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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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195/295

195:巨大ふわふわの影

 前方ではウィズーら三人は猛烈な戦いを繰り広げている。

 昨日と打って変わって熱心な様子だ。あれは恐らく小遣いの恨みを叩きつけているに違いない。

 出かけるとなれば即座に動いたから、立ち直りが早いと思ったが、それだけ小遣いの恨みは深かったのだろう。


 そんな恐ろしい情景などものともせず、背後からはカイエンがのんきな声を上げる。


「初めて見たときも思ったが、タロウの装備は面白えな。その頭のやつ、ホカムリに変装する案には脱帽だ」


 大きなお世話だ。

 シャリテイルも警戒役のはずだが、辺りを見回すでもなく欠伸まじりに歩いている。そりゃマグ感知があるんだろうけど、川沿いなんて楽な仕事なんだろう。

 ふと目が合った。


「なに、いじけてるの?」

「いじけてない」


 変なところで鋭いな。


「ところで、俺の仕事はどうすりゃいいんだ?」

「まずは滝の向こうにある拠点まで移動するわ。それまではナイフでお邪魔草と戦ってくれていいわよ」

「邪魔なところは、ついでに刈れってことだな」


 てへっと、シャリテイルは現金な笑みを浮かべると、拠点とやらの位置を説明しはじめた。


 滝の向こうというが、湖の奥に見える大きな滝の上ってことらしい。水飛沫で周囲が白く霞んでよく見えないが、滝の両端は岩の段差が続いていて、それが上部まで壁のように生えているらしく、その岩陰にちょっとした拠点を設えてあるということだ。

 山並みと街、魔泉と魔泉の中間辺りで位置的にもちょうど良いらしい。

 俺が知っていても、怖いだけの知識だ。

 つい、うげっとした表情をしてしまい、シャリテイルはぷうと口を尖らせる。


「遠征が面倒くさい気持ちは私も分かるけど、ここを乗り切らないと中ランクに上がれないわよ?」

「面倒くさいで済むか! って、ランク? それが遠出となんの関係が?」

「そりゃ最期の研修だからね」

「へー研修か、結構しっかり色々とやるんだな」


 あ?

 どこかでそんな話を聞いた気がしたと思ったのは、気のせいじゃないな。

 低ランクから中ランクに上がったやつらが……ああ、クロッタたちだ。

 ものすごく、げっそりしていたよな。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。話し合おう。極普通の低ランク冒険者たちから、とってもとっても苦労したような話を聞いた気がするんだが………」

「ふふ、懐かしいわね。私も初めて上のランクの場所に出かけたときは、とっても疲れたわ」


 俺は疲れたですまねぇだろ!

 シャリテイルは、にこにこしている。


「だから言ったでしょ。タロウにとって良い話だって」


 食堂での話は、このことだったのか。


「な、なるほど。魔物が常に街の近くをうろついているはずもなく、冒険者たるもの野営の経験も必須……」


 まさかこんなに早く俺にもランクアップの希望が見えるとは。


「どうした不安か。まあ、そうだよな、オレたちの背後で大人しくしてるんだぞ」


 なんてカイエンは軽く言ってるが、こんなガチガチに守られてるような状態で、合格判定して意味あんのか。

 あくまでも研修だから、参加さえすりゃいいってことなんだろうか。

 どっちにしろ、腑に落ちない。


「あら、もっと喜ぶかと思ったのに。もしかしたらタロウには、初めて見る魔物がいるかもしれないじゃない?」


 はぁ、喜ぶだあ? いったい俺をなんだと思っている!


「たしかにそれは、嬉しいかなー」


 くっ、自分に嘘はつけなかったよ……。

 気が付いたら、一段落したらしいウィズーらが、すぐ前を歩いていた。


「心配すんなって。滝の向こう側だが、野営地周辺の敵は山の麓と大差ない」

「そうだぞ。山も近くて上りになるから、日帰りだと厳しいというだけでな」

「いやタロウなら日帰りも軽いんだろうが、ぶっちゃけ俺らが辛いんだよ!」


 ウィズーらは俺を元気づけるように言う。辛いのは本音なんだろうけど。

 そうじゃないんだよ。


「それはよく分かったし、休憩は好きにとってくれていいから」

「やったぜ!」


 だって、他のやつらはこんな好条件のはずないだろ?

 先輩冒険者の後をついていくだけでいいといったって、普通は戦闘だって参加させられるはずだ。

 そもそもシャリテイルが急に思いついただけじゃないのかこれ。


「初めはみんな緊張するもんだ。タロウ、安心しろ。そのためのオレたちだぜ?」


 カイエンは、ニカッと筋肉まとめ役なみの胡散臭い笑みを浮かべる。

 俺は顔を背けた。


「え、ええぇ……? タロっちさ、なんかオレには冷たくない? こう見えて高ランクだよ? 信頼に値するよマジで?」

「暑苦しいから近寄んな」


 本当に遠くまで出かける遠征とかは、大変な任務ご苦労さんとは思うが、こうしてカイエンと同行するのは不安でしょうがない。


 草原での所業を誰が忘れるか!


「ほお、見たかウィズー。また一つタロウ伝説を見てしまったな」

「ああ、デープ。ただの低ランクじゃねえとは思っていたが、まさか高ランクにあんなぞんざいな態度を取れるとは見上げた根性だ。なあ、ダンマ」

「うむ。俺も同じ炎天族だが、あいつは高ランクの中でも、ぶっちぎりに力加減がおかしいからな」


 こら解説要員。それっぽいことを話しながら、しれっと俺から距離を取ってんじゃねえ。

 怖くなってカイエンを振り返れないじゃないか……。


「そっか。なんか、さっきからオレ一人で話しかけてんなあって思ってたのは、気のせいじゃなかったんだ……」


 ちょっと背後に重い空気を感じる気がして冷や汗が流れる。

 そんな空気を壊してくれたのは、やはりシャリテイルだ。


「あータロウ、拗ねるからやめてあげて? けっこう面倒くさいやつなの。でもカイエンが居ないと、お邪魔物が多かった場合は、ちょっと疲れる道だから」

「いいんだシャリテイル。いつもみんなはオレを、つごうよくつかうだけなんだ……」

「ああっ、言ったそばから、ほら!」


 思わず振り返ってみたら、がっくりと肩を落としたカイエンが、ずるずると歩いていた。


 重い空気って、そっち方面かよ! マジで面倒くさいな!


「あのさ、カイエン」


 のっそりと顔を上げ俺を見たカイエンの目は、威圧感はすごいのに、顔全体では半べそで気が抜ける。


「オレはただの高ランク冒険者でしかないし? 聖草伝説を打ち立て、ご近所で大評判のクサタロウには、オレの力なんか必要ないかもしれないけど?」


 嫌ないじけかたすんな!


「ええと……いいか。繁殖期の草原で、ケムシダマで遊んだようなことをしないでくれたらいい」

「オレ……なにかしたっけ?」


 カイエンは、不思議そうな顔で見ている。そういうもんだよな!


「俺に無理めの魔物をけしかけたろ」

「倒してたじゃん。あんな弱っちいの、タロウの敵じゃなかったろ?」


 おかげさまで今はな!

 でもな。


「あんときは厳しかったんだよ!」

「ううむ、そうだったのか? 分かった、悪かったよ。オレって、その辺の見極めスゲーって言われてたんだけどな。ちょっと自信喪失だよ……」


 ああ、また項垂れ始めた。


「とにかく俺は草担当、カイエンは魔物担当。こういうのって分担は大事だろ?」

「もちろんだ、今はパーティー組んでるもんな!」


 カイエンは、ぱっと顔を上げた。


「た、頼むから」

「おう、任せろ!」


 カイエン改めチョロエンな。

 また偉そうに戻ったが、「ふふ、オレは魔物ブッ殺す担当か。強いからな」とか呟いている。

 よし、もう話しかけないぞ。


 しかし見極めって、もしかしてカイエンはレベル的なことが分かるんだろうか?

 炎天族でマグ感知できるのも少ないというし、実際に森葉族が担当しているのばかり見て来た。こいつ人間離れしてそうだな。

 うーん確かに、レベルが多少でも上なら、人間の方が強そうな感じはある。

 でもそれは、ただし人族を除くってやつだろう。




 気分は重いまま、道を通りやすく枝葉を払う作業を気まぐれにしつつ、湖へ辿り着いた。

 このまま湖沿いを進むのかと思ったが、時間はかかるが迂回するようだ。そもそも行き止まりは、遠くからでも見える滝だ。森葉族の感覚でこの道が早いから進むと言われても困る。


 まあ、湖沿いは狭いし俺にはミズスマッシュを避けつつ進むなんて難易度が高すぎる。

 どのみち奥に行くにつれて崖が高くなっていくから、森の中を通ってくれるのは助かる。


 そうして南周りに上り始めた急斜面は、土混じりの岩の段に木の根が絡まり合っている大変な道のりだった。

 人が並んで歩ける幅はないから、先頭にシャリテイル最後尾にデープと森葉族で挟んで、今は縦列で進んでいる。


 滝壺を叩く水の音と振動が感じられる。滝周辺の霧のせいなのか土は黒っぽく、湿気の多さを感じられる。足を滑らせないように気を付けなければ。

 木々は低めで、さらには幹から枝までうねって絡み合っており視界も良くない。

 垂れ下がっている枝葉を打ち払いつつ、一歩一歩を確実に進んでいく。


 そんなわけで、ついつい俯きがちになっていた。

 ただでさえ翳りかけの道が、さらなる陰に覆われる。


 そのときシャリテイルの声が上の方から聞こえた。敵がいるという知らせだ。続いて下の方からも、似た声が上がっていた。

 同時に金属音や慌ただしく動く音も重なる。戦闘開始だ。


 ゆらり――大きな影が頭上にかぶさった。


「あ?」


 なんとなく森の方を見上げると、木々を跨いで浮かぶ、ふさふさとした丸い影があった。

 人間サイズにしたようなケダマに、その何倍も長い脚。


「あ、ああ……あれ……」


 俺は、木の根っこの間にへたり込んで尻が挟まっていた。

 こいつら、こんな枝葉の密集した中にいて、まるで気配がなかった。


「ケキュウ」


 低い声が頭上から降ってくる。


「ひっ……!」


 なんてやつだ。見ているだけで戦意がそがれていく……。

 無理だ。

 無理無理無理。

 こいつは、無理!


 ゆらりと六本の長い足が、見た目の割に滑らかに動く。

 足の細い蜘蛛を思い出す動き、これは生理的にダメすぎる。


「ろ、ろろ六脚ケダマ……!」


 でかい、きめぇ!


 そいつの向こう側を見れば、あろうことか木々の合間には幾つもゆらゆらとしたものが見える。


 ひ、ひぁあああああぁ!

 ここ、こんなやつの群れなんて聞いてない!


 周囲から、幾つも赤い煙が漂ってくる。みんなは戦って倒しているんだ。

 六脚ケダマは、ゆらゆら本体を揺らしながら、長い脚の一本を俺が座り込んだ木の上へと伸ばした。

 そのまま、本体を引き寄せ近付こうとしてくる。


 ぎゃ、ぎゃあ、おあー!


「タロウ、敵から目を背けるな!」


 カイエンの声にハッとして顔を上げた。

 同時に黒い長剣が、頭上のケダマを煙にする。

 そのままカイエンは狭い木々の狭間に飛び込んでいった。


 カイエンの言う通りだ。立たなきゃ。

 弱くて戦う役には立たなくとも、せめて足手まといにならないようにしなきゃならないのに。足は、勝手に震えている。


 お、おち、落ち着け。

 何か手はある。あるはずだ。


 深呼吸しつつ、おぞましい六脚ケダマに、どうにか焦点を合わせる。

 打開策はないか、よく見るんだ。

 俺は六脚ケダマの最も気持ち悪い部分を、薄目を開けて凝視する。


「あれだ……なんで気が付かなかったんだ」


 蜘蛛は、八本脚。

 こいつは六本脚。


「お前は、ただの昆虫だ!」


 俺は道具袋に手を伸ばす。

 目的の小さな袋を取り出せば、足の震えも治まった。

 立ち上がると、袋に手を突っ込む。


 そいつを掴んだまま木々の狭間に踏み込み、下方にいた六脚ケダマへと思いっきり投げ付ける。


 ――タロウダストエクスプロージョンッ!


 舞い散った緑の粒々は虫よけだ。


「げケキャキャギャーッ……!」


 なんと一匹だけでなく、周囲のケダマは木からドスドスと落ちた。

 ケダマ本体は地面を背にし、六本の足を縮めてピクピクと痙攣している。

 そいつらをカイエンが叩いていくと、俺にも薄っすらとマグが流れて来た。


「えぇ……? マジで、効いたのか?」


 恐怖を克服しようと思っただけで、本気で効くとは思ってなかったんだが……。

 ドスッと側に何かが降り立ち、背を叩いた。


「ひぃ!」

「ハハハ! なにが草担当だよ、考えたなタロウ!」


 カイエンだった。脅かすんじゃねえよ!

 下の方からデープたちも上って来たが、ウィズーだけなにやら咳き込んでいる。


「ゲハッ! た、タロウ、驚いたじゃないか、虫よけ使うんなら言ってくれ!」

「うわっゴメン!」


 慌てて水を渡した。 

 鼻の奥に刺さるような刺激を思い出して身震いする。

 もっと冷静にならないと、迷惑かけっぱなしだ……本当に申し訳ない。


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