187:対スリバッチ戦
倒した振り草は、十体は下らないだろう。
きっちり潰して縛ってあるとはいえ紐で肩にかけているだけだから、走る度に背中をどすどすと叩くようで鬱陶しい。
山脈を横目に見ながら、森の中をぐるりと巡る。
木々の狭間に、ちらほらと段差のような影が見えた。
「あの辺も洞穴?」
「おう、そうだ。今日のところは、あっちまで行かないから気にしなくていい。まあ低い部分だし、魔物も北の洞穴と大差ないぜ」
「へえ……おい。なんだよ、今日のところって」
言い募ろうとしたがバササーっと何かが横切ろうとした。
当然のごとく即座にタルギアに斬り落とされるのだが、今回は様子が違った。
「お、カワセミが増えてきたな。ヒソカニにも気を付けろよ!」
問い詰めようにも、聞くどころじゃなくなってしまった。
ハリスンらの背後には、カワセミがぽつぽつ見える。そして下の暗がりは黒いものがうぞうぞと……とんでもない場所に来てるじゃないか!
さっきは、ハリスンの牙を折るなんてとヒソカニ殻に感動したけどさ、本体とかち合ったらまずいよな?
装備がマシになったって、周囲がそれ以上になったら意味ないじゃないか!
残りの依頼は、あと三件だっけ。多分、そのくらい。
ま、まさか、この向こうにある洞穴が依頼に残ってんの?
たどり着くまでも決死の覚悟がいりそうなんですが。
低い部分なら北と変わらないと言うことは、雑魚はコイモリやらなんだろうけど、それ以上になりそうな気配がひしひしとする。
俺……人族を連れ歩くには、超危険地帯なんじゃなかったんすかね……。
「クェキェウャーッ!」
次々と潰されていく、ハリスンの甲高い鳴き声だけが響く。カワセミとヒソカニは、がさがさとうるさいだけで鳴かないらしい。
俺は近くの木に抱き付いて哨戒任務に努めていたが、あっさりと大量のカワセミたちは消されていく。
ハリスンの素早さで問題ないんだから、それより遅い相手なら当然か。
「ひとまず片付いたな。ここらの道は急ぐぜ!」
ある程度、そこらを片付けたタルギアは、すぐに移動の指示を出した。
また俺も後に続く。
その後の道は、余計なことを話すどころではなかった。
だというのに三人は、今日は減りが早いだとか話している。
たまに他の奴らが山の方へと入り込む姿もあったから、実際そうなんだろう。
「タロウ、あと一つだ。もうちっと頑張ってくれ」
森を抜けるまでは、まだ距離はあるようだったが、ここらは人も魔物の出入りも多いためか、振り草も滅多に巣を作らないらしい。
ひとまず把握済みのものは、それで終わりということだった。
そいつは比較的低い位置にいたから、ささっと片づけると、後は一息に駆け抜けた。
南西の森から草原へ踏み出すと、すっかり景色は真っ赤だった。
やっぱり依頼を二件も詰め込んだ上で、早めに戻って花畑で採取というプランは厳しかったか?
いや木登りまでしてしまったのがいけない。
振り草の不気味さに、あいつは倒さねばとつい強迫観念に駆られてしまった。
妙なところで凝り性なのは、もう少し抑えられるようにならないとな。
「ふぅ、いつも以上に走ったからどうなることかと思ったが、どうにかなるもんだな!」
声だけは元気だが、タルギアの肩は落ち気味だ。
無理してたのかよ。まぁ、そうかなぁとは思っていた。
「まー、意外とタロウが動けるもんだから、なんとなく熱くなっちまったよな」
スナッチよ、俺が人族だとかいう以前に、低ランクだってこと忘れないでくれ。
なんとなくで張り合うな。
「まったくだ。振り草を前にしたタロウの目つきは、戦場帰りかってくらい怖かったぜ! あれだけ戦えるんなら、こっち側の洞穴も問題なさそうだし安心したよ」
それだ。スノーツの問題発言が気になる。いや、俺の目つきはどんなだよというのではなく、洞穴の方。残りの依頼も、作業場所は『森』としか書かれてないからな。
そりゃ、これまでやってきたことを考えれば、明言し辛い範囲の件も多かった。
でも、もう少しくらいは詳細を書けただろ。
ああ、でも。依頼を貼りだしてから、あっという間に集まったよな。
こいつらの考え方からして、依頼するときはまだ詳細が決まってなかった?
ありうる。
多少はギルド長の意向も入ってるとはいえ、依頼内容自体は本物だもんな。
大枝嬢も後ほど難易度は厳しくなると言っていたし、残り数件とはいえ考えるだけでげんなりだ。
そうだ、場所が大変だから、せめて二件にと分けたりしてたのかも。
なのに俺が無理言ったんだった。
その被害を一番被ったのは、今日の担当だ。一応……お詫びはしておこう。
「今日は、無理言ったみたいで悪かったよ」
「とんでもない。一日で片が付いて、俺達ゃ万々歳だぜ!」
「そうだとも。明日から消化液のとばっちりを気にしなくていいのかと思うと、今晩はいい夢が見れそうだ」
「のびのび動けりゃ、それだけ魔物をブッ殺す速度はあがるだろ? 明日が楽しみだよな!」
皆くたびれた顔付きだが、頭を反らして心底楽しそうに高笑いをする三人につられて、俺も高笑ってみた。
バカっぽいと思うと、本当に楽しい気分になってくる。
俺も疲れているのだろう。
あんまり細かいことなんか考えずに、このくらい単純に過ごすのが、いいのかもしれない。
というのを実感できたところで、頭を切り替えよう。
皆さんは十分働きましたとも。俺だって動けるだけ動いたが、だからといって十分な稼ぎとはいえないのだ。
ちょうど良いことに、ここから花畑はすぐそこだ。
「あとは、そいつを管理人へ渡せばおしまいだ」
「先に署名もらえるか?」
「ああ、いいが」
タルギアは不思議そうながらも依頼書に署名してくれた。
三人が畑の方へ足を向けるのを見て、今日の礼を言った。
「こいつは後で管理人に渡しておくよ。すぐに戻る」
「え、タロウはどこに行くつもりだよ?」
「花畑だ!」
「げぇ、まだ働くのかよ」
いつものように、もうこんな草を放置するなよと言いかけて、やめた。
振り草は、ちょっと酷だよな。どうやって増えていくのかも不思議だよ。
うんざり顔の三人と手を振りあって走り出した。
「一カ所だけなら、日暮れまでには、なんとかなる……なんとか、する!」
すぐに花畑に到達。
手近な青っ花の巣で、きびきびと動く憎い敵を睨む。
問題が一つあった。
スリバッチの数が多いことだ。
「ええと、ひーふーみー……七匹」
なんで、そんなに集まってんだよ。
こっち側の方が結界柵から遠いからだよな。
ちらと南側を確認。
ありがたいことにコチョウは遠い。
ならば、いける。
今日の俺は一味違うんだぜ?
「フフ、ハハハ……お前らを倒す策があるのだ!」
時間をかけずに倒さなければ、採取の方が間に合うか分からない。
とりあえず草の山を置いて、道具袋をがさごそと漁る。
「いてっ」
物が詰まってるため指を挟んだりしつつ、対スリバッチ用戦術兵器を取り出す。
そいつを手にすると、目標地点へと真っ直ぐに駆け出した。
俺に気付いたスリバッチは即座に警戒行動に移る。
二班に分かれることは調査済みだ。
花が大事だから後衛四匹、前衛に三匹がくるか?
さあ、来い!
「ブヴババッ!」
ギャー、四匹が先かよ!
だけど俺は止まらないぜ。二匹ずつ前後に並んで飛んでくるスリバッチの中心へ、自ら突き進む。
接敵まで十秒……かどうかは分からないが、もうやばい。急停止すると腕を振りかぶり、手にしたものをスリバッチ編隊の、ぎりぎり脇を狙って投げた。
「バヴ?」
スリバッチ四匹は一斉に速度を落として、横を通り過ぎた物を振り返った。
うむ。やはり、な。
即座に投げたのとは逆へと回り込み、手前の一匹の尻を掴むと思い切り振り回した。
「落ちろおぉ……っ!」
「バビャヴぶッ!」
掴まえたスリバッチは折れ、打ち落としたスリバッチは思い切り踵で踏み抜くと消えてくれた。
花の方の三匹が前に出るのが見えたが、まだ飛んでは来ない。
再びすり鉢を取り出すと、近付きつつ投げた。
「ふっ、たわいもない。スリバッチなど敵にあらず」
使えるじゃねえか、スリバッチのすり鉢。
スリバッチのすり鉢は、素材としての使い途はないと聞いた。早い話がゴミだ。
しかし、これに興味を示す相手もいる。当の作ったスリバッチだ。
一時、気の迷いで拾った俺を除く。
おかげで襲い掛かるのが随分と楽になったし、もう幾つか拾っておこうかな?
人族の弱点を克服しただと?
そんなのは、一対一で素早さのない相手にだけだ。滅多にない好条件が揃ったときだけなのさ……。
こうして利用できる道具は利用しないとな。
振り草の束を取りに戻ると、青っ花の側に屈みこむ。
急いで採取したいが、すでに辺りは紫色で薄暗い。後で慌てないよう先にランタンに火を点けておこう。
置場に困って近くの丼花の真ん中に乗せてみると、ちょうどはまった。便利だ。
ランタンが子供用サイズで良かった。
巨大花も灯りに照らされれば、なかなか幻想的な光景だ。
このまま乾燥させたら、間接照明っぽいスタンドにならないだろうか。蝋燭を溶かして固めたりすると良さそう?
丼サイズの花を真剣に見分する。
うん、ダメだ。不気味すぎる。たとえ普通に木製や金属製で作ったとしても、あんまりいいモチーフではないだろう。残念。
手持ちの採取道具全部、十皿を取り出した。
この程度なら、全体としての時間はかからない。ただ掬った蜜を皿に垂らすときが、零さないようにと一番気を遣うし、早く垂れろ早く垂れろ早く垂れろ……と念じる時間が少し苛立たしいのはある。
俺には、ぼーっと別の事を考えていられるような場所でもないから余計だ。
それでも、いそいそと皿を埋めると道具袋に収めた。
今日は、全部ギルドに納品でいいか。
ほっと息を吐く。
どうにかノルマ達成だ!
街側に向き直ると、よく草原に目を凝らす。薄っすらと垣間見える、似たような形の岩はケムシダマだ。お前も、なんとなくわかるようになってきな。
不審な岩陰のないルートを突っ切って倉庫を目指した。
急ぎ収穫物の報告を終えてギルドへ戻る。窓口へ近寄ると、無表情な樹木が……いや樹木に表情もなにもないというか、また失礼なことを考えてないで大人しく耳を傾けよう。
「タロウさん……」
「は、はい。コエダさん、急な予定変更ゴメンナサイ」
どう弁解しようか考えるのを、すっかり忘れていた。
「いえ、この場にいらっしゃるのですカラ、無理はされなかったようですネ。安心しましタ。ご無事なら良いのでス」
それだけで大枝嬢は、いつものぐんにゃり顔に戻ると、依頼の精算をミシミシと進めていく。いい加減、諦めたのだろう。いや呆れられた方だろうか。
タグを差し出しながら大枝嬢は、ふと思い出したように言った。
「言葉が足りませんでしタ。タロウさんも、ご自身のできる範囲を把握し、予定を立てられるようになったのだと思って、安心したのでス。前もって予定をご相談いただけるのは、とても助かりますヨ。私も常にこの場に居るわけではありませんカラ、今後も遠慮なくおねがいしますネ」
うう、優しいぐんにゃり笑顔が胸に痛い。俺のことだし、気まずさが顔に思いっきり出ているだろう。
「……ありがとうございます」
このまま回れ右だ。
と思ったが、気になる依頼内容について確認しておこう。
「あのぅ、では次の依頼についてなんですが。どうやら南の山近くの洞穴だといった話を小耳に挟みまして」
「そうですネ。依頼書には……ええ、南西の森方面と書かれてまス」
そう、それしか書かれてないです。
大枝嬢はスケジュール帳らしき紙束を取り出し、ええと明日の担当は誰々だからとかなんとか呟く。そして、ミシッと顔を上げた。
「はい、そのようでス。あちらの方面ですから洞穴ですネ」
それで通じてたのかよ!
はぁ……疲労度が心配だし、今日は早く寝よう。




