188:ストンリの依頼
疲れてとぼとぼと宿に戻るも、洗濯は欠かせない。腕が重いとつらい作業だ。
最近では一番、満遍なく体力を使い切った気がする。満遍なくというのも変か。
無理して走ったときのように、足だけに響いてるというわけではなく、普通に疲労感?
人族になってから、これはこれで珍しい感覚になりつつあるな。
疲れといえば、次にレベルが上がったら疲労度合いを調べてみよう、とかなんとか考えていたのを思い出した。なにを基準にするつもりだったんだろうな。
まあ今日は一日中ほぼ休みなく動き回ったと思うし、これで明日の疲労具合を確かめてサンプルにするとしよう。
「だったら、今晩もカピボー退治しておくか?」
でも明日の依頼も大変そうだし……うーん。
「などと悩むくらいなら動こう」
すすぎも終わりっと。もう少し、乾きが早くなるといいんだけどなぁ。しっかりと絞っておくか。
ポンチョの水を思い切り絞って、次にシャツを思い切――バリッ。
「ぺろっ……これは、脆いケダマ製のシャツ!」
くそが!
おお、そういえば、ちょうど机用の雑巾が欲しいと思ってたんだよ。そうさ、こいつは、こうなる運命だったのさ。買ったばかりだが、ちょうど良かったとも。気分転換も兼ねて出かける理由ができたしな。
「と、いうわけでやってきました、ベドロク装備店に突撃インタビューです!」
「帰れ」
いつもよりマシだが、今日もストンリは半目で眠そうだ。いや、ああういう目だったか?
決して俺を追い出したくて睨んでいるわけではないだろう。
「一応は客として来たし」
「一応ってのはなんなんだ」
「そりゃ、欲しいものがあっても買えるかは別だからな」
「なんだ相談か」
あ、目が開いた。相談となれば途端に動作が生き生きとするな。なんとも分かりやす……いや頼もしい!
まあ、俺も真剣に悩んでるんだ、これでも。
今日の依頼で森中を駆け回っている内に、また装備のことが気になって仕方がなくなっていた。
「今日さあ、ヒソカニがひしめく地獄を生き延びてここまで戻ったんだよ」
「……そんな場所あったか?」
今の装備で強化してある部分も、元はヒソカニの殻。幾らパワーアップしていようとも所詮は食器アーマー。素材元に太刀打ちできるのかが気になったんだ。率直にそこらを尋ねる。
「そのくらいは平気だ。タロウの水筒でも、ヒソカニのハサミ攻撃くらいなら、盾にできるくらいの強度はある」
「なんと、水筒を盾にする考えはなかった……」
「いや、盾にしろって言ってるんじゃなくて」
なんだよ、ちょっと本気にしたじゃないか。
また怒られそうなので真面目に聞こう。
当然ながら細かいことは理解できない。
聞いた限りでは、加工や工夫してあるから、同程度のレベル帯の魔物相手ならば大丈夫なようだ。それを聞いて安心した。
「もちろん限度はある。まともにぶつかり合うなら、数回もてばいいだろう」
タロウの不安は1戻った。
ストンリは思案顔で続ける。
「その雑用依頼。噂には聞いてたけど、思ったよりあちこちに行くんだな」
「そうなんだよ。もちろん、この装備に不満はないけど、もう少しでいいから何か足せないかと考えてさ」
なるほどとストンリも頷いてくれたところで、どう提案をしようか悩む。
次は武器が欲しいと言ったな?
あれは変更だ。
今日のように急ごうとしていると、歩いて移動しているときよりもずっと、上からの攻撃が気になった。それで頭装備を先に増やした方が良いんじゃないかという思いが強くなってしまったんだ。
もともと帽子が好きじゃなかったし、無しで済むなら楽だと考えないでいたが、戦場では命にかかわるからな。好みがどうのと言っていられない。
思い切りよく動けるようになったおかげで作業も気分も楽だし、よくよく防具の重要性は理解できたからな。スゲーッて気分になった分、今度は依存しすぎだろうか?
なるほど、こうして金は出て行くし、いつまで貯めても安心できないわけだ。
みんな真面目に働くはずだな。小遣い枠を別に設けるのも頷ける。
俺の場合は分けるほどの収入がないし、まだ必要なものも揃ってないけど。
ずばっと言ってみよう。
「頭の装備で、お安いものはありませんかね」
徐々に揃えていけてるんだから、焦る必要もないとは思う。
焦ろうにも稼げないが。
ちょうどいいことに、本日の依頼報酬だけでも二万マグだ。
そのくらいは出費する覚悟はした。半ば投げやりなのではない。
ここでケチってる場合じゃないんだ。
俺の心の平穏のために!
気になるのは、これまでもストンリは勧めなかったことなんだよな。その内にとも言われていない。
俺の予算では無理と分かって言わなかったんだろうけど。
思い返してみれば、今まで一緒に回った奴らで、兜など被ってるやつは居なかった。
見たのは、カイエンたちの遠征時だけだ。
そこまで、高いの……?
「頭。うーん、頭部装備か」
案の定、ストンリは困ったように頭をかく。
「やはり、なにか問題が……」
「いや、視界が悪くなるから。暑いし、嫌う奴が多い」
それはありそうだ。
「必要に応じて、装備は変えた方がいいんだけどな……普段、そんなこと気にする奴らなんか居なくて」
「基本、面倒くさがりだよな」
「面倒くさがりって……まあ、そうとも見えるか」
ストンリは、言葉を区切って俺の顔色を窺うように見る。
「タロウに必要か?」
「ぐさっ」
「何語だ」
「傷心語」
あっそう、と無視するストンリに事情を伝えることにした。
噂では大まかにしか耳に入ってないだろう。こんな反応を返されたのでは、是非とも実際の行動を詳細に知ってもらう必要がある。気合いを入れ、懇切丁寧に解説した。
「というわけだ。知らず危険がデンジャラスな地帯に引きずり込まれて、魔物の眷属へと堕ちし魔草と、熾烈な千日戦争が勃発。俺の心の平穏を保つ必要が」
「あー、とにかく備えたいんだな」
ストンリは、まるで愚痴を聞いたようにうんざり顔を向ける。
なんてことだ。この俺の危機感が伝わらないとは。
「魔草がどうとかは分からないが……種族による実際の感覚の違いを知るのは、難しいことだからな。個人差もあるし。その苦労なら俺も分かる。いつも装備の調整に悩んでるよ」
そういえば、ストンリも修行中の身だっけ。
勝手に、なんでもやってくれそうなイメージでいたが、頑張って考えてくれてたりすんのかな?
ストンリは腕組みして俯き、短く唸ると顔を上げた。
「希望はあるか」
さすがストンリ。決めたら話は早い。
ここは俺も人任せにせず、少しは細かく考えた方がいいのかもしれない。
「なに、些細な注文さ。視界の邪魔にならないのはもちろんだが、吸水性に富み、汗も即座に乾燥する快適さでありながら、まるで羽毛のように軽やかで動き回っても貼りついたようにずれない。あえて付け加えるとしたら、俺のお財布にも優しいものかな!」
「無理言うな」
やばい、目が据わってる。本気で怒られそうだ。
「ちょ、ちょっと細かすぎたかな」
現実的な落としどころを考えよう。
「店内にあるのは、今はこれだけだ。でもな、頭部は素材の加工にも調整にも時間がかかる。費用もな。それに、できれば一から作った方がいいと思うぞ」
革装備のサンプルは出してくれたけど、どれも重そうだ。
俺の場合は焦ってるときに限って、ずるっと落ちて視界を塞ぐに違いないからな、お約束的に考えて。
しっかり計って、一から作った方が良さそうではある。
しかし、金がないのはともかくとして、時間もかかるのが気になる。
時間か……依頼中に無いんじゃ意味がないな。
あ、よく考えたら、もうすぐ依頼自体が終わるじゃないか。
その後の予定がどうなるか分からないが、他の街から人族の冒険者を呼べるかどうかの判断なら、もう十分できると思う。
複数の場所に、複数の魔草のデータは取れたし。
それに、もうギルド長に勝手な真似はさせん。
「そうだな……ストンリ、時間がかからないものを頼みたい」
「俺の話、聞いてたか?」
謝りつつ、簡単なものを作ってほしいことをお願いすることにした。
戦国時代とかの鎧ってどうだったかな。
ゲームなら西洋風ファンタジーは好きでも、平気で神話の装備なんかが混ざってるし。現実だとよく知らないんだよ。どうしよう……。
簡単なもの、簡単なもの……ハチマキのようなやつ。
鉢金だっけ。
それくらいなら、いいんじゃないか?
「と、こんな感じのはどうだ?」
「まあ、それなら余りものを改造できるな。確かに時間もかからないし、安くあがる。けど、それでいいのか?」
大きく頷いた。
ストンリは不満とも困惑ともつかない顔だが、興味もでてきたらしい。
「だったら、あの素材をこうして……」
何かまた思いついたようだ。素材フェチの鏡だな。
主な用事は終わったから、ついでにヒソカニ殻の剣はないか聞いてみたが、残念なような、ほっとするような答えが返って来た。
「そもそもヒソカニ殻は無理だ。カラセオイハエのように厚みがないだろ。削り出すに足りないんだよ」
あぁ、そうか。基本的にはそのまま使う素材だ。金属のように溶かして繋げたりするのは無理らしい。
何かメモしていたストンリは、それを見ながら言った。
「頭部の防具、これなら明日には渡せる」
「おお、早いな! 助かるよ。出来には期待してる。今までも間違いなかったもんな。滑り止め加工も、さっそく役に立ったし」
「なら、こっちにもつけておこうか。安いもんだから」
また、あれこれとメモしているが、なにか試そうとしているのか?
無理を言う分、その程度の実験台になるくらい吝かではない。
「だからって、代金まで安くするなよ」
「さすがに初めて作る物だから」
また言い募ろうとしたストンリと、しっかり協議の上、代金は五千マグということで合意した。
ストンリが面倒くさそうに、早々に折れたと思ったのは気のせいだろう。
「そうだ、ストンリも青っ花の依頼とか出してる? フラフィエから、装備屋も使うと聞いたんだ」
「時間がないときは。と言っても、今は一人だから、ほぼそうだな」
以前は、よっぽど忙しくなければ自分で採りに行っていたとのことだった。
まあ近場だし、どうせ年下でも俺より強いに違いないからな。
だから、ストンリからの提案は不意打ちだった。
「へえ、最近は花畑にも行くのか。だったら、ついでに採取を頼めるか?」
な、なんと、ストンリがこの俺に依頼だと……っ!?
「おやすいごようだ、いくらでも任せろ!」
「いや、そんなに数は必要な……ええと、これ、依頼書」
差し出された葉書大の紙きれをもぎとる。
これぞ、まともな依頼だ。
嬉しさに目がきらきらと輝いているに違いない。
「ふむふむ、粘玉素材一つ五百マグ……ねんぎょく素材?」
「ああ、滅多に使わないものだし、知らないか」
粘玉素材とは、滑り止め加工の主な成分になるものらしい。
そして、出所は俺もよく知るものだった。
「……あ、そう。ケムシダマの、あれなんだ……」
「落差の激しいやつだな」
「いやいや、謹んでお引き受けしますとも……」
またそのオチか!
加工だとか言うわりに、やけに早いと思ったんだ。あれを塗ったくるだけだったとは、盲点だったぜ。
毎度毎度なんで俺は疑問に思わないのだろうか。
ケムシの唾液まみれと思うと気分が盛り下がるが、ストンリが不貞腐れるから何も言うまい。
そしてまた一つ、ケムシダマの取得マグが少ない理由という、知らなくてもいい知識を得てしまった。




