175:押し問答
ほろり。
そんな擬音をつけたくなる光景が、眼前にあった。
「とうとう低ランク入門の地、花畑へと挑まれたのですネ。背高草やケダマ草との、お戯れに熱意を捧げてらした、あのタロウさんが……」
俺がマグタグを渡して内容を確認した大枝嬢は、どこからかハンカチを取り出して、ぐにゃりと閉じたウロの目頭らしき辺りに当てている。
おかしい。
てっきり、せっかく休日としたのに無理をしやがってと叱られることを想定していただけに、この反応は意外だった。
俺の成長を称えてくれているらしいのは分かるし嬉しいが、漏らしている内容には意義を申し立てたい。
「そんなタロウさんが、ようやく花畑にもやる気を見せてくれたことは、職員としても喜ばしい限りでス」
なんで俺にやる気がなかったことにされているんだ。
「その、俺はランク外から頑張らせてもらってましたし、まだ早いかと避けていただけで、やる気がなかったわけでは……」
これじゃ言い訳っぽいな。案の定、そう捉えたらしい大枝嬢は、いいんでスと繰り返しながら、ぐにゃぐにゃと顔をほころばせて頷く。
えぇ?
喜んでくれているとしても、理由が少しおかしくないか。まるで俺にやる気があるなら、とっくに花畑に送り込んでいたかのような発言。不穏だ。
また裏でシャリテイルが暗躍してくれちゃってんのか?
「今後は青っ花採取も、期待できそうですネ」
「え、いや……え? な、なんで、いきなりそんな高難度の依頼を俺に……?」
「高難度なんて、ご謙遜を。中ランクの魔物を、定期的に倒せるようになってらっしゃるのでス。ミズスマッシュやケロンどころか、ハリスンまで対応できるなら、通常の低ランク冒険者にご案内する場所など問題になりませン」
ああ、西の森付近の魔物をハリスンまで倒せるなら花畑なんぞ軽いと、そう思われていたと。
なのに俺はあえて金にならない誰も進んでやりたがらない草刈りに熱中して、花畑なんて入門場所なんかに行きたくないように見られていたと?
どこをどう間違ったら、そんな勘違いが出てくるんだ……言いふらしそうな奴らなら幾らでもいたな。
「あのぅ、まとめ役とかの報告があったなら、話半分に聞いていただけると……」
「あら、タロウさんの心中も考えず失礼しましタ。入門場所ですから、報酬に不安があったのですネ!」
心中を掠ってもいないです!
「採取量に限りはありますが、その分手早く済みますから、ちょっとした空き時間に最適ですヨ。これも人気のない依頼ですが、競争相手が居ない分、達成しやすい依頼となっておりまス」
「は、はぁ……頑張ります?」
大枝嬢がぐにゃりと微笑む。
またなのか。
また俺は、大枝嬢に乗せられてしまったんだな?
「あー……それは置いておくとして、明日は依頼に入れそうですかね」
「はい、問題ありません。依頼の代表者に話は通してありまス。こうなったら、早く終わらせたくなってきましたネ」
あっれぇ、この食いつきはおかしいぞ?
確かフラフィエは、魔技石に使う青っ花は少量で済むから人気がなくても大丈夫、と言っていた。
大枝嬢が嬉しそうということは、これも職員の雑務に組み込まれてる?
魔技石といえば、遠征時には参加者に配っていたが、ああいうのは急に数が必要だろうし、やむを得ず職員も採取に出かけていたのかも。
「それでは近場で難度の低い場所から、順に片付けられてはいかがでしょうか?」
「……それでお願いします」
俺自身が難易度の違いを比べて分かるはずもないから、そこはお任せだ。俺に軽い場所だったところなどない。
これまでも、間を挟みつつ空き時間に見合う件から進めていたのは、様子を見るためでもあったようだ。それで、これなら大丈夫と判断を下したらしい。
早まるなと止めたいが、多くの冒険者を見てきた大枝嬢の意見だ。少しは信じてみてもいいのかもしれない。
「では、明日は東の森付近にしましょウ。放牧地の干し草倉庫でお待ちください」
はーい。
思わぬ話が出てしまったが、本気で終わらせる予定が立ったのは良しとしよう。
宿に戻って飯を食うと、また装備やらを洗う。ストンリに確認してもらうため、防具は縛って背にぶら下げる。
預けることになるなら、夜は無理せずカピボーたちと遊ぶとして、ポンチョも干すから、この前買った冬用の上着でいいか。
「防具の手入れの仕方と、あとなんだっけ……」
ベドロク装備店に向かいながら、もやもやとした用件を頭の中でまとめる。
今日一日だけでも幾つか改善が必要だと思い至ったはずが、必死だったせいでどこかにすっとんでしまった。なんだっけと、行動を思い出しながら唸る。
最後はデメントに魔技で助けられたのを見て、首羽族のように矢とか、遠距離攻撃の手段があるのはいいよなと改めて思った。
だからって弓など扱える気はしないから、せめてもと石を拾っていたが、ここにはもっとまともな手段があるじゃないか。
魔技石だよ。
俺に使えるかは別として、試しに買ってみよう。
シャリテイルの口ぶりでは人族が魔技を使う素養は微塵もなさそうだが、感覚を掴んでおくだけでも楽し……誰かの助けになることもあるかもしれないしな!
今日の花畑への強行は、沼地で装備が当てになると踏んだからだ。これまでの俺は、そんな装備で大丈夫かというくらい身軽だったと実感した。
逆に、ほとんどの冒険者たちの防具は、一部のパーツはゴツかったりするものの、今の俺より軽装に見える。
装備の損耗や日々の疲労を抑えたいのか、この近辺の魔物なんぞ、それで十分ということなのかは分からない。俺には思いもよらない理由も色々ありそうだが、そこそこ生活ぶりも知れてきたし、そんなに間違っていない気はする。
まあ武器一つとっても質が違うんだろうけどな。
カイエンは全体に金をかけていると言いつつ、さらに遠征時の本気装備は、また別に用意していた。
あ、それだ。武器だよ。
花畑と沼地でで討伐を試みたことで、無視したくとも、しきれない事実が浮かび上がってきた。中ランク最低難度の場所とはいえ、殻の剣では強度に問題があることだ。その不安が頭を過って、コチョウを相手中に躊躇してしまった。
今考えればレベル一桁台の魔物だから問題なかったんだけどな。
ただ、手応え的に低ランクの境目がレベル10辺りなら、ギリギリというのもいいことではない。
マチェットナイフは武器とは言えない。
が、同等の切れ味でノマズを倒せるマシなものが欲しい。
「武器も買い替え時か……」
殻の剣は軽くて持ち運びも楽だ。魔物の発生間隔の問題で、どこか一カ所に居座って稼ぐなど出来ない以上、今後も南の森で世話になる。だから新しく買っても箪笥の肥やしにはならないが……うう、出費が。
他の奴らは武器一本と決めているようだが、それは自分に合ったものを見極め習熟しているからだろう。
防具を揃えて、ようやく大きな買い物は一段落したと思ったらこれだ。贅沢になったのか、より知見が広がったと思えば良いのか。
しかし俺に買える武器の素材など、結局殻製になりそうだ。仮に想像すると、ハエもどき殻をヒソカニ殻に変更するくらいしか浮かばない。しかも、そうしたところで所詮は殻素材。強度面の不安は拭えない気がするんだよな。
殻の次に良い素材は皮だが、さすがに皮素材の剣はないだろう。あっても嫌だ。
そうなると、いきなり金属素材へとランクアップせざるを得ず、金額も倍々だ!
あれこれ考えてると装備店に到着。
こうして考えるのも楽しいけど、大人しくストンリに相談するとしよう。
ストンリは、俺が防具を抱えて現れたのを見るなり渋い顔になった。
「何か、まずかったか?」
壊れたとか合わなかったとでも誤解させてしまったらしい。いつもはチラ見で挨拶もそこそこだというのに。自信もありそうだったもんな。
「とんでもない、大活躍だったぞ。試しにノマズと殴り合ってさ、どこか痛んだりしてないか心配になったんだ」
「なんだ」
俺の答えを聞くや、ストンリは眠そうな半目に戻った。
もう、それだけで答えが分かったようなもんだな。そんくらいでどうかなるかボケということだ。安心したよ。
念のために見てもらいながら手入れの仕方などの講習を受け、水洗いしてしまったことを尋ねた。
「問題ない。遠征中は川や湖しかないし、水洗いもできなかったら困るだろ。後で持ってきてくれればいいんだし」
なるほど確かに。
根気がないというと語弊があるが、そんな奴らが多い。重い上に手入れまで面倒だと、使う奴が減りそうだ。遠征は当然のこと、日々の討伐だって本当に軽装では負傷率も上がるだろう。
「それで、感触はどうなんだ」
「おお、もう最高! 俺にはもったいないくらいだ」
「それは……良かったな」
なんで、そこで微妙な顔するんだ。
「俺には十分だってことだよ」
「それは分かった」
なんだその憐れみの視線は。く、悔しくなんかないし。
とにかく、ざっと見てもらって問題ないということで防具を着込んだ。
できれば夜も装備しておきたいからな。どこからともなく食いつかれる心配を減らして、大胆に動けるというものだ。
問題は、防具の上からでは新しい上着が着れなかったことくらい。ついポンチョの感覚でいた。腰にでもまいておくか。
「待った、肘当てを外してくれ」
「どこか変か?」
「ここ、欠けてる。少し削った方がいい」
俺には、殻が元から持つ段差のような模様と違いがよく分からない。撫でてみてさえ、でこぼこしてるかもしれないと思う程度だ。
そこからひび割れ易くなると言われたので素直に渡すと、ヤスリのような道具で手際よく整え、例の赤い砥石のようなもので研いでくれた。
俺はといえば、そんな職人魂に感心するより、懐が心配でそわそわする。
「最低限のマグ加工だけだ」
「そ、そうか」
顔色を読んだように、ストンリは言葉を添えて肘当てを差し出した。俺が予算にぴりぴりしてるから、気にかけてくれているようだ。
マグ加工、そうだよ、加工で聞きたいこともあったじゃないか。
「そういえば、シャリテイルの装備には、色んな加工がてんこ盛りって聞いたんだけど」
「てんこ盛りって……はぁ」
ストンリはシャリテイルの物言いに頭が痛むような振りを見せ、項垂れて溜息を吐く。そこは流そう。
「ええと、滑り止め効果って付けられるか?」
「まあ、革素材でも中級以上なら」
「あ、そう……」
やっぱり低級素材だと、単純に合わないだけでなく、加工に耐えられないとかあるのか。さすがに、これ以上の出費はまずい。
「こいつじゃ難しいか?」
念のため、普段使っているグローブを見せる。
「そいつなら大丈夫。ちなみに、その靴も加工できる」
ほほう、できるなら靴にも欲しいな。
「お、皮で思い出した。この前カワセミの皮を手に入れたんだ。俺でも使えるものを作るか、ダメなら売ることはできるか?」
「へえ、あいつを倒したのか。もちろん作れる。というか、その装備がカワセミ製だ」
「え」
考えるまでもない。あれ以下の魔物に、皮素材を落とす魔物なんかいないじゃないか。
なんてこった。あいつ中ランクだから、もっと良い物かと思っていたのに。
「量は」
「二枚ある」
「それじゃ何を作るにも足りない。買い取らせてくれ」
「分かった。宿に置いてるから取ってくるよ」
「ならグローブと靴をいいか。待ってる間に、滑り止め加工しておく」
「えっ、そんな早くできんの」
頷くストンリに驚きつつグローブを渡した。室内履きのような靴も渡されたから、素直に靴も渡す。
グローブなしで狩りや刈りは嫌だから、すげえありがたい。
できるだけ急いで宿屋に戻り、箪笥を漁って素材を手にすると、再びベドロク装備店へ。
そして、カワセミの皮を手に掲げて扉を開けるなり俺は叫んだ。
「聞き忘れてた!」
「毎回、慌ただしいな」
うっかり手間賃を聞かずに頼んじまっただろうが!
焦って聞いたが、ストンリの答えは相変わらずだ。
「まあ、大した手間じゃないし、タロウに厳しそうな額なら初めから言ってるよ」
「そんな問題じゃねえよ」
「じゃあ五ひゃ……」
「千マグな! 今、皮見て勝手に値引いただろ」
「気のせいだ」
「目を逸らして言うな」
そうした問答をしばらく繰り返した結論は……。
「滑り止め加工代は千マグ、皮の買い取りは二千マグ。それでいいな」
「滑り止めは二点分だし、さっきの修繕代金もあるだろ」
「だから、それは俺の確認漏れだし」
と、もうひと悶着して決着がついた。
「分かった分かった、素材と交換でいい」
俺が手間賃を払うどころか、素材代金を支払おうとしてきたストンリを止めることに成功した。ストンリは折れたというか呆れ顔で見ている。
そう何度も買取で値引きするなんて手に乗ってたまるか。中途半端な量と言っておきながら、買い取り額は結構良い値のはずだ。また趣味だからと色をつけてくれたに違いないからな。
結局は交換だから、それでも俺が得しているようで腑に落ちない。
「得しすぎだと気になるなら、もっと量を取ってきてくれ」
「う……善処する」
ふて気味のストンリに礼を言って店を出て、しばらく歩いてから、また叫んでいた。
「武器の相談をしたかったのに!」
いつも長々と時間を取って悪いし、また今度な……。
ようやく夜の森へと来たわけだが、どのみち長居はできない。昼の膝の震えを思えば、今晩無理すると翌日に響くのは確実だ。明日は早朝から山に入り込むなら、早めに切り上げた方がいい。
こういう体なんだと慣れなきゃな。




