を断てばどうとか言ってなかったか……?」

「ああ言ったな。だが、やはり巨体を支えるだけあって脚は頑丈だ。逆に胴体は軽くなってんのか思ったほど硬くないだろ? だから狙える機会があるなら、胴体を狙った方がいい」


 言われてみれば、四脚ケダマをそのまま巨大化したら、もっと硬い感触になりそうだ。たしかに違いを掴むのに、これほど良い機会はなかったのは分かったが。

 でも六本も脚が広がってるんだぞ。それらを避けて俺が胴体に攻撃を加えるなんて無理だろう。


 ケダマを見れば、弱っているようだが死ぬ気配はない。頭から流れ出したマグが血のようだし、自分の光景を考えると気分が悪くなってきた。

 一度外して、って……ナイフが抜けない!?

 落ち着いて持ち手を傾けるように体重を乗せると、毛を抉りながらナイフは外れた。

 あ、焦った……。


 俺がナイフを引き抜くと、すかさずカイエンが剣の柄で殴り止めを刺した。なるほど、馬鹿力だ。

 嫌な緊張から解放され、ほっとして額の汗を拭った。


 六脚ケダマよ、貴君の協力に感謝する。

 罪悪感を誤魔化すように敬礼し消えゆくケダマを見守ると、カイエンが不思議そうに俺の真似をした。


「お祈りか何か?」

「そんなようなもんだ」


 少し滅入った気分は即座に断たれた。


「いてっ、いててててっ!」


 ケダマの体が貼り草の繭を破っていたらしい。邪魔者が消えたため一斉に種子が撃ち出されてきた。カイエンは容易く手で弾き返しているが。

 拾うの面倒くせええぇ!




 塹壕内に散らばった種子を拾い終えると、貼り草本体の根っこやらを削り取っていく。すでに気分はげっそりしていた。


「周囲のケダマは、だいぶ片付いたぞ」

「そう」


 俺が貼り草の処理をしている間、カイエンはぐるりと周囲のケダマを掃除し、今は岩に座って足をぶらぶらさせている。邪魔臭い。

 暇になったのか魔物について話しているが、他の奴らと変わりなく主題のよく分からない話だ。適当に頷きながら、貼り草の蓮根状の板などを重ねて絡まっている糸で縛った。昨日の山頂近くの場所よりも数が少なくて良かったよ。


 どっこいしょと顔を上げると、水を飲み、布で顔を拭う。

 ものすごく、おっさん臭くなった気がする。


「よっ、お疲れさん」

「まあ一応は終わったけど、まだ根が残ってるから、シャリテイルたちが戻るまで削ってるよ。ここで待ってて分かるのか?」

「ああ、オレの攻撃が見えてたと思うぜ」


 あ、そう……。


「タロウは凝り性だよな」

「そうかな」


 なんに感心してるのかカイエンは、楽しそうに頷いている。

 はたからは、そう見えるかもしれないが、別に好きで凝ってるわけじゃない。こんな場所で他に俺に出来ることもないから、どうせなら徹底的にやってやろうと思ってるだけだ。


「おう、そうだとも。タロウのように、こつこつやってるのは珍しいぜ」


 それは種族特性的なものではないだろうか。逆に、人族がこつこつやらなくていい手段があるなら教えろ。

 ……卑屈になってはいけないと思っても、疲れているとダメだな。

 俺の話から逸らそう。


「カイエンだって高ランクになるくらいだ。これだけ冒険者がいる中で、たった五人の一人なら、長い間頑張ってきただろ」

「いや、まぁ、オレは炎天族で、狩りに関する肉体には恵まれてっから」

「他の炎天族だって同じじゃないか。そりゃ特別頑丈だったとか、そのくらいの生まれ持ったもんはあるだろうけど」


 だからって何もしなければ強くなれないのは、俺が身をもって知っている。

 もしもマグが経験値的なものだとしたら、どんな天才だろうと考えるだけでなく、魔物を倒さなければ強くはなれないはずだ。

 人より強くなるなら、なおさら。


「うん。絶対、誰よりも努力してるに決まってる」


 つか、いつも自信満々なのに珍しく謙虚だな。いや謙虚というより……卑屈なような。ここのやつらには縁遠い感覚だと思っていたが。

 やけに静かになったため見上げると、なぜかカイエンは悔しそうにしていた。


 えっ、何かまずいこと言ったか?

 そういえば面倒くさそうな性格だっけ。まあ知ったからといって気を付けるのは難しいけど。

 人によってさえ何が地雷かなんて分からないのに、さらには別の価値観な世界で俺に気を回すことなど不可能!

 ええと、いちおう謝っておいた方がいいんだろうか。

 と思ったが先にカイエンが口を開いた。


「タロウ……オレはな、努力なんか、本当にしたことないんだ」


 あのう、それでなんで悔しそうに歯軋りしながら拳を握りしめてんだよ?


「オレ、ちょっとな。ほんの少ーしだけだが、人と話すのが苦手で」

「へえ……そう、なんだ?」


 めちゃくちゃ目が泳いでる。少しどころではないらしい。

 でも、意外だよな?

 やたら馴れ馴れしかったり、人目を気にする様子もなかったと思うが。

 どちらかといえば、もう少し気にしろと言いたいくらいだ。


「でも、いつもつるんでる奴いたろ?」


 ただ、他の奴らと話してるのは見たことないかも。シャリテイルは……まあシャリテイルだしな。


「いやぁ、あいつらは、今最も高ランクに近い奴らで、仕事が被るからっていうか……だから最近、ようやく話すようになったというか……」


 ええっ、そんなすごい奴らだったのかよ。でも、やっぱパーティーではないとしても、もう似たようなもんだろう。高ランクがどれほどの実力を持つかは知らないが、低ランクと中ランクの差でも相当あるし、ついていける奴らなんか多くないはず。


「ん? それにしては、ギルドで俺には随分と馴れ馴れし……気軽に話しかけてきたじゃないか」

「あいつらが、オレを知らないやつだから平気だろ話してこいって、褒めときゃ悪い気はしねえから大丈夫って言うし、そんなもんかと……」


 俺は練習台かよ!

 そういえばギルドで、カイエンが普通に話してると驚かれたことがあった。高ランクの奴が格下の力量を認めたとか、その手の勘違いだと思って恥ずかしかったというのに……話ベタの奴が話してるのに驚かれただけ?

 やたらとカイエンが自分のことを知ってるか知らないか気にしてたのも、自慢じゃなくて、そっちを知られてないか不安だっただけとか?

 思わぬ話に、がっくりと気が抜けた。話を戻そう。


「えーと、で、それが努力してないのと何の関係があるんだよ」


 えーなんで分かんないのといった顔を向けられた。分かるかよ。


「だからさー、ずっと話しかけてくるやつから逃げて一人で魔物どもをブチ転がしてきただけってことだ。そしたら気がつけば強くなってるじゃん? 自業自得だけど、オレが逃げ続けていたために誰にも話しかけられなくなって安心と悲しみに暮れていたっていうのに、強くなるほどに再び話しかけられるようになってくるじゃん。だから、また逃げて戦っていたら!」


 一息に吐き出すと、カイエンは一呼吸して空を仰ぎつつ叫んだ。


「気が付いたら、こんな地位になってしまっていたというわけだ!」


 あー、ええと、かなりコミュに難ありと……。

 だから距離感とかテンションが、ちょっとズレてんのか。

 いや、でもな、俺には他の奴らも似たり寄ったりに見えて、カイエンだけ特別おかしいようには思えない。


 そういえば赤面症とかは、自分の気持ちとは無関係に顔に表れて、本当に辛いだとか聞いたこともあったな。

 あまり深刻そうには見えないが、苦労したんだろうか……俺には雲の上のような苦悩に思えるが。

 あのなカイエン。俺だったら、恥ずかしいからって、こんな森に突っ込んだら即人生ゲームオーバーだぞ? 言わないけど。


 まったく、どんだけ逃げて戦い続けまくってんだよ。高ランクになるまでって、こじらせすぎだろ。


「だから真っ当に頑張って、ご近所に評判のタロウは、すげえんだよ。聖草(せいそう)伝説は伊達じゃねえ!」


 清掃伝説はやめろ。


「まあ、うん、ありがとう?」


 喜んでいいのか微妙だが、本気で褒めてると思ってそうだからな。

 カイエンは、なにやらホッとしたようで微妙な笑みを浮かべた。


 ああ、その意味ありげな笑い方も、気まずかっただけかよ!




 貼り草どもの根も、あらかた片づけ終わってしまい塹壕から這い出る。


「みんな遅いな」


 土を払いながらの俺の言葉は、カイエンが岩から弾かれたように飛び下りて剣を構えたことで掻き消えた。これまでとは違い、両手でしっかりと柄を握り、虚空を睨んでいる。これまで、まったく見せなかった空気だ。


 カイエンが、本気を垣間見せる状況?

 空気を震わすような緊張に肌がひりつく。

 遅れて、何が起こったのか気が付いた。いつの間に現れたのか、木々の狭間にはカイエンよりも大きな獣が佇んでいる。


 あの巨体だというのに、風が葉を揺らすような、そんな前触れさえもなかった。

 不気味さに、ただ立ち尽くす。


「なん、だ……あれ」

「走れるか」


 カイエンの声は、やけに静かだった。

 剣を構えて腰を落とし、今にも飛び出しそうな緊張をはらんでいながらも、異様に思えるほど落ち着いた声だ。俺を脅かさないように、気を遣ってくれてる?

 そんなに、まずい相手なのかよ。


 走るといったって、どこに。拠点か? 幸い遠くはないし道はまっすぐだ。ケダマも倒しながらきたし、拠点側ならほぼ居ないだろう。居たとしても近付くまでの動きは遅い。俺でも脇を走り抜けることはできる。


 でも、逃げ切れるのか?

 ケダマではなく、目の前のこいつから――。


 全体的に黒い毛並みに覆われたそいつは、まるでライオンのようにしなやかな体つきだ。息づくように隆起する四肢は見るからに強靭で、カイエンの背さえ飛び越えて瞬時に俺の喉笛を掻き切れそうに思える。


 ゆらりと木に絡みつく長い尾の先が割れ、ちろちろと糸が出入りする。

 蛇だ。

 威嚇するように、ゆっくりと膨らんだ首回りは、たてがみではなく歪な膜。

 頭部はグレイハウンドのようにシャープな犬の顔だが、その両側面にも半分埋まるようにして犬の顔がついていた。


 奇妙なキメラだが、見たときから背筋の震えは止まらなかった。

 恐怖に竦んでも立っていなければと、シャリテイルといて学んだ。

 敵から目を背けるなと、カイエンにも教えられた。


 でも、逃げ切れないと悟ってしまったときは、どうすればいい?


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