19 :聖域の綻び
昼も結構な時間が過ぎ、もうしばらくしたらカピボーが現れる頃だろうかと思いながら、草を刈る手を急がせる。
シャリテイルと話しながらだからペースは落ちたが、最低限の十五束は超えた。
ふぅ、午前中にノルマを急いだのは虫の知らせだったか。
シャリテイルは話したい事とやらを言い出さないから、ついかなりの質問に答えてもらった。お返しに何もかも白状しなさいという無言の圧力だろうか。
「とまあ、俺が特に気になってたのはそれくらいだ。勝手が違うから、もっと色々あるんだろうけど。とにかく、答えてくれてありがとう」
「私としても、案内した手前、できれば早くみんなと仲良くしてほしいもの。ちょうど良かったわ」
シャリテイルは、さっぱりしたのか爽やかな笑みを浮かべた。
あのさ、俺を怪しんでいたんだよな?
用件を忘れてんのか。だったら助かるけど。
「時間を取らせたけど、そっちの仕事は良かったのか?」
「ええ、首尾よく朝のうちに素材が採取できたから。時間は大丈夫よ。コエダさんに、この辺って聞いたから来てみたの」
大枝嬢とは仲が良さそうだな。
採取が午前中で終了とは羨ましいことだと、視線を彼女のベルトへ向ける。
俺と同じく腰のベルトから下げた大きめの袋が膨らんでいるのだが、目が粗い麻布っぽい袋だからか、茎のようなものがあちこち飛び出ている。見なかったことにしよう。
「採取場はここからそう遠くないわよ。花畑と森の境目だから低ランクの内ね。駆け出し冒険者はよく通うことになる場所だから、あなたもその内お世話になるかもね」
おお、たしかにゲーム序盤によく通っていた採取場所だ。
毒々しい色合いの虫モンスターがいる、まったく和めない花畑だったが。
記憶のマップ上に花畑アイコンが浮かび、聞いた情報通りに、配置も合う。今のところ地理的なもんはゲームと同じだ。
「やっぱ、シャリテイルは中ランク冒険者なんだ」
「そうよ。大抵の中ランクになる場所は、一人でもどうにかなるくらいは腕がいいの。だから遠慮なく頼りなさい?」
「へぇ、かなりすごいんじゃないか」
意外すぎて驚いた。
幾ら中ランクといったって、一人で回れるってのはかなりの上級者だろう。本当なら誇らしげなのも頷ける。
感心して、すっかり気が緩みながら、刈った草をまとめるとシャリテイルが腰掛けている草束の側に運んだ。
その俺に、間近から刺すような言葉がかけられた。
「で、祠の聖なる鎖に触れていたことだけど」
う。
とうとう来たか。
安心したところを襲撃とは。
「あ、あぁーそれな!」
動揺して、なんとか声を絞り出すが、口ごもってしまう。
これじゃあ、思い切り怪しいヤツだ。
「えぇとそうだな、何を見て勘違いしたのか知らないけど。鎖に触ってなんかいない。触ろうとしたら、透明な壁があって押し返されるんだ」
ナイス言い訳!
そう思ったのは一瞬だった。
「だからぁ、それがおかしいのよ。そもそも入口に近寄れるはずがないんだから」
「えっ、そ、そうなの?」
「小さいけど開けた場所になってるでしょ。あの辺は、聖なる質の魔素濃度が高いの。人に含まれる魔素だって純然たる聖質ではないのだし。触れようとすれば弾かれるようだし、痛みがあるはずでしょ」
でしょと言われましても。
それが聖なる祠が結界たる理由だってのは俺の知識と同じだ。けど、どう反応するかだとかは知りようもない。
「だから、あの封印を施せる聖者と呼ばれる技能を持つ方々でないと、近付くことすら不可能なのよ。特に、ここにあるものは強力なのだし」
へえぇ、初耳だなー。
でも、結界なんてものを現実にするなら、そうなりそうだよなという気もする……。
「なんであんなところに居たのよ」
うん、まずいかな。
「いや、聖なる祠ってあれだろ。昔の悪い魔物を封じたっていう。そりゃ見てみたくもなるさ」
元は邪竜だったが、それで合っているか分からないのでぼかしてみた。
「あのね、邪竜なのよ。国を滅ぼしかねないのよ? そんな観光気分で近寄るなんて信じられないもの」
なんと、本当に邪竜が封じられてるのか。
なら、やっぱゲーム開始時点と、同じ時期なんだろうか?
邪竜なら、街の北に聳える黒い岩山に封じられているはずだ。
「いや山の方じゃないだろ。そいつが封印されたのは山だよな?」
「それはそうだけど、祠は封印の要なのよ。それを知らないのに祠に興味が?」
あれぇ、ますます藪蛇に……?
「まあ、聖者の成せる御技を目にしたい気持ちはわからないでもないけど……せめて街に到着してからにするでしょう?」
「俺だってまずは街に行きたかったさ。だけど、ええと、道に迷いまして……」
「そんな理由なの? 呆れた人ね」
シャリテイルはこめかみに手を当て、頭をふっている。
納得しかけてくれたと思ったが甘かった。
「それでも祠に触れていたことは?」
諦めてくれそうにない。ですよね。
うわーなんて言おうかなー。
また言い訳を口にしかけて、何かが気になった。
あれ?
シャリテイルの話に、矛盾を感じる。
いや彼女の言葉にではなく。
あの時に、起こったことだ。
「やっぱり、何かありそうね?」
彼女はスッと表情を引き締めた。
それまでの、言葉の背後に窺えた楽しんでいるような空気はない。
冒険者の顔なんだろう。
俺も、真剣に頷く。
「あの時……俺を見たときのことを思い出してくれ」
「あなたが妙な行動を取ってたことね。鎖に触れて魔物を倒して、草に異様な執着心を見せていたこと!」
「草はいいから!」
真剣、なんだよな?
これで大丈夫なのか。
それで本当に中ランク冒険者が務まっているのか疑問だよ。
「さっき自分で言っただろ。祠前の範囲内には人間だってなかなか近付けない。それなのに、あの時ケダマはどこにいたよ」
あっと声をあげ、シャリテイルは片手で自身の口を押さえた。
「でも、ケダマは幹に張り付いていたから、祠前に出てきたわけではないし……ううん違うわね。今まで、あんなところに近付いたことすらなかった。どうして気がつかなかったのかしら」
どうやら当たりだ。
しかし近付くこともできなかったとは。
あの祠前までが聖域だったというなら、変化しちゃってるということだろうか。
それならまだしも、弱まっているとしたら大変では済まない。
国を滅ぼすと言われるほどの、災厄級の魔物が眠らされているんだ。
結界が弱まっているとしてだ。
その原因……もし俺だったら、嫌すぎる。疑いがどうのという話ではなくなる。
シャリテイルは何事か考えあぐねているが、ここは提案しよう。
「なあ、確認しにいかないか?」
シャリテイルも顔をあげ、立ち上がった。
「そうよ。その通りね。ただの憶測だとしても、無視できる場所じゃない。確認だけして、あとはギルドに報告しましょう」
キリッとしたシャリテイルは、颯爽と歩き出す。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「なあに、他にも懸念が?」
真剣味を帯びたシャリテイルに負けないよう、俺も精一杯、真剣な表情を作ったつもりだ。
「ああ……重要なことだ。干し草倉庫管理人に、こいつらを報告してくる。なぁに、すぐ済む。待っていてくれ」
息切れしながら全速力で走る俺の背に、文句が投げられた気がした。
「もうっ! 本当に呆れた人ね!」
すまない。明日は危険かもしれないが、俺には今晩の宿代が大事なんだ!




