190:苔草と最後の聖戦
待ち合わせ場所の、畑西の端倉庫前に到着。
いいガタイをした鋭い目つきの岩腕族の男が、目を輝かせて言った。
「よお、タロウ。なかなか、いかした装備じゃねえか」
え、えぇ……?
ストンリに急いで作ってもらった改造鉢金を見て、謎のテンションに陥り、ほっかむりのように装備したままだ。笑われるのを覚悟で来たのに、こっちはそういうセンスなのか?
そいつの隣を見る。
「ええと、その、なんだ……ホカムリの真似か?」
「ああ、そう言われれば、なかなかに……ホカムリだな?」
他の二人は引きつってる。
良かった。センスがおかしいのはこいつだけだ。
「おっと紹介がまだだったな。ウィズーだ。シムシが出張ってきたと聞いちゃ、黙ってられねえからな。この依頼は俺たちが引き受けさせてもらうと、他の奴らを黙らせてきたぜ……小遣いを、多めに出してな」
にやり、とか不敵に笑われても。
こんなに堂々と言われると、小遣いという単語が何かの隠語のように聞こえてくるから不思議だ。
それにしてもシムシ? こいつとは同じ岩腕族だったような。
「シムシって、たしか東の方の洞穴を案内してくれた……」
今回のリーダーらしいウィズーだが、引率を引き受けたのは何かの対抗心だろうか?
シムシたちって、けっこう真面目な、というかこじらせた感じがあった。
なるほど、こいつらもどこか近い雰囲気がある。
「はは、あいつら忘れられてんのか。印象が薄かったらしいって今度からかってやろうぜ」
「めっそうもございません」
やめてくれ。ここの奴らの大げさな様子だと、面倒なくらいショック受けそうだからな。また酒場の女将さんに怒られそうな飲み方をしそうだよ。ころっと立ち直るだろうけど。
「こっちの依頼の引率は絶対に俺たちがやるって、こいつが引かなくて、付き合うことになった。俺は、ダンマ。よろしく」
「デープと呼んでくれ。そうそう最近、予定が変わったりしてるって聞いて、やきもきしてたよ。今日は頼むぜ相棒!」
予定のことで振り回してしまったのは、俺が依頼をつめたり場所変えたりしたせいだよな。すみません。
炎天族のダンマに、森葉族のデープか。こちらもイカツイが、三人とも場数を踏んできたといった、くたびれた雰囲気がある。装備もしっかりしてるし。中ランクでも上の方っぽい。
「タロウです。よろしくおねがいします」
しがない草刈り冒険者です……。
毎回思うが、どっちが依頼者だか分かんねえな。
「ま、俺たちも普段、ほとんど山にいる。久々の麓で戸惑うかもしれねえ。そう緊張すんな」
「……山? それって巨大な鳥とかわんさか飛んでる……」
「ペリカノンか? あいつらそんなに数はいねぇよ。先に落としちまえばいい。そもそも魔泉付近は魔物の数も多くはない。まあ、地上の奴らの方が、やっかいだろうな」
そう確か強個体頻出地域でしたよね。そこまでの上位者なのか。
お兄さんたち、なんでそんな大事なお役目を放り投げて、こんなことに熱意を燃やしてしまうんです?
「ハハハ、心配するなって。運がいいことに、俺らが回っている場所は高ランクが当番の日だ。ここらの雑魚の数も減るだろうよ」
「そ、そうなんだ」
へえ、高ランクの当番って、この辺も含まれるのか。魔泉があるなら当然か?
遠征するほどでなくとも、もっと遠くにしか行かないイメージだった。
それにしても、たかが草刈りの引率なんぞ、なにか融通つけてまで引き受けたい役割なんだろうか。まあ、これまで付き合って分かったことといえば、毎日毎日、同じ場所を回って湧き出る魔物を殲滅するの繰り返しだもんな。そんな危険が、楽しい刺激のはずはない。
そんなときに、危険のない変わったイベントがあったら、俺だってちょっとは浮かれてしまうかもしれない。
「ほら、こいつ借りてきたぜ」
「おぉ、助かる!」
今日は、大きな竹かごらしきものが渡された。これはありがたい。
ゴミバサミもあるが、もうこいつはあまり使わないだろう。滑り止め加工が優秀だから手の方が速い。俺の装備も進化したもんだな。いや、特化?
カゴを背負って準備OKだと頷く。背負ってるのは、俺だけだった。
そりゃ護衛だもんね。戦いづらい道具なんか持ちませんよね。
「じゃあ、行こうか。ハリスンや振り草を捻じ伏せたという、お手並み拝見だ」
「ふっ、驚くことになるからな?」
嫌だああぁ!
こんな人たちの前で、俺のすろうりぃな戦いなんか見られたくないぃ!
心の中で泣きわめきつつ、森へ進む三人の後を慌てて追った。
西の森沿いから南の山へ向かって真っ直ぐ進んでいる。
目的地である洞窟の入り口は、山並みの麓だ。
昨日はストンリにさんざん愚痴ってしまったが、今日こそヒソカニ地獄の本番じゃねえか。
ここは気合いを掻き集めて、強がらねば!
ウィズーは大股で荒っぽく前を歩いていきながら、たまに振り返りつつ俺に依頼の確認をする。
「二件の依頼をこなしたいって、本気なのか?」
「現場の状況によるけど、片付くようなら早く済ませたいだろ?」
「そりゃあな」
洞穴の中だから、目的地が結構奥にあるとか、それぞれの場所が離れているなら急ごうにも難しいだろう。暗い中を走ろうにも、俺に速度は出せないし。
これまでの苔草地帯は、洞窟内でも狭まった場所に集中していた。そんな箇所ならば、二件の消化もいけると思うんだが、そればかりは見てみないと分からないよな。こいつらの説明にも期待はできないし。
ただ大枝嬢も少し考える風ではあったが、何も言わなかったのだから、難しくともやれなくはないはず。
それよりも、目的地の洞穴が遠く感じる……。
お守り代わりにナイフを握りしめたまま、緊張のあまり早くも疲れて来た。
精神力ゲージが、みるみる内に目減りしていくのが見える。幻視だ。
そして間もなく危険地域に到達してしまう。
カワセミはばさばさ飛んでるし、ヒソカニはがさがさと枝葉の隙間をうごめいている。
「ヒソカニか。ちと、歩きづれえな。いちおう片づけていこう」
カワセミもハリスンもいるから。
一応じゃなくて、きちんと片づけておこうな。
ここには俺という最弱冒険者もいるんですよ?
強くなると無頓着になっていくのだろうか。
そんな緊迫した一時も、初めの遭遇戦が始まるまでだった。
「クェキケキェウ……ッ!」
ハリスンの鳴き声が響き渡る。瞬く間にハリスンが片づけられて行った。
こいつら、パネェ!
デープは大きめの杖を持っているが、やはり魔技を放つことはなく、俺の周囲にいるやつらを適当に見える自然さで殴り殺していく。
ダンマが特に固まって飛んでくるカワセミを、特大の四角い肉切り包丁っぽいやつで殴るとカワセミは弾け、足元に集うヒソカニは叩き潰す。素材の殻ごと粉々だ。
まるで自分の額が割られたような気がして、いーと口が開いてしまう。
これじゃ殻の再利用は難しいだろうな。ヒソカニざまぁ!
リーダーのウィズーからは、動きに堅実な印象を受けた。通常の、いかにもな剣と長さは変わりないが、やや幅があるように見える重そうな剣身が、的確に魔物を捉える。
しっかり地に足が着いている感じというか、ああこれ、お肉製造オッサンから受けた印象と似てる。
派手さは感じないのに、ウィズーが一歩踏み出すごとに、魔物が一掃されていった。
どう考えても中ランク上位陣の、さらに上位だろこいつら!
筋肉まとめ役らにも劣らないし、シャリテイルと行動したときと同じくらいの安心感がある。
シャリテイルの場合は性格の方で不安になることも多いが。
「見落としはないか、デープ?」
「ああ、ねえな」
また進み始めたのを追いながら、思わず声をかけずにいられなかった。
「みんな、すごいな!」
「おいおいタロウ。こんなことで褒めて調子に乗らせんじゃねぇよ。せめてペリカノンくらいでないとな。お、後で山の上にでも」
「依頼が最重要事項だから、な!」
「そ、そうだな」
こいつ、なんてことを言いだそうとしやがる。
俺をショック死させる気か。
後は魔物の多い場所もなく、斜面の横に開いた暗い入り口の前に来ていた。
「着いたぜ。ここらの洞窟にゃ、みんな手を焼いてる。楽になるなら、小遣いを出した甲斐があるってもんだ」
踏み込んでから、あまりの足場の悪さに四苦八苦する。
苔草がどうのだけの問題じゃないだろ。
これまでのどこよりも、岩がぼこぼこと生えて歩き辛そうな洞窟だ。
しかも全体的に湿って、かび臭い。
「この辺からだな」
ウィズーが天井を示しながら言う後ろから、ランタンを掲げて、体が固まった。
騙されてた。
な、なんだよ、この悪夢は……。
もう北のモンスターハウス並の苔草群生地は、ないんじゃなかったのかよ。
苔草が岩のひび割れなどの隙間から、ぴょこぴょこ顔を覗かせている。
床や壁の一部だけではない。
あろうことかそれが、全体的に広がっているではないか。
天井の方も、角の隙間っぽいところには生えて、嫌な汁気を滴らせている。
確かに、広がってるから群生ではないな。
逆に面倒くせえ!
「はぁ……これは、難敵だな」
「ほう。タロウでさえ、そう思うのか……なら恐らく、ここが最大の難関だろう」
俺でさえって、俺は魔草駆除の専門家じゃないぞ。
げっそりとした俺の反応とは違い、ウィズーは武器を構えて殺意を露わにしている。
そこまで憎たらしいもんかね?
今までも、みんな困り果てた様子だったよな。
そりゃ、戦いの最中に足を取られるって、危険なことではあるが。
他のやつらの足取りが危なかったところなんか、見た覚えがない。
いや、クロッタたちは危なげだったか?
あの時は低ランクだったな。まあレベル的なもんはあるだろう。
ウィズーは重そうな武器を手にしているとは思えないほど、悠々と歩いていく。
コイモリらも、あっさりと消し飛ばしているように見えて頼もしいような、うっかり足を滑らせてウィズーの前に飛び出したら俺の頭も消えると思うと怖いような。
それでもコイモリは素早さと数の多さで、数匹が攻撃をかいくぐってくる。
「チキキッ!」
「ぐばっ」
コイモリの、よりによって硬化した尻尾攻撃が俺の頭を叩いていた。
即座に頭上すれすれをデープの杖が掠めて、不届きなコイモリは消え、俺はひぃと叫ぶ。
さすが新たな防具だ、額はなんともないぜ。
「ぐぅ……く、首が」
「大丈夫か?」
「か、かすっただけだ」
ほっかむり装備が、コイモリの特殊攻撃を通さないことは証明された。
しかし衝撃を完全には防げないようだ。
コイモリのやつ、意外と打撃力があるじゃないか……。
ま、まぁ、これで前ほどは頭上を気にしなくて済むことは確かだ。
「悪ぃな、タロウ。もうちっと本気出すか」
ウィズーは申し訳なさそうに俺に言うと、真剣な顔つきとなって前を向いた。
これ以上の本気は、もっと後に取っておいた方が良いのではないだろうか。
たんに俺の運が悪いせいだと思うし、こっちの方が申し訳ない気分だ。
少し進むと、またもコイモリ天井が見えた。
さすがに朝一で、魔物と会わずに済ませるのは難しいか。
「次は、一匹も通しはしねえ」
ウィズーは剣を真横に構えると、低く唸った。
コイモリごときに、ペリカノン相手なみの本気を出す気なんだろうか。
もったいないような、わくわくするような。
背中しか見えないが、その気迫は伝わる。
ウィズーが動く。
ずばっと風を切るような動きと、どずんと地に響くような踏み込み。
そして、ニョルンという不似合いな音。
なんだ今の。
「あ」
全員がそう口にした。
ウィズーの片足が浮いていた。踏み込んだはずの前方に。
思いっきりスリップした勢いで、そのまま後ろに転倒しそうなポーズで空中に留まる時間は、長く思えた。
「ふぁっ危ない!」
思わず俺は手を伸ばす。
が、届くより前に、ウィズーは体を捻って流れを変える。
「ぐぬぅ……!」
次にウィズーは、両足で踏ん張っていた。
ものすごい気合いだったが、今のでかなり力の無駄遣いしたと思う。
「……ふっ、危なかったぜ。たまにこうして、足を滑らせそうになってな」
いや、確実に滑らせてたろ。
そんなツッコミを見抜いたかのように、ウィズーは俺に鋭い視線を向ける。
びくっとしてしまった。
ウィズーは片手を振り上げて拳を握りしめ、歯軋りする。
それはもう、すごく悔しそうに。
「タロウ、この惨状が、皆の士気をどれだけ奪うか分かるか? どれだけこの依頼が重要なものか、これで分かっただろう!」
このひと……いや、何も言うまい。




